14Epi-(3) 慰安期間
広い空間に、どこか気の抜けた空気――。
ここは陸奥改の第一格納庫――。
二足機収納のハンガーには特戦隊の主力機のオイ式がずらり、いまここでは催し物の準備の真っ最中。
整備や加工作業で傷つかないように特殊加工された銀盤の床には、数人がマットを敷き詰める作業をしている。
――ドスン!
と床に置かれたのは畳一畳ほどの重量感のあるマットだ。
「なによ女性をかけて決闘だなんて。たるんでるわよ。いえ不順だわ不順」
と、ぶーたれるは黒耀るい。
「えー、アヤセ的には憧れますけど?」
そう応じるのはマリア・綾瀬・アルテュセール。アヤセは黒耀と対になってマットを運んでいた。
「ジャンケンでやればいいのよ。ジャンケンで。あーバカバカしい」
「綾坂はどう思う。やっぱ憧れますよね?」
アヤセが運ばれてきたマットを綺麗に敷き詰める係をしていた春日綾坂へ聞いた。
「そりゃあね。自分をかけて戦ってくれるだなんて憧れるわよ。兄貴がわたしを譲らないってね」
「はー。これだからお猿の綾坂は」
黒耀の目の前ではアヤセが、
「丞助さんが――」
と口走り夢見な表情。
見た目は抜群の二枚目の丞助。腕まくりして着崩した制服はワイルド。
アヤセとしては、そんな丞助に、
――アヤセは俺のものだ! 譲らない!
なーんて、いって欲しい。
こうなると不機嫌なのは黒耀1人。
「なによー。黒耀ったら自分がそういうシチュエーションないってひがんじゃってさぁ」
「はぁ。バカバカしい」
と黒耀がそっぽを向いた。
黒耀からすれば、いまの自分たちは、丞助をかけて女子のほうが争っているというなんとも情けない状況だ。そして戦況は綾坂が独走。そこへアヤセが涙目で必死に追いすがる図だ。自分ははるか後方。面白くもなんともない。
「というかごめんね2人とも。手伝ってもらっちゃってさ」
「いえいえ。アヤセ的には困ったときはお互いさま。それに友達のお願いですからね」
「小さい試合場一つ作るのに綾坂しか動員できないって、トップガンの進介はどんだけ人望がないのよ……」
黒耀があきれていった。
「まあ、軍務以外の進介隊長は軽薄のかたまりのような人だからねぇ」
そう、トップガンこと林氷進介は、司令官天儀のとの決闘、もといい柔道の試合が決まると部下たちをブリーフィングルームに集めて、手の開いている時間に、
「第一格納庫に試合場を準備しろ」
と命じたが、集められた面々の反応はかんばしくない。
ブリッジであれだけ騒げば、噂となってあっという間に艦内に知れわたるというもので、集められた面々はすでにブリッジでの進介隊長と天儀の〝喧嘩〟を知っていたからだ。
――おい、おい。ガキの喧嘩で雑用発生かよ。
室内はうんざりムードだ。
進介が握りこぶし、背には炎を背負って、
「俺の姉さんの名誉がかかってる!」
などと力めば力むほど、集められた面々は白けるばかり。
進介の熱弁が終わると、
「あ、俺、不都合っス」
という挙手とともにでた一言を皮切りに。
「私、買い物が――」
「ランチの約束が――」
「見たい映画が安いんで無理です」
「エステのフルコース予約したので無理ですよぉ」
次々と拒否の宣言。
しかも勝手にゾロゾロとブリーフィングルームをあとにし始めた。
「おい! お前らぁー!」
ブリーフィングルームには進介の怒鳴り声だけが虚しく響く。
そう。天儀は、
――明日やる。
と豪語したが、進介の姉沙也加の結婚をかけた決闘は結局、
――3日後。
となっていた。
そして、その日までの3日間は、
「艦内のあらゆる販売品とサービスが割安の慰安期間!」
それどころか、
「普段は階級で制限のかかるグレードの高いサービスすらうけられる!」
こうなっては、隊員たちはトップガン進介の気まぐれには付き合っていられない。
進介は自身の下に置かれているオイ式の整備員班長からも断られる始末で。
「あ、警戒機の整備班の手伝いに駆り出されて忙しいので無理ですね。え、余暇時間? ダーティーマーメイド撃退の作戦いで、準備期間合わせて6日間フル稼働。不眠不休で働いたあとですよ。休暇を宣言しちゃったんで、いまさら休出かけると……」
班長が言外に続けたい言葉は、
――暴動が起きますよ。
とまではいわないが、そんなことをすれば不満と不信で、
――士気が大きく低下する。
といいたいのだ。
憮然とするしかない進介の目に止まったのは、ソロリソロリとブリーフィングルームをでようとする綾坂。
「おい。綾坂、俺はまだ解散の号令してないんだがな」
「アヒャ!」
と情けない声をだす綾坂だが、時すでに遅し。隊長の進介に捕まっていた。
「なに逃げようとしている」
「えーっとわたしも友達と約束がー……」
綾坂は勘弁してくださいという顔でいうも、進介は傲然と見下ろしてくるだけ。
――あちゃー。
と綾坂の胸中は苦い。アホらし。とばかりに、でていった面々と違い綾坂には隊長進介へ弱みがあるからだ。その弱みとは――、
「わたしってダーティーマーメイドとの戦いで命令違反したわけで、その罰を受けていないんだよね」
というもので、そもそも、いま生きているのは、トップガン進介が救ってくれたおかげだ。綾坂に断るすべはなかった。
そんな顛末があって綾坂は、黒耀とアヤセに、試合場の作りを手伝ってくれるようにお願いしたのだ。
「そもそも天儀司令とトップガンの姉が婚約してるって話どうなったのよ」
「え、進介隊長の勘違いでしょ。それが原因で喧嘩になって。それで今回、柔道で白黒つけるって話になったらしいわよ」
なにを今更とばかりに綾坂がいった。
「そうですね。アヤセ的には、なんかこうやって公になる前から、わかりきってた感じありますけど」
繰り返すが軍務以外のトップガン進介は軽薄子だ。
――天儀の沙也加と婚約の話は、進介の思い込みにして勘違い。
と判明しても誰もが、
「やっぱ、そうか。あのトップガン進介ならありそう」
ぐらいにしか思わなかった。
「で、丞助はなんでこないのよ? 試合場につかうマット運ぶって力仕事よ力仕事。綾坂ったら男手準備しなさいよ」
「黒耀ったら知らなの? 兄貴は厨房で大忙しよ」
「ダーティーマーメイド撃退の成功で『3日の慰安期間』が宣言されましたからね。この間は艦内のありとあらゆる販売品とサービスが20%から50%OFF。貯蔵庫は開放され、食堂には普段並ばないメニューが割引でズラリですから」
「そうよ。調理師の兄貴は、いまごろ厨房で火の車。慰安期間っていってもサービスを提供する側は大変よ」
「あら、そうなの?」
「そうですよ。いまならすべての艦内サービスで将官にしか提供されないメニューだって注文できちゃますから。ま、それなりのお値段ですけどね。アヤセもエステの予約取っちゃってますから」
「うそ……」
と驚く黒耀。黒耀は艦艇勤務に疎い。対して艦艇勤務が初のアヤセは秘書官なので、その手の制度に詳しいし、そもそも慰安期間の届けもそうだし、消費される物資の管理は特戦隊主計室がやるのだ。詳しくないはずがない。
「だから明日の天儀司令と進介隊長の決闘も、どんだけ人集まるのか疑問よねぇ」
悲しいことにメインである行事は完全に置いてけぼり、特戦隊の隊員たちは開放された艦内慰安設備の利用に夢中だ。これは艦まるまるが、レジャー施設になったような状態を思えばいい。まさかジェットスターや観覧車はないが、RVで楽しむ仮想空間で創り上げたレジャー施設なら有している。
「普段の慰安系のサービス施設の稼働率って節約で4割ぐらいですからね。それが今回完全開放。主計室には整理券を融通しろって内線がひっきりなしでしたから」
アヤセは、そういうと思いだしたような顔をして、
「はい。お二人のランクSのエステ券」
綾坂と黒耀の端末へシリアルコードを転送。
「時間はバラバラですけどね。佐官クラスしか利用できないエステが無料ですよ」
とたんに明るい表情の綾坂と黒耀。持つべきものは秘書官の親友だ。
「十分よ」
黒耀がいうと、綾坂もうなづいていう。
「3人いっしょにとは思うけど、誰もが似たようなこと考えてチケット取るから時間合わせるのまでは無理」
黒耀は、そそくさとエステの時間を確認しつつ、
「で、下馬評は?」
といった。
下馬評とは、忘れ去られた天儀と進介の決闘というメイン行事のことだ。
黒耀は今回のメイン行事が、裏で賭けの対象になっていることを知っていた。
「隼人隊じゃ。完全にトップガン進介が勝つって。賭けになんなないぐらいよ」
とたんに黒耀は、
――ウゲ!
という顔。これを綾坂は見逃さない。
「あ~ら黒耀ったら、もしかして天儀司令に賭けちゃったの?」
「悪いの!」
「べっつにー」
「どっちの賭けるかブリッジで聞かれたのよ。突然に勤務交代の間際にね。だから天儀司令っていっちゃったの」
という黒耀の表情はかんばしくない。
賭けろといわれても、よくわからず、というのが黒耀だ。
「天儀司令がいいぜ。勝負するならね」
と、いわれるがまま。
黒耀は天儀司令がカサーン攻略の作戦づくり命じてくれたこともあり、
――じゃ、ここは天儀司令で。
わからないまま賭けていた。
黒耀としては、さしたる金額でもないのだけれど、いま聞かされた話では天儀司令の分が圧倒的に悪そうで、
「それも隊員たちの間では、それが常識なの!? 知らないわよそんなの!」
そう思えば悔しいものだ。
どう考えても多数の勝者へ配当を増やすために餌にされたとうわけで、無知に付け込まれたのだ。
――そういえば天儀司令っていったら。
と黒耀は、ハッとした。黒耀はどちらに賭けるか宣言したときの相手のニヤついた顔を思いだしたのだ。あの顔を思いだすに、自分はやはり多数の勝者の養分となる少数の敗者なのだろう。
そして目の前の綾坂は間違いなく多数の側で、
――お猿の綾坂に私のお金が!
と思えば腹立たしい。それが超微々たる割合でもだ。
「隼人隊もオッズはトップガン進介が圧倒的有利ですか?」
「そうね。主計室はどうなの?」
「鹿島筆頭が、主計室は一丸となって天儀司令を全力で推すって力説ですよ。全員で天儀司令を応援しましょうねってツインテールゆらして張り切ってちゃって……アハハ」
「へ~」
と黒耀がニヤついた。アヤセも少数の敗者の側だ。理由はどうあれ、綾坂からの攻撃は手ぬるくなるだろう。アヤセも敗者なら、
「プーックスクス。黒耀ったらなんで天儀司令に賭けちゃったのぉ?」
とは、さすがの綾坂でもいじりにくいはずだ。
「でも、みんな裏で倍ぐらいトップガン進介に賭けちゃってますけど。もちろんアヤセも負け分を軽く取り戻せるようにしときました」
テヘッというようにアヤセ。
黒耀は、とんだ裏切り行為に絶望。このままだと敗者は自分一人だ。綾坂つながりで、丞助も間違いなくトップガン進介に賭けている。どう考えても4人の内で自分1人が負け組。こうなれば必ず綾坂のおもちゃにされる。
綾坂といえば、アヤセの裏工作に、
――そりゃあねぇ。
という顔。
「私達って白兵戦の訓練もするでしょ。やっぱり進介隊長は隊内でもピカイチで強いのよ。そう考えるとね」
天儀は戦隊司令。つまり軍高官で管理職。
――管理職って忙しくて、運動はおろそかになりがち。
というイメージが綾坂でなくともある。そう思えば天儀に勝ちの目はなさそうだ。
「へー。そういえばトップガン進介はブラックベルトっていいますよね」
「そうよーアヤセ。進介隊長は有段者。すごいんだから。因みにわたしは茶帯!」
「茶色? すごいのか、すごくないのかわかんないんだけどそれ」
黒耀が困惑顔でいった。黒耀が知る柔道の帯の色は黒か白だ。あと子供の頃のうっすらとした記憶ではパープルとかオレンジもあったような……。
そんなカラフルな色と比べて茶色は地味すぎ。むしろ、
――弱そう。
というものだ。
「すごいに決まってるでしょ。有段者の一歩手前なんだから。それに、わたしってトップガン相手にもいい線いくんだから」
「おお、投げちゃったり?」
「まあね~」
と誇る綾坂のうしろから、
「綾坂それぐらいにしておけ。俺はお前に一度だって投げられたことなんてないぞ」
という声。
「げ、トップガン隊長!」
綾坂は突然の隊長進介の登場に素っ頓狂な声。
――だから、その呼び方どうなんだ。
進介は苦くいってから、
「で、準備の進みどうだ?」
そういって綾坂に迫った。
「あはは、ご覧いただければ――」
「ま、あと少しだな」
「はい。あとマットを5枚運んで、客席用にパイプ椅子並べて終わりです」
綾坂は愛想笑いだ。なぜなら、綾坂は面倒くさくて最低限の準備しかしていない。
第一格納庫に女子3人で設営した試合会場は、みすぼらしいもの。
こんな会場を見て隊長の進介が、
――もっと豪華にしろ。
と命じてこれば厄介だ。命令なのでやらなければならないが、いまは慰安期間中で綾坂も早く遊びたい。
――てか、アヤセや黒耀にこれ以上手伝ってもらうのも悪いんだけど。
綾坂の背後をチラチラ見て気にした。いま、アヤセと黒耀はトップガン進介の登場に、綾坂のうしろで大人しくしている。
進介が嘆息。
「まあ、いい。あとは試合時間がわかるようにタイマーと。そうだな。マイクの準備しておけ。それで終わりでいい」
進介とて女子3人で準備するこの状況に、これ以上の要求は難しいというのはわかる。それに、
――早く終わらせて遊びたい。
というのもよくわかる。
証拠に指示をだしたとたんに綾坂には隠しきれない喜色だ。
進介は、こいつはほんと顔に考えがでるな。と嘆息してから、
「明日はここで兄さんとぶちのめす。不本意だけどね」
完成しかけの会場を見ていった。
「あはは。進介隊長ほどほどに。まだ特戦隊は作戦中ですから」
「怪我なんてされたら困るわ」
と黒耀がいえば、
「まあ、アヤセ的にも保険の手続きの手間が増えるので、程々にして欲しいですね」
アヤセも同意だ。
「そんなことにはならないさ。俺が開始10秒で兄さんを得意の内股でバッサリ一本」
進介が、それで終わりさ。と自信をみなぎらせていった。
いま女子3人の前には身長170センチ台のスラリとしてはいるが、筋肉で引き締った体の男。
対して天儀は――。
と綾坂たちが思い浮かべれば、司令の天儀は160センチ台で男性では小柄な体格。
――百聞は一見にしかずというけれど。
綾坂にアヤセと黒耀も苦笑い。
均整の取れた進介の体格を見れば勝利はどちらにあるか一目瞭然だ。
――兵器と自分の自慢話しかしないって噂ですけど。
アヤセが思うと続けて、
――進介隊長って。
綾坂が思えば、黒耀が、
――アジア系の割に足が長くてステキよね。
と思った。
進介の長い足がスパーンっと跳ね上がり司令天儀が一回転する。そんなさまが、女子3人には、まざまざと目に浮かぶ。
そんななか進介が試合場を見つめながら、
「兄さん明日は痛くしないよ。秒殺してあげるから――」
フッとしていった。
とたんに女子3人にはゾワッとした悪寒。
――うわっ。キモッ!
身震いし、11機撃墜の戦争の英雄がなぜ彼女なしの常時募集中なのか理解した。




