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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十九章、ネルソン・アタック(カサーン会戦)
133/189

19-(5) シャンテルの鬼謀

「ラビエヌスから入電! 相手はシャンテル艦隊司令官シャンテル・ノール・セレスティア! 受けますか!?」

 

 出力8割。必死にとなって逃げる陸奥改むつかいのブリッジに通信兵の報告。ブリッジ中の意識が天儀てんぎへと集まった。

 

 なにせ自分たちを殺そうと追ってくる集団の主からの入電だ。陸奥改は追いつかれればシャンテル艦隊からの砲撃で蜂の巣。四方八方から撃たれれば装甲分厚い陸奥改でもひとたまりもない。そう、陸奥改はいまこの瞬間にも撃沈されかねないリスクを背負っている。

 対してシャンテルの座する高速戦艦ラビエヌスといえば悠然としたもの。必死の陸奥改を嘲笑あざわらうかのように進んでくる。高速のラビエヌスは、出力6割程度で陸奥改の8割の以上の船速だ。

 

 こんな状況で敵艦へ通信を申し込んでこられれば嫌な気分しかない。

 

「この佳境なときにどうしてもしたい通話か。どこまで素人くさいなシャンテル・ノールは」

「要件はなんでしょうかね。天儀司令はどう思います?」

あおりだったら笑えるな」


 天儀が軽口を叩いた直後にブリッジには赤い警告灯の点滅と、ビーッという警告音!

 

「敵旗艦ラビエヌスが発砲! 重力砲六発きます!」


 とたんに艦内は騒然とした。敵は通信しようといってきたかと思ったら、発砲してきたのだ。あまりに支離滅裂だ。


「1分後に飛来します! 59,58,57,56,55,54……」


 報告と同時にカウントが開始され陸奥改は予断を許さない状況に。このまま安穏あんのんと進めば2,3発は被弾する。


「針路水平角20度修正! 速力このまま!」


 天儀はすぐさま回避運動を指示。

 重力砲は実弾と指向性エネルギー兵器をあわせた兵器。つまりミサイルのような誘導弾とは違うのでジャミングもハッキングも無力。そして単純な指向性エネルギー兵器でもないので針路を捻じ曲げるというのも難しい。

 すでに発射され向かってくる強力な実弾は、避けるか、分厚い装甲で跳ね返すしかない。

 

 天儀の間髪入れない回避の指示だったが、それでも鹿島は不満。


「それだけですか? もっとこうクネクネと避けるとか」

「遠すぎる。当たらん!」


 天儀は鹿島を一言で一蹴すると、

「通信兵!」

 と叫んだ。間髪入れずに、はい! という鬼気迫る返事。着弾間近、回避運動のさなかに呼ばれたのだ。呼ばれた通信兵は、回避が成功するか否かばかりが気になって仕方ない。

 

 そんなところに司令天儀から、

「ラビエヌスからの入電は?」

 問われても、通信兵からすれば意味がわからない。

「へ?」

 とマヌケ顔だ。天儀がイラリとした表情。とたんに縮み上がる通信兵。被弾の危機とあわせて、すぐ近くからは上官の怒り。艦内で一人だけ前後からの危機となった。

 

「だから! 発砲してくる前にラビエヌスから通信したいといってきていたろ。まだラビエヌスからのコールはつづいているのか、それとも途絶したのか、どっちだ!」

「あ、はい! コールは続いています! ラビエヌスは通信を求めてきたままです!」

「ではお受けしよう。反乱軍で有名な呪い人形(デス・ドール)のご尊顔をまたはいたてまつろうじゃないか」


 一転、苛立ちをおさめ天儀がからりといった。

 シャンテル艦隊から必死に逃亡する陸奥改は、敵の旗艦との通信の準備に入った。


「え!? 通信ですか、この状況で!?」

「鹿島、落ち着け。戦場には状況しかない。この状況で? などと思っても、そういう状況なんだよ。だから通信を受ける、それだけだ」

「……そんな無茶苦茶な」

「おい。ぶーたれてないで、ちゃんと戦闘記録と、いまからの通信記録も取れよ」


「むむ、やってますし、大丈夫ですから!」

 と鹿島が噛み付くように反論した瞬間、

「イチィーーーイ!」

 ひときわ大きな声がブリッジに響き、鹿島はビックリして目をつぶり肩をすくめた。

 

「回避成功! 次弾はなし! ラビエヌスは次の砲撃を行っておりません!」

 

 ブリッジには多数の安堵のため息。

 そう、カウントは続いていたのだ。

 最後のカウントが叫ばれると同時に6発の重力砲は空を切って消えていた。

 

「あ、避けた……の?」

 鹿島もホッとしてみるが、いまいち実感がないというもの。


「いったろ当たらんとな」

 天儀が少し笑っていた。優しく鹿島を安心させるように。だが、鹿島は……。


「あぁん。天儀司令に気を取られていて回避の瞬間を実感しそこねました。もう、どうしてくれるんですかぁ」

 

 特大に悔しがる鹿島容子はミリオタにして歴女のハイブリッド。この場合はミリオタの血が彼女に嘆きを口にさせていた。これには、さしもの天儀も驚くというか、あきれるというか、思わず鹿島を凝視して感想を口にした。


「君は筋金入りのミリオタだな。さすがの俺もあきれるぞ」


「そうでしょうか」

 と鹿島はすましていうと、

「その、いまって戦闘中ですよね?」

 疑問を口にした。

 

「そうだ。それがどうした」

「それがどうしたって、わからないんですか?」

「おい、まさか次はいつ重力砲が飛んでくるかの確認かとかじゃないだろうな。君が今度こそ回避する瞬間実感したい気持ちが強いはわかったが、ここは遊園地じゃない。絶叫系のアトラクションを楽しみたいなら戦闘後にVRにしてくれ……」


 ドン引きしていう天儀に鹿島はふくれつら。いくら鹿島でも、そこまで緊張感がないわけがない。


「もう! 違いますったら。ラビエヌスからの入電の話ですよ」

「それがどした?」

「私、シャンテルさんの気が知れなくて……」

 

 憂いげに鹿島に対して、天儀は、なにがだ? というような疑問の表情。

 鹿島はそんな天儀を見て、やはり天儀司令は異常だな、と嫌な感じを思った。


「いまから殺そうと相手の顔をあえて見たいものなのかなって、ちょっと私にはその感覚わかりません」

 

 途端に天儀がブフッと吹きだし笑いだした。

 

「なにが可笑しいんですか。そんなに笑えることいったつもりはないんですけどぉ」

「砲弾の回避の瞬間を実感しそこねたと悔しがる鹿島の感覚のほうが俺にはよくわからん。仮にこれからのラビエヌスの通信が、いまから殺す相手の狼狽を楽しむという陰湿なものでもだ。俺は鹿島ほどの変わり者は少ないと思うぞ」


 鹿島はムッとなって、そんなことありません。変わってて、変なのは天儀司令のほうですから! と反論しようしたが、

「通信開きます!」

 という報告に黙り込むしかなかった。

 鹿島が不満顔で天儀をにらむなか、通信が開かれたのだった――。


 ブリッジ中央の大モニターにはパッチリとした目のカーキ色の巻き毛の可憐女性。いや、より正確には少女のような女性か。

 そう。女性はシャンテルだ。


「うふふ、シャンテルの思ったとおり。発砲したほうが入電を無視できないって」

「なるほど入電直後の砲撃は〝通信に応じろ〟という恫喝どうかつか」


 不敵に笑うシャンテルに、傲慢に笑みの天儀。

 天儀が李紫龍の遺体受け渡し交渉のときのような従順さをかなぐり捨てていた。


「ごきげんよう天儀さん。おかげんはいかがかしら?」

「すこぶる絶好調とはいかないな。ラビエヌスとかいう大層な船が追いかけてきやがるもんで大変だ」

「あら、うふふ」

「要件はなんだ。俺は殺し合いに専念したい。だが、降伏したいというのならきてやらんでもないが。シャンテルお嬢さん懇願してみろ。考えてやってもいい」


 天儀が傲岸ごうがんにいった。シャンテルを〝お嬢さん〟などといってきわめて挑発だが、シャンテルは追い込まれた上での強気と断定した。どう考えたってそうだ。それに10隻に対処する考えがあるなら通信には応じない。言葉で、直接話して状況を打開しようとしたがゆえのこの通信の成立。

 

 ――こうして通信にでたこと自体が、この男が追い込まれている証拠です。

 

 戦闘での緊張感と高揚感が適度に入り混じり感覚は鋭敏に。いま、シャンテルは自身の思考は透きとおっているという感覚がある。


「あらとっても強気ですね。ご自分のおかれている状況がわかっていないようで……。でも、それいつまでつづくでしょうか。うふふ」

「なんだと?」

「ま、いいです。降伏勧告してさしあげます。お受けになったらどうです? 1対10では勝負が見えていると思いますけど」

「ほう、大した自信だな。シャンテルお嬢さんは戦場を知らんだろ。本物の兵器をつかっての、ごっこ遊びはやめておけ怪我ではすまんぞ」

 

 天儀があごを少しあげ睥睨へいげいするようにいった。瞬間、鹿島は天儀の口元が少し笑ったのを見逃さなかったが、挑発の一つだと感じただけだった。


「いま、降伏すれば天儀さん以下、特戦隊のかたたちの命と安全は保証しますよ?」

「捕虜扱いの国際協定に乗っ取ってというところか」

「そうですよ。いまなら好条件で生き延びられます。ご忠告申しあげますが、陸奥改は一時間もたたずに完全に包囲されますからそのおつもりで。そのときに命乞いしても遅いと知っておきなさいね」

 

 瞬間、天儀の目がギラリと光った。

 シャンテルは天儀が動揺したと確信した。目見開くようにて、唇がギュッと結ばれたのを見逃さなかった。

 

「降伏なさい――」

 

 シャンテルが犬に命じるようにいったが、瞬間天儀が全身をゆすって、

 ――ヴハハ!

 不気味な笑いを発した。体全体であくどい笑いを放っている。

 これにはラビエヌス側のブリッジだけでなく、陸奥改側のブリッジも異常な眼差し、それほどに体で笑う天儀の存在そのものが不気味だったのだ。


「この俺に降伏しろとだと? ふ、生まれがいいと、その程度の冗談で笑いが取れるのか」

「あらまだ強がりですか。話がつうじる相手とは思ってはいませんでしたが、ここまで頑迷とはあきれます。状況は1隻対10隻。30分もすれば天儀さん、あなたの陸奥改は6面を包囲されてジ・エンドですよ」

「バカめ――」

「バカ? わたくしが?」

「お前は知らんだろうが後方の心配をしたらどうだ、ということだ」

「ああ、後ろの十隻じっせきですか?」

 

 天儀が笑った。お前らは1隻につられて後方を突かれたのだよ、というように。

 が、シャンテルからすればその天儀の笑いこそ、この男が墓穴を掘ったという確証にほかならない。

「20対10。勝負は見えていると思いますけれど」

「なんだと?」

「あの十隻じっせきをたのみにしているようですが、あなたのいった10隻へは20隻をあてましたから、陸奥改に救援はきませんよ」

 

 天儀が目をギョロリとさせてから沈黙した。いや、押し黙った、とシャンテルには見えた。当てが外れて動揺したのだ。絶対にそうだ。それ以外にない。

 状況は1対10と、別動の頼みの10は20隻に襲われているのだ。

 シャンテルの巧みな戦力配分に、素人のお嬢さん相手と侮っていた天儀は墓穴を掘った。3倍でも撃破できるはずが、とんだ大敗。愉快このうえない。

 シャンテルは、もっとこの男の動揺を確かめたい、いや楽しみたい。

 が、モニター中の天儀はガラリと態度を変えていた。

 

「我らはともに将のすいたる地位にある。数が足りないので降伏するでは、この職務に服するものとしては凡庸だ」

「あらかしこまってどうしたのかしら。遺言でも口になさる気ですか? 気持ち悪いわそういうの、やめて欲しいものね」


 シャンテルがはっきりと侮蔑を口にし、嘲笑した。いま、シャンテルは圧倒的優位。どんなに高慢な態度をとっても天儀からは反撃はないのだ。さぞ悔しいだろう。

 が、天儀は容儀を正したまま、

「軽々しく降伏できないのは貴女も同じだろう。兵士らしく火砲によって運命を決しよう。私は戦いたい。シャンテル司令も同様だろうとお見受けした」

 そういって一方的に通信を切った。

 

 ラビエヌスのブリッジでは、シャンテルが映像の途絶えたモニターを眺めながら愉悦していた。

 

 ――天儀は敗北を悟って死を選んだ。

 

 小娘とあなどられていた自分が勝ったのだ。どんなものでも軍事的業績には変わりない。もうなめられないし、

 ――お兄さまにいっぱい褒めてもらえる。

 シャンテルにはもう、兄ランス・ノールとの合流後のことに思いを馳せてしまっていた。


 一方、陸奥改では通信が終わると天儀が、

「索敵の船務科せんむか!」

 と叫んでいた。すぐに、

「はい!」

 という多数の返事。


「追ってくる敵は!?」

「10です!」

「六花艦隊へ対応した敵は!?」

「えっと……。索敵結果いま出ました! 20です!」


「マジか――」

 と天儀が発して体の正面で手のひらで拳を受けた。まるで勝ちを確信したようにだ。


「鹿島、あの女の口にしたことは本当だったぞ。シャンテル嬢はとてもいいやつだ」

 

 時は惑星間時代。どんなに索敵機器と通信技術が発達しようと、知りたい情報がすぐに手元にとはいかないのが現実だ。天儀たち陸奥改からすれば、追ってきている敵が何隻なのかは知るにはもう少し時間がかかったし、戦闘の全体像をつかむのはやはり時間がかかる。

 戦いは情報、といっても、その情報はいつの時代でも丹念な索敵からの報告でもたらされる。つまり時間が必要だ。

 

 そう、天儀たちは自分たちを追ってきている敵が正確に何隻かなどと知らなかったし、天童愛は戦いを開始したろうが、その状況は知りようもない。最悪まだシャンテル艦隊の30隻が陸奥改を全力で追跡中という可能性もあったのだ。

 

「俺はいままで色々な敵と戦って、ありえない失態で敗退するさまを目撃したことが、ままあるが今回は一番だな。あいつ手の内をつらつらといいやがって、彼女が敵で助かった。喜べ鹿島、死なずにすむかもしれん」

 

 が、横で天儀の独り言のような言葉を聞かされた鹿島はたまらない。


「ふぇえ、死ぬような作戦だったんですか!」

「最悪の話だ。陸奥改が摩滅しても、最終的には六花艦隊が勝ちに勝って最終的にこの戦いは特戦隊の勝利という筋書きだ」

 

 鹿島には引きつった笑いしかない。戦争は殺し合い、軍人は命がけで戦っているとわかっていても、分厚い装甲の軍用宇宙船のなかにいれば、そんな意識も希薄となる。それに鹿島は主計部秘書課の超エリート。本来なら後方担当で戦塵せんじんなどから程遠い存在だ。


「というか降伏勧告を考えもしないで一蹴してしまって、乗員たちは納得するでしょうか。ご忠告しておきますけど陸奥改1隻に対して、敵は10隻ですからね。ちょっとは降伏もあるかもって雰囲気だしといたほうが良かったのでは?」

 

 まっとうな意見。だが、天儀は鹿島を驚いて見てから、

「鹿島、君はバカだな」

 なんの感情もなく口にした。


 今度は鹿島が驚いた。天儀のバカ発言は、あまりにあけすけがない。鹿島とて、お母さんにだってバカなんていわれたことないのに! とは思わない。が、容姿・知能・愛嬌の三拍子の鹿島の人生は、蝶よ花よともてはやされ、天才のようにいわれたことはあっても、軍のシゴキ以外で罵声を浴びたことは一度もないのも事実。

 

 確かに親しい従姉あねのカタリナ・天城あまぎに、

 ――容子ちゃんっておバカで可愛い。

 ぐらいは、いわれたことがあるが、なんの感情もなしに、バカ呼ばわりはされたことはない。

 

「ば、ば、ば……ばばばぁああ!」

「あ、悪かった。ついな」

 

 天儀が謝罪を口にしたが、気持ちがこもってない。が、悪意もないので鹿島は怒るに怒れない微妙な心持ち。


「鹿島は、あの女の口にした降伏は嘘だ」

「え、嘘?! 国際協定に乗っ取ってちゃんとした捕虜の扱いをとかって、そんな感じの話をしてましたよね。あれ? 私の聞き違いだったのでしょか……」

「あの女の険悪な目を見なかったのか。アホ面ひっさげて降伏してみろ、とたんに俺たち陸奥改の高官は拘束され直ちに処刑。乗員たちは艦内に乗り込んできた敵に殺戮さつりくされるだけだ」


 鹿島は天儀の予見に言葉がでない。いくらなんでも、そこまでしない。とも思えないのだ。鹿島は独自の情報収集で、反乱軍を統括するためシャンテルが行なった残忍な手法を知っている。

 シャンテルさんは少女のような容姿なので、部下になめられないためのプロパガンダ。箔をつけるための作り話とも思えなくもないですけど……とも思うが、鹿島は李紫龍殺害がリリヤとシャンテルの共謀でほぼ間違いなしというのも知っているだけに、降伏したところを殺されかねないと聞けば、その疑いは濃厚だ。

 

「やつらが李紫龍にしたことを考えてみろ。だまし討ぐらい平気でやってのける」

「むむ、でもそれって天儀司令が、先の交渉で無茶したからじゃないんですか。李紫龍将軍のご遺体もあちらからすれば、だまし取られたようなものでしょうし、ならばだまし討にしてしまえって思われるほど天儀司令がシャンテルさんから嫌われてるのがいけないのでは……」

「ま、それもある」

「……あっさり認めちゃうんですね」

 

 鹿島は非難の視線だ。


「ま、なんにせよ。敵は圧倒的に有利で、我々の降伏などなくても勝てるのに、そんな雑魚ども降伏など必要あるのか、とう問題だよ。ここにシャンテル嬢には我々を断罪するという決意があると俺は見た。こんな状況で降伏などしても歯牙にもかけないで殺すだろう」


 鹿島は驚きで声もでない。人間は宇宙空間では存在するだけで必死だ。この時代の倫理観は、地球時代のそれとはだいぶ違う。宇宙での国際協定は、

 ――守る。

 そうしなければ宇宙に広がった人類は成り立たない。

 

「まったく非力とは悲しいものだな。持てない弱者ほど死にたくなければ戦うしかない。我々は11隻で持てない弱者だ。対して敵は30隻の強者だ。降伏など無意味だ」

 

 天儀の言葉は重い。自分たちが、そんな悪辣あくらつな行動をしないとしても、相手はわからない。確かにそうだ。鹿島は戦争の現実を知ったような気がした。


「索敵どうなってる!」

「ラビエヌス、護衛艦2隻が陸奥改の真後ろで追ってきています」

「他は?」

「3隻と4隻に別れた2つの隊がラビエヌスから離れ回り込みを開始! このまま進めば陸奥改は45分後には三方向から囲まれます!」


 天儀は報告瞬時に反応、

「10分後に反転する!」

 と叫んでから、ヘッドセットを乱暴につかみマイクを口元にやった。


「いま、敵は乱れた! 敵は3つに別れ、2つが回り込みを開始。陸奥改は反転して、真後ろのラビエヌスと護衛艦2隻を撃破する。我らはまだグランダ軍人で勅命軍である。皇軍の名を冠する各員の奮起を期待する」


 艦内の隅々まで天儀の激励が届いた。が、横で聞いていた鹿島は驚いた。鹿島は天儀の名補佐官の自負があり、その視界は一歩引いたところから、冷静だ。


「ちょっと、ちょっと! ブラフだったらどうするんですか!」


「なにがだ」

 と天儀が不快げに応じた。状況は差し迫っている。いつなんどき後方から撃たれまくるかわからないのだ。そんな状況でも黙らない女は、空気が読めない、とすら苛立った。


「つまり通信でシャンテルさんがいったことは、私たちを騙すための嘘だって可能性です」

「だったら死ぬまでだ」

「無鉄砲です! 冷静になってください。そうですいつものご自分を思い出して。少しはにかんで笑う天儀司令。そんな司令に戻ってください」

「俺は冷静だよ鹿島」

「はいはい。冷静じゃない人ほどそういいますので、はい、深呼吸ですよ。ね?」


 鹿島はお母さんのようになだめたが、天儀は反抗期の子供だった。


「おい、鹿島、君はその高性能の脳みそを少しは戦闘でもつかえ。このまま逃げ続ければ、陸奥改は天童愛からの六花艦隊から離れすぎる。天童愛が勝っても俺たちは10隻に囲まれて終わりだ。敵のほうが足が速いんだぞ」

「でも、六花艦隊に近づきつつ逃げるって方法も――」

 

 鹿島は必死と食い下がったが、

「三隻に減ったいま、この瞬間にしか勝機はない!」

 と天儀がかっとなって怒鳴りつけた。青筋すら立っている。普段は先輩のように優しい天儀司令も戦闘では鬼だった。

 天儀は特戦隊では最上位の存在。そして普段はのほほんといしていても鹿島もれっきとした軍人。上官の命令には逆らえない、という重圧が怒涛となって鹿島に襲ってきた。

 怒鳴りつけられた鹿島の顔は真っ赤。涙目だ。が、気張って天儀の横に立って胸を張った。


「陸奥改は大改装でほぼ最新鋭だ。対してヤツらは足だけだ。艦性能で押しまくるぞ」


 正面を向いていう天儀は声も態度も落ち着いたもの。

 ――人の気も知らないで!

 鹿島は腹立たしくもあるが、天儀があまりに怒鳴りつけたことなど、なかったようにしれっというので鹿島も、

「こっちには超重力砲がありますからね」

 と何事もなかったように応じた。けれどやはり声はズブズブ。自分でも涙声というのがよくわかる。それでも毅然とした態度。それが鹿島の理想とする名補佐官だからだ。強がりでも、つづけていば理想の姿に近づいていくことを鹿島は疑わない。

 

「そうだ。わかってるじゃないか」

 天儀が笑った。

 怒鳴って、普通に話しかけて、次の瞬間には素敵な笑顔。

 もう! と鹿島は思いつつも不思議と腹立たしさが霧散。

 ただ、やはり一言はいいたい。ものの数分で天儀の顔の景色は変わりすぎ。その態度は豹変ひょうへんとすらいっていい。鹿島は小声で、

「……天儀司令の笑顔はずるいですね」

 ポツリと不満。


「なにかいったか?」

「なんでもないです。勝つという確信が、おありなんですよね」

「なきゃあ戦わない」

「なら不肖鹿島は全力でサポートしますから」

「はは、それでこそ我が秘書官の鹿島容子だ。頼みにしているぞ。君が俺の無茶についてきてくれるから他のものも黙って君の真似をする。君は特選隊内で尊敬されているからな」

「もう、そんなこと――」


「そんなこと?」

 天儀がまた笑った。まぶしい笑顔だ。


「ありますけどね。もう、なんか天儀司令って都合がいいんですから」

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