眺める者
まだ陽は高いが、ベネデッタを部屋で寝かせることにした。
紅茶に少しだけお酒を入れてやると、すぐに眠ってしまった。
テーブルの上に遠見鏡を乗せ、オッセルヴァとムスは王城の様子を眺めていた。
王城の教会で、前王妃は要石に抱きつき、崩壊をとめようとした。
他の聖女もそれに倣い、渾身の聖力を注ぎ込む。
要石のヒビ割れは速度を落とし、表面が崩れただけですんだ。
ホッとした聖女たちは、その場に座り込んだ。誰もが荒い息をしている。
前王妃が、護衛にこの事態を国王に報告するように命じた。
場所は変わって、国王の執務室。
前宰相が去ってから、人が集まることがなくなった。
いつまでも堂々巡りしていた会議はなくなり、国王の意見を聞きに来る者はいない。
数人の幹部の遣いが、サインを求めに来るだけだ。
久しぶりに入ってきたのは、結界の要石にヒビが入ったという報告だった。
「ああ、私にはどうにも対処できない事柄だね。
母上に任せるよ」
国王は無気力に、そう答えた。
国王が役に立たないと悟った前王妃は、次期国王である孫に報告するよう護衛に命じた。
だが、孫である王太子を探し出すことができなかった。
前王妃は教会を出て、義娘である王妃の元を訪ねた。
王妃はドレスに着替えることもせず、自室に籠もっていた。
「こんな時にあなたはまったく……。
王太子は何をしているの?」
「さあ、最近見ていないものですから」
王妃の顔には痛々しいひっかき傷が残り、少し足を引きずっていた。あの魔物に襲撃された日に、やられた傷だろう。
「あなた、王妃という自覚があるの?」
前王妃はあの日、教会で祈っていたため、尖塔を壊された際の破片を浴びただけだった。
王妃の恐怖や痛みに、同情を寄せることはなかった。
「ふ、わたくしが何をしたって気に入らないじゃありませんか。
だから、あなたが亡くなるまで、何かをするのはやめようと決めたのです。
どうせ、文句を言いながらお義母様がやり直すのでしょう。無駄なことはしたくありません」
「あなたという人は……なんて怠惰なの」
「……」
王妃は、前王妃に答えず、ベッドに戻って酒をあおった。
前王妃は口元を手で覆いながら、王妃の部屋を後にした。
自分が王妃だった頃に使っていた部屋だ。そこが、魔物にちぎられたカーテンを閉めたまま、酒臭い、陰気な空間になっていた。
「わたくしだって、なんでもうまくやれたわけじゃないのに……」
そう涙ぐんでも、共に手を取り合い励まし合った夫は墓の中なのだ。
「いいねぇ。前国王夫妻の絆と、今の国王夫妻の冷え切った関係。
人族が情に振り回されるのは、ドラマチックだね」
ムスはベネデッタに聞こえないよう、声を潜めた。
「ふむ。これは、国王夫妻がいなくても、国は回るということか?」
オッセルヴァはベネデッタの紅茶に入れた酒を、ティーカップに注いだ。
「ああ、そうじゃない? 詳しいことは『博士』に後でこれを見せて、教えてもらおうよ」
ムスが言う「博士」とは、リーナの父親のことだ。
昔は教会で司祭をしていて、同僚に嵌められ魔の森に捨てられた過去を持つ。
「そうだ。王城の宰相室を見てみよう。宰相も要らない仕事だったのか――」
ムスが言うと、遠見鏡の映像が変わった。
「財務卿が中心になり、物事が動き出したとみんな喜んでいるな。俺たちは難癖を付けるだけの邪魔ものらしいぞ」
「問題が発生するのは数年後からだろう」
「宰相は慎重だったから、時間がかかったもの。
どこに影響があるかを担当部署に調べさせた。専門家の意見がついていなければ差し戻した」
「だから、俺たちは恨まれてるんだよな。ははは」
「一斉にできない場合は、どの町からやるか優先順位を検討した。
国中に関係する事柄は領主を呼び、現地の事情を汲むようにした」
「そういう面倒な調整は、財務の仕事ではないからな」
「彼らは要望が上がってきた案件を検討する。緊急性を優先し、予算内であれば承認する。
短期的には、間違っていないよ」
「ただ、全体のバランスを考えない、自己主張の激しい部署が予算を取っていく。
歴史的価値を考えずに、壊し、改修していく。今、生きている人だけを見ているから」
「かつて守護のために置かれた石が、工事の邪魔だと廃棄される……それに専門家が気付いた時には、工事は終わっているんだ。
魔物のせいだけじゃなく、組織が崩れて、国が滅びるんだよ」
「みんな、この宰相室が潰されたら、どうする?」
「別の部署に行くか、退職するか……か」
「ここにいて魔物に食い殺されるなら、故郷に帰って土に還りたい」
「ああ、それもいいな」
箱に荷物を詰めながら、そんな会話が続いていた。
「なるほど。わかりやすい話だった。
人族は組織を作るのが好きだが、機能するかどうかは別なのだな」
オッセルヴァが興味深そうに鏡を見つめている。




