19-(3) それぞれの会敵
高速戦艦ラビエヌス率いるシャンテル艦隊30隻の前に、突如として単艦で躍り出た陸奥改。
だが、直ちに、
「目標、陸奥改! 砲戦開始!」
とはならなかった。
シャンテルは単艦で目の前に現れた敵旗艦に意外にも冷静。天儀を地獄送りにしてやりたい、という衝動を行動に移すのは一軍長には許されないとうことぐらいわかりきっている。
「他の十隻はどうしたのでしょうか?」
冷静にいうシャンテルに対して、副官のレムスはそうもいかない。今回のカサーン守備で少しでも成果を大きくしたいのだ。懸念の特戦隊の旗艦を倒して、本隊に合流となれば無双の殊勲だ。軍人になるような男なら逸らずにはいられないというもの。
「レイダーに付近に艦影なし、索敵部隊からの報告もなし、トランスポンダからも陸奥改以外の敵の情報はありません。これはチャンスです!」
嬉々として、沈めましょう、というようなレムス。いや、鹵獲すら可能かもしれない、こちらは30隻で、相手は1隻だ。が、シャンテルは冷静だ。
「トランスポンダは必ず艦情報を送ってくるのですよね?」
「艦の情報というより、あらゆる宇宙ある人工物すべてです。我らの近くに敵艦がいれば必ずわかります。ステルスなどの隠蔽兵装はしょせんは弾に当たらないためだけのもので、存在をなくすことにはなりません。この宙域に、いる、といことは必ずわかります」
「情報を偽造するということは? 例えば他の10隻を民間船や人工衛星に偽装するとか」
「ありえない上に技術的に難しいです。いえ、やはり宇宙で自らの存在を発信しないというのは、逆にきわめてリスクが高すぎます。自殺行為です」
「……それはわかります」
「こうは考えられませんか、敵は戦力を二分した」
「つまり?」
「たとえば陸奥改に護衛艦2隻、残り8隻のグループにわけて進撃したと。で、なんらかのアクシデントにより、両者の連携はくずれ陸奥改のグループだけ現れた」
「レムスさん、それでは陸奥改が単艦で現れた理由にはなりませんよ。護衛艦2隻はどこへ?」
シャンテルが眉間にしわをよせていった。
――そんなことも、わからないのですか。
とレムスは戦功に逸っていても思わなかった。それに現に自分の言葉は足りない、という自覚がある。
「それもアクシデントです。護衛艦の一隻が機関不調で帰途に、もう一隻が護衛で二隻は転進。つまりひきあげた。そして陸奥改は別動の8隻と合流し損ねて、我々のまえに単艦ででてきてしまった。偶然が重なった不運。我々にとっては幸運ですがね」
――そんな都合のいいことありえない。
とはシャンテルは思わなかった。
第二星系にきていらい艦隊のマネージメントを握っていた彼女だ。わたくしって並の将軍などより艦隊管理の実態をよく知っているのではないでしょうか、と思ってしまうぐらいシャンテルは星系軍の艦隊というものを肌で知っている。
主要艦艇約150隻。これだけいれば毎日のように問題が起こり、補助艇まで入れれば必ずどれか壊れているような状況だ。リアルに考えれば11隻の特戦隊にも、このタイミングでなんらかのアクシデントが起こるということは、否定はできない。
単艦の陸奥改。
そう、なにより目の前の現実がそれを物語っているように思える。
「たった一隻の陸奥改。これがわたくし達の目の前に現れたのは、紛れもない天佑ですか……」
「そうです!」
レムスは全身で叫んだ。シャンテルはうなづき近くにいた艦長を見て発した。
「副司令さん!」
「ハ!」
「全艦艇へ通達。全艦、艦首回頭! 全速前進!」
つづいてシャンテルの指示は砲術長へ。
「三基全砲門で陸奥改を狙ってください」
砲術長が切れのいい返事とともに行動を開始した。二分以内にラビエヌスの三基の砲塔は動作を開始、陸奥改に照準を合わせるだろう。
まずはラビエヌスだけの砲撃で様子を見る。これがシャンテルの考えだ。撃ってみて、仮に他の10隻が現れれば待機状態の艦艇を対応にあてる。
「撃沈しますか!」
レムスが再び叫んだが、シャンテルは冷静だ。
「いえ、これはかなり運がいい状況だとシャンテルは思います。ゆえに慎重に、です。止めはもっと確実な方法で、と思います」
「では、〝巨人殺し〟をつかいますか? いいと思います。いくつかの護衛艦には最新鋭のやつが積んでありますし、シャンテル艦隊のどの艦艇より陸奥改はデカイ。止めには相応しい」
シャンテルが、ふふ、と微笑した。それはどうかしら、というように。レムスは自分が信奉する上官殿には余裕があるな、と思った。さすがあのランス・ノールの妹だ。
レムスはじつはかなり緊張している。シャンテルが指揮官として機能しない場合、自分が代行することになるし、こうしてシャンテルの相談役となって決断する責任があるからだ。レムスの立場は重責といってよく、これまでように、
「前線勤務が頑張ってら。でも、それが仕事だろ。たのむから勝ってくれよ」
と他人事のようにはかまえていられない。
「陸奥改がこちらへ、このまま突っ込んでくれば別ですけれどね。砲撃で沈黙させ、巨人殺しで止めが可能だと思います」
レムスが、ふむ、という顔をした。なるほど兵器には色々あり、ラビエヌスにも他の艦にも重力砲やミサイル以外の武装がある。クイーン・シャンテルは、そのどれかをつかうのだろう。より確実に陸奥改を沈めるために。
加えて、なるほどホワイト・フラッグは無視かもしれんな、と思った。レムスは、いまのシャンテルの言葉に陰険さと明確な殺意を感じたのだ。そうなるともみ消しなどの裏工作も必要となるわけで、一隻まるまる皆殺しのほうがつごうはいい。これが口封じと隠蔽では、最も確実で楽な方法だ。レムスの想像はそこまで飛んでいた。
「レムスさんは回頭後の陣形を整えてください。いくら一隻相手でもバラバラといけばみっともないですし、もしもの危険がありますからね。相手が少ないからといって侮るのは最も愚かしい行為の一つですからね」
レムスが跳ねるように敬礼し司令部のほうへ駆けだした。
シャンテルは、それを黙って見送ると、ブリッジ中央の大モニターに目をやった。そこには陸奥改。陸奥改の映像の横には艦情報として天儀の顔がある。
「見ていてくださいリリヤさん。わたくしが必ず天儀をリリヤさんの元へ送って差しあげますよ」
今度は仲良くしてくださいね、とシャンテルは思ったし、これでは少しはリリヤさんも浮かばれるだろう、とも思った。
シャンテルはリリヤのいった先が天国か地獄は知らない。いや、地獄な気がする。それほどにリリヤはわがままだった――。
「……わたくし地獄送りなら少々自信ありでしてよ。天儀、覚悟なさい」
シャンテルがモニターに映る天儀の写真をにらんでいった。映像は無反応だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「敵艦隊回頭! 全艦こちらへ向かってきます!」
単艦で突っ込む陸奥改のブリッジではそんな叫びのような報告が。ブリッジには緊張をとおりこし悲壮感。全員が真っ青だ。
相手は大小さまざまで、陸奥改より大きな艦はいないとはいえ30隻だ。これを天童愛の六花艦隊が、敵の退路を遮断するまで一隻で引きつける必要があるのだ。
「ネルソン・アッタク開始!」
と思わず鹿島容子は腕を振りあげ叫んでいた。
戦っている、という濃厚な実感に興奮したのだ。前回の戦闘は二足機戦が主体だった。が、今回は間違いなく艦同士の砲戦で決着がつく。肌に感じる戦場の空気の濃度が違う。呼吸するたびに鼻の粘膜に感じる空気も重く、熱く、若干の息苦しささえある。
が、天儀といえば冷静だ。いや、乗員たちからすれば冷静であってもらわねば困る。
「超信地旋回! 180度回頭!」
天儀の指示が復唱され、陸奥改の巨体が船体の中央部を軸に回転。3分後には前後が入れ替わるだろう。
180回頭の指示に鹿島は驚いた。なにせいまから敵へ肉薄し砲戦が開始されると思いこんでいたのだから。
「え、天童愛さんの六花艦隊にあわせて私たちもネルソン・アタック、もといい突入を仕掛けるんじゃないんですか?!」
が、天儀は無視。
「回頭完了後、水平角そのまま! 出力8割で前進!」
「え?! 逃げるんですか!」
鹿島がさらに驚き非難の叫び。なぜなら宇宙船で出力8割といえば全速力を意味する。それ以上の出力は故障前提の火事場の馬鹿力。いつブツリと機関が停止してしまうかわからない危険な行為。宇宙船にはセーフティが盛りだくさん。主電源を失えばすなわち死とまでいわないが、やはり死に大きく近づくことには違いない。
「戦術的なターンのつもりですか? 向かってくる敵を前に格好つけてターン。司令官になると誰でもやりたくなるんでしょうか。でも下策だと思います。回頭して戦ってください」
「落ち着け鹿島、いま突っ込めとは君は死ぬ気か」
「でも、ネルソンっていったじゃないですか。ネルソン・アタック。敵を見つけたら突っ込んで、肉迫して、損害をいとわず砲撃しまくるって」
鹿島としは梯子を外された気分だ。天儀司令ったら、あれだけいったのに30隻を目の前にしたら発言撤回。くるりとターンして逃げるんですかぁ、とあきれすら覚えるというものだ。
「手のひらクルーですよそれ!」
「わかってる。落ち着け鹿島」
「落ち着いてます!」
じゃあ早く、ネルソン・アタックして、と鹿島は急進的だ。対して天儀はつとめて優しい声でていねい。まるで怒る彼女をなだめるよう。
「いいか敵を見てみろかしまぁ」
「敵ですか? 見えてます。大モニターに、ほら30隻」
鹿島は興奮して指していった。
「それが見えているならわかるだろ。敵は整然と回頭し、陣形を整えながら進んできている。どこに突っ込む隙きがある? 整いがないところを攻めろというのは兵書の常道だ。歴史が好きな君ならわかるだろ」
むむ、と鹿島は黙り込んだ。天儀司令のいうことはわかるが、なんかそれって、
「むむ、それって言い訳っぽくないですか」
と鹿島は思わず口に出していた。天儀は引きつった笑み。けれど冷静さは失わない。
「君は正直で大変よろしいな。だが、乱れがないところを攻めるは自殺行為だ」
「じゃあお聞きしますけど、いつ乱れるんですか? 私には敵がこのあともずっと整然と進んでくるように思いますけど。それに私たちが全力で逃げてしまうと、敵は追撃を切り上げて全艦あげて六花艦隊を襲うことだって考えられます」
「君はとんでもなく心配性だな。が、その心配は無意味だ。いや、戦いではそいうのを雑念というんだ」
「いま、直ちに突入を仕掛けたほうが敵にとっては意外で、意表をつける、と私は思います。単艦の陸奥改。これ以上の衝撃がこの戦場にあるんでしょか」
鹿島は強く進言した。が、天儀はやはり冷静だ。
「そりゃある」
「どんな? 具体的にお願いしますね。私は天童愛さんから天儀司令をくれぐれもってお願いされてますから。天儀司令がいざとなったらビビって逃げたのを黙ってみていたとなれば私が怒られちゃいます」
「チッ。天童愛はとんでもないのに、お目付け役をまかせやがったな」
「メッ! はぐらかさない」
厳しい鹿島に天儀は嘆息。熱くなる鹿島に、優しくていねいな言葉を与えたら増長となって跳ね返ってきた。が、天儀からすれば可愛らしいものだ。いや、鹿島のこの熱さは天儀を思ってくれているからこそのものだと、恥ずかしぐらいにつたわってくる。
天儀は少し笑った。
「逃げりゃ乱れるさ。なにせ簡単に手に入ると思った大戦果がとんずらだ。必死に追うさ」
敵は全艦で回頭。
天儀からいわせれば、これがすべてだ。いかに陣形を見事に整えて反転してこようとも、陸奥改を全力で殺すという決意は隠しきれない。むしろ整然とした進行は、陸奥改を絶対に仕留めてやるという強い意気込みだ、と天儀は見る。適当に反転して、陸奥改を追い散らしたいだけなら、多少乱れても問題ない。早く迎え撃つポーズを見せることが重要なのだ。反転に驚き陸奥改が背を見せたら、狙いどおりだ。先頭を走る艦に帰るぞとつたえて切り上げるだけ。
「取り澄まして進んできても必死なのがバレバレだぜ」
天儀が腕組みしていうなか、陸奥改が回頭を完了しようとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
巡洋艦カグツチ――。
ブリッジ――。
「陸奥改より暗号電! 『予定どおり・予定どおり。予定どおりたのむ』……だそうです」
ブリッジには、どういう意味だ? という困惑の空気。重要な作戦中に、いい加減な連絡だとすら思う。そんななか、ただ一人司令座の天童愛は違った。
「あら第一段階は成功ね」
とたんにブリッジ中の意識が、威厳に美しさをまとったような天童愛に集まった。やはり乗員たちからすれば陸奥改からの入電はあまりにわからない。
視線は、できればご説明をお願いします、という意味だ。
――なにかにつけて、わたくし任せでは困るのですが。
天童愛はクスリと笑った。
天童愛は艦隊を分離してからというもの高官から下っ端までたよられきりだ。なにせ特戦隊は急遽かき集められた戦力。新兵が多く、先の戦争でも後方待機していたものばかり。ベテランと呼べるようなものは陸奥改の兵員たちぐらいだ。そんななか若くても歴戦の天童愛は、とても頼もしい存在だ。
「わたくしって、お客さん枠だと思っていたのだけれど」
「ご冗談を」
と高官の一人が必死の形相。11隻で30隻と戦うのに指揮官が、主役のあなた達がご勝手に、では勝てるわけがない。11隻が一丸となって無茶を押し通してこそ多数を撃破したという功名を手にできる。
が、天童愛からいわせれば、だからこそ、おんぶ抱っこでは困るのだが……。そんな考えもあるが、理解させる必要もある。不思議を抱えたまま激戦に入れば、いらぬ集中力の低下を招きかねない。
「予定どおり敵30隻と遭遇し、予定どおり追われている。ということですよ」
「ああ、では『最後の予定どおりたのむ』は、我々も作戦どおりネルソン・アタックを仕掛けろという念押しですか」
「どうかしら」
「違うのですか?」
「早く助けてくれ、という意味だと思いますよ」
といって天童愛は思わず、うふふ、と声にだして笑ってしまった。
「なにが可笑しいのですか?」
高官はけげんな顔でいった。悪いがいまの笑いは、あまりに緊張感がなく、この場にふさわしくない。
「あら失礼。でもね、わたくし、あの天儀司令が真っ青になって追いかけられていると思うと可笑しくてついね。だって〝予定どおりたのむ〟だなんて天儀司令にしては下手にすぎやしません? いつものあの男なら〝予定どおりされたし〟とか、いえ、そうね。予定どおり〝やれ〟ぐらいのことはいいそうね」
「あ、なるほど――」
天童愛の天儀への冷たい態度は有名だ。誰もが知っているし、普段特戦隊に君臨している男が青くなっているさまは、たしかに笑いを誘う。
緊張していた高官たちの間に小さな笑いが起こった。
が、そんな笑いも、
「目標の座標に到達! 六花艦隊は30隻の後方につけました」
という報告でかき消された。再び緊張がブリッジを支配した。
「敵艦隊30隻を補足。トランスポンダからの情報では、カサーン守備の敵はシャンテル艦隊と名乗っています。繰り返します。敵はシャンテル艦隊です」
「では、わたくしたちも遅ればせながら突入の開始です。針路このまま。目標シャンテル艦隊。横一列。横角、右30度!」
すぐさま副官がうわずった声で各艦艇へ向け復唱。
「カグツチから各艦へ! 六花艦隊は単横陣へ隊形をチェンジ。船体を右へ横角30に傾け!」
単縦陣で進んでいた11隻が横一列に、そして同時に船体を30度に傾けた。
完成されたのは上から見ると一文字、正面から見ると斜線の隊形だ。
「敵は立体的な輪形陣。これで背中を袈裟斬りするように突入可能ですね。単なる横隊より芸がある」
副官は、そういいと隊形の完成を報告した。
「横一列になってヨーイドン。スタートは平等で、どの艦が一番早く敵艦隊へ突入できるか。わたくしのカグツチも含めてね」
「なるほど――」
と応じた高官の顔は青い。一番早くということは、先頭を行くということで、当然として敵の砲門が集中する。とても、はい! とはいい難いのだ。が、天童愛は戦いにおいては果敢さでは無比の存在。
「わたくしとしてはカグツチが一番だとうれしいのだけれど――?」
「はっ!」
周囲の高官たちが跳ねるように敬礼。
星間連合のアイス・ウィッチあらため特戦隊のアイスウォッチは先陣をご所望。
10隻が決死となってシャンテル艦隊の背後から突入を開始した。