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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十七章、再会
116/189

17-(2) 狂気との再会

 とき李紫龍りしりゅうの遺体引き渡しに遡る――。

 

 星々の輝く宇宙で1隻の戦艦に接続艇ランチが近づいていゆく。

 戦艦は陸奥改。接続艇ランチは反乱軍のものだ。

 そして、いま陸奥改の側腹部には反乱軍の接続艇ランチが滑るように取りつきドッキング。

 もちろん接続艇ランチには李紫龍の遺体の入った柩がある……。


 艦内では特戦隊司令天儀(てんぎ)は秘書官鹿島容子(かしまようこ)を従え、接続艇ランチが接続されたハッチが開くのを待っていた。

 

「ついに李紫龍の帰還だ」

「え?」

 と驚く鹿島だがすぐに天儀のいわんとするところを理解した。

 

 この遺体の収容はある意味李紫龍の故郷への帰還だ。とたんに鹿島にセンチメンタルな気分。司令の天儀があまりに寂しくいうものだからなおさら拍車もかかった。


「……でも英雄の凱旋というにはあまりに寂しいですね」

「……ああ、そうだな」

 

 天儀は淡々といったが、それだけに声の底には寂しさを感じさせる。

 ――どんな顔してるのかな?

 と鹿島は思わず天儀の顔をちらりと見るが、天儀の表情に特にこれといった感情はなかった。

 

 ――もう、すっごく寂しくいうから泣いてるんじゃないかと思いましたよ。

 天儀の愁眉を想像していた鹿島としては、あてが外れ肩すかしだ。心配して損したというものだ。



「鹿島、やつらが帰るまでくれぐれも無礼のないように頼むぞ」

「わかってます。機嫌を損ねて、遺体をわたすといったがあれは嘘だ。なんていわれても困りますからね」

「そうだ。たのむぞ」

 

 やはり天儀が淡々というと、ハッチが音を立てだした。

 ハッチが開口を開始。2人のいる受け入れ口には鈍い音が響いている。

 開き始めたハッチは天儀と鹿島の立つ位置から2メートルほど高い。2人は見上げるようなかたちでハッチの開口を眺めていた。


 すぐにハッチは全開。お互いの顔がよく見え、ここから型通りの挨拶、とはならなかった。

 なぜなら反乱軍側の先頭に立っていた小柄な女性の目が驚きで大きく見開かれたと思ったら、

「お兄ちゃん!」

 と叫んで跳びだしたからだ

 

 天儀と鹿島は、反乱軍様のご機嫌を損ねないように挨拶を――。と考えていたところにこれだ面食らうしかない。

 

 いま2人の目には跳び出た女性が階段を一段降りるたびに同じように飛び跳ねる、

 ――大きな造花の髪飾り。

 

 天儀と鹿島が驚くなか、

阿南あなん総隊長お待ちください!」

 反乱軍側からは跳びでた女性を掣肘せいちゅうする叫び。

 

 ――あれが悪名高いダーティーマーメイドさん。

 と鹿島が思わずゴクリとつばを飲み込んだ。

 

 そうハッチが開くと同時に飛びだしたのはリリヤことアイリ・リリス・阿南だった。

 

 リリヤは掣肘の叫びなど無視し天儀へ一直線。

「お兄ちゃんだ!」

 と両手をいっぱいに広げて駆けている。誰がどう見てもそのまま飛びついて抱きつく流れ。

 

 天儀が眼光を鋭くして、左肩を前に身体を斜めにして身構えた。

 ――暗殺を疑ったのだ。

 喜々として駆けより抱きついたかと思ったらそのままグサリ。

 これが、あり得はい話ではない。というのが天儀の異常さ。

 

 暗殺で最も確実な手段は短刀による刺殺だ。腹に一刺ししてグリグリと無尽に動かす。これで内蔵は修復不能。即死はまぬがれても待つのは死だけ。天儀は駆けよってくるリリヤを見て、美人の抱擁に鼻の下を伸ばしたとたん腹部に冷たい痛みを感じる未来を想像したわけだ。

 

 天儀は常に強者の弱点を探るもの。いや、常にあらゆることの弱点を探している、といってもいい。そんな男に甘さはない。


 だが、横にいる鹿島がこれを知ればあきれるだろう。

 仮に暗殺目的ならば、今回のリリヤの態度は怪しすぎる。こんな嬉々として駆けよっては逆効果すぎて成功しない。証拠にこの場にいる誰もがリリヤの突拍子とっぴょうしもない行動に異常さを感じ身構えている。

 

 暗殺に重要なのは自然な流れ。


 絶好のタイミングは最初の挨拶。自己紹介からの、

 ――握手のときに、そのままグサリですよ。

 ミリオタにして歴女の鹿島からすれば、それが一番自然で一番成功率の高いタイミングだ。


 確かに特戦隊は天儀を失えばカサーン攻略どころではなくなる。だが、やはり反乱軍側からすれば二足機集団総隊長のリリヤと引き換えに天儀の命では釣り合わない。ランス・ノールにとって天儀の特戦隊は喉の刺さった小骨。第二星系に迫る朱雀艦隊を排除してしまえば存在価値は11隻という相応なものに下がる。自然と取れてしまうのだ。やはりこの状況で暗殺の警戒をする天儀は異常だ。


 そしてすぐにリリヤは天儀の目と鼻の先に。

 リリヤが跳ねて天儀へ抱きついていた。首に両腕を回して熱烈な抱擁ほうようだ。天儀がリリヤを受けれていた。

 

 天儀は目の前に迫ったリリヤに、

 ――このまま、横にいなして避けるか。

 と思い。続けて、

 ――いや、この女性の態度はあまりに礼を欠いている。身をかわしてしれっと投げるか。

 とも考えていた。

 停戦と遺体の引き渡しは公義の行事だ。それを忘れて無礼にもほどがある。


 避けてクイッと引っ張れば目の前の小柄な女性の体は吹っ飛んでいくだろう。だが投げられたリリヤも、周囲で見ている人間たちもなにが、あまりにことに起きたかはわからないはずだ。いや、天儀がリリヤを投げたとわかるだろうが、常識外も大胆に迅速に行なえば、

 ――目の錯覚か?!

 と驚きと茫然ぼうぜん。とがめることもできないはずだ。

 

 まさか喜びいっぱいで抱きついてきた相手を投げつけるなど誰もが夢にも思わない。

 そんな驚きから人々が戻ってくる前に、

「特戦隊司令天儀です」

 と堂々と挨拶すれば何事もなかったかのように場は流れる。もちろん場には、

 ――あれ? 投げたよないま?

 という巨大な疑問符が残るが……。


 が、天儀は、目の前の女に異常さはあっても悪意はない、と判断。簡単に投げれると感じたということはそれだけ隙きだらけということでもある。これでは暗殺など無理だ。

 

 それにやはり――、

 ――李紫龍の遺体を受け取ることが第一だ。

 最後には思い自重。

 

 そもそも投げつけても何事もなかったように流せるだろう、などというのは希望的な観測にすぎない。停戦は破棄という事態も当然ありうる。


 鹿島は、2人はお知り合い? と目をパチクリするなリリヤの喜びはとどまるところ知らない。

 

「やっぱりお兄ちゃんだ! ひと目見てわかったんだから!」

 

 鹿島ははしゃぐリリヤを見て2人の関係に疑問がぐるぐる。

 あれ天儀司令には生き別れのご兄妹きょうだいが? それとも親戚の娘さん? いえ、トップガン進介さんみたいに仲がいいのがこうじてなった義兄弟的な? とにかく鹿島にとって天儀は謎多き男。まだまだ秘密がありそうというものだ。


 鹿島が、どんなご関係なんですかね? と天儀の顔を見ると、

 ――誰だこれ。

 という困ったような驚いたような顔。とにかく天儀が困惑しているのだけはその表情からはつたわってくる。


「リリヤだよ! リリヤ! わかるでしょ!」

 

 が、天儀は、

 ――えぇ……。阿南総隊長ですね。

 と煮え切らない態度。明らかにリリヤが誰かわかってない。


 いや、天儀も抱きついてきた女性が、あのダーティーマーメイドということは認識できているが、それ以上のことは思い当たらいない。たとえば昔の知り合いで、お兄ちゃんと呼ばれるような仲ではない。

 

 が、リリヤは攻め一手。抱きついたまま離れず、このままだと足まで絡めて幹にしがみつくコアラのような状態になりかねない。

 

 ――その、阿南総隊長……胸がですね。

 天儀が作り笑いで小声でいった。

 

 さきほどからリリヤがぐいぐいと、けして小さくはない形の良い胸を押し付けてくるのだ。天儀としては役得などと思えず振り払ってしまいたいが、まだ紫龍の遺体受け取りが完了していないので邪険にもあつかえない。

 

「お兄ちゃん私だよ。リリヤだよ。よく折り紙を折ってくれたでしょ?」

「あ――!」

 と天儀が叫んだ。明らかに思いだした顔だ。

 

「アイリ・リリスか!」

「違う!」

 

 が、リリヤからでたのは強烈な否定。


「えぇ!?」

 と天儀が驚いた。

 

「リリヤ!」

「だからアイリ・リリスだろ? あの隣に住んでいた。すぐ泣く。いたずら好きの」

「違う! リリヤ!」

「あぁー。そうかリリヤだ。そうだった。リリヤだ」

「もう! そう呼ぶって約束でしょ!」

「そんな約束もしたな」

「でしょ! リリヤはお兄ちゃんって呼ぶ。かわりにお兄ちゃんは私をリリヤって呼ぶ」

 

 リリヤが満面の笑みでいった。


「その約束。リリヤがリリヤと呼んで欲しいだけだったはすだが。お兄ちゃんと呼んでやから、リリヤと呼べというよくわからん条件を飲まされたのを思いだしたぞ。というか最初から俺のことをお兄ちゃんと呼んでたので取引になってないと幼心に腑に落ちなかった」

「お兄ちゃんったら相変わらずだね」

「そうだろうか」

「うん。前と全然変わってない」

 

 天儀がなんともいえない顔で笑った。

 一方、天儀の横で傍観者となっている鹿島は、

 ――やっぱり2人はお知り合いなんですね。

 と嬉しくなる思い。目の前であれだけ喜びを見せられれば嫌でもそうなるというものだ。

 

 人違いだったら残念すぎて悲しいですから。と思わずくすりと笑った。いま、鹿島は喜ぶリリヤを前にして、本当に良かった、とほがらかな気分だ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 30分後――。

 李紫龍の遺体引き渡しは無事終了。

 リリヤが天儀に飛びついた以外に特に問題は発生せずだ。

 

 鹿島が遺体引き渡しの手続きを反乱軍側と進めるなか、天儀はリリヤと喋りつづけていた。いや、一方的にリリヤが天儀を開放しなかったといったほうが正しい。

 

 天儀が特戦隊代表として手続きに入ろうとすると反乱軍側の次官が、

 ――そのまま彼女の相手をしておいてくれ。

 と目語。次官からすればリリヤがいないほうが手続きは早く終る。

 

 天儀が、そういうわけには行かない、とばかりにリリヤから離れようとすると鹿島も、

 ――どうぞどうぞ。喋っててください。

 と、うなづいた。

 

 ここに腕をからめてぶら下がるように抱きついてくるリリヤ。天儀はため息一つし折れていた。

 

 すでに天儀とシャンテルが停戦に調印しての、この遺体引き渡しだ。必ずしも天儀は必要ないのだ。事務方のしかるべき人間さえいれば進められる。


 いま反乱軍側の人々が乗り込んできたハッチは閉鎖。

 鹿島は天儀横で何気なく閉じたハッチを見つめていたが、天儀くるりときびすを返したので、それに続いた。

 

「彼女は変わったな」

 と天儀がポツリともらした。もちろん彼女とはリリヤのことだ。


「そうなんですか。思わぬ美人に成長していたとか?」

「いや、昔から目鼻立ちのととのった可愛い女の子だったよ。いっしょにいると少し照れくさかった」

「いいますね。けちゃいます」

 

 鹿島は茶化したが天儀の表情はすぐれない。天儀は思わぬ喜びの再会のあとだというのに楽しくなさそうだ。

 

 むむ、なんか天儀司令ったら憂鬱って感じですね。と思ったがすぐに思い直した。

 ――あ、そっか。いまお二人は敵同士で、そりゃあ素直に再会を喜んでばかりもいれないですよね。

 鹿島は、私ってちょっとデリカシーなかったかな。と反省。

 が、天儀の懸念はまったく別のところにあったようだ。


「ハッチが開いたとき俺は実は身構えたよ。巨大な暗黒がポッカリと穴を開けたような印象があったからな。なにが飛び出すか恐ろしいとすら思った」

「そうなんですか? でも飛び出たのが幼馴染の美人さんならいいじゃないですか~」

「ああ、そうだな」

 と肯定する天儀の表情はやはりすぐれない。

 

 鹿島は、

 ――?

 と天儀の顔を覗き込んだ。

 

 だが覗き込んだ天儀の表情にこれといった喜怒哀楽はない。だが明らかに物憂げではある。


「そういえば、彼女は恐ろしいことをいったぞ」

「ほう。なんです? あ、待ってください。当てますから!」

 

 天儀が少し笑ってうなづいた。鹿島の明るさに、ほだされたのだ。鬱々(うつうつ)していてもしかたない。そして鹿島といえば天儀を元気づけようと少しでも明るい方向へ推理をのばそうとしていた。

 

「う~む。お二人は幼馴染ですよね?」

「ま、そうだな」

「仲の良い男女の幼馴染といえばそうですね……。そうだ! 結婚の約束! 昔した結婚の約束をしたからはたしてくれとかじゃないですか? 天儀司令って義理堅いところありますよね。だから真剣になっちゃってそうです」

 

 天儀が笑った。鹿島の推理はあまりに突拍子がない。


「違うんですかぁ」

「違うな。だが結婚の約束はしたな。子供同士のたわいのないやつだ」


「……うへ。さらっといいますね。ちょっとうらやましいかも。私はそんな男の子の幼馴染はいませんから」

 と鹿島はいってから、

 ――で、答えはなんです?

 と上目づいかいで迫った。

 

 天儀はこういうときに、はぐらかして答えをいわない場合がある。鹿島としては、リリヤのいった恐ろしいことが知りたいのだ。

 

「紫龍が気に食わなかったから殺してやった、といっていたぞ」

 

 瞬間、鹿島に声にならない驚き。目を見開いて口をあんぐりだ。

 まさかの想定外にすぎる回答。それに2人はあれだけ仲よさげに話していたのだ。そんな恐ろしい話題がでていたとは夢にも思わない。

 

「えぇ……。本当なんですかそれ!?」

「わからん。だが口からでまかせとは思えん。それに紫龍の急死は不審な点だらけだ」

 

 驚く鹿島に対して天儀は落ち着き払っている。楽しげとはとてもいえないが、怒っても悲しんでもいなく声も態度も冷静。

 ちょっと天儀司令、もうちょっと動揺するというか、なんか反応がないんでしょうか。幼馴染が大事な元部下を殺しちゃったかもなんですよ? と鹿島は少し引きぎみだ。

 

 いま鹿島は天儀が淡々といって感情の色を見せないことが恐ろしくすらある。


 鹿島には疑問がいっぱい。小さな形の良い唇を少し開きスッと息を吸って、さっそく天儀へ問いかけようとした。が、天儀はスタスタと先へ行ってしまう。鹿島は慌てて追いかけたのだった。

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