落とし所
最終回です。いつもより少し長めの三千字です。
リーナの父はオッセルヴァの部屋に呼ばれた。
王城の映像を見ながら、人族の考え方を解説していく。
リーナの父は、魔の森に追放された元司祭だ。
ちょうど、光属性の魔物が生まれて扱いに困っていた時期だったので、面倒を見るために生かされた。
魔王に保護されてから、光魔法と闇魔法、人族と魔族の違いを研究し、「博士」と呼ばれるようになっている。
「――なるほど。魔族とはずいぶん考え方が違うのだな」
オッセルヴァが言う。
「そうですね。
魔族は強い者が率いる社会です。生まれつきの性質、強さがものを言います。
人族は一人一人が弱い分、集団を作って何かを成し遂げようとします」
博士の説明にオッセルヴァはうなずき、先を促した。
「魔族はトラブルがあっても、仕方ないとすぐに諦めます。
人族は、トラブルが起きないように対策を立てたり、起きた場合の備えをしたり『平穏』を大切にします。子どもたちにそれを引き継ぎたいと考えます」
「その結果、王の器ではないものが王位に就いて、代々築いてきた平穏を壊しちゃった。馬鹿なの?」
ムスがからかうように、口を挟んだ。
「そうですね。少しでも多くのものを、贅沢を――と強欲になり、それが争いに繋がったのでしょう。
実力で勝負するのではなく、蹴落とすために策を講じる者も珍しくありません」
博士はほんの少し、苦い顔をした。
「この森に追放されてくるのは、嵌められた実力者が多いのかな?」
「それを肯定するのは、気恥ずかしいですが……ベネデッタさんの聖力は、何かに使った方がいいと思いますよ。
使わないと衰えるのが早いですから」
「人の器は脆くて、難儀なものだな。使いすぎて壊れる、溜めすぎてもおかしくなる……」
オッセルヴァは顎に手を当て、考え始めた。
昼間でも暗い室内に、ろうそくの火が揺れる。
「そういえば、王太子と侯爵の残骸ってどうするの?」
ソファの上で伸びをしたムスが、問いかけた。
「ああ、森の入り口に馬車が乗り捨ててありましたね。ベネデッタさんへのお客様でしたか」
博士はそう言いつつ、大して興味はないようだ。
「人族が丸腰で歩けるほど、この森は甘くないからな。
光の家に行くときはラモーゾに魔物を押さえるように命じていたが、帰りは保護する義理もなかった。
謝罪もせず、更にベネデッタを傷つけただけだったのだぞ」
オッセルヴァが不愉快だと、鼻にしわを寄せた。
「侯爵が死んじゃったからさ。西の国に機嫌を直してもらうための贄がいなくなっちゃったね。
ほんと、最期まで役立たず。
牢屋にでも入れておけばよかったのに」
ムスが光るものを弄んでいる。王太子の服のボタンによく似ていた。
「その通りですね。王都はそのような手配をする人材がいなくなったのでしょう」
「そういえば、ベネをいじめてた継母はどうなったの?」
継母は、侯爵が行方不明となり、周囲から『外国から援助が来ないのは、侯爵のせいだ』と責められて屋敷に籠もっていた。
使用人も逃げだし、外に出れば石を投げられる。どんどん痩せていく。
娘ソフィアの葬儀も埋葬も行わないままだ。
「侯爵の遺品、返さない方が長く楽しめるかも。生死不明の方が辛いでしょ。
侯爵が死んだってわかったら、西の国に帰って普通に暮らす……なんて、許さない。
ベネが苦しんだ分には及ばないけど、苦しませなきゃ」
ムスが悪意を込めて笑う。ベネデッタには見せない、すごみのある表情だ。
「彼らの遺品を拾い集めて、村に持って帰ってもいいぞ。
売ったら幾ばくかの金になるであろう。研究費の足しになるといいな?」
ここでうなずけば、魔物たちが遺品を集めてくれるだろう。一点ものの手書きの資料など、高価で欲しいものはたくさんある。
だが、博士は首を振って断った。
「いえ、王族の印などがついていたら、足がつきますので結構です」
「では、ラモーゾに頼んで、王城に捨てに行ってもらうか」
あっさりとオッセルヴァは言を翻した。
「王城ではヒビが入った結界の要石に、まだ祈りを捧げようとしているんだって。
効果が薄くなっているのに、必死すぎて笑える」
ムスがニヤリと唇をあげ、牙がのぞいた。
王都以外は王弟の部隊が討伐に行ったり、駐屯する兵士を残したりして、一応の安定を見せている。
魔物が襲ってきたら、教会に逃げ込む体制ができた。田舎の教会には、教会本部に受け入れてもらえなかった出戻りの聖女が配置された。
平民や男性の光魔法の使い手に結界の張り方を教え、それが広がっている。真剣に学ぶので、習得が早い。
「これで教会の本部も満足して、この国に干渉してこないでしょ」
ムスの顔に、教会が煩わしいと書いてある。
「国全体が結界に守られているときよりは被害が出てるけど、国民は生活できている。
崩れたのは王城だけ。
ベネを捨てたのがきっかけだけど、元々腐っていたから被害が拡大したんだ」
すっかりベネデッタ贔屓になったムスは、彼女を利用しようとした国王も教会も罰を受ければいいと思っている。
「闇の領域と光の領域は、正しく存在すればいい。
人族が攻め込もうとしない限り、こちらからは手を出さない」
オッセルヴァはゆったりと、そう言った。
「だけど、僕たちが少し人族と遊ぶのは許してくれるでしょ?」
ムスがオッセルヴァの顔を見上げる。
「結界は光魔法を溜め込む装置ゆえ、結界が消えても光気が噴き出す場所はそのまま存在しているぞ。
大量に浴びるのは魔族の体に良くないのだから、気をつけなさい」
結界がほころびたきっかけを思えば、人族にお灸を据えるくらいでちょうどいいとオッセルヴァは考えた。
数年は、魔物が王城に遊びに行くのを黙認しよう。
「あ、ベネが焦ってる。何かあったのかな?」
ムスがそういうと、映像が光の家に変わった。光の家には、密かに遠見鏡が常備されていた。
「ボウちゃん、何を食べているの?」
ワイルドボアの魔物のボウが、クチャクチャ何かを噛んでいた。
慌ててボウが出てきた部屋に入ると、忘れられたルカがいた。
「きゃー! なんでここに……あ!」
司教が来たときに眠った状態で運び込まれ、出番がないまま放置されていたのだ。
王太子がソフィアを婚約者にしようと、ベネデッタを陥れた。その片棒を担いだ側近たち。
断罪劇のあとベネデッタを魔の森に捨てに来たのは、このルカ・ランベルトだ。
「うわ、床ずれができてる。え、まさか、ボウちゃん、ルカをかじったの?
そんなの食べちゃ駄目よ。ばっちいわ。ぺっしなさい」
ボウはベネデッタの追いかけられるのが楽しくて、走り回る。
しばらくボウに遊ばれたが、息を切らしてベネデッタはルカのところに戻った。
「貧窮院のお手伝いで、体勢を頻繁に変えればいいと習ったけれど……」
か弱いベネデッタに、意識のないルカの体を持ち上げることはできない。
ムスは遠見鏡を見つめたまま、「ああ、忘れてた」と軽く言った。
「初めはインキュバスとサキュバスが遊んでたんだけど、深みがないから面白くないんだって。
他の魔族も欲しがる人がいなかったから……」
「ラモーゾを光の家に派遣しろ。
ベネデッタの相談に乗ってやれ」
オッセルヴァは短い言葉で、指示を出した。
ラモーゾが光の家に着いたとき、ベネデッタは板や棒で何とかならないかと悪戦苦闘していた。
「王都の中央教会に連れて行くことはできるかしら? 司教が実の父親と言っていたの。
人族の家は見分けがつかないでしょうけど、教会なら魔物でもわかるでしょう?」
ベネデッタはルカの体位を変えるのを諦めた。
「ああ、中央教会に投げ込んで、父親に始末してもらえばいいか」
ラモーゾはルカを蹄の先でつつきながら言った。
「始末って……殺しちゃうみたいな言い方ね」
ベネデッタがクスクス笑う。
「あの司教なら、やりかねないと思うけど」とラモーゾ。
司教は、過去に博士を魔の森に捨てて抹殺しようとした男だ。前科がある。
「ふふ、わたくしは魔の森に捨てられたけど、ルカは教会に捨てられるのね。
あはは、ざまぁみろだわ」
ベネデッタは少し強ばった声でそう言い、目尻をさっと拭った。
ラモーゾはそれに気付かないふりをして、窓を開けて空を飛ぶ魔物を呼んだ。
ボウは楽しそうに鼻を鳴らし、ルカの靴をくわえて走り回っていた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
お楽しみいただけましたでしょうか。
ブックマークや評価、感想など応援ありがとうございました。
誤字報告も助かりました。
ページビューの人数を見て、読んでいただけていることが励みになりました。
元になった短編を膨らませる予定が、登場人物が増え、雰囲気が変わってしまいました。
https://ncode.syosetu.com/n3344lm/
同じ素材を並べて、調理する時間が違うので別の料理ができた……みたいな感じでお楽しみいただけると嬉しいです。




