主計部の鹿島の憧れ(プロローグ)
星間戦争が終結し早半年。グランダと星間連合という二つの惑星間国家は、政治経済、そして軍事面でも急速に融合が進んでいたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ホワイトブロンドのツインテール。
それが鹿島容子のトレードマーク。そして大きな瞳に赤い唇。まとう空気は石南花のような華やかさ、たたずむ姿は清楚な百合の花、ニコリと笑えば牡丹のよう。
そんな鹿島はグランダ軍の主計部秘書課。出身は主計科。
数字の天才が集まる主計学校を主席で、
「かつ歴代トップの成績で卒業したのが、この鹿島容子なんですよ!」
と、誇らしげにいってしまう抜けたところもある鹿島容子。
そう鹿島容子は端から見れば、軍で将来を約束された山険にある美しい存在、つまり
――高嶺の花。
けれどそんな高嶺の花も、口を開けば愛くるしく、人なつっこい性質。
「この鹿島容子の所属は、もういいましたけど主計部秘書課です。秘書課は星系軍で艦隊司令や基地長官、あとは艦艇などに主計の専門家を派遣する部署なんですよ」
だが、そう説明されてもピンとくる人間は少ないだろう。鹿島の言葉は、
――主計。
というものがなにか想像できなければ理解にいたらない。そして主計という言葉はとうに一般的ではない。
鹿島は、そんな疑問に、
「主計ってなにか?それですね」
といって得意げいってから、
主計とは――
と厳しく顔を作り、
「ずばり経理のことです。軍隊では補給や厚生福利も担当する部署で、食事や消耗品の管理、人員の記録などを管理しますね」
もっともらしく説明。
「え?デスクワークで楽そう?そんなことはないですよ。大変なんですよ?簡単にいっちゃえば戦闘以外のすべての事務作業を行うのが主計といっても過言じゃありません!」
軍で戦闘に参加しないとなれば、
――なんか裏方っぽそう。
といえば鹿島は痛いところを突かれたという色を表情にだしつつも、
「戦闘指揮こそ行いませんが、主計学校の卒業者は軍内で最も数字に強く、数字のエキスパートである超エリートです」
と、応じて強弁。
「艦長は秘書官がいなければ、重力砲の一発だって撃てません。いえ、艦艇のエネルギーのチャージもできないので出航すらむりです。だって秘書官が艦艇のあらゆる補給の責任者なんですから。秘書官がいなければ軍隊は動きませんよ!」
と力説するのだった。
そんな鹿島が夢見るのは、
『名将の名補佐官』。
鹿島が憧憬をいだくのは星系軍トップの秘書官だ。
鹿島は総軍司令官だか、小さな艦艇の艦長だかの横に立ち、
――司令!左舷敵です!砲戦の準備を!
などと、自身が大活躍するさまを想像し、相好を崩す。
実際の艦艇でこんなザックリした指揮はしないし、名補佐官に憧れる割に想像しているのは作戦や戦術への提案でなく、単なる状況を口にしただけ。しかも誰でもいえるようなものだ。
つまりずいぶんと幼稚な妄想なわけだが鹿島は満足だ。想像は何をしたって自由。鹿島は自身の頭のなかでは、名補佐官そのもの。
そんな鹿島が感極まって、
「あの天童正宗の秘書官になれたら、きっと最高ですよねぇ」
と、願望を口にした。
とたんに室内の視線が鹿島に集まる。
――また、やってしまった。
と、真っ赤になる鹿島。
いま鹿島がいる場所はグランダの首都惑星天京の軍経理局のビルの一室。当然そんなところで独りごちれば、周囲から不快を含んだ奇異の視線が向けられるが、突然の声に顔を上げた面々は、
――なんだ。また鹿島か。
と、思いデスクに再び目を落とした。
そして続いて普段なら先輩から指導をうけるが、今回は午後3時という時刻が幸いした。そろそろ午後の仕事が一段落つき、
「お菓子休憩」
なる時刻だった。
休憩を前に室内にはどこかホッとした空気があり、鹿島のオチャメも流されたのだ。
ただ、こんな休憩が存在するのは軍広しといえども鹿島のいる一課だけだろう。軍経理局でもエリートが集められる主簿室が率先して、
――業務にゆとりを!
という秘書課の課長の方針だった。
鹿島は周囲の、またか、という反応に恥ずかしくも謝罪の意を込めた会釈で対応。少し顔が赤い。
そんな鹿島の後ろから、
「容子ちゃんは、また独り言いって。仕事は終わったの?」
という声がかかった。
「カタリナ従姉さん」
と思わずいった鹿島に、カタリナ従姉さんと呼ばれた女性がしかめつら。
とたんに鹿島は慌てて、
「……じゃなくってカタリナ室長です。スミマセン」
と言い直した。
鹿島へ話しかけたのは、
――カタリナ・天城。
鹿島の歳の近い従姉だった。
カタリナは背が高くハイヒールが似合い。知的なメガネにアップにした髪の毛。
そしてなにより羨む点は、
――バストサイズ。
だと鹿島は思っている。痩せ型で背が高いカタリナが、貧弱に映らないのはこれが理由だと鹿島は分析している。
鹿島が憧れる秘書官の形が、従姉のカタリナといってもいい。総合的に知的で、加えて女性としての魅力もふんだん。
そんなカタリナが時刻を確認、
「よろしい。そして休憩ね」
といって微笑んだ。
業務中のカタリナは、
――公私の区別を。
と、鹿島へ厳しい。そうなるとカタリナが鹿島を呼ぶときの「容子ちゃん」はどうなのか、となるが、そんな抜けたところがあるのも鹿島の従姉らしい。カタリナの性質は柔和で優しいのだ。
「で、なんで戦った相手の星間連合軍トップの天童正宗なの。我らがトップの大将軍じゃなめなの?」
「うー。だってよくわかりませんから」
鹿島は最近行なわれた星間戦争で、グランダ軍の総軍司令官だった大将軍天儀のグランドキャンペーンをデータバンクにアクセスして読んだことがあるが、
――まったくのチンプンカンプン。
何一つわからなかった。
対して敵の司令長官だった天童正宗の戦略はわかりやすい。そして何より格好いい。もちろん容姿もだが、マグヌスやウィザード級と呼ばれているような有名人には憧れるというものだ。
「ふーん。じゃあアキノック将軍は?」
アキノックはグランダ軍の名将だ。星間戦争で行われた大規模艦隊決戦では、敵艦隊を撃破する決定打となった。
カタリナからすれば従妹の鹿島の心中など見透かすのはたやすい。
カタリナから見て鹿島は夢見る乙女。
夢見る乙女がこだわるところは、
――容姿。
ここに容子ちゃんらしさ、というカタリナならではの鹿島の分析を加えれば、あとは二つ名がかっこいいなど、その程度だろう。
カタリナの口にしたアキノックは、
――最速の。
という異名をもち、
『クイック・アキノック』
と呼ばれる長身の二枚目。
カタリナからして、いかにもミーハーな容子ちゃんの好みでしょ、というものだ。
「あの方は、その……。女好きだという噂があります。かっこ悪いです。戦術機隊からの異例の抜擢で艦長、そして艦隊司令という経歴はステキですけど減点です。ちょっとダメですね」
「あーら、天童正宗ファンのミーハーの割に、相手の身持ちは気にするのね」
従姉の厳しい指摘に、あはは、と苦い笑いで応じるしかない鹿島。
「李紫龍様は、どうなの?」
「おお!いいですね。紫龍将軍なら満点です!」
嬉々とする鹿島に、カタリナは少し意地悪に、
「やっぱり、顔じゃないの」
と、いった。
李紫龍は黒い髪が腰まである颯爽とした貴公子。血筋もよく容姿は秀麗。
この紫龍も星間戦争での大規模艦隊決戦で2倍の敵を拘束し続けたグランダの名将。という戦歴に容姿はもちろん。その出自は貴門であり、名将の家系。加えて若さも手伝い軍内外で一番人気は、この貴公子李紫龍といっていい。
カタリナが〝様〟づけして呼んでいることからも、その世間での人気の傾向がうかがえる。もはやその人気は尊敬というより、アイドルのような人気に近い。
「でも、残念。李紫龍様は結婚してるから無理よ」
そうすげなくいうカタリナ。
とたんに鹿島の表情に、
――そうなんですよ~。残念。
というような色がでたが、鹿島はハッとして。
「ちょっと従姉さん違います!つきあいたいとかじゃなく。秘書官になりたいんです。名将の名補佐官です。私の憧れなんです。別に既婚者でも問題ないです。もうっ!」
「補佐官、つまり名参謀ねぇ」
カタリナは、そういって、
「容子ちゃんは秘書官に夢見すぎよ」
と、冷めたこといった。
鹿島もカタリナの言わんとするところは理解できる。
従姉のカタリナは言外に、秘書官は雑務ばかり押し付けられて、作戦に関与しないので名補佐官にはなれないということだ。
だが鹿島は、
――それでも。
と思う。司令官や艦長の近くにいるのだから助言ぐらい絶対にできる。艦長のあらゆる指示は、秘書官が具現化するという面もある。まったく蚊帳の外とは思えない。そう思う鹿島が不満げに、
「そうですか?」
というと、カタリナは従妹の思いを見透かし、
「そして容子ちゃんは、艦隊司令や艦長に幻想を抱きすぎ」
と、応じた。
そう主計学校を歴代トップの成績で卒業した鹿島容子には艦上勤務の経験がない。カタリナのかわいい従妹の容子ちゃんは艦艇上で雑務にこき使われる数字のエリートの実体を知らないのだ。
艦長たちは秘書官を便利な計算機ぐらいにしか思っていないふしすらある。秘書官は作戦面ではまったく期待されていないし、仮に口を挟もうものなら、きわめて嫌な顔をされるだけだろう。
「容子ちゃんは夢見てないで、現実を見ましょう。しばらくはグランダ軍の経理の総括よ。グランダ軍は星間連合軍と一つになるんだから、合一した後にグランダ側の書類で不備が見つかったらグランダ主計部の沽券に関わります」
もうすぐ休憩が終わり、業務が開始される時間。
「伝統あるグランダ主計部秘書課の最後の仕事にミスは許されない、ですね」
鹿島がそういって生真面目に応じると、カタリナは、
「そういうこと、受け持ちの仕事が終わったからって妄想は程々にね」
と、釘を差してから鹿島のもとを離れていった。
鹿島は頭を掻き、あはは。と苦笑い。
鹿島の従姉のカタリナは優秀だ。鹿島が業務を終わらせ、暇を持て余していたことを看破していたのであった。
「夢見る鹿島の星間戦争」の開始です。
このプローグは大幅に改稿する可能性もありますが、とにかく頑張っていきたいと思います。
そしてこの物語は、話としては「恋する氷華の星間戦争」の続きですが、『前作を読まずに読める作品』というスタイルで書いていきます。「前作読んでないとわからないよ!」と、読んだ方が感じないように、書ければと思っている次第です。
天変地異と大病さえなければ、夏が終わるころには完結する予定です。
あと次話からはしばらく主人公の鹿島から離れて、世界が動き物語が起承します。しばらくは少し硬い話になるでしょう。鹿島はしばらく出てきません。主人公なのに……。
読んで下さった方が、少しでも巷間の煩わしさから解き放たれれば喜ばしい限りです。では。