19-(2) QC武装親衛隊
「お兄さまご安心ください。シャンテルはやってみせますから」
シャンテル・ノール・セレスティアは、そういって兄ランス・ノールの手を取った。
国軍旗艦ザルモクシスの司令官室で二人きりの兄妹。健気に微笑むシャンテルに対して、ランス・ノールは顔面蒼白。顔色悪く狼狽する兄に、言い聞かせるように微笑む妹。これではどちらが年上かわからないほどだ。
「すまない。私が残れれば――」
「ほんとお兄さまは心配性ですね。シャンテルはこう見えてもう大人ですよ? それにやっと本当にお兄さまの役に立てると思うとわたくし嬉しくて。見事お役目をはたしてお兄さまの艦隊に合流してみせますから見ていてください」
妹の優しい言葉に、苦肉の策だった、とランス・ノールが慚愧にまみれた。
ランス・ノールはカサーンを見捨てなかった、と印象づけるには最愛の妹を残していくのが最も効果的。第一執政ランス・ノールのシャンテルへの盲愛は宇宙で知らぬものがいないほどに有名。
――残るといってくれるな。
撤収にあたっての会議で、発言を求め挙手した妹をランス・ノールは絶望をもって見守るしかなかった。
「持てる最大限の武装。最大限の兵員を残した」
だが、それでも30隻が精々で、控えている朱雀艦隊との戦いを考えれば最精鋭など残せるはずもない。
だが、シャンテルが座する戦艦ラビエヌスは重装甲で快速という少々特殊な戦艦だ、とランス・ノールは自分へ言い聞かせた。が、反転して不安が襲う。ラビエヌス以外は船速だけの並の艦ばかり。悪いとまではいえないが、良いとはお世辞にもいえない艦ばかりなのだ。
「戦艦1隻。巡洋艦4隻。護衛艦25隻。十分です。ちょっとした大艦隊ですね。わたくしお兄さまや朱雀さまに、司令官席に座りたいだなんて、わがままをいったことがありましたけれど、最近この夢がなかって嬉しいんですよ」
「そうだ。シャンテルは立派な司令官だ。きっと上手くやってくれ」
自分が民間人の妹を仕立て上げた。下賤な選択だった。ランス・ノールは、そんなことを、いまにして思うが後悔先立たずだ。
シャンテルへ軍事の手ほどきをしたのは、最初は護身になる、という軽い気持ちと、自分の仕事を理解して欲しい、というわがままだった。気づくと飲み込みのいいシャンテルに、ランス・ノールは教える喜びを覚え、ついには士官教育までほどこしていたのだ。
俺は教官や教師も向いているな、と自画自賛。得意になって教えていた。ハッとしたときには時すでに遅し。ブリッジで立つ自分の横には、訓練士官の身分で乗り込んだ軍服姿が初々しいシャンテルが微笑んでいた。
技術、医療、慰撫、事務、単純労働。民間人を軍に組み込む機能は、いつだってある。適当な理由で乗り込ませ、いつのまにか艦上勤務時間は並の士官より多いぐらいだ。だが、いま思えば後悔しかない。
「このいたらない兄を呪ってくれ」
「そんなお兄さまったら、もう。わたくしシャンテルは第一執政代理であり、カサーン守備の艦隊の司令官ですよ」
が、元気にいえばいうほど痛々しさしかない、というのがいまのシャンテル。強気な言葉は残りたくないという悲痛。兄を心配させまいと浮かべる笑みは戦いなんて嫌、という強烈な思いの反転でしかないというのが、ランス・ノールにはわかりすぎるほどにわかる。
「シャンテル――」
といってランス・ノールは目一杯妹を抱きしめた。この世に兄妹二人きり、父と母の死で親戚とは絶縁した、とランス・ノールは決め込んでいる。
「お兄さまったら……。でもシャンテルは嬉しいですよ」
「――すまない」
「あやまってばかり。自信をもってください。第一執政さま」
気づくとランス・ノールが妹の腕のなかで抱かれていた。
ランス・ノールに一抹の気まずさ。子供が母に甘えるようでは、さしものシスコンも情けない。
ランス・ノールは咳払い、襟元を正しつつも頬は赤い。
シャンテルはそんな兄を口元に手をやり笑って見送った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
旗艦ラビエヌスのブリッジ――。
「QC武装親衛隊。やりましたねクイーン・シャンテル」
といって優美に頭を下げたのは、シャンテルの第一のファン。いや、筆頭の副官を決め込んでゆずらないレムスだ。
「あらやだ。クイーンだなんて、わたくしプリンセスなんですけれど。クイーンってオバサンみたいではありませんか?」
「いえ、そんなことはありせん! プリンセスでは威厳が足りません。我らが女王様であってください。そのほうがはるかに士気も高揚します」
シャンテルがクスリと笑った。必死にいうレムスは大げさすぎで、どこまで本気だかわからない言葉だ。シャンテルとともに残された者達はババを引かされた、と思っている可能性すらある。けれど、この男に限っては気分が高揚するんでしょうね、とシャンテルはクイーンと呼ばれることを容認した。いまは、手にした戦力が少しでも強くなればなんだっていい。
なお、シャンテル信者のレムスにとっては直属の上官がどう呼ばれるかは大問題。必死にもなるというものだ。なぜなら艦隊内でとおっているシャンテルの二つ名は、
――呪い人形。
畏怖されて呼ばれているとはいえ、これではあまりだ。それ以外では、お嬢さんとか小娘とか、明らかにバカにしたものばかり。レムスとしては今後はクイーンを徹底していきたいとすら思う。
「QC武装親衛隊は小惑星カサーンを守備するために編成された艦隊ですか」
「いえ、近いですが違います。カサーンの守備はきっかけにすぎません。シャンテル様の親衛隊の発足は予定事項ですから」
「あら、そうなんですか?」
「〝編制〟ですよ。いまや我らは艦隊の真の主です。代理とかではありません」
レムスが力強くいった。
編成も編制も同じ〝へんせい〟で、混同されることも多いが、編制となれば恒久的な管理編制を意味する。戦争が終わっても解散されない。それがQC武装親衛隊だ。
ランス・ノールの第三艦隊に合流後も、シャンテルの艦隊として残される可能性が高い。
――いや、ほぼ確定だ。
とレムスは思う。なにせ第一執政ランス・ノールが、
「我が妹に任務編成の寄せ集めなど与えられるか! 親衛隊をさずける。シャンテルのためなら死ねるといものを集めろ!」
と豪語したのだ。
そしてシャンテル嬢は戦いに気乗り薄。いや、嫌がっているというのをレムスは知っている。このままシャンテル一番の副官の座に居座れば、司令官代理として事実上の艦隊司令として君臨も可能。ランス・ノール付きから外されて、一時は左遷されたかと気が沈んだこともあったが、1個艦隊の実務のトップとなればレムスのキャリアは大逆転だ。
――それには成果も必要だ。
とレムスは思う。
「我らの快速の30隻に敵は11隻ですか。母艦もなし……」
「あら、いけませんよレムスさん。シャンテル艦隊には任務がありますから」
シャンテルが微笑んでいった。
瞬間、レムスはゾクリとした心地よさを覚えた。
微笑みかたが、たまらなかっただけでなく、あっさりと自分の艦隊名の頭に自分の名前をもってきて、サラリとそれを口にする。しかも不自然でない。セレスティアという高貴な血筋がなせるわざなのか、シャンテル人間性からくるのかレムスにはわからないが、とにかくシャンテルの魅力に強烈だ。
「我ら武装親衛隊はクイーンのためなら三身を捧げる覚悟です。死を恐れるものなどおりません」
「……三身を捧げるですか。三度生まれ変わってもシャンテルに尽くしてくださるなんて武装親衛隊はたのもしい存在です。けれど、その気概は朱雀艦隊と戦いでつかってください。今回、わたくし達は会敵後に最長距離で砲戦を行なったら、即時この宙域から離脱します」
「ええ、わかっております。ファリガの第一執政の艦隊に合流が第一ですから。そこでの朱雀艦隊との決戦で暴れまわって大戦果を捧げてみせます」
シャンテルは微笑みながらレムスを見た。その目は冷えあがっている。だが、そんなことにレムスは気づきもしない、いや気づいても喜びを覚えかねないのがこの男だ。つづいてシャンテルは中央の大モニターに目を移した。
そこには艦外の風景。といっても黒い宇宙に星々のきらめき。守るべき小惑星カサーンは、画面の中央付近でさしたる大きさもない。
星が瞬くだけで宇宙は平和だった。
「敵はいつ現れるのかしら……」
シャンテルからすれば、本当に敵が現れるのかすら曖昧だ。11隻に対して残されたのは30隻。約三倍だ。
――普通ならこない。
とシャンテルは思う。
少し待ってなにもなければシャンテル艦隊30隻はファリガへ去る。シャンテル艦隊のカサーン守備は期限付きだ。
そう、こない特戦隊を待っても仕方ない。敵はシャンテルたちが、去ったところでカサーン基地を攻略すればいい。これが最も楽に戦果が得られるのだ。こんなことは誰にだって簡単にわかるのだ。
わたくしたちが逃げを決め込んでいるとはいえ、戦えば多少だってリスクはあります。あんな狡猾でよくばりな天儀という男が、そんなリスクを犯すでしょうか? シャンテルは悶々としつつも、特戦隊は現れず戦闘はないかしれない、という希望的な観測を持った。シャンテルからして、特戦隊はこのまま現れないで欲しい。それがいまの彼女の願いだ。
「クイーンの予感通り、現れないかもしれませんね。我々の艦隊に母艦はいませんが、それは敵の11隻も同様ですから、力の差は単純に三倍比と考えていいでしょう」
「そのときはファリガへ向けて動くだけです。備えを残したというのが重要で、敵がこないので去った、というのは十分とおりますから役目ははたとシャンテルは思います」
「ですが、第一執政は必ず特戦隊が現れるとお考えのようでしたが……」
「そうですね。わかりません」
そう、シャンテルにはからない。仮に特戦隊が現れても無用な戦いをしかけてくるだけのように思えてならない。なぜ男どもはこんなにも戦いたがるのか。横にいるレムスもそうだ。
――QC武装親衛隊。
ときいてレムスを始めシャンテルのしたにつけられている男どもは目を輝かせていた。シャンテルには、レムスがせっかくなのだから戦いたいと願っているのはよくわかる。不遜にもシャンテルの意向に反してだ。
まったく信用ならないスケベなかた。リリヤさん安心してください。この男、わたくしは全然信用してませんから。とシャンテル思った。
リリヤのことを思った瞬間、シャンテルの心がざらついた。お兄ちゃんはね、と屈託なく笑うリリヤの顔が脳裏に浮かんだ。思わず愁眉がでた。
――どうして天儀は……。
と、シャンテルがつぶやいた。
レムスはいぶかしげに見たが、すぐに大モニターに目を戻した。
なにも殺すことはないと、シャンテルはなんど考えても思う。どうしたっておかしい。
あの男はリリヤさんを殺して、死んだ紫龍が戻るとでも思っているのかしら、とシャンテルはなんど目かわからない憤りを覚えた。
そんなわけはないのだ。リリヤの殺害は無駄だ。最愛の人間に殺されたリリヤの絶望と無念を思えば、シャンテルの怨怒は冷めやらない。
シャンテルの思考は止まらない。不安からくる思考は思考を呼び加速していき、ついにはとんでもない方向に飛び火するのも常。わたくしがお兄さまに捨てられたら……。とシャンテルは恐ろしい方向に想像に飛ばしてしまい、すぐに頭を振って考えを振り払った。思ったとたんに深淵を覗いたようなおぞましさ。
なにもかもが、あの男のせい。そう、李紫龍死体を掠め取っていた天儀のせいだ。リリヤが死んだものも、自分がこうしてこんな嫌な場所に立っているのも。お兄さまと二人で平和にいられないものも。シャンテルの心中に真っ黒なものが渦巻いて、ついには、
「……殺してさしあげます」
と吐かれた。
「え、なんでしょうか?」
レムスが驚いてシャンテルを見た。いま、耳底を打った声はあまりに、おどろおどろしい。人も物とは思えないとすら感じたのだ。
「いえ、なんでもありませんよ。それにしても現れないかもと思うと少し退屈ですね。シャンテルったらそんなことを思ってしまいました」
「……そうですか?」
微笑んで応じてきたシャンテル嬢はいつもどおりだ。
確かに、いま、シャンテル嬢の位置から声がしたのだが、とレムスが思ってみても無駄だ。
ブリッジには静けさだけがただよっている。
つまるところブリッジは平穏で、どうでもいい想像で暇をつぶすしかない状況なのだ。
が、そんな静けさは、
「レイダー感あり! トランスポンダから送られてきた識別コードは長門型戦艦、陸奥改。特戦隊旗艦です。天儀が現れました!」
という声で破られたのだった。
現れないで、とすら願ったのにシャンテルにとっての悪魔が顕現していた。