乗馬練習
次の日の朝、訓練場にて。
ビヨンドはラッティによる訓練が行われると思っていた。
ビヨンド、レパール、クレナイはラッティがやってくるのを待っていた。
しかし、時間になっても、ラッティが現れることが無かった。
「遅い、ですね」
クレナイがボソっと呟いた。
「まさか、ラッティさんに何かあったんじゃ......」
クレナイに続き、レパールが呟く。
「そんなわけ......」
ビヨンドはそう言い切りたかった。
だが、少しだけ心配になったのか、ビヨンドは訓練場の入口へと向かった。
もし、ラヴァやその仲間と遭遇し、やられてしまっていたら。
そんな可能性が頭をよぎり、いち早く状況を確認したかったのだ。
ビヨンドが訓練場の重い石の扉に手をかけた瞬間、扉越しに音が聞こえてきた。
その音は、一定のリズムで鳴っており、こちらに近づいてくる。
ビヨンドは扉から離れ、警戒する。
「ビヨンドさん! どうしたのですか!?」
ビヨンドに合わせ、クレナイが木刀を抜刀する。
レパールもナイフを取り出し、構えた。
「何か近づいてきてる......!」
三人は扉を凝視し、武器を構える。
すると、扉はゆっくりと開いた。
「じゃーん! ......って、みんなどうしたの?」
扉を開けたのは、馬を連れたラッティだった。
そんなラッティを見た三人は、一気に体から力が抜けた。
「いや、ラッティさんが来なくて、怪しい音が聞こえてきたから、てっきり敵が忍び込んで来たのかと......」
「あー。ただの足音だよ。この子に乗って廊下を走ってただけ」
ラッティは連れている馬の頭を撫でる。
「しかし、どうしたのですか? 馬なんて連れてきて......」
「今日はね、ビヨンドちゃんに乗馬の練習をしてもらおうかと思って......」
「じょ、乗馬ですか!?」
ビヨンドは驚いた。
「うん。本当は、フェルノアと一緒に馬に乗ってもらおうかと思ったんだけど、ビヨンドちゃんも馬に乗れた方が、作戦の幅が広がるかなーと思ってさ」
ラッティはそう言いながら、馬にまたがる。
そして、馬を巧みに操り、訓練場を半周ほど移動する。
「ラッティさん、乗馬もできるんですね......」
ビヨンドが感心する。
「まぁね。幼い頃から叩きこまれてきたから」
ラッティが脚で馬の腹を圧迫すると、馬が走り出す。
「幼いころから馬術って......。ラッティさんって、何者なんですかね......?」
「さぁ......? エリューで子どもに馬術を叩きこむのは、農民か騎士、貴族くらいだけど......」
レパールとクレナイがコソコソと話す。
その間、ラッティは満足したのか、手綱を引き、馬を止めた。
「ふぅ......。久しぶりに乗ったから、楽しかった。じゃ、次はビヨンドちゃんの番ね」
「え、いきなりですか!?」
「大丈夫大丈夫、私の指示通りにすれば、ちゃんと動いてくれるから」
そう言いながらラッティはビヨンドに歩み寄り、体を持ち上げる。
そして、ビヨンドのことを馬に乗せた。
「あの......。私たちはどうすれば......」
「あ、そうだった......。クレナイちゃんとレパールちゃんは、今日は別の訓練場でフェルノアと特訓ね」
「そ、そうですか......」
「ずるいわよ! ビヨンドだけ特別扱いで......!」
レパールはビヨンドを指差して怒る。
「悔しかったら、私を追い越してみなさいよ」
ビヨンドが挑発すると、レパールは顔を真っ赤にする。
「この......! 行くわよクレナイ! あいつを痛めつけるために特訓するわよ!」
レパールは駆け足で、訓練場から出ていった。
「では、私も失礼しますね......」
クレナイはレパールの後を追い、訓練場から出た。
「あの、ラッティさん......。私はどうすれば......」
「うーんそうだね......」
ラッティは少し考え、ポンと手を打った。
「取り敢えず、馬に慣れよっか。じゃ、ちょっと脚で馬の横腹を押してみて」
「え、えっと......」
ラッティの指示に従うビヨンド。
すると、馬は全力疾走で走り始めた。
「きゃああ!」
振り落とされないように、前かがみの状態で必死に手綱を掴むビヨンド。
「ビヨンドちゃーん! 今、王国の兵士に追いかけられてることを想像してー! 落ちたら、大怪我しちゃうどころか、処刑だよー! だから、必死に耐えてねー!」
「た、耐えてって言われてもー!」
馬が訓練場の突き当りに近づき、カーブする。
ビヨンドに遠心力が襲いかかるが、それでも手綱は離さない。
「まずは五周! 頑張ってねー!」
ラッティは訓練場の中心に座る。
そして、訓練場を走り回るビヨンドと馬を、お菓子を食べながら眺めるのだった。
五周したことを確認したラッティは、口笛を吹く。
すると、馬はラッティの元へ戻り、走るのをやめた。
「ぜぇ......。はぁ......」
ビヨンドは馬に振り回され、グッタリとしていた。
「あれ? もう疲れちゃった?」
「だ、だって......。私、馬に乗ったの初めてで......」
「えー? でも、戦うよりはよっぽど楽じゃない?」
「な、慣れてないことなので......。ぜぇ.......」
「じゃ、慣れれば問題無いってことね! それじゃ、もう一回いこっか!」
ラッティは馬のお尻をポンポンと叩くと、再び馬が走りだした。
「な、なんで! さっきと違う指示なのに!?」
「たとえ足が無くなろうとも、喉が潰れようとも逃げ切れるように、色々な指示で走り出すように調教してるんだ! ほら、頑張れ頑張れ!」
「と、止めてくださーい!」
ビヨンドは再び馬に振り回された。
それから、馬が疲れてしまったこともあり、基礎訓練や座学へと移った。
ヘロヘロになってしまったビヨンドは更に疲れてしまい、昼食の時間になっても、食欲が湧いていなかった。
「あら、無様ね」
食堂で昼食を取ろうとしたはいいものの、料理を目の前に突っ伏してしまっているビヨンドを見て、レパールが一言呟いた。
「う、うるさいわね......」
「ほら、そんな隙を見せてると、後ろからプスッと刺しちゃうわよ」
レパールは、ビヨンドの首筋をナイフでつっつく。
だが、ビヨンドはレパールを追い払う元気も無かった。
一方クレナイは、そんな二人の対面に座り、スープを飲んでいた。
「ラッティさん、戦闘の訓練以外も厳しいのですね......」
「そ、そういえばそっちはどうだったのよ......。フェルノアさんと一緒に訓練したんでしょ......?」
「指導がとてもお上手で、とても有意義な訓練でしたよ」
「どういう時にどこを狙えばいいとか、丁寧に教えてもらったわよ」
「そ、そう......」
「あ、そうですわ......。フェルノアさんからビヨンドさんに、伝言があったのですが......」
「伝言......? 任務について......?」
任務についての話かと思い、顔を上げるビヨンド。
「いえ、最近元気か? と、おっしゃっていましたが......」
「何よそれ......」
ビヨンドは再び、テーブルに突っ伏した。
「元気よ元気......。風邪すらここ最近引いてないし、凄く元気って伝えて頂戴......」
「こんなグデッってしてる癖に、何が元気なのかしら」
「まあ、健康的ではあると思いますし、元気と言ってもいいんじゃないですか?」
「しかし、なんでこんなことを知りたがってるのかしらね」
「任務に参加するからじゃないですか?」
「そうだとしても、わざわざそんなこと聞こうって思うかしら?」
レパールとクレナイが話していると、食堂の扉が勢いよく開いた。
「ビヨンドちゃん居るー?」
ラッティは食堂に入ると、キョロキョロと見渡した。
「あっ、はっけーん! ビヨンドちゃん! 学園長から別の馬を借りてきたから、特訓再開するよ!」
ラッティはそう言いながら、ビヨンドに歩み寄る。
「えぇ......。もう少し休ませてもらえま......」
「ほら、行くよ!」
突っ伏しているビヨンドを抱え上げると、ラッティは食堂から出ていった。
「......大変そうですね」
「そ、そうね......」
連れていかれるビヨンドを、可哀想な目で眺める二人だった。




