18-(5) 鹿島の提案
兄妹惑星といわれる惑星ファリガと惑星ミアンノバ。
この同一星系にある二つの入植惑星の接合点にあるのが小惑星カサーン。
いまカサーン宙域で陸奥改を旗艦とする特戦隊は、ランス・ノールが掌握する1個艦隊と対峙していた――。
今日も元気ハツラツ。やる気いっぱい。トレードマークのホワイトブロンドのツインテールも生き生きとしているのは秘書官の鹿島容子。
鹿島は陸奥改ブリッジで、
「反乱軍から交渉の打診です。交渉場所は反乱軍が派遣する護衛艦のなか、代表はなんと反乱の首謀者ランス・ノールです。彼が天儀司令との一対一での交渉を望んでいます」
と、ことのあらましを司令官の天儀へ報告していた。
「で、まさかその提案を独断でお受けになったんです?」
そうチクリと問いかけたのは作戦参与の肩書の天童愛。彼女から見て鹿島には軽佻なところがあり心配だ。鹿島さんなら敵の首魁ランス・ノールと聞いて舞いあがってしまいかねません。特に最近の鹿島さんは心配です。そのご活躍ぶりを八面六臂といえば聞こえはいいですけれど、すっかり天儀司令の威を背負ってしまって、肩風切って歩くよう。ありていにいえば彼女は無自覚のうちに調子に乗っています。
最近、天童愛はにこにこ顔の鹿島が主計室の部下たちを引き連れ艦内をねり歩く姿をよく見かけるのだ。さしずめ先頭を歩く鹿島はモーゼのごとく。もちろん鹿島にそんなつもりはなく、部下を引き連れているのではなくいっしょに食事や慰安施設を楽しんでいるだけ、仕事外での部下たちとの友達感覚の付き合い。
けれど主計部の至宝といわれる鹿島が、派手な制服でバッチリ決めた華のある部下たちたちを引き連れていれば誰もが気後れし、道を譲り緊張の面持ちで敬礼せざるを得ない。なにせ鹿島はもう特選隊内では天儀のお気に入り、と認識されている。
鹿島さんはもう少し自覚すべきです。偉くなれば偉くなるほど、謙虚につとめなければ知らぬうちに誰かを踏みつけ、傷つけていることだってあるんですから。そんなことになれば天儀司令の立場だって悪くしてしまいますよ。
そもそも天童愛からいわせれば、司令の天儀が鹿島にかなり甘いのがいけない。仕事を任せると同時に専権まで追認しているような状態になっている。天儀は面倒事の管理を、
――何事も経験だ。
などと、つごうのいいことをいって鹿島へ丸投げしているときがある。
鹿島容子を絶大に信用しているといえば聞こえはいいが、これは過剰な権威委任だ。鹿島が悪辣な人間なら指揮権を乗っ取られかねない。
「まさか。勝手に受けちゃうなんてできません。それにこの打診は罠の臭いがプンプンします。臭すぎますよこれ」
「でしょうね。敵の護衛艦に足を一歩踏み入れたが最後、拉致されて二度と戻ってこれずで李紫龍の二の舞い。大方こんなところでしょう」
天童愛が司令指揮座下のデスクに座する天儀を見た。鹿島も同様だ。
――天儀司令どうなさいます?
二人の視線にはそんな目語がある。
「で、やつらの提示した交渉の条件はカサーン基地の管理を最高軍司令部へ譲渡するかわりに、特戦隊はカサーン宙域から退去か。そんなにしてまで、たった11隻にご退場願いたいのか」
「相当に譲歩した提案ですよね。敵に実効支配地域の中心部を与えるだなんて」
「天儀司令の嫌がらせここに極まれりですわね。彼からすればさっさとここを離れてしまいたい。けれどそんなことすればカサーン基地を見捨てた形となって外聞は最悪」
「だったら、こちらからカサーン基地を渡してしまえばいい、というのがランス・ノールの結論ですか。なるほどさすが三つ先を見通す男だけありますね。カサーンの管理権を譲渡してしまえば私たちはカサーン基地を攻撃できませんから」
天儀が鼻で笑った。
「ばかいえ、やつらから与えられなくともカサーン基地はこちらで分捕る。余計なお世話というものだ」
「では、交渉には乗らない?」
と天童愛が問うと天儀がうなづいた。
「与えることは取ることである。とはいったものだが、ランス・ノールという男には節操がない。これほどあからさまな手に誰が乗ってくるのか。俺は李紫龍ほど人は良くないぞ」
――断る。
という雰囲気の二人を、鹿島一人がうかがう目で見た。
なぜなら鹿島としては、交渉を行ないたい、という思いが強い。
グランダ、星間連合の両国政府が反乱と断定したこの戦争では当然双方に捕虜がでていた。
私としてはこの捕虜交換を今回の交渉で実現させたいのです。なにせ反乱軍、彼らの主張では神聖セレスティアル共和国はあらゆることがランス・ノールの一存で決定します。この男さえ説得できればこの戦争初の大規模な捕虜交換が実現できちゃいます。これは地味ですが大きな功績です。
鹿島からいわせれば特戦隊は所詮11隻。稼げるところで功績を稼ぎたい。それに、あくまで戦って得る、という天儀と天童愛は鹿島からしたら欲張りさんだ。戦いもいいですけれど、それ以外の方法でも加点してこそ大きな成果が得られるんですから。
最近の鹿島は〝名補佐官〟を地で行っており、天童愛が独断専行を危惧するぐらいの張り切りぶりだ。今回、自分の捕虜交換という案を是非とも実現したいという欲望がもたげていた。
「あのぉ……。交渉に乗るという選択肢はないんでしょうか?」
鹿島はいいにくそうに、だが思い切って提案。
天童愛が出過ぎた真似! というようにきつく見てきたが鹿島は、
――そんな怖い顔したって無駄ですから。すごまれたってへっちゃらです。
と気を張ってはねのけた。
なにせ天童愛は、ほぼ毎日、身にブリザードまとって天儀へお小言。それを近くでハラハラと見守るのは鹿島だ。恐怖も何度も見せられては慣れる。こうなっては旧星間連合軍参謀本部を氷漬けにしたという伝説の氷結の刃もかたなし。
鹿島からいわせれば、
――愛さんったら天儀司令に斬りつけすぎて刃こぼれしてますよー。
というものだ。もうすでに氷の剣はボロボロだ。
「鹿島、君の考えをいってみろ」
鹿島の表情がパッと明るくなった。が、黙っていられないのは天童愛だ。
「天儀司令!」
と、きつく放った。
「天童愛、君に聞いているのではない。我が補佐官の鹿島に聞いている」
「まあ、ひいきなすって。少し鹿島さんに甘すぎるのではなくて」
天童愛がプイッと横向いてしまった。
「えっと……」
「いい、気にせずに続けろ鹿島。彼女はちょっとガキ臭いところがあるんだ。妹だが長女、かわいや、かわいやと甘やかされていたのだからしょうがない」
天童愛はギロリと天儀をにらんだ。怒りは猛吹雪の勢いだが、天儀は涼風をうけた程度の顔つきだ。
「では私の意見をいわせてもらいます。交渉にはこちらの要望をだしてはいけないということはありません。最高軍司令部の目標の一つに捕虜の奪還という項目があり、専用の部署まで作られています。つまりこれは重要事項ですよ」
「つまり?」
「私としては捕虜交換の提案をしてはどうかと思います」
「なるほど、悪くはない発想だ。だが、君は俺にあの陰謀好きの男の提案に乗れと?」
鹿島はうなづいた。
「鹿島さん、天儀司令が行って戻ってこれなかったらどうするのですか」
「それは……えっと……」
「つまり、そこまでのお考えはないんですね。拉致や暗殺の懸念に対しては対策なし」
「そうだ。さらわれちゃったら天童愛さんの電子戦が出番ですよ! 両国の間で一二を争うその手腕で天儀司令が捕まっている艦を乗っ取って奪還。ほら、チョチョイのチョイってね?」
自分でも苦しい言い訳と思う鹿島は作り笑い。首を少し横に傾けあざとい仕草。けれど天童愛はそんな仕草には丸め込まれない。
「電子戦はそんなに万能ではありませんし、わたくしって前歴は艦隊司令官なのですけど? それを鹿島さんは、いち電子戦要員とか諜報部員と勘違いなさってませんか。これは失礼なことですよ」
艦艇約150隻の長。旧星間連合軍9個ある艦隊のなかで序列は第二位。そんな天童愛に鹿島の態度はいくらなんでも気軽すぎる。
「それに暗殺への対策はなしですね? もう一度いいますが電子戦は万能ではありません。電子戦でやれることは限界があります」
「それはその……」
「宇宙基地の警備機能をつかっても、遠隔操作では暗殺阻止は難しいですよ。護衛用のアンドロイドを置くにしてもガードロイドなんて、そうつごうようできていませんからね。爪先に毒を塗ってかすめるように刺してくるなんてことには、対処できませんよ」
問い詰められる鹿島も負けていはいない。鹿島から見て、いまの天童愛にはなにが気に入らないのか、頭から否定してくる空気がある。
――むかー! 愛さんったら、なにがなんでもダメって感じじゃないですか。
仮に私がちゃんと完璧に詰めたプランをもっていても無駄ですよこれは、とも思う。
つまり、ああ言えばこう言うで、絶対に重箱の角をつつくようにネチネチと揚げ足を取ろうとしてきたに違いない。鹿島からすれば、こうなればヤケクソだ。ポンと手を打って、
「あ、そうだ。天儀司令の得意の柔道技でエイ、ヤー、トウーってやっつけてください。これで暗殺への対策は万全です!」
と大宣言。エイ、ヤーの掛け声のときにはチョップの仕草も忘れない。
とたんに天童愛のこめかみにはビシっと青筋。
天儀には笑いを噛み殺しつつ、そんなに俺は強くないぞ、と呆れている。
そして場には数秒の張り詰めた沈黙。許されません、と否定の天童愛に、私にだって考えがあるんです、と必死の鹿島とのにらみ合いだ。そんな沈黙を、
「ま、いいだろう。やってみろ鹿島」
という天儀の声が破った。
「天儀司令!」
「天童愛、そんなに心配するな。いくつか条件はつける」
そういうと天儀が鹿島を見た。
鹿島はぐっと身構える思い。天儀の口からだされる条件はわからないが、ここが正念場だ、というのだけはわかる。
なんでも質問してください。見事に答えてみせますから。と鹿島は天儀の視線を真っ向うけた。
「場所が話しにならん」
「わかります。敵の派遣する護衛艦内での交渉。私だってこれをこのまま飲むつもりはありません。当然こちらから提案します」
「どこを選定する?」
「最寄りの中立の宇宙基地です」
鹿島は手早く小脇に抱えていたタブレットを操作し情報を表示させ天儀と天童愛へ見せた。
「航路監視用の無人のやつだな」
「はい、ですけど中継基地機能がそなわっていて人間が長期滞在することも考えられて作られたもので、年に二回点検もおこなわれています。ここに天儀司令とランス・ノールの二人だけが入ってもらいます」
「広い宇宙にいるというのに男二人きりか、むさ苦しいものだ」
「宇宙基地のコントロールの管理は?」
と天童愛が鋭く問いかけた。
「もちろん私たちです。天童愛さん、そのときはよろしくお願いしますね。宇宙基地のコントロールを反乱軍に乗っ取られないように電子戦で徹底防御ですよ」
今度の天童愛は邪険な態度は取れなかった。鹿島はこの交渉にあたり入念に下調べしてきたことがうかがえる。操を重んじる天童愛は正邪を入れ替えないし、筋の通ったことをまげるのは大嫌い。積極的に協力すべきだ、と自然と思った。
そんな天童愛を見て天儀は、
――育ちがいい。いや、人がいい。
と思った。もちろん悪い意味でだ。だが、自分と天童愛が似たようなところがあるとすればこれだった。天儀は無駄に信義を重んじる、という自覚がある。敵味方だった天儀と天童愛が、同じ船でここまでやってこれたのは、物事を捻じ曲げない、という共通点が二人にあったからだろう。
陸奥改で対面した二人は仇敵といってもいい。正直な態度に終止する天儀に、天童愛は邪険に思わず誠実さで対応した。
「よし鹿島いいぞ。いまからその方向で反乱軍と交渉を行なうための交渉をやれ。任せるぞ」
「はい!」
鹿島は勇躍。喜んで敬礼。では! といってブリッジを飛びでていく。主計室へ駆け込み、部下の乙女たちを叩き起こしてさっそく準備だ。
天童愛が鹿島の去った方向を見たまま、
「大丈夫でして?」
と問いかけた。
「心配するな天童愛。俺は拉致も暗殺もされない」
「あなたの心配などしていません。天儀司令が捕まると外聞は最悪です。李紫龍につづいて、あの戦争の勝利者天儀まで捕まったのかと。これでは軍の無能ここに極まれり、わたくしまでバカの一員と世間から見られてしまいますね」
天儀が少し笑った。天童愛はツンとしている。
「俺は朱雀艦隊が第二星系に入りやすいように時間稼ぎをしたいと思っていたところだ。それが向こうからこの提案とは渡りに船だ。ランス・ノールはよくわからんことをする」
「あら、ランス・ノールの考えを見通してお受けになったのかと思っていたのですが?」
「そんなもんは、わからん」
天儀が断言した。天童愛は軽く驚いた。天童愛は天儀が、ランス・ノールの考えをかなり正確に読んで鹿島に交渉へ乗るように命じたと思っていたのだ。
「先の先の先、三つ先を見通すランス・ノールの金目銀眼か……。だが、先読みも二回でやめたほうがいいな。物事には裏と表しかない。コインの三面を想像するのは結構だがコインはあくまで二面しかない。三つ先は妄想でしかない」
「こちらの指定が通るでしょうか? 向こうも交渉場所にはこだわると思いけれど。なにせランス・ノールがでてくるのですから。いまのところ反乱軍はランス・ノールのワンマン主義。彼がいなくなれば一巻の終わり。彼らも暗殺などを警戒すると思いますけれど」
「なるほど鹿島が押されて妥協。交渉場所がランス・ノールの有利な場所になるという懸念か?」
天童愛がうなづいた。小さなあご先が優美に動いた。
「交渉するといったな。あれは嘘だ、というだけだ」
「は!?」
「これで問題ない」
「本気でして……。それに鹿島さんの気持ちはどうなるんです。あれだけ天儀司令のために、と頑張っていらっしゃるのに少し残酷ではなくて?」
「鹿島も交渉を成立させたいなら俺の意向を汲むだろう。いや、それぐらいのことはやってのけてくれる。なにせ名補佐官なのだからな。自称のままでは困る」
「それ、鹿島さんには指示してあってのことなのですかね?」
「ふん。俺は時間稼ぎがしたいだけだ。交渉場所の条件などが気に入らなければ交渉などなしだ。ランス・ノールには人を騙した前科が多すぎる。信用して欲しかったら、もう少し君子面を続けるべきだったな」
天童愛は天儀の人を食った態度に驚くしかなかった。




