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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十八章、歪の国のリリヤ
127/189

18-(8) 歪みの国

 中立の宇宙基地ステーションでの天儀てんぎとリリヤの交渉は見るも無残に昔話と化していた。不躾ぶしつけと無作法から開始された交渉の内容といえば幼馴染同士のたわいない会話だ。

 

 陸奥改でこのようすを見守る天童愛てんどうあいは不快そのものとなっていた。

 開始と同時に彼女の目の前で展開されたのは交渉などとはとてもいえない稚拙ちせつなやり取り。

 ――天儀司令はギャラリーがいるのをお忘れでは?

 天童愛は冷たく思った。


「まさか本当に昔話をしだすとはね。呆れてものもいえません」

「あはは、これからちゃんとした交渉をしてくれますよ」

 

 横にいた鹿島容子かしまようこが、なだめるようにいった。


「どうだか」

「だって私があれだけ念押ししたんですから、まさかこれで終わるだなんてありえない、……ですよね?」

 

 鹿島は天童愛にいわれて心におとずれたのは特大の不安。声もすぼんでしまうというものだ。


「――ふ、このまま説得されかねない勢いですね」

「ふえ!? それって天儀司令がこのまま反乱軍へ寝返るってことですか!?」

「可能性もあり、ということです。この交渉は、なにもかもが最低の最低。その最低のなかでも特になに最低かといえば、天儀がダーティーマーメイドの幼稚な態度にあわせて話してしまっていることね」

 

 あはは、最低のオンパレード。愛さんすごく怒ってる。と鹿島は空笑い。


「……ふむ、確かに会話のペースを握っているのは押しの強いリリヤさんって感じですけどぉ」

「でも、むしろこれで天儀司令がダーティーマーメイドと連れ立って去るような素振りを見せればちゅうちょなく撃てますので、わたくしとしては感謝かしら」

「ちょっと、ちょっと落ちついてください」

「心配はありません。仮にわたくしたちが天儀司令を失っても、すぐに代替の司令官を繰り出せますからね」

 

 天童愛はポンっと手を打ってさらに継ぐ。


「あ、そうね。そう考えるとこちらに得ね。ランス・ノールはダーティーマーメイド級の二足機の指揮官を即時補填そくじほてんするのは無理。あら、このまま宇宙基地ステーションごと吹き飛ばすのは有益に思えてきたわ」


 天童愛が不機嫌となり鹿島が慌てるなか、宇宙基地ステーションではダーティーマーメイドの二つ名を持つ、アイリ・リリス・阿南あなんことリリヤがゆらりと立ちあがっていた。

 

 大きな造花の髪飾りが室内灯の光を反射しながられ、天儀がリリヤを見上げた。

 

 ――横、いいかな?

 リリヤの唇が小さく動いた。

 天儀がうなづいた。

 

 リリヤの小さな体がトスンと天儀の横に収まり、いま、二人の距離は急接近。お互いの太ももと太ももが接するぐらいに。

 横に座ったリリヤはうるんだんだ瞳でお天儀を見つめた。

 

「お兄ちゃん、リリヤね。生き抜くためにはなんでもしたよ。生きていればお兄ちゃんとまた会えるって信じてたから、どんな辛いことも平気だった。そして会えた。今度はいっしょに暮らせるって信じてる」

 

 言葉の最中に天儀はリリヤから視線を逸らさなかった。

 そう、いま、二人はいい雰囲気。天儀が交渉を諦めたことで、部屋の空気は一気に反転。天儀からおおやけの色が抜け、たんなる幼馴染同士の歓談場に。

 中継されているのは、敵味方で交渉中という状況でなければ大きく関係は進展したろう、と誰もが思うような男女の見つめ合い。


「お兄ちゃん――」

 

 リリヤはとびきりの甘い声でいった。

 お兄ちゃんは幼いころより凛々しくなったな、と思う。昔は二重が可愛い笑顔がステキな男の子だったが、いまは眉はキリリとして可愛らしさはない。

 

 けれど昔とは変わらないのは、その優しい目。リリヤをさげすまない視線。嘘つきといわない口。お兄ちゃんは私が〝嘘〟というワードをすごく嫌いなのを知っていて、ふざけあっているときにでも、ついにいわなかった。

 心の中をのぞいて、優しくしてくれた。きっといまもそうだ。


 リリヤの顔が天儀へ吸い寄せられるように接近。遅くもなく早くもない。流れるような動作。

 自分の急接近にお兄ちゃんは身構えた、とリリヤは感じたが、それもリリヤしか気づかなかったであろうほんの一瞬。お兄ちゃんからの静止はなかった。いや、お兄ちゃんは静止どころか手を握ってくれていた。いま、リリヤの左手の甲には固くて熱くて分厚い男らしい手の感触。

 

 ――受け入れてくれている。

 とリリヤは感じた。最後はリリヤのお願いをきいてくれる。リリヤの信じていたとおりだ。

 

 リリヤが天儀を愛おしそうに見つめるなか、天儀の左手がリリヤへ伸びていた。

 頬をなでてくれる、とリリヤは思った。そして、その先には熱い抱擁とキス。

 天儀の指先がリリヤの頬をやさしくなでた。思ったとおりだ。

 リリヤにとって夢にまで見た約束の時。ついに訪れる瞬間。


「お兄ちゃん――」

 

 リリヤが甘くささやいた。

 目の前には優しいお兄ちゃんの顔。一生忘れない物語。最後はハッピーエンドへ。

 

 が、次の瞬間、天儀の手はリリヤの頬を通り越しうなじへ、リリヤが驚く暇もない。

 天儀がリリヤの後頭部の髪の毛を後れ毛ごとガッチリつかみ、いつのまにか右手でもリリヤの左手首を万力のごとく掴んでいた。

 

 痛い――。

 とリリヤが思う間もない。

 

 天儀が後頭部の髪の毛を掴んだと同時に手首をひねって自分のほうへ引き寄せ、そのまま真下へ落とした。そこには狙いしましたようにローテーブルのふち

 リリヤの顔面がローテーブルに激しく叩きつけられた。

 

 そして天儀は素早くリリヤの背後に。リリヤを真下へ引き落とすと同時に流れるような動きだ。

 しかも背後回るころには天儀の腕がリリヤの首にガッチリと隙間なく蛇のように巻き付いていた。そして、その腕がギリギリと容赦なく締め上げられる。

 

 ――どうして!?

 と思う暇もない。いや、思っている暇などないのだ。CQC(近接格闘術)に心得のあるリリヤにはわかる。すぐに酸欠とはならないが、このままだと数分先には窒息が待っている。疑問を感じているなら、脱出を考えないと終わる。

 それほどに天儀の絞め技は強烈で、本気だ。ほんの一瞬で腕が首に巻き付いてきた。


 が、リリヤが抜け出そうと必死にもがくも、もがけばもがくほど余計に天儀の腕がリリヤの細い首に食い込んでいく。

 

 リリヤの口が酸素を求めた。冷たくて、新鮮な酸素を。が、どんなに望んでもそんなものは入ってこない。かわりに口にはねっとりとした唾液だえきの熱さと、頭には血が逆流するような感覚。そして濃い血の味。顔面をテーブルに叩きつけられたときに口の中を切ったか、鼻血だか、とうのリリヤにはどちらかわからない。

 

 動けば動くほど苦しい。筋肉が動けば酸素は消費されるのだ。

 必死にもがくリリヤのひたいには玉の汗。その形の良い小さな鼻からはだくだくと血。


 一方、天儀は無心だった。目は逆立ち表情は強張っているが、いま天儀の心中は生も死もない無心。水面に少しの波紋もない平静。

 結局、どこにいても天儀にとっては戦場というだけの話だ。戦場に感傷はない。


 締め上げている腕はリリヤに引っかかれ、腕には何本もの赤い筋。相当に深く爪を立てられているが、天儀に痛みはなく、

 ――それでは抜け出せんな。

 ただ、それだけ思った。


 リリヤの体重はどんなに重く見積もっても50キロぐらい。対して天儀は60キロはある。

 男女の10キロの差は、それだけでくつがえがたい。

 

 そう、こうして背後から首を絞められる状況になってからではリリヤに為す術はないのだ。

 絞め技が決まってしまった場合の唯一の活路は、首に回っている腕の肩口と上腕をつかんで、自身の胸にそって真下に引っ張る。これだけ。

 それで首にまわった腕の拘束がゆるみ、頸脈けいみゃくの血流が回復する。そして気道に酸素が通る感覚を実感でき窮地を脱する。

 

 が、それも決まってしまえば虚しい行為。

 二十秒もしないうちにリリヤの口から風船から空気が抜けるようなか細い音。

 

 ――落ちだのだ。

 

 つまりリリヤは酸欠で気を失った。綺麗に頸脈を閉塞へいそくした結果だ。気管だけを圧迫して失神させるには最短でも数分はかかる。少々の訓練で人間は素潜りで10分程度はたえるのだ。洗面器に顔をつけても誰だって二、三分は持つ。

 

 天儀の腕のなかのリリヤの肢体には、落ちた人間の人体の独特の固さ。意識を失い弛緩しかんしはしたが、まだ強張こわばりの残る筋肉。筋細胞が収縮の方向で停止しためだ。ブツンと電源が落ち筋細胞は興奮状態から急速に緩んでいくが、失神したため完全には緩みきらない。

 

 かなり長く持ったほうだな。と天儀は無感情に分析した。やはりリリヤは二足機パイロットだけあり、脳の酸素低下には耐性がある。高Gでの脳虚血のうきょけつによるブラックアウト対策の訓練をうけるからだ。天儀はもう長いこと人の首を絞めて十秒かかったことがない。

 

 そして天儀は無情だ。落ちたリリヤの細い首を万力のようにさらに締め上げた。

 

 いま、天儀の視界にはリリヤのつむじ。髪の毛と半透明な皮膚の綺麗なコントラスト、毛根のおさまるくぼみ一つ一つがよく見える。それを天儀は無感情で眺めていた。

 人間は案外頑丈だ。酸欠で気を失った程度では死なない。意識を失ったからといって、すぐに首の拘束をとけば、蘇生術をほどこさないでも、そのうち自然に意識は復帰する。

 

 そう天儀は知っている。人を絞め殺すには三段階あると。

 最初は脳が酸欠となり意識を失う。が、これはコンセント引き抜いた結果モニターの画面が真っ暗になっただけと同じだ。電源を入れれば元通りだ。これが一段階。さらに深く締め上げると、コンセントをさして、スイッチをいれた程度では復帰しない。伝統的な蘇生術か、現代医療による蘇生をほどこす必要性がでてくる。これが二段階。

 

 二段階目を越えて締め続けると心肺機能が停止し最後の段階がおとずれる……。つまり、

 ――死ぬ。


 いま、天儀の腕のなかのリリヤが、だらりとして糸の切れた操り人形のように動かなくなっていた……。

 天儀がついにリリヤから離れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ザルモクシスではランス・ノールは目をむいて色を失い。シャンテルは口元を抑え真っ青。ブリッジじゅうが騒然としていた。

 中央モニターに映されていた事態はあまりに急変にすぎる。

 

 阿南あなんが立ちあがり、天儀の横に座ったまではよかった。とランス・ノールは思う。

 最初の挨拶で抱きついてキスという当初の計画は頓挫とんざ。もはやみのりなしで交渉は終了するという事態も想定していた。それがどうしたことか、言葉をぶつけ合っていた阿南あなんと天儀は並んで座って甘い見つめ合い。

 ランス・ノールは喜悦すらした。

 一発逆転、天儀の痴態の現場を押さえるという目的を達成できるという予感は濃厚だ。


 モニター内には狙いどおりの天儀と阿南の絡み合い。

 ――天儀のやつは中継されていることを忘れているのか。

 と、ランス・ノールは、いぶしみつつも満足し、

「感極まると目の前の状況にしか意識がいかなくなるか。戦争の英雄でもしょせんは男だな」

 喜びを抑えるための皮肉すら口にした。

 

 が、このまま天儀と阿南が強く抱きしめあう、と強く予感した瞬間事態は一変。

 望んだとおり天儀とリリヤがモニター内で体を絡ませている。だが、違う。ランス・ノールが思っていたのとは明らかに違う。

 

 これはなんだ。なにをしている。天儀はなにを――!

 

 ランス・ノールの思考が一瞬停止。

「不味い!」

 と叫んだときにはもうときすでにおそし。画面のなかの阿南の身体は、だらんとして生気が失われているのが見て取れた。

 

 いま、モニターには横たわったリリヤの首が異常な方向にねじけている映像。

 

 ランス・ノールが驚愕するなか、モニター内では天儀がゆらりと立ちあがっていた。ランス・ノールは困惑の表情で天儀の動きを追うことしかできない。

 乱れた服をととのえる天儀は、一見、特にこれといった様子はうかがえないが、よく見ると少し息が乱れている。

 人を絞殺した直後の人間とは思えないような落ちつきぶりだな。とランス・ノールが思ったのもつかの間、モニターの天儀が自分をにらみつけていた。

 ランス・ノールは天儀の射抜くような眼光に、ただ気圧された。恐怖で身が縮み、額には脂汗がにじんだ。


『ランス・ノール・セレスティア、見ているのだろう。良い映像は取れたか?』

 

 ランス・ノールは思わず一歩さがっていた。またも気圧されたのだ。モニター越しに。

 

 宇宙基地ステーション内の映像と音声は共同管理。ランス・ノールは、その気になれば通信機器をつかい天儀へ文句の一つでもいってやることは可能だが……。想定外の事態に目の前の景色から色が消えてしまうほどに気が動転。

 

 モニターでは、そんなランス・ノールの狼狽ぶりを天儀が見越したかのように喋りだした。


『我々はお互いの要求がとおれば、お互い失うばかりで得るものがない。これは何を意味するか。決別を意味する。このおよんで交渉などあると思のうか――』

 

 ――最初からこのつもりか!

 とランス・ノールがかっとなった。

 

 天儀は最初から交渉などするつもりなかった。強烈にそれを感じた。ハメたと思っていた相手に、自分が騙されていた。


「なぜ殺した!!」

 と、ランス・ノールは思わず叫んでいた。

 声は悲痛に近い。ランス・ノールの狼狽がすべて集約され吐き出されたような叫びだった。

 

 さらに、お前の行動は異常だ! とモニター内の天儀へむけて叫びたいが、それも自身の考えの甘さを思えば口惜しさから唇が震えるわせるぐらいしかできない。

 

 よくよく考えればランス・ノールは天儀が阿南になにかするなどと夢にも思わなかったのだ。だが、これはおかしい。宇宙基地ステーションの管理は向こうにあるのだ。仮に特戦隊が阿南を暗殺しようと思えば、ランス・ノールが天儀を暗殺することよりはるかに簡単だ。

 

 そう考えれば反省点は大きい。だが、普通そんなことまで考えるわけがない、ともランス・ノールは思う。交渉の席で交渉相手を、幼馴染を、お互い悪くないと思っている相手を、

 ――殺さないだろ!!

 ランス・ノールの思考が乱れに乱れた。


『馬鹿め――。李紫龍の仇を取る。それだけだ。お前が知らないだけで俺には最初からそれだけだ』

 

 天儀はランス・ノールの想像以上の無情な男だった。

 冷えた言葉が吐かれた瞬間、ランス・ノールの意識が妹のシャンテルへ飛んだ。

 李紫龍を殺害はシャンテルとリリヤの共謀だ。

 

 ――天儀はシャンテルの命も狙っているのか!?

 

 シャンテルといえば顔面蒼白、唇は真っ青。天儀の言葉に恐怖しているというより、目の前で見せつけられたリリヤの死という衝撃に完全に自失。

 

『お前はときつぶした。もう遅いぞ』

 というすごんだ声にランス・ノールがモニターに意識を戻すと、天儀がきびすを返していた。ゆったりとした動作だが、画面に背が映った瞬間、天儀が猛ダッシュ。間髪入れずにランス・ノールも跳ねるように動いた。

 

「砲撃だ! やつらは約定違反をした! 戦艦ラビエヌスへ宇宙基地ステーションを砲撃しろとつたえろ!」

 

 兄の叫びにシャンテルが我に返った。リリヤはシャンテルの大事な友人だ。眼中にない人間に対しての生命へ冷酷な女は、親愛を向ける相手への愛情は無限大。もう、シャンテルとってのリリヤは特別だった。

 

「お兄さま!」

「なんだいシャンテル。あとにしてくれないかい。いまは、きわめて忙しい」

「いえ、待てません。いえ、待つのはお兄さまです。後生ですからお兄さま、待ってください。砲撃はダメです。宇宙基地ステーションにはリリヤさんの亡骸があります」

 

 袖を引っ張っていってくる妹にランス・ノールは、

「死んでしまっている。もう意味はない」

 と、いって命令の撤回を拒否。


「そんな! 落ちついてください。いまから砲撃を加えても間に合いません。砲撃してもリリヤさんの遺体無駄に失うだけです! リリヤさんが死んでしまったのですよ!」

「そうだ死んでしまった。天儀のやつを殺さねば帳尻があわない!」


 一方、宇宙基地ステーションでは天儀が、接続艇ランチへ向けて猛ダッシュを続けていた。

 

 天儀は必死に走りつつもえりを口に引き寄せて、

「天童愛!」

 と叫んだ。襟にはマイクがついているのだ。

 すぐに天童愛から応答があった。


『なんですか。大きな声ではしたない』

「反乱軍側から砲撃がくる。俺を守れ!」

『あら呆れた。ご自分で撒いた種でしょうに。天儀司令の独断でなさったことに、わたくしたちまで巻き込まないでくださいね。後始末まできっちり、おひとりで責任をもって、どうぞ』

「そこをなんとか! 独断は謝罪する!」

『……ふん。節操のない男ですね。せいぜい宇宙のチリになって反省なさってくださいな』

「おい!? 天童愛正気か! ちくしょう! 通信を切りやがったぞあの雪女!」


 天儀の顔は青い。走って顔色が悪くなったのか、天童愛からの拒絶に焦っているのかは判然としないが、口元は笑っている。

 

 接続艇ランチへの乗り込み口が見えた。

 ハッチは開いていた。

 天儀がハッチへ向けてダイブ。天儀の身が接続艇ランチの床に転がるなか、すぐにハッチは閉鎖。

 

 天童愛は、なんのかんのいっても、天儀の脱出に全力をつくしていてくれていたのだ。

 

 そのまま接続艇ランチは発進。直後に轟音ごうおんと振動。ラビエヌスの砲撃が宇宙基地ステーションに命中していた。ラビエヌス乗員は優秀だった。突発的な事態で動揺するなか即時、砲撃命令を実行できたのだ。

 

 接続艇ランチ内は通常灯が落ち赤色灯が明滅めいめつする緊急事態の警告。

 天儀の乗った接続艇ランチが全速力で陸奥改へ。

 宇宙基地ステーションはまたも被弾。随所で火災が発生し、爆発を起こしていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「間一髪だったな。やばかったぜ。反乱軍がリリヤの護衛に付けた部隊は優秀だった。宇宙基地ステーションではなく、接続艇ランチを執拗に狙われたら終わりだったかもしれん」

 

 陸奥改に戻るなり天儀は開口一番そういった。

 出迎えた鹿島と天童愛は非難の目。とくに天童愛の視線は冷え切っている。


「天儀司令? もっと他にいうことないんですか」

 

 鹿島は特大の非難を込めていった。だが、天儀ときたらとぼけている。

 

「なにがだ?」

 

 鹿島はその可愛い口を目一杯まげて、怖い顔を作って、

 ――ほら謝罪とかあるでしょ!

 と、にらみつけた。が、天儀からすれば蚊が刺した程にも感じない。


「敵将を一人討ち取ってきた。次はカサーン基地を攻略する」

 

 とたんに鹿島はそれまで貯めていたものが大爆発。天童愛が戦闘指揮するなか、鹿島は陸奥改のブリッジで泣き叫ぶのを我慢して必死に天儀の無事を祈っていたのだ。

 

「はぁあ! なんで天儀司令は、ごめんない、がいえないんですか! 私たちがどれだけ心配したか! 一歩間違えば死んでたんですよ! それをなんか格好つけていっちゃってひどいです」

 

 天儀が鼻で笑った。


「天童愛さんが戦闘指揮して、ラビエヌスを追っ払ってくれたから助かったんですよ? ごめんないと、ありがとうございます。はい、ほら、いって」

 

 だが、天儀は謝罪するどころか、

老謀無ろうぼうなく、壮事無そうじなくば何をもって君にまみえん。ただ、ゆうをしめすのみ。喧嘩などには自信がないが、腕づくは意外に得意だ」

 と気取っていた。二人はあきれるというか、なんというか。とにかく怒りの出鼻をくじかれた気分。

 

「まあ、あきれた。こんなときでも古好癖ここうへきですか。格好をつけるのもほどほどにしておかないと、みっともないのでは」

「というか勇気じゃなくて、蛮勇ってやつですよ。少しは自重、いえ、反省してください」

「カサーン防衛に残される敵部隊を撃滅し、基地を力ずくで奪い取る。鹿島、歴女でミリオタの君の、お望みどおりの大戦闘だ。これからも忙しいぞ」

 

 そういと天儀は鹿島や天童愛の反応など、おかまいなしに通路を進みだした。鹿島が追いすがった。


「どうしてわかるんですか! 反乱軍は朱雀艦隊の対応に全力。ここに戦力を割いていくとは思えませんけど」

 

 カツカツ進んでいた天儀が突然停止。鹿島は天儀の背中に鼻を強打。思わずよろけたところ天儀に手首をつかまれ助けられていた。が、鹿島は天儀の手を乱暴に振り払った。それぐらいいまの鹿島の怒りは真剣なのだ。ちょっと気をつかってくれたぐらいじゃ許しませんから、と鹿島は強気の態度で天儀を見すえた。

 

「どうしてだと? どう考えてもそうだ」

「根拠は? 数字は? 裏付けは? 全然わかりませんよそれ。予感とか、予想とか、そういうのはやめてくださいね。お顔を立てて、いままで従ってきましたが、今日はいわせてもらいます。あてずっぽうで主計部は動きません。特戦隊の主計の責任者の私が、無理といったらなにもできませんからね」


「本当にわからんのか――」


 天儀が驚き顔でいった。

 天儀からすれば、

 ――どう考えてもそうだ。

 としかいいようがない。むしろ天儀にとっては、理由を事細かく説明する必要があるというほうが驚きだ。

 

 つまるところ名補佐官を自負する鹿島には、戦いの機微きびがわからない。闘争に対してあまり無能であり、戦いに対しての鹿島のイメージは撞着でいしかない。レベルが低い。

 

 が、ここで天儀が、こいつは戦術的センスが皆無だ、と侮蔑すれば鹿島を傷つける。いや、自信を喪失させる。こうなっては鹿島のよさは生きない。

 

 ――鹿島は頑張っている。

 と天儀だって思う。夢のために身を粉にし努力して、つらい顔を一つせずに笑顔で振りまく鹿島を傷つけても誰にとっても利益はない。こんなに有能が娘が、あえて辛い道を歩んでいるのだ。もっと楽な道があるのに。

 鹿島へ侮蔑の視線を向ければ罵詈を浴びせるのと同意義。非常にして非道。

 天儀はあえて憮然とした態度を取り、きびすを返した。

 

 カツカツとブリッジへ進んでいく天儀の背中へ、

「あの天儀司令?」

 と声をかけたのは天童愛。いままで天童愛は鹿島に発言ゆずって黙っていたが、もうそろそろ、ころあいだろう。

 

 天儀が足を止めけげんに振り向いた。まるで無駄話はうけつけんぞ、という態度だ。

 そう、天儀はすでに戦闘モード。天儀にとっては、もうカサーンでの戦闘は始まっているようなものだ。

 

 なぜなら天儀としては、ダーティーマーメイド殺害から一気に、カサーン基地の攻略に取りかかりたい。これがうまく行けばランス・ノールは相当な戦力をカサーンの防備に割かなければならなくなるからだ。

 

 反乱軍の艦隊がカサーンから離れ始めてから攻撃を開始するのと、離れる前に攻撃を開始するのとでは大きく違う、というのが天儀の確信だ。

 

 天儀たち特戦隊の攻撃が開始されるなか、遅れてランス・ノールが全艦艇を引き連れカサーン宙域から去ればどうか?

 

 ――ランス・ノールは第二星系の最重要拠点カサーンを見捨てた。

 と誰もが失望し、ファリガとミアンノバの両惑星議会は不審のどん底に叩き落される。

 

 つまり特戦隊の攻撃が早ければ早いほど、ランス・ノールは天儀たちへの対処へ頭を悩ませることになる。


「ランス・ノールだけでなく、わたくしたちも知らなかったのですけれどね?」

 

 リリヤ暗殺についてだ。

 天童愛は、わたくしや鹿島さんには一言あってよかった、と思うのだ。鹿島の怒り原因も、そのあたりだろうと天童愛は思っている。

 

 わたくしが思うに鹿島さんの必死の怒りは、死ぬほど心配したというより、重大な決定を話されもしなかった、という屈辱でしょう。この男はそれがわからないのかしら。

 

 そう、二人からすれば天儀の行動は、俺はお前たちを信用していない、と突き放されたようなものだ。


「敵を騙すには、まず味方からというだろ」

「あら、まあ、ご信用のないことで。この男の態度は、どう思います鹿島さん?」

 

 鹿島は最低です、といわんばかりにうなづき天童愛へ同意。


「それにです。この交渉は最高軍司令部(コジョレ)もかなり熱を入れていましたから、その期待をぶち壊して、今後平気なのでしょうか。命令違反とみなされれば軍法会議もありえますけど。そういう意味でちょっとは反省して欲しいんですけど」

「俺はグランダ軍人で、特戦隊は勅命軍だ。最高軍司令部(コジョレ)ごときは介入できない」

「まあ、傲慢な。いま、最高軍司令部(コジョレ)のトップは東宮寺朱雀とうぐうじすざく。わたくしの知る朱雀将軍はそんなに甘くはありませんけれど」

「なにをいう最高軍司令部(コジョレ)からは感謝こそされ、問題などにはされない」

「強がりですねそれ。騙されませんよ」

 

 鹿島が糾弾するようにいった。だが、天儀は態度を変えない。


優先事項プライオリティーの問題だ。二人ともできのいい脳みそを持ってるんだ、少しはつかって考えろ」

「……むむ。最高軍司令部(コジョレ)の軍事的な優先事項プライオリティーですか?」

「そうだ。いま、最高軍司令部(コジョレ)の最重要事項は、朱雀艦隊が反乱軍の絶対防衛圏を突破し、ファリガ宙域に入ることだ。それもなるべく無傷で。ランス・ノールを限界まで引きつけた俺は朱雀将軍に感謝こそされ、譴責けんせきされるいわれはないな」

「確かにそうですが……」

 

 天童愛が押し黙ってしまった。が、鹿島は気が気でない。いくらなんでも、いまの司令天儀の態度は傲慢にすぎるのだ。怒り冷めごろ、もう鹿島は今回の天儀の行為が、軍でどう扱われるか気が気でない。

 が、天儀は話は終わったとばかりにブリッジへ進みだした。天童愛が嘆息し続いた。鹿島も、

「もう――」

 と、もらしつつもあとに続くしかない。戦闘が始まるのだ。ごねている暇はないのだ。

 

 戦場は状況がすべてを支配する。ここは戦場で、戦闘は開始されようとしている。そう思えばやはり司令の天儀に従うしかないのが鹿島だった。

 

「ダメ押しだ。防衛に残される敵戦力を撃滅するとともに、丞助たちが作ったカサーン作戦を発動させる。そのためには一刻も早く攻撃だ」

 

 意気軒昂にいう天儀に、やはり鹿島も天童愛も従うしかなかった。

 男はいつだって勝手なのだ。とくに戦場では、そうなのだろ。と鹿島はあきらめた。

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