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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十九章、ネルソン・アタック(カサーン会戦)
132/189

19-(4) シシスベ

「背面敵です――!」

 

 ラビエヌスのブリッジには慌てた報告。とたんにブリッジ中は動揺した。

 まさか後ろから、とは誰も思っていなかったのだ。正面以外なら、よくて側面。

 

 理由は単純。陸奥改は正面から現れたのだ。当然、他の特戦隊の艦艇が現れるなら正面からだ。なぜなら――。

天儀てんぎは、あの少ない戦力を二分してぶつけてくるというのですか!?」

 シャンテルは思わず大きな声。驚いていた。

 

 30対11の戦いで、少ない方が戦力を分けるのは常識的に考えて悪手だ。一丸となって当てるほうが突破力がでる。

 

 この動揺はシャンテルだけでは済まされない。トップの動揺は、特殊合金の船体と宇宙を越えて艦隊全体へつたわった。いや、そもそもシャンテルの動揺がつたわらなくとも、シャンテル艦隊では誰もが、

 ――正面に敵。

 と思い込んでいたのだ。背後から敵、というのは衝撃が大きい。

 だが、驚いたとはいえシャンテルは冷静だった。


「こちらは30隻。ラビエヌスと9隻はこのまま天儀を、隊形後方の20隻で敵10隻を迎撃します」


「さすがはクイーン」

 とレムスが安堵の声。レムスも相当な衝撃をうけていたのだ。それがシャンテルときたら落ちついたもので、すぐさま冷静な指示。動揺していては早くて的確な決断は不可能だ。


「意外なことでしたけれどね。けれど11隻を二分など自殺行為と知れ、ということです。戦場に元から予定していた11隻が揃った。それだけです」


 が、冷静な言葉とは裏腹に実際はシャンテルを含め全員が心の底では動揺を残していた。

 単艦の敵の旗艦。簡単に狩れる大物。だが、同時に無傷で、かつ早く本隊に合流したいという意志が強いのがシャンテル艦隊。

 陸奥改を追うのに、本隊のある第二星系とは逆行したうえ、間に入られたとなれば動揺は大きい。この動揺は戦いでは焦りとなる。

 

 ――早く敵を撃破して、早く本隊へ合流したい。とにかく早く。

 

 この焦りがわずらわしい耳鳴りとなって頭のなかで鳴り続ける。きわめて集中できない。

 たとえわずかな距離とはいえ逆行し、しかも少数とはいえ退路を遮断された。シャンテル艦隊では上から下まで誰もが心のかなで焦燥を抱えながら戦いへと突入することとなった。

 

 レムスも冷静ではいられない。


「遠巻きに現れ、嫌がらせのように遠距離攻撃。我々が去るのを待つと思っていたが……」

 

 それが一番いいのだ。損害は最小限で第二星系の要衝が手に入る。それをわざわざ30隻に突っ込んでくるとは理解に苦しむ。

 

「レムスQC武装親衛隊隊長」

 とシャンテルがかしこまってレムスを呼んだ。


「後方の敵に対応する20隻をレムス隊として切り離します。あなたは直ちに巡洋艦じゅんようかんコルセロへ移り20隻の指揮をお願いします」

「ですが私は第一執政からクイーンをお守りしろと厳命されています。他のものへ命じください!」

「わたくしと、あなたが二人でここにいる意味はありません。ふた手に別れた敵に、ふた手に別れて対応。艦隊を分けて連携を取って戦うとなれば、二つが呼吸をあわせることが重要。わたくしの副官を長く務めてくれているレムスさんなら最適です」


 レムスが、ですが! と必死の形相となって反発しようとしたが、

「命令ですよ」

 とシャンテルがピシャリと放った。レムスは苦悶の表情をしてから敬礼。コルセロへ移り20隻を指揮することを承服した。

 

「離れてもいてもクイーン・シャンテルを一番の思っているのは親衛隊長の私です。どんなときも必ずシャンテル様をお守りします」

 

 敬礼するレムスがキリリとした表情でいった。

 

 眼中にない相手からの無上の忠誠心。シャンテルは当然のこと、とは思わなかったし、上辺だけの言葉とも感じなかった。ただ、不思議と心がザラついた。

 

 自分はこの男を使い捨てるきですらいるのだ。この男がわたくしの冷淡な心の態度を知ったら、この男はどういう態度にでるだろうか、とシャンテルは思った。

 裏切られたと復讐心を燃やすのだろうか、それとも忠誠を捧げるにあたいしない女と幻滅するのだろうか。いや、この男はシャンテルの心に自分が映っていないと承知して忠誠を口にしているような気もする。それでいて貴女のためなら喜んで死ねるという態度を貫いているのだと思えた。

 

 シャンテルはやはり心に意味のわからないザラつきを感じたが、あえてフッと微笑んだ。

 

「まるで騎士ナイトさんね。たのもしいわ」

「はい!」

 

 レムスが全身で嬉々。陶酔とうすいしたような表情となった。

 シャンテルは、やはりレムスが、自分が信奉する相手の眼中にないことを知っていたような気がした。

 

「クイーン・シャンテルへ三身さんしんささげよ! 私が設定したQC武装親衛隊のモットーに嘘偽うそいつわりはありはありません。このレムスは貴女の騎士シシスベです。よくおつかいください」

「なるほど……騎士は騎士でもシシスベですか……

「はい! 淑女へ対し見返りを求めない献身。これが騎士シシスベです」

「では、わたくしの騎士シシスベへ命じます。20隻で後方に現れた敵に10隻をただちに撃滅しなさい。わたくしこれ以上の無用なわずらいはごめんです」

 

 すでに敬礼しているレムスは反り返るようになって大声で返事。飛ぶようにブリッジをでていった。

 

 これで後ろの10隻の対策万全、とシャンテルは思った。レムスは20隻で敵は10隻だ2倍の兵力で負けるはずがない。


「さて、わたくしは天儀の陸奥改ですね。どんな心づもりかは知りませんが、たった1隻では、どんな魔法をつかっても勝つのは無理」

 

 ――力でねじ伏せる。

 とシャンテルは思いっている。なにせわたくしの手にある戦力は10隻。天儀の10倍ですから。

 

 しかし、なんの考えもなしに単艦でいるとも思えないのも事実だ。それにシャンテルとしてはできれば天儀の狙いを看破したうえで陸奥改を撃沈したい。交渉では天儀の狙いを見抜けず、李紫龍の死体をわたしてしまった。だからこそ今回はあの男の狙いを見抜いたうえで殺してやりたい。

 

 シャンテルは情報が表示されているモニターへ目をやった。なにか天儀の狙いがわかるような情報があるかもしれないと思ったのだ。けれど、そこに飽きるほど見ているカサーン宙域図。その上にのる陸奥改のスペック情報と天儀を始め乗員たちの情報。

 

 シャンテルは憎らしい天儀の顔を凝視。

 が、モニター内の天儀の画像は物言わない。当然だ。だが、それがいまのシャンテルには腹立たしい。なぜならこうやって写真を見つめてみれば、天儀の顔はとても従順な人間の容姿には見えないからだ。

 

 悪人面、とすらシャンテルは思う。

 

 可憐な容姿の内面に巨大な好悪。物言わない弱者ほど、内側でははらすええかねている。非力は相手の傲慢を呼び、譲歩は増長を生む。それでも笑顔でやりすごす。ときには皮肉のこもった優しい言葉を口にしてみたり、困った顔をしてみるが、ほとんど相手は気づきもしない。

 

 それでもシャンテルは我慢。なぜなら自分は、

「あなたがたなどより、はるかに高尚な人間ですから」

 下等なものの振る舞いに一々腹など立てるのが、ばかというもの。証拠に相手と比べて自分のほうが勝っている点はいくつも見つかる。

 人間観察は得意だ。なんといってもシャンテルはセレスティアルの血筋。セレスティアルは王者の血統。人の上に立つものとして相手を洞察する力を養っておかなければならない。

 

 そう、シャンテルには外見や上辺だけの振る舞いに騙されない、という自信があった。なにせ兄のランス・ノールはこの手の洞察力に長けていて、『なんでも見通す金目銀眼オッドアイ』などといわれているのだ。兄ほどではないが、自分にも近いことはできるとシャンテルは思っていた。いや、いまでも思っている。それが天儀には騙された。李紫龍の死体を掠め取られた。セレスティアルの自分と元大将軍グランジェネラル。社会の上位層にいるもの同士の話し合い、と気分を良くしていた自分が情けない。

 

 ――あの男から、あのときわたくしってどう見えていたのでしょうか。

 

 バカな女。交渉を知らない素人。血筋だけ誇らしげな中身のない小娘。口惜しさと屈辱感。そんなふうに思われていたに違いない。シャンテルの口中が生肝なまぎもを詰め込まれたような息苦しいほどの苦味で一杯となった。

 

 ――不快な男。

 

 シャンテルのなかに憎悪が渦巻き、次の瞬間にはハッとして、

「そうだわ――」

 なにか思いついたように口にすると近く控えていた高官の一人へ指示をつたえたのだった……。

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