19-(1) 無謀の勇敢?
「いいかガキの使いじゃないんだ。届け出たこと、いわれたことだけをやればいいというものじゃない。これでは三流。栄光からは程遠いい」
天儀が集まった戦隊高官たちを前に宣言していた。
秘書官の鹿島容子は、それじゃあどうしたら一流なのだろう、と思いつつも緊張の面持ちで聞いていた。
ここは陸奥改ブリッジの司令部区画。
鹿島は作戦会議が始まってからずっと緊張気味。理由は集められた高官たちの顔つきがこれまでと違うのだ。鹿島はギュッと身の引きしまるような感覚がある。
「そこで我々はもっと野心的にいく。特戦隊をふた手に分け、同時に小惑星カサーンへ向け進撃。後退する敵を補足し撃滅する。いいか、必ずだ。敵は追いつかれまいと猛反撃してくるだろうが、それをくぐり抜け補足・撃滅する」
鹿島は議事録を取りながらもチラリと特戦隊のナンバー2の天童愛を見て驚いた。そこにはいつにない真剣な眼差しの天童愛があったのだ。
――うわ、愛さんも緊張してますね。
六花と呼ばれる彼女が、司令官の天儀に冷たいのは有名だ。普段の天童愛は天儀の話を冷笑すら浮かべて聞き流す素振りを見せたりと、天儀を嫌い、を態度でアピール。重要な会議でもおかまいなしだ。そんなときの鹿島は、
「ちょっと、ちょっとぉ。愛さん? さすがにそれは失礼ですよ」
とハラハラしきりなのだ。その天童愛の表情が、いまは真剣そのもの。鹿島はいまから始まる戦闘がかなり過酷なものとなると予感した。
「天童愛作戦参与、なにか質問はあるか? この作戦は君が率いる隊と俺の隊との連携がすべてだ」
天儀が作戦内容の説明を一通り終えるとそういった。
やれるのか? やれないのか? と迫るようないいかただ。つまり、自信があるかないかを聞いているのだな、とはたから見ている鹿島は思った。
簡単にいえば、この作戦での天童愛の仕事は重任なのだ。
だが、当の天童愛といえば司令の天儀に言葉をかけられても静黙を保ったまま。人々の中央にあるビリヤード台の大きさの卓から投映される宙域図に見入って、ひと考えといったようすだ。
いま、天童愛の目に映る立体映像の宙域図は最新式で映像はむらなく美しい。さすが勅命軍で皇帝お気に入りの天儀の座乗艦。戦力は少なくとも設備はいい。
「分進合撃ではなく、完全に11隻を二分しての同時攻撃ですか。少ない戦力をさらに二分……」
「敵は適当に防衛戦を展開したら必ず逃亡を図る。早々にな。カサーンの防衛を展開したという体があればいいからだ。撃ちまくりながら下がっていく。その敵の退路を、君が7隻を率いて遮断しろ。敵の逃げ道は一つだ。目指す先はランス・ノールの本隊が行く惑星ファリガしかない。他の針路取れば延々追尾して本隊との合流を阻止してやる」
「……ええ、わかります。天儀司令の陸奥改を基幹とした4隻で、カサーン防衛に残された敵艦隊へ直進、突入。敵が4隻なら殺せると反転してきたその間に、わたくしの、そうね、〝六花艦隊〟とでも名付けましょうか。その六花艦隊で回り込み敵を逃がさない作戦ですか――」
もったいぶっていう天童愛に司令部内の視線が集まった。その視線は不安げだ。
「うまくいくかしら?」
と天童愛が挑発的にいった。
反対しているのか、と天儀がうかがうように天童愛の目を直視。天童愛の瞳がキラリと光った。その表情は明るく、楽しげ。口元には笑みすらある。ただ、やはり天童愛の視線と笑みは挑発的だ。それで、成功すると本気で思っているか? と問うように。
「――わかった。9隻にしてやる」
「あら、残念。補足からの撃滅作戦は失敗ね。敵は逃亡に成功。では皆さん、いまからは敵の逃げたカサーン基地を虚しく攻略する算段でも立てましょうか。もう少しだけ天儀司令に度胸があれば大成功だったのだけれど、残念なことね」
瞬間、天儀が、
――ダンッ!
と宙域図が投影されている眼の前の台を叩いた。映像が揺れた。天童愛に向かっていた視線が、今度は一転一気に天儀へと集まった。そこには鋭い眼差しの天儀。が、その様態に喜怒はない。天童愛の無礼なものいいに怒っているわけでもなさそうだ。
「10隻だ、全部くれてやる」
天儀が傲然といった。まるでそびえ立つ山のよう。けれど、天童愛は涼しげだ。
「最初から出し渋らずに、そうおっしゃればいいのに」
「これはたまらん。君は相変わらず俺に厳しい。1隻で囮をやれという」
「あら、わたくしが天儀司令に優しくする理由って思い当たって?」
横で二人のやり取りを高官たちといっしょに固唾を呑んで見守っていた鹿島は、
――あはは、ないかも。
と苦笑いだ。鹿島からして、愛さんが天儀司令に優しく接する姿など思いも浮かびませんよ、というものだ。
「ま、わたくしからいわせれば、それぐらいしても敵は反転を躊躇すると思いますけど。敵の立場に立てば反転は、それぐらいに優先順位の低い行為ですからね」
「が、旗艦が一隻で突っ込んでくれば、サクッと始末して逃亡も可能か? とスケベ心がもたげるわけだ。思わぬ大戦果で本隊と合流できる素晴らしく美味しいシチュエーションだ」
天童愛がうなづいた。場には、これで決まった、という空気。が、これは天儀と天童愛の二人だけだ。集められた高官たちや、鹿島からすれば大問題だ。
「あのぉー……」
鹿島は申し訳なさそうに小さく挙手して発言。天儀が、言え、というようにしゃくった。
「不肖この鹿島が集めた情報では、進み始めた特戦隊相手に、敵はカサーン宙域からの準備を開始。で、おそらく最後尾に配置され分離した部隊がカサーン防衛の戦力と予想されるのですがぁ」
「なにがいいたい。はっきりいえ」
「えっとですね。つまりカサーン防衛に残されると予想される敵戦力は30隻ですけど、あのお二人とも私たちが11隻って忘れてませんか?」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって、最大重要事項では? あと敵が逃亡を決め込むって根拠は? 30隻で死守を決め込むって可能性もありますよね」
鹿島の連続疑問に、天儀が少し笑って、
「見てみろ」
宙域図を指さした。まるで、
――ここに答えがある。
と、いわんばかりだ。
いわれて鹿島の視線は宙域図へ。鹿島につられてか他の面々の目も司令天儀の指さすほうへ自然と動く。目を落とした先には特戦隊が進んでいく先に待ち構えると予想される敵30隻の情報。
もちろんこれを見ただけでは、鹿島にはわからない。いや、この場にいる幾人かもわかっていない。いわれたままを、忠実にこなす。それだけを考えればいい。余計なことは考えない、という士官はこの時代にも少なくない。
鹿島以外でわからないものは、わかった顔をしてすまし顔。対して主計科で後方担当の鹿島は兵科武官としてのプライドがないので、
――むむ、ここに答えが?
顔には特大のクエッション。こじつは30隻はフェイクで減ったりするのだろうか、などと不思議顔だ。
「見てのとおり本格的な二足機部隊を運用できる母艦は一隻もいない」
「ほう? 二足機運用母艦は最強の攻撃力を誇る軍用宇宙船ですよね」
「そうだ。だが、30隻すべてが、快速を重視した艦ばかり。砲雷戦すらガン捨ての逃げ足重視の編成だ。こんなもん、開始早々撃ちまくりながらとんずらこくに決まってやがる」
「なるほど。でも特戦隊と敵には現状距離があります。防衛に残された敵艦隊は射程圏内まで私たちの接近をゆるすとは思いますけど、そのあとは……」
「逃げるだろうな。二、三発撃ってとんずらだ」
「そうなると逃走する敵を補足するのはきわめて難しいのでは?」
鹿島が常識的な意見を口にした。
進む特戦隊に、下がるカサーン防衛艦隊。彼我の船速は同程度。永久に追いつかない追いかけっこだ。いや、船速を快速な艦で揃えた敵が速度では有利だ。
「そこで俺は考えた。こいつらを足止めするにはどうすればいいか」
鹿島だけなく場の全員の視線が天儀へ集まった。
が、答えたのは天童愛。
「一隻で突入なさって、どうぞ」
微笑すら浮かべて、やはり楽しけだ。もう、すでに天童愛には戦いの状況が目の前に浮かぶよう。誰にとっても未来が見えるさまは心地良ものだ。それに加えて、
――わたくしってとっても戦いが大好き。
攻勢最強といわれた女の血が騒ぐ。
が、場にはあきれたというか、困惑の空気。その一隻で単艦突入が問題なのだ。鹿島は必死となって、だから、といって声を上げたが、
「名付けてネルソン・アタック!」
と天儀が大声でさえぎった。
「我々は往時の英国艦隊のように、会敵すれば損害など考えない。ひたすら突貫し、主力であろうが補助艦艇であろうが残らず撃破して、敵艦隊を殲滅する」
司令部内がどよめきに包まれた。
この時代でもホレーショ・ネルソンの巨名を知らぬものはいない。星系軍は地上の陸・海・空の三軍に小規模だった宇宙軍を統合して結成された組織だが、なかでも操艦の伝統は海軍から引き継いでいる。宇宙時代になって、むしろネルソンは不滅だった。
果敢に突入し、砲戦し、損害に微塵もひるまず撃滅し、勝つ!
こんな戦いに憧れないものはいないが、しょせんは英雄譚でしかない。
どよめきのあとに、おとずれたのは困惑。そんななか天童愛一人が期待感に満ち燦然としていた。
「なるほど殲滅。つまり補助艇一隻たりとも逃さない天儀司令の企図はこれですか」
「そうだ天童愛」
「言葉どおり本当に一隻も絶対に逃さない、とお考えで?」
「念入りに聞きいてくれるが俺の決意は変わらないぞ、そうだ」
「でしたら生半可な突入ではダメね。敵艦に横付けするほどに肉迫して砲戦。これです」
天童愛は相変わらず挑発的だった。これぐらいはしていただかないと、いわんばかりだ。だが、むしろ天儀は嬉々とした。いま、この瞬間、天儀の考えを正確に読み取ったのは天童愛ただ一人だ。
「よくいった天童愛。我々は船体を掠め、お互いの顔が窓から見えるほどに肉迫して、敵に食らいついて逃がさない」
我が意を得たり、とばかりに応じた天儀に場が驚きにつつまれた。
砲雷戦といっても必中を期すれば光学機器が使用可能なほどに肉薄する。それがこの時代の宇宙戦争。テクノロジーが発展した時代だからこそ艦影が視認できるほどの接近でしか、より確実な勝利は得ることができない、と言い換えてもいい。距離は逃走を可能とする。近づかなければ、不利と悟った敵に逃げられてしまう。
そんな時代にあっても、船体が接触するほどに、というは異常だ。肉迫して光学機器の射程内に収める、といっても人類が宇宙を知らなかった時代と比べればはるかにアウトレンジだ。
そう、星系軍にあって、敵艦隊を目指して突入する、というのは言葉の綾であって、本気でやるやつはいない。司令部内の驚きの理由はこれだった。
誰もが唖然として驚くなか、天童愛一人が不敵に笑った。
「ゆえに俺は今回の本戦法をネルソン・アタックと命名した。げんを担ぎ、不滅の大提督の名にあやかったのではない。断言する」
困惑から一転し司令部内には高官たちの興奮した声が響いた。
「ネルソン・アタックですか。考えましたね」
「面白い。そうだ。突入して砲雷撃をぶちかます。勝つには単純至極」
「そもそも我々のほうが練度は高い。やつらは反乱からこのかた任務つづきで、ろくに訓練などできていないという情報だ」
盛りあがるさまを見て鹿島は、危ない! と全身ではじけるよう思った。戦術的なセンスは皆無でも、理解早く計算は神域にある。鹿島は、天儀の激しい言葉にむしろ、どのような勝機があるか、ではなく、天儀司令は生存性を度外視していますね、と看破した。
一人冷静な鹿島からいわせればこうだ。
「天儀司令は、ようは30隻という多勢の足止めができれば、それだけで大成功とお考えなのでしょうか」
天儀が少し笑った。優しげな少し困ったような笑み。鹿島の好きな天儀の笑み。けれど鹿島は、むむ、そんなふうに笑っても丸め込まれませんからね、と気を強く持った。
150隻中の30隻だ。少ない数ではない。ランス・ノールが戦おうとしている朱雀艦隊は2個艦隊で約300隻規模。だが、300隻全部は無理だ。連絡線の確保に艦艇を道々残してくる必要がある。ファリガ宙域に現れる朱雀艦隊の規模は、最悪200隻、と鹿島は見積もった。そう、150と200で数の差あれど少々心もとない。
艦隊決戦で必勝とされる数は、
――敵より1.5倍。
150の1.5倍は225隻。200隻では足りない。が、120隻に漸減できれば180隻で1.5倍。十分足りる。
「天儀司令は朱雀将軍の200隻に対して、ランス・ノールの艦隊をどうしても縮小したい。無理してでもです。120隻にしたいんですよね? これが達成できればどうだっていい。そう思ってません?」
「おお、すごい。鹿島は我が心中に秘めたる答えにたどり着いたな」
「暴虎馮河!」
と鹿島が天儀を指さし叫んだ。少々無礼だが、決め台詞的なやつなのだ。それにこうでもしないと、天儀にのらりくらりと言葉巧みにかわされそうだ。
あわせて鹿島は、この言葉、古好癖の天儀司令なら知ってますよね? というようににらんだ。天儀は、これは困った、と鹿島の猛勢にタジタジだ。
「素手虎に立ち向かうほど無謀で、凍った河を泳いで渡ろうとするほど無茶ですか」
「そうです天童愛作戦参与。天儀司令は無謀です。わかっているなら反対してください。我々はカサーン基地を攻略できるだけで大戦果なんですから、欲張る必要は皆無ですよ」
だが、天童愛は困った顔。鹿島の意見に同意ではないのだ。
途端に鹿島に孤立感。愛さんは自分に味方してくれると思い込んでいたのだ。
……え、そんな。常に氷のように冷えていて冷静なのが天童愛さんじゃないんですか。それが肝心なところで周囲の熱に浮かされるだなんて。
鹿島は感情が高ぶり思わず叫んでいた。
「ネルソンがすごいのだなんて誰だて知ってます。でも、ネルソン提督は勇猛ですが、無謀ではないはずです!」
が、またも天童愛から鹿島の思っていたのとは違った反応。
「あら、それはどうかしら」
鹿島の目の前で、あの天童愛が口元に手をやりクスクスと笑っていた。鹿島の知る天童愛は、間違ってもこういうあからさまにバカにした態度は取らない。
「かしまぁ、あのな。ホレーショ・ネルソンは、勇敢すぎるほどに勇敢で、アレはまともな尺度では無謀そのものだ」
「嘘です! 口先には騙されませんよ! ご存知のとおり私って歴女でミリオタのハイブリッド女子ですからね」
「そうか」
といって天儀がたまらないといった感じで笑声をあげた。
場は鹿島も猛反対に唖然としつつも、誰もが天儀の笑声につられて笑っていた。ただ、天童愛だけは鹿島を気づかって、もう笑いをおさめ優しげな眼差しにとどめている。
「なにがおかしいんですか天儀司令。ちょっと失礼ですよそれって。というか皆さんも笑っちゃって!」
「許せ鹿島。ついな。君を笑ったことに対しては謝罪する。すまなかった」
天儀がそういうと、軍高官たちもスッと鹿島へ頭をさげた。が、鹿島はこれではわがままを押し通したようで益々恥ずかしい。愛さんまで頭さげちゃって、わたしってー! と顔は真っ赤だ。
「鹿島、君はあの有名な話を知らんようだな」
嘘話は知りませんよ、とばかりに笑われた悔しさと、そのあとの恥ずかしさもあり鹿島はプイと横を向いた。
「あのな鹿島。15歳のネルソンくんが、氷上にホッキョクグマを見つけたときにどうしたと思う?」
「そんなの……」
「わからんか。ミリオタで歴女のハイブリットさんでも」
とたんに鹿島はカチーン。もう真っ赤だ。言葉の内容もさることながら、鼻で笑っていったさまが腹立たしい。安い挑発とわかっていても許せない。
「知らなくったてわかりますよ。空白は知識で補えます。わたしって推理も得意なんですからね」
「おお、ではその得意の名推理お聞かせ願いたいが?」
「ふん。わかりますったら。簡単ですよそんなの。遠くから撃ったんでしょ。狙撃ですよ狙撃。バーンッて。あの時代ならすでにライフリングの銃がありますから。きっと、それつかいましたから」
「おお、君は博識だ」
天儀が、さも驚いたように、だが、おどけていうと、
「もう! バカにして!」
と鹿島はたまらず天儀に飛びかかった。笑われて、恥ずかしい思いをさせられて、ついにはバカにされたのだ。温厚が売りの鹿島も、もう許せない。が、両手を振り上げ必死の鹿島の掌根は天儀の胸板をポカポカと打つだけ。可愛いものだ。天儀は軽くあしらった。
「なんとネルソン少年は一人、氷上に飛び降りて、空のマスケット銃を手にホッキョクグマに立ち向かったそうだぞ。こんなもんは素手で虎に立ち向かったにひとしい。地球でのホッキョクグマはトラ以上で地上最強らしいぞ」
(*正しくは不発のマスケット銃。もしくは外した。マスケット銃は前装式で一発かぎり。なんにせよ15歳のネルソンは弾丸一発を頼んで、ホッキョクグマに立ち向かったということだ。なお、このときネルソンは毛皮を土産にしたかっただけという)
それでも疑念の鹿島に、
「本当よ鹿島さん。嘘じゃないわ」
と天童愛がいうと、高官たちも次々と口を開いた。
「30隻に、11隻で突撃をしようとするのは確かにバカげている」
「だが、昔はそうだたんだろネルソンの時代はさ。とにかく敵を見つけたら突っ込んで、倒す」
「実にシンプルで、わかりやすい勝ちだ」
「異常なほどに勇猛果敢。この作戦は実にネルソン的だ」
「ネルソン・アタック最高じゃないですか。やりましょう敵は及び腰だ。必ずやれます」
「ネルソン・アタックは最高です!」
司令部はもう11隻で30隻で突入を仕掛ける、という気運一色。が、この場で鹿島一人が冷えている。興奮に包まれる場に鹿島は自分独りが冷静で、全員が浮かれて気分の高揚に酔いしれるなか自分独りだけシラフのような疎外感。冷静がゆえの孤独。だが、それでも負けないのが鹿島容子だ。逆境に強し、名補佐官になるのだ。
「それは! 彼我の練度の差が開いていて、操船能力にいちじるしい差があったからで――。ちょっと聞いて! そういう前提を無視してというはぁあ! 大体ここは宇宙で、皆さんの好きなネルソンさんは海ですよー! シーって見たことないですかー。しょっぱい広い湖ですよー」
が、そんな鹿島の声は場の熱にかき消され、虚しく天儀の発言を呼んだだけ。
「時は得難くして失いやすく、同じチャンスは二度とない。ランス・ノールは時を無駄についやすという失敗を犯した。これは千載一遇だ。いま、ランス・ノールの残した艦隊を撃滅すれば独立運動は一朝にして瓦解する」
「その前に特戦隊が瓦解です! 主計の責任者の私は特戦隊での序列は第二層にあります。作戦に異議をいう権利がありますからね」
「落ち着け鹿島、君はいささか興奮しすぎだ。普段の笑顔で冷静に考えてみろ」
なだめるようにいう天儀に、鹿島は、私って冷静ですから! とますますカッとなった。
「そうですストライキです。こんな無茶な戦闘の弾薬消費の計算、私は絶対にやりませんよ。うんうん、そうだ。戦隊主計部はこの鹿島が掌握してますからね。アヤセさんも、みんなも絶対に動きませんから。あ、天儀司令、いま、他の艦の秘書官にやらせればって思ったでしょ。ざーんねん! 戦隊規模の物資計算なんてちっちゃい艦の秘書官になんてできませんからね! 私ってこう見えて超がつくエリートなんですからね!」
しつこく食い下がる鹿島。もう、こうなったらヤケだ。天儀は、そんな鹿島のヤケクソを看破したように、
「では問おう。君は集結中の朱雀艦隊に、ランス・ノールの150隻が突っ込んで撃破されたら責任を取れるのか」
一転、峻厳さをただよわせていった。あれほど浮かれて熱くなっていた場が、水を打ったように静まり返った。これが司令官としての天儀の威だ。
が、一人責められる鹿島はむしろ強気。
――そんなものは取れるわけがないんですけどぉ!
とカチンときた。そもそも自分は主計で司令官ではないのだ。責任など取りたくても取れない。天儀のいうことは立場や前提を無視しすぎだ。
「朱雀将軍なら勝ちますよ。そうに決まってますから」
「――根拠薄弱。感情論」
「な!」
「知っているぞ鹿島。お前は東宮寺朱雀のファンだそうだな。朱雀将軍なら勝てりの根拠は、えこひいきだ、と俺は見たぞ」
もう鹿島は真っ赤だ。図星なのだ。そもそも、もうどうしてこうも必死に食い下がっているのかすら、よくわからない。
――意地を張っているだけ。
と、自分を遠くから見る自分に鹿島は気づいた。
「鹿島さん、朱雀将軍は優秀ですけれど、残念ながらランス・ノールも戦いは上手いですから200隻と150隻では勝敗は見えず、といったところですしょうね」
この天童愛の説得を鹿島はうつむいて聞いた。
司令部内の面々の視線は天儀や天童愛までふくめて鹿島の後頭部へ集中。綺麗な分け目に、だらりと下がるはトレードマークのホワイトブロンドのツインテール。
うつむく鹿島に注がれるのは、
――残るはお前がウンというだけだ。
という期待の眼差し……。
鹿島がバッと顔をあげた。ツインテールも強気に跳ねた。
「わかりました。戦隊主計の責任者として許可します」
すまし顔で、さも偉そうに、私がこの作戦を許可したからできるんですよ、とたっぷりと恩着せがましく。
場がワッと沸いた。