17-(3) 常軌なし
陸奥改ブリッジ――。
「天儀司令、ダーティーマーメイドとはどのようなご関係で?」
天童愛が天儀と鹿島容子を見つけたとたん問いかけた。
李紫龍の遺体収容での天儀とリリヤの感動の再開は、
――なんでも天儀司令が美人に抱きつかれたらしい。
と、もう陸奥改のなかでまわっていた。
のっけからの問に天儀はほのかに笑っただけだが、横の鹿島少々驚き気味。聞き方とうものがあるからだ。これでは2人がいかがわしい関係ではないのか、と疑っているような感じだ。
が、天童愛はとまらない。まさに2人の関係を疑っているのだ。
「運命の再開といった感じと聞きおよんでますけれど、そんなに仲の良いかただったのですか」
「いや。まったく」
天儀はあっさり否定した。ただその声には親しみがある。否定してもこれでは天童愛の疑いは止みようがないというものだ。
「ダーティーマーメイドことアイリ・リリス・阿南は反乱軍の戦力の中核をなす重要人物。しかも特戦隊を襲ったのも彼女。敵に旧知の仲相手がいるとなれば色々とやりにくいのではないです」
「君はなにを疑っているんだ。はっきりいえ」
と天儀がムッとしていった。けれど天童愛はひるまない。むしろ身にブリザードをまとってさらに強気。
「男女の関係だった相手。しかもいまでもお互い悪く思っていない。遺体引き渡しの手続きそっちのけで話し込んでいたそうですね。わたくし天儀司令がうっかり機密を流したりしていないか心配で心配で」
「俺がそんな甘い男に見えるか」
天儀が天童愛をにらみつけ静かに、だが体貌をふくらませていった。きわめて威圧的だ。が、やはり天童愛はひるまない。むしろ身にまとうブリザードはビュンビュンと音をたて天儀の威圧を真っ向から跳ね返した。
「わたくし天儀司令が胸を押し付けられて鼻の下を伸ばしていたと聞いたのですが」
噂というのはなにかと尾ひれつくものだ。リリヤは見てくれだけば美人。そんな美人に抱きつかれて胸を押し付けられるさまを目撃されれば、
――天儀司令は絶対内心ラッキーって思ってたろうな。
と誰もが想像する。
「惚れた相手に弱いもの。男も女もね。昔こんなことありました。恋人からいわれるがまま36回も機密を漏らし、最後には有り金を全部もって行かれて、それでも恋という夢から覚めない。軍事法定になっても自分ではなく相手の無実を主張。あきれたものです。けれどです。悲しいかなこれは人間の性ね。愛は人を盲目にします」
「そうだな。それに俺は違うともいわん。虚しいからな。だが、君の懸念するようなことは一切ない。断言する」
「そうでしょうか。天儀司令は女性に免疫がなさそうなのでダーティーマーメイドのような押しの強い相手には後手後手になるのではなくて? 失礼ですが天儀司令礼は、女性には甘い男、とわたくしは見ています。とくに少しでも好みの相手にはね」
天儀が哄笑した。天童愛は慎重にして妥協がなさすぎる。
――重箱の角までどころか。ひっくり返して散々振って調べそうだ。
そう思ったのだ。
「おい。鹿島、天童愛には俺が砂糖細工に見えるらしいぞ」
突然、話を振られて鹿島といえば目をパチクリ。
「えっと。どうなんでしょうね~。お砂糖には見えないかな。どちらかといと生の渋柿かもですねぇ」
と流してすませる方向で対処。
鹿島からすれば、こんな豺狼と雪女の戦いに巻き込まれたくないというものだ。私はわかりませ~ん、とうアピールで離脱したい。が、天童愛までもが鹿島を見て、
「鹿島さん。天儀司令はダーティーマーメイドにうっかり機密をもらしたりしてませんでした?」
ズッイっと迫ってきた。
「え、えっと」
「いい鹿島、君の知っている情報を彼女に教えてやれ」
「あ、はい。では――。天童愛さん、天儀司令とリリヤさんは結婚の約束した仲です」
とたんに天童愛が天儀をにらみつけた。
――ほらご覧なさい。わたくしの懸念は的中ですね。
といわんばかりだ。
対して天儀は顔に手をやって、アチャー、という仕草。
「かしまぁー!」
「ひゃいっ!」
「そこじゃないだろ。つたえるべき部分は。それだと完全に誤解を招くだろ!」
といわれても鹿島にはわからない。突然、野獣の檻の中に放り込まれたように混乱し意味がわからないのだ。
「……えっと、えっと」
と、つぶやき。他になにかあったでしょうか、と頭は真っ白だ。
「前提を抜くなと俺はいってるんだ」
「あ、そうでした。愛さん、天儀司令とリリヤさんは幼馴染なんです。結婚の約束は小さい子供のころのもの。そうですよね天儀司令?」
「そういうことだ。確か俺が八つぐらいのとき話だぞ。リリヤはもっとしただ。下手したら小学生ですらない」
「あら、そうでしたの」
天童愛はツンとした態度。自身の言葉が邪推からの言い掛かりだったのにもかかわらずだ。だが、それがとても天童愛らしくもあり、
――むしろ天童愛はそれでいい。
と責められた天儀といえば笑っただけだ。
「リリヤは私の隣の家の阿南さんの娘。それで遊んだことがあるという感じだ」
天儀が一人称を私に戻していた。鹿島は、これで場は落ちついたな、と思い天儀と天童愛の終戦を思った。これでもう安心だ。豺狼と雪女の争いに巻き込まれて痛い目を見る心配もない。
「へー。典型的な幼馴染って感じの話ですねぇ」
「そうなるのかな。だが特別に仲が良かった記憶もないんだが。私は彼女を見てわからなかったぐらいだからな」
「確かにリリヤさんから一方的でした。でも、私としてはこれって天儀司令がちょっと薄情かなって思いましたよ。リリヤさんは大感激って感じだったじゃないですか」
天儀が、そうかな。といって笑った。
「そうだ。思いだしたぞ。お隣の阿南さんは共働きで両親ともに忙しかった。私はリリヤの母に頼まれてたまにたまに彼女の面倒を見たんだが――」
天儀が言葉を切っていた。
続きの話題の口にしようとした瞬間、リリヤの異常な目の色を思いだしたからだ。
そういえばリリヤは、昔もあんな目をしていた。先程見たほど酷くはないが、幼いころも似たような寂しげな目の色をしていた女の子だった。
天儀の脳裏に、急激に幼いころのアイリ・リリス・阿南の容姿が映った。フリフリを着て、大きな瞳に小さな口。お人形のように可愛い女の子。しかも自分が可愛いというのが多少自覚はある仕草。そしてリリヤの寂しげな顔や笑顔、泣き顔、怒り顔。様々な顔が怒涛と浮き上がってきた。
「ま、とにかくリリヤは一人で空想ばかりしていた女の子で、よくはばにされていた。嘘つきとな。彼女は空想話を嘘といわれたんだ。1人公園のベンチでぽつんとする彼女と遊んでやった記憶はある」
「あら、意外に優しさがあるんですね」
天童愛がいった。天童愛の天儀のイメージは弱者を平然と足蹴にして、それが正しいと思っているような力の信奉者だ。
「いや遊んでやったとは失礼だな。幼いころの私は正しさを曲げない狷介で狭量なガキだったから、当然ハブられていた。そう思えば私がリリヤに遊んでもらったというに近いかもしれん。しかし、あのリリヤがまさか軍人になっているとは思わなかったよ。気づかないのはしかたないだろ」
これには天童愛だけでなく鹿島も天儀の度量の大きさを見た。
――自分の悪かったところを素直に認めて向き合う。天儀司令のいいところです。
と鹿島は嬉しく思った。
将軍としての威儀があり、下の者にも礼もある。威と礼が、徳を生む男。それが天儀だ。
「そういえばハブられても私は気にもしなかったが、リリヤは孤立をかなり気にしていたな……。自分は間違っていないのにと。そんなときは折り鶴を折って手のひらにのせてやると機嫌が良くなったものだ」
「それってやっぱり運命の再開じゃないですか。ちょっとロマンチックでいいですよねぇ~」
「やめろ鹿島。なぜ恋愛の方へ話を引っ張る。天童愛にまたいらぬ疑いをかけられるだろ」
「あ、そうでしたすみません。愛さん。これは私、鹿島の個人的な見解ですから」
続けて鹿島からでようとした、天儀司令を責めないでください。という言葉は、
「大丈夫ですよ鹿島さん。天儀司令があとから幼いころの恋を思いだして、ダーティーマーメイドとの愛を進展させようというスケベ心をもたげても、わたくしには筒抜けですから」
という天童愛の言葉でさえぎられた。天童愛は、天儀司令よりわたくしのほうが一枚上手ですから、といわんばかりの顔だ。
「あ……、陸奥改から発信される通信は電子戦科の所管ですよね」
「そういうことです」
鹿島は苦笑い。天童愛は知ろうと思えばすべての通信内容を覗き見れるのだ。
「それよりもだ。私からも元星間連合軍の天童愛に聞きたいことがある」
天儀が眼光鋭くいった。いかにも真剣な話だというふうだ。
「あら、なんですかね?」
「リリヤは李紫龍が気に入らないから殺した、といっていた。彼女は二足機隊なかでも白兵戦も想定されている強襲部隊の隊員だが、小柄な彼女に可能なのか?」
天童愛は天儀からでた想像外の問に一瞬驚くもすぐに冷静。
「――なるほど。李紫龍は偉丈夫ですからね」
「そうだ。対してあの小柄なリリヤだ。李紫龍もCQC(近接格闘術)の心得があり腕には覚えがある男だ。普段から鍛錬は怠らない。闇討ちは難しいはずだが」
考え込む2人に、
「でも天儀司令、暗殺ならあまり体力は関係はないのでは? 例えばです。刃物をもってえい! って一刺しすればいいわけじゃないですか」
と鹿島がいった。
「なるほど一理ある」
「確かに暗殺は力比べではありませんからね。なんらかの陰険な手段をつかえば体力差など問題ないでしょうね」
「なるほど吊り天井を用意してドシャリか」
「あらまあ吊り天井って古臭いというか陳腐いというか……。もう少し雅味のある表現はないんですか。せっかくの古好癖なんですから」
あきれる天童愛を横にして天儀は一考。
「……そうだ鹿島、調べれるか?」
天儀の突然の振りに、
――え!
と鹿島は驚いた。
調べれるか、とはもちろん李紫龍の死の真相についてだ。
だが、そんなことは情報部の諜報科の仕事で普通は秘書官には命じられない。それを命じてきたということはよほどの信頼で、
――私って本当に名補佐官かも!
という実感が鹿島をつつんでいた。いまの言葉は、どう考えても天儀が鹿島を自分の補佐官として申し分ないと認めているからこそでる言葉だ。
「でも、いいんでしょうか。情報部のみなさん悪く思いませんかね。情報科のなかでも諜報を担当する部署は超エリートの集団です」
が、天儀はそんな鹿島の心配を一跨ぎ。
「問題ない。俺の鹿島に文句などいってみろ。後悔させてやる」
「……あはは。もしそんなことがあってもほどほどに。でも嬉しいですよ天儀司令の気持ち」
「そうだ。あとハッキングが必要だろ。そこの天童愛にも協力してもらえ」
「そこの天童愛とは軽々しいあつかいですが、いいでしょう。天儀司令のためではなく、他ならぬ鹿島さんのため。鹿島さんなんなりとおっしゃってくださいね。わたくし協力は惜しみませんよ」
「はい!」
鹿島の切れのいい返事。天儀の信頼に合わせて、天童愛の親切心が合わさって喜びは絶大だ。
「たのむぞ鹿島。そうだ惑星ミアンに残る六川と星守もつかっていい。惑星ミアンのデータベースにも旧星間連合軍時代のリリヤのデーターが残っているはずだ」
「ええ、わかってます。情報部顔負けですよ。得意なんですこういうの」
「それは頼もしい。数時間後には李紫龍の検死結果もでる。それも合わせればリリヤのいったことのさだかが判明するはずだ」
「でも本当にリリヤさんが李紫龍殺害の実行犯だったらどうなさるのですか。戦いが終わったら軍事法廷からの極刑ですかね」
「まさか」
天儀が驚いていった。
「そうですよね。まさか殺せません」
あんな小柄な女性が、平均的な男性より体格が良かった李紫龍を殺せるはずがない。自分の作業は李紫龍殺害の真犯人を見つけることになるだろう。鹿島は実際にリリヤの容姿を目にしているだけにそう思った。刃物でブスリで、暗殺に体力は関係ないといいはしたが、あの小さく軽そうなリリヤが、どう李紫龍を襲ったのか想像もつかない。
が、天儀は鹿島の言葉を突き放すように気を発した。目がカッと開き、体貌は青白い炎がほとばしっている。
「違う。復す――」
感情の消えた顔だった。鹿島が苦手な天儀の顔。怖い雰囲気の嫌な感じ。今回の場合はそこに異常な怒りを感じてさらに不快。
なにより鹿島は天儀が先程まで落ちついて話していたので、この豹変に驚くしかない。
天儀といえば驚いた鹿島を置いて、
「では、たのんだぞ」
と再びいってから、きびすを返しブリッジの出口へ。その背中からは青白い炎が燃えあがっているように見えた。
「復すって……」
天儀の消えたブリッジで鹿島は思わずつぶやいた。
「復讐するという意味でしょうね」
「愛さん――」
「李紫龍は殺された。目には目を歯には歯を。あの異常な怒りようからするに同等の天譴を食らわす気でしょうね」
天童愛に言葉に鹿島は、
――天儀司令は軍事法廷を否定なさってましたよね。
という情報をつけくわえて、さらにゾッとした。
つまり天儀のいった、
――復す。
とは軍事法廷で死刑など待たないという意味になる。李紫龍は死んだのだ。それに目には目を歯には歯を、というハムラビ法典を当てはめるならば死しかない。
一言で復讐といっても色々方法はあるが、軍事法廷を否定して、復讐を口にするということは別の手段で殺すということだ。
鹿島が天儀から感じ取った恐怖は、この異常さだった。リリヤの狂気に対し、天儀は常軌を逸している。