14. 畑の守護神
「ゼオ…毒は、無いんだよね?」
「坊っちゃんが、自分の目で確認したじゃないですか」
「うん。でも、だってコレ、酸っぱい感じがするし、ヌルッとしてる…」
「そういう食材なんですよ。味は大丈夫でしょう?」
「…うん。美味しいと思う…」
イマイチ納得のいかない顔の、坊っちゃん。
ヌルッと食感に不信感を募らせている模様。
まぁ、スベリヒユなんだがな。
最初に毒判定で微妙な気分になってるのもあると思うんだが。
ちょっとクセがあるからな。
スベリヒユは、オクラなんかと同じでヌルッとして、若干酸味を感じるんだよ。
肉厚でシャキシャキして食べ応えがあるんだがな。
ニンニクなんかと炒めれば気にならないが。
まぁ、想い出の1ページにして貰いたい。
「干し肉からイイ感じに味が出てるね…」
「もう少し味を出す事も出来ましたが、最短だとこれ位ですね」
「もっと味が出るの?」
「はい。ゆっくり煮込んだり、戻したり…色々やり方がありますよ」
「…奥が深い」
「ははは。料理は、かなり奥深い分野ですね」
無発酵パンもモチモチ食べながらも、神妙な坊っちゃん。
奥深い…っぶふっ!
食事を終え、片付けを済ませて洗濯物を回収する。
「あれ?ロープは回収しちゃうの?」
「はい。他の事に利用する可能性もありますからね」
「そうなの?面倒じゃない?」
「面倒ですが、この束しか有りませんからね。急に穴に落ちて助けるとかの場合、すぐ持ち出せた方が便利ですね…」
「…穴に」
「…商会長がね」
「…父様が」
「…はい」
普段の商会長が、穴に落ちた状況を想像したのか、坊っちゃんが大爆笑だ。
「村長さんじゃ、無いの?」
「あぁ…村長が穴を空けた犯人ですよ?」
「あはははは!なんで?」
「罠を作ろうとして、罠に掛かりましたねぇ…」
「あはははははは!」
実際は、ボア狩りの為に落とし穴を設置する事にして、土魔法で穴を準備した時だ。
商会長が『この辺』とした所を、村長が『その辺』と認識して、実際に魔法を行使した結果。
目算が誤り、商会長ごと落ちたのだよ。
非常に危険な結果になったが。
一気に地上の2人が真っ青になるが、下から無事な怒声が響いて安心したんだよなぁ…
と、話したならば。
坊っちゃんが、大爆笑して転がってしまった。
後から考えればコントのようだが。
心臓がキュッとなる瞬間だったなぁ…と、しみじみ話す俺に、笑いが治まった坊っちゃんは頷いた。
「気を付けるよ。仲間の力も考える」
そうだな。仲間の力も考慮出来るといいな。
ロープを張る為の丸太を倒した時、聞き馴染みのある声が届いた。
「ゼオさぁーーんっ!」
…噂の村長が秘密基地にやって来た。
また遠くから声を張り上げてるなぁ…
「ぶはっ!」
「坊っちゃん、失礼ですよ。本人が来たら、記憶は封印して下さいね?」
「えぇっ?!無理っ!ぶふっ!ゼオ、酷いよっ!」
坊っちゃんはフヨフヨする口元を頑張って引き結び、涙目だ。
…うん。
黒歴史暴露しまくったからな。
笑いを堪える拷問のような時間の始まりかもしれないな…
坊っちゃん、頑張って下さい!
「村長さん、ありがとうな。随分整えてくれて助かったよ」
「いや、少し手を入れた位さ。食材関係は置いて無くてなぁ…今日持って来たよ」
「助かるよ。深く冒険するには、足りてない物が多くてな」
「身に沁みてるよ…」
身に沁みてる体験があるからこその差し入れだな。
小麦粉に蕎麦の実、じゃがいもや根菜…助かるな。
…坊っちゃんが、まだ細かく震えてるなぁ。
「…荷馬車もありがとう。助かったよ。あっちの状況はどうだった?」
「あぁ。あちらはマズイな…ヤバい思惑が絡んでやがる」
「…そうか」
「ゼオさん。商会長は、ディアン商会が絡んでるって言ってたぞ?」
「…そうか。あいつらか」
ディアン商会か。
納得の悪徳業者だな。
あいつらは、目を付けた商品を扱う商会の弱みを握ったり、職人を引き抜いたり…
後ろ暗い噂から真っ黒な噂まであるんだよ。
うちと同じ位の規模にまでなって来たから、一応の警戒はしてたんだ。
職人達の安全も考えてな?
「子供同士のアレコレも操るなんざ、クソだな…」
「本当にな。まぁ、村に情報探りに来る奴が出たら教えに来るよ」
「ありがとう。そうだなぁ…もし知りたいって言うなら、行商の修行に南へ向かったとでも伝えておいてくれ」
「南か?…共和国方面だな?」
「あぁ。向こう側に入ってしまえば、足取りは掴めないからなぁ。ありそうだろ?」
「まぁ、有りっちゃ有りだな。多種多様、独自の文化の集合体だぁ、秘密主義の部落も多いからなぁ。わかったよ」
「よろしく頼む」
「おうさ!」
プルプルの坊っちゃんを尻目に、食材を運び入れる。
今坊っちゃんをつついたら、爆笑しか出ないからな。
「あっ!商会長から野菜の種も貰って来たよ。畑、作るんだろ?」
「流石、商会長。勿論。この歳で肉だらけの食事は御免被るよ…」
「はははは!ゼオさんは、昔から野菜を求めてただろうに!少し手伝おうか?」
「そうだなぁ…坊っちゃん、どうします?」
プルプルが治まってきた坊っちゃんに確認を取る。
「勿論、お願いします!」
おぅ…期待の眼差し、キラキラお目々だな。
多分、何かしらの面白い事を希望しているんだろう。
「了解!なら、昔と同じだけ畑だな?」
「魔力の残量を考えて、無理のない程度でいいからな?」
「ふはっ!大丈夫だよ!今、幾つになったと思ってるんだ?ははは!」
村長は、笑いながら畑区間を広げていった。
土魔法で地面に働きかけて、低木のトンネルを崩し、雑草の根を浮かし、畑を耕した状態まで。
坊っちゃんは口をポカンと開き、目が点々になってるなぁ…
歳を重ねると出来る事が増えるのさ。
「さて!低木と雑草、分けて集めるか!」
「…魔力は大丈夫か?」
「おう!この広さなら、あと4回分はイケるよ」
「随分と伸びたなぁ…」
「ははは!おっさんになって言われる台詞じゃねぇなぁ」
「ははははは!確かになぁ」
ひとしきり2人で笑い合う。
昔、バテて転がったそれぞれの場所を見ながら。
「若い内に我武者羅にやった事が、今もこうして役立ってるんだ…あの時があるから、今がある…なんも間違ってなかったんだ…」
「…そうだな。そう思えるようになったのが1番だよ」
「おうよ!」
坊っちゃんは、なんだか神妙な顔をしているな。
おっさん同士の会話なんかでも、感じ入るものがあったのか謎だがな。
「畑、広がったなぁ…家庭菜園の枠を超えたんじゃないか?」
「そうかい?これ位あれば、冬は越えれるぞ?」
「…自然に冬越の話になるんだなぁ」
「まぁ、そりゃあ気持ち次第で良いだろうさ」
「…そうだな。気持ちが1番大事だな」
「おうさ!自分の気持ちが定まれば、なんだってやってやれない事もない!のか?」
「…言い切れよ」
ほら、見てみろ。
坊っちゃんの微妙な表情を。
疑問形で残すもんじゃないだろうに…まぁ、なんとなく言いたい事は伝わってくるからな。
受け取り方もそれぞれさ。
「おっと、種も蒔いていくか」
「じゃあ、大体区画を決めてくれ」
「おう!そこ人参だな…よっと!」
村長が器用に人参用の畝を作り出した。
すっかり畑の守護神になったみたいだな。
「坊っちゃん。人参の種を植えましょう」
「うん!」
「まずは、畝に溝を作ります。深さが指の第1関節位で、幅が指2本分位…坊っちゃんの指だと3本分位ですね」
「何を使うの?」
「何でも良いのですが…鍬を使いましょうか」
「うん!」
村長はあえて溝を作らなかった。
坊っちゃんの身体に染み込ませる余地を作ってくれたのだ。
中々の演出だな。
流石、子沢山。
子供達の事を良くわかっている。
…奥さん美人だしな。子供達も可愛いしな。
…何か寂しい気持ちになってきたな。
「できたよ!」
「では、種を蒔きましょう…これ位ずつ蒔いていきますね」
「うん!」
人参の種は大体2〜3mm程の間隔で植えていく。
重なって出てくるからな。育ってきたら間引きしていく。
間引きした物は、美味しく戴く所存だ。
坊っちゃんが丁寧に種を蒔いていくのを眺めながら、村長が準備を始めた。
「全部蒔けたよ!次は?」
「ふかふかの土をかぶせていきます」
「普通の土じゃないの?」
「はい。腐葉土をかぶせていきます。農家では、その上に藁をかぶせていますねぇ」
「えぇ?!ちゃんと芽がでるの?!」
驚く坊っちゃんに、今度は村長が口を開いた。
「人参は水分が多いと良く育つんです。土が乾かない様に農家では藁を敷く工夫をしているんですよ」
「へぇ~…」
「ここは育てる量が少ないからな?乾き始める前に水を撒くと良い」
「わかった!」
村長が準備してくれた腐葉土を、鍬で器用にすくい種にかぶせていく。
坊っちゃんも見様見真似で、なんとかかぶせる。
身体の大きさのせいか、慣れた様子はないな。
必死に頑張る坊っちゃんが、可愛らしい。
「ゼオさん。芋も植えるかい?」
「そうだなぁ…うん。小さいの使うか」
「まぁ、小さいのはそのつもりで入れたからな」
「ありがたいよ」
既に芋用の畝が準備がされてるなぁ。
村長、張り切ってるな。
芋は、10cmの深さで、30cmの間隔を空けて植えるんだよな。
鍬を逆さまにし、柄を下にして持つと坊っちゃんが不思議そうに見ている。
「坊っちゃん。柄のこの部分まで畝に刺します。次は、これ位の間隔を空けて、刺します」
「ここに植えるの?」
「はい。物によって、植え方が変わるんですよ」
「そうなんだねぇ…これは最後に土をかけるの?」
「はい。これは土をかけます」
せっせと穴を空け、植える作業をする。
畝が自動で出来上がるから、結構簡単な作業になったなぁ…
まぁ、前世だったらば、地面を起こして、石灰蒔いて、肥料混ぜ込んで…かなり大変だった記憶があるなぁ。
実家の家庭菜園の労力を思い出すと、これはかなり簡単なお仕事だ。
「ゼオさん、小かぶの種はどうする?」
「あぁ…とりあえずは、少しにしとくかな…」
「だな。都度、植えりゃあ良いと思うよ」
「あぁ。そうだ。虫除けの香の灰を撒けば良かったんだったか?」
「おうよ!確実に残るからお勧めだよ!人参にもサラッとかけておくと良いよ!」
「?」
坊っちゃんがキョトン顔だな。
「あ〜…実は小かぶなんですが、商会長と家庭菜園で育てた事があるんですがね?」
「うん」
「葉が蝶の幼虫の好物らしくて」
「うん」
「かぶが出来る前に、食い尽くされてしまったんです」
「んん?!あははははは!」
「商会長もゼオさんも、へこんでたもんなぁ〜」
「はぁ…」
「あははははは!」
幼虫に本気の殺意を覚えたよ。
葉っぱ系統は一律、虫の餌食となるのを覚悟しなきゃならないからな…
芋の場合は地面下の敵がいるし…
敵だらけなんだよな。
「まぁ、虫除けの香さえ焚いとけば、灰は手に入り易いから、なんとでもなるしなぁ〜…あっ、虫除け草の種も持って来たんだった。蒔くかい?」
「本気で助かるよ!」
前世の除虫菊だな。
効果は今世の方が数段上なんだよな。
蚊取り線香の原料で使われていた除虫菊は、昆虫・両生類・爬虫類・魚類に効果抜群だが、人間や哺乳類には安全性が高い。
哺乳類の体内には、分解・代謝し、体外に排出する機能があるからだ。
今世の虫除け草も同じく、安全性が高い。
さらに、効果の範囲が広い上に効き目が抜群の為、奴等が近付くのを躊躇ってくれるんだよ。
とてもありがたい植物なのだ。
香にしなくとも、効果がある物だから、かなり助かるのだが。
「ただなぁ…他の野菜を植えるとなると受粉はこっちでやる羽目にはなるなぁ〜」
「だよなぁ。その方が確実だよなぁ」
虫が寄り付かないと言う事は、虫由来の受粉が出来ないと言う事。
芋は受粉が関係ないけどな。
他の野菜を育てる場合、確実にとなると、こちら側からやるしかないんだよな…
「筆は、また他のを植える時に持ってくるさ」
「ありがとう」
「?」
坊っちゃんがキョトン顔だな。
説明せんとな。
「坊っちゃん。虫除け草を植えると、虫が近寄らないのはわかりますか?」
「うん。凄く助かるんじゃないの?」
「正直、かなり助かります。が、困る事もあるんですよ」
「どうして?」
「そうですねぇ…身をつける物には、受粉が必要な物があるのは知っていますか?」
「うん。ナスとかかぼちゃとかが、そうだよね?」
「はい。では、どうやって受粉しますか?」
「風とか、蝶とか蜂が花に来て…あっ」
「そうなんです。来ないんですよ」
「筆で花粉をつけるの?」
「はい。芋は大丈夫なんですがね?他の野菜で必要な物が出て来ると、こちら側からやらないとならないんです」
「そっかぁ…」
これは、その都度だな。
虫除け草の種は、区画に満遍なく散らしておいた。
今世の虫除け草は、雑に蒔いた方が良く育つのだ。
実に逞しい草である。
「楽しみだね!」
「そうですね」
少しずつ整っていくだろう畑に、期待を載せてキラキラ輝く坊っちゃんの横顔に、相槌を打つ。
少しずつ人生の経験値が増えていくのは、すぐにはきっと気付けない。
遠い様で近い未来に、坊っちゃんの選択肢が広がっている事を願わずにはいられないな。
ちなみに自分は、今年人参をこの方法で種を蒔き、間引きを疎かにした結果、小さいのがゴロゴロと出てくる感じでした…一手間大事。




