82.アユタヤ王からの親書。
(永禄5年 (1562年)3月上旬)
名護屋府の寝所から廊下に出て空を見上げた。
月も欠けているので満天の星が広がり、北斗七星から伸びる『春の大曲線』とおとめ座を掴むように作る『春の大三角形』をすぐに見つける事ができた。
アルクトゥールスが夕方の空に見える頃に麦を収穫するから『麦星』、おとめ座のスピカは一際美しく輝くので『真珠星』、しし座のしっぽにあたるデネボラは中国では五帝座の中心星だ。
どこに行っても星が美しい。
肩筋にひゅ~と春風が通り過ぎた。
おぉ、寒い。
新暦ならもう4月というのに、まだ寒い日が残っている。
暑いのも嫌いだが、寒いのも嫌だ。
常夏と年中豪雪があるのだから春と秋が交互にくる常春の世界はあってもいいのではないか?
あるいは、春に熱田でのんびりと、夏に蝦夷へ涼みに行き、秋に熱田で味覚を楽しみ、冬に南海でバカンスを過ごすならいいな。
夏に向かって常夏の国に行くのは嫌だな~暑そうだ。
俺は始まってもいない常夏の国の攻防を思って気怠くなった。
駄目な三人衆や無茶苦茶な奴らを率いるのも飽きた。
尾張に帰りたい。
「若様、仁左衛門が到着致しました」
「では、会うとするか」
「若様がわざわざお会いになるほどの事はございませんが…………」
「いくつか確かめたい事がある」
何の因果か?
中根北の河原者の子だった仁左衛門が神学校から大喜屋に勤め、堺の商人『天王寺屋』(津田家の屋号)では山田の姓を名乗って、海外の調査の為に澳門に赴いた。
そこから一団は分散し、仁左衛門はイスラムの商船に乗せて貰ってアユタヤ(後のタイ)に入った。
現地で雇った傭兵の津田-又左衛門が活躍したと言う。
俺が東南アジアの調査を命じたのは小田井織田家の信張だ。
信張の弟は又左衛門こと織田-常知だった。
常知は同格だった織田三奉行の弾正忠家に従う兄に反発して敵対し、織田家以外で傭兵を生業にしていたが、尾張は統一され畿内へ、天下も統一されて海外まで飛び出し、澳門でも傭兵をやっていた。
そして、信張は大胆にも嫡男の信直を澳門に派遣したのだ。
その信直は天王寺屋の一族で津田-又六郎と名乗り、酒場で偶然に見つけた日本人を雇ったのだ。
叔父の又左衛門とは知らずにだ。
『同じ津田の姓か、縁起がいいな』
そんな事を言って仲間になったらしい。
記憶もおぼろげだが、俺はタイに旅行した時に日本人の話を聞いた事がある。
山田-長政こと仁左衛門と津田-又左衛門は傭兵として戦った。
その褒美として又左衛門は国王の娘・王女を妻としたという話だ。
確か、時期としては半世紀ほど後の江戸初期だったと思う。
安土・桃山時代から東南アジアには多くの日本人が住んでいた。
奴隷として売られたり、日の本を飛び出して傭兵を生業にしていた武士が多かったのだ。
俺が日の本を統一した事で、こちらも時代の針が少し進んでいた。
そう言えば、秀吉が朝鮮に出兵したのは明国を乗っ取るつもりだと言う話もあるが、あれはおそらく違う。
秀吉は東南アジアの日本人を支援して交易を独占したかったとのだと思う。
東南アジアで南蛮人の横暴が聞こえ、現地の武士は海賊となって戦っていたからだ。
その武士達が助けを求めてきた。
東南アジアには日の本の商人も多く交易で行き来していた。
だが、秀吉には直接に兵を連れて行く手段がなかった。
ポルトガル商人から帆船を購入しようとしたが手に入らなかったのだ。
そうなると秀吉は海岸沿いに軍船を走らせるしかない。
明国と条約を結び直す必要がある。
当時の明国が許すハズもなく、朝鮮出兵は博多と澳門を結ぶ航路を確保する為の武力外交の一環だったと思う。
言葉の壁か、明国の王宮が遠かったのか?
秀吉は交渉で下手を打って泥沼に嵌まったというのが真実だろう。
この戦争で明国は国力を落として内乱で滅ぶ事になる。
俺は帆船を持っているので敢えて朝鮮を攻める必要はない。
美麗島(台湾)の所有権を明国が求めて来たら戦争も辞さないが、敢えて大陸に進撃する意味もない。
出て来た所を叩いて海岸沿いを海上封鎖で十分だ。
あるいは、寧波などを奪って、攻めてくる明軍を迎え討つ籠城戦も面白い。
俺は攻めるより守る方が得意だ。
そもそも広いばかりで統治が面倒な大陸に進出した奴の気持ちが判らないな。
アレクサンドロス大王、モンゴルのチンギス・カン、ナポレオン・ボナパルトらは何を思っていたのだろうか?
まったく判らん。
「若様と同じと思います」
「俺が一緒だと?」
「戦いたい馬鹿達の為に戦を続けております」
「あぁ、成る程」
拡大を止めると権威が失墜して内乱になるのか。
大国の末路は同じだ。
だが、俺は少し意味が違うか。
今の幕府で内乱はない。
だが、後継ぎ問題などで要らぬ工作をする馬鹿が出て、それに乗じて暴れる阿呆共を退治せねばならない。
そんな面倒な事をするくらいならば、暴れたい奴らを外に放り出せばいいと割り切った。
要するに、輝ノ介らのような奴らの遊び場を作った。
それに九州の武将らも加わる。
それは宗麟に押し付けたが、遊び場所を決めてやらねばならない。
実に面倒だ。
ホントに面倒だ。
この連中が東南アジアの諸国とぶつかって、その土地で新たに取り込んだ者の為に拡大を続ける不毛な戦いを続ける事になる。
やり始めてから面倒な事に気付いてしまった。
これでは際限がない。
俺も馬鹿だ。
これは反省だな。
◇◇◇
寝所近くの茶の間に連れられた仁左衛門が待っていた。
俺は仁左衛門の前に座ると声を掛けた。
「大儀であった。帰りは苦労したであろう」
「いいえ、若君様が澳門と朝鮮を結ぶ航路を用意して下さったので問題はございませんでした」
「そうか。それはよかった」
「ただ、澳門では平戸に向かった船が一隻も戻って来ないので、ポルトガルの船が出航できずに困っております」
「ははは、そうであろう」
名護屋港には5隻のポルトガル商人の船が停泊している。
一隻はキャラック船であり、最初の船より5日後に拿捕された。
それから日を置かずに、2隻のジャンク船が坊津に向かう途中に島津家の船と接触して名護屋港へ入った。
それから10日ほど開けてジャンク船が1隻、また1隻と坊津に向かう途中で拿捕されて名護屋送りになった。
自らを倭寇と言っているが、雇い主のポルトガル商人を乗せて何を言うか。
船は封鎖し、船員や奴隷達は名護屋の隔離街に入って貰っている。
宿舎では衣食住を支給し、両替商を置いて銭さえ払えば、商談ができる商店、女が買える遊郭、酒が飲める飲み屋、体を動かす遊戯館などが併設されている。
宿舎の横には広場と無料入浴場があり、体を動かして一風呂入れる最高の環境を用意した。
また、商人や船長、航海士には、無償で護衛 (監視)付きの大和旅行を提示した。
なんと!?
堺や京で商談をすると、お茶の値段が輸送費込みの3割引の特典付きだ。
元々、暴利なお茶の値段設定。
それが50倍まで高騰しており、3割引にしても大儲けなので俺の腹は痛まない。
皆、大喜びで堺・大和・京を回る大和路ツアーに出発した。
イスパニアとの戦いが終わるまでごゆっくりして貰う。
さて、仁左衛門の話では、日の本に向かった船が帰って来ないので澳門でも騒がれ出している。
しかし、蛇の道は蛇だ。
澳門から寧波、そして寧波から朝鮮への航路は無事であり、そこから対馬を経由して三角交易を続けていた。
明国はわずかながら茶の交易を続いていた。
いずれは誰かが気づくかもしれないが、対馬と朝鮮の割符を持っている船は限定されるので秘密が漏えいしても問題ない。
「信直は大丈夫か?」
「本土から船が来ないと判らないと恍けております。澳門は明国の支配下にあり、イスラム商人などもおりますので、ポルトガル商人らも無茶はできません」
「そうか、それならば良い」
「我らの事はお気遣い無用でございます。日の本を出た時から覚悟はできております」
遠く離れた異国の地だ。
俺に助けを呼んでも届く訳もなく、護衛を付けてあるが数に限りがある。
すべてを呑み込んで行ってくれている。
「感謝する」
「礼など要りません。若君様が居なければ、今もまだ地の底を這いずり回っていた事でしょう」
「判った。それでわざわざ仁左衛門が戻ってきたのだ。何か預かってきたのだな」
俺がそう言うと仁左衛門が口を半開きにして驚き、すぐに取繕ろって頭を下げると懐から書状を取り出した。
開くと二枚の紙が入っていた。
一枚はアユタヤ王国チャクラパット国王の親書であり、もう一枚は仁左衛門が翻訳して書き写した添え書きだ。
俺は一通り読んで千代女に渡した。
そして、千代女が読み終わるのを待った。
「若様…………」
「どうするのが良いと思うか?」
「お受けになるべきと心得ます」
「悪くないと?」
「はい。ポルトガルと揉めた場合、満剌加海峡を封鎖するのが一番です。ならば、満剌加を攻める時に拠点として使えます」
俺の手元には南海 (東南アジア)の簡単な地図が手に入っている。
縮尺もいい加減で、細かい島々も明記されていない。
だが、大体の位置関係と存続する王国が明記されていた。
アユタヤは満剌加と澳門の中間点に位置する。
チャクラパット国王は隣の国タウングー王朝のバインナウン王に攻められている所を、又左衛門の一団が助けた事を感謝した。
日の本の兵は強い。
そう思われたのだろう。
日の本との交易を許可し、その為の港を作る場所の租借も認め、傭兵が活躍した場合は別に土地を与えると書いてあった。
※.租借:特別の合意のうえ他国の領土の一部を一定の期間を限って借りる。
「税の免除もありがたい申し出でございます」
「その代わりに傭兵を送れと書いてあるぞ」
「この騒動が終わってからですが、尼子三人衆 (立原-久綱、山中-鹿介、熊谷-新右衛門)を送っては如何ですか」
「召し上げた領地の一部の返還を匂わすか」
「はい。頑張ってくれるでしょう。アユタヤ王家からも土地を貰えるみたいですから、それほど多く返す必要もないと思われます」
「旧式の鉄砲と火薬を送れば、互角以上に戦えるだろう」
「若君様。鉄砲は貸し与えるのはよろしいのですが、硝石は必要ございません。向こうで調達できます」
「そうか。それは助かる」
ポルトガル商人は澳門に集まってくる硝石を買って、宗麟などに高値で売っていたそうだ。
欧州から持ってきた訳ではなかった。
中々に狡い。
ポルトガル商人は銀を持って絹や香辛料やお茶を買って帰る。
しかし、東南アジアにある商材を回して利ざやを稼いだ。
おそらく、それを真似たイギリス商人がビルマ(ミャンマー)で阿片を生産して中国に売った。
本土からほとんど投資をしない独立採算主義がイギリスの植民地政策だった。
そんな悪い真似はしたくない。
だから、阿片はない。
それは断言できる。
では、俺はどんな政策で臨むべきだろうか?
イスパニアほどではないがポルトガルも植民地政策をしている。
そして、問題が起これば艦隊を派遣してくる。
満剌加王国もポルトガル人が殺された賠償金を支払えと要求され、支払を拒否したので艦隊を送られ王国を滅ぼされた。
そう言えば、江戸時代に薩摩の大名行列に入ってきたイギリス人を斬って『生麦事件』が起こり、イギリスと薩摩の『薩英戦争』が起こった。
大名行列に割って入ったイギリス人が悪いのだが大英帝国はそれを認めない。
そして、戦争に勝ったイギリスは薩摩から多額の賠償金を奪った。
確か…………島津家は賠償金を幕府から借用して払ったが、島津家はその負債を幕府に返還しなかったのだったけか?
いずれにしろ、ポルトガルも似たような事をして満剌加王国を滅ぼした。
その王国の息子達が生き残り、ジョホール王国とペラク王国を建国してポルトガルと争っている。
他にもジョホール王国から分離して、呂宋島の南部のミンダナオ島でマギンダナオ王国を建国し、イスパニアと争っているらしい。
イスパニアの戦艦ガレオンは40隻、輸送艦のキャラックが20隻以上もあるが、それ以上に島々の数があり、すべてを占領できないでいる。
「若様、ポルトガルと争うとなれば、満剌加海峡の南のアチェ王国と友好を持つのがよろしいかと思います」
「そうだな。アチェ王国と二分したマタラム王国を継いだドゥマク王国は後継者争いで分裂して、今は国として機能していないようだな」
「満剌加王国の後に造られた交易都市『ムラカ』が、日の本に港の一部を租借してくれるかが分岐点になります」
「交易を独占したポルトガルが拒絶すると思うか?」
「イスラムと同盟を結んだ日の本を通すでしょうか?」
「千代の中では、ポルトガルと争う事が決定しているようだな」
「いいえ、そんな事はございません。ですが、オスマン帝国と友好を結んで交易をする方が距離的に近いと思います」
イスラム商人からの情報によると、オスマン帝国第10代皇帝スレイマン1世は、オーストリアに度々の遠征を行い、ローマ皇帝フェルディナント1世の首都ウィーンを包囲するほど迫っている。
フェルディナント1世は前イスパニア王でローマ皇帝であったカール5世の弟だ。
現イスパニア王の叔父に当たる。
敵の敵は味方。
その論法で行くと、オスマン帝国と日の本は同盟を結べると千代女は言った。
オスマン帝国は中東からポルトガル商人を排除しようとしているので、そのオスマン帝国と同盟を結べば、必然的に敵になると考えている。
今のオスマン帝国は西でバルカン半島を掌握し、北でモンゴル帝国の一部だったクリミア・ハン国とロシア・ツァーリ国と不仲になり、南はエジプトを属国化して地中海沿いに西へ進み、東はペルシャ湾にまで達し、紅海にも出ていた。
つまり、最盛期だ。
イスパニア王国と敵対するフランス王国と同盟のような協定を結んでいると言う。
勢いだけを聞けば、神聖ローマ帝国を取り込んでしまいそうだ。
イスパニアも新大陸を奪って浮かれている場合じゃない。
おぃ、尻に火が付いているぞ。
大きくなり過ぎたオスマン帝国もスレイマン1世がいる間は問題ないが、その後継者が問題だろう。
大きくなった帝国は必ず分裂を起こす。
だから、歴史ではイスパニアやポルトガルが衰退しても、オランダ、イギリスが台頭してきたのだ。
南海 (東南アジア)で俺が目指しているのは緩やかな連邦制であり、敵対しないならばイスラム国でもキリスト国でも問題ない。
島々で暮らしている王国とも呼べない自治国も取り込んで南海連邦国を作る予定だ。
イスパニアは排除するので、残るのはポルトガルの交易都市のみになる。
満剌加海峡の通行権を堅持すれば、ポルトガルと争うと千代女は考えているが、俺はまったく無計画だ。
「若様はどう考えているのですか?」
「自主独立できていない自治国家はともかく、イスラム国と争わないという保障がない。イスパニアからの解放軍を気取るが、俺達も侵略者である事に変わりない」
「若様は違います」
「そうです。若君様はそこに住む者の自由を奪いません。非道も略奪もするなと言い付けております。また、無闇に奴隷を欲するなと申し付けておられました」
「あくまで理想だ。向こうはこちらを舐めて反抗的になるかもしれない」
「その時は思い知らしめてやります」
仁左衛門は本気でやる気だ。
忠誠心があり過ぎるのも困ったモノだ。
俺、個人では南海の果物や香辛料が目的であるが、軍としては資源が豊富なオーストラリアの確保が一番になる。
加えてインドネシアにある油田を確保すれば、金属資源とエネルギーに困る事はない。
互いに交易で栄える経済圏があればいいと思う。
遊び場もそのくらい広ければ十分だろう。
仁左衛門はアユタヤ王国の敵対国であるタウングー王国を占領して、ビルマを日の本の属国にしてしまえばいいと言う。
千代女も割とノリ気だ。
バインナウン王の悪政を排除して、各部族の解放と保護をする事で日の本の帰属意識を高めれば、現地での兵が確保できるとか。
確かにアユタヤ王国の保護下ならば受け入れ易いだろう。
莫朝(北ベトナム)を緩衝地帯として、広南国(南ベトナム)をアユタヤに併合すれば、巨大な王国を後ろ盾にして南海の連邦制が進み易そうだ。
「広南の領主を信直殿にして貰えれば、織田家は西と東に出口を得る事ができます」
「では、帰って広南国で味方になってくれそうな部族を探しておきます」
「慌てる必要はありません。まずはタウングー王国軍を蹴散らして信用を得る事です。ただ、莫朝の高官を揺さぶって南下政策ができないようにして下さい」
「伝えておきます」
「傭兵団を送れるのは夏以降になると思いますが、受け入れの体制を整えて下さい」
「畏まりました」
千代女と仁左衛門が白熱して来た。
地図作りに始まり、道の整備、拠点の確保などを命じ、貧困層を救い出して現地の草(忍び)を育てる事も言い含めていた。
これまでやって来た事を順に伝えて行く。
仁左衛門は生徒のようにそれを書き止めていた。
連れていった護衛の中には忍びもいる。
仁左衛門も中小姓になるべく学んだ者らと一緒に居た。
知識は一通り、頭に入っているハズだ。
何とか、なりそうな気がする。
皆、そんなに頑張らなくていいのにな。
俺はゆっくりと部屋を出た。
小姓が厚手の外套(コート)を持って来てくれた。
ありがたい。
俺は足を止めて、廊下から空を見上げて満天の星を見た。
この永遠に変わらぬと思える星空も数百年後には変わっている。
そんなモノさ。
あぁ、星が綺麗だ。
◆山田-長政
通称は仁左衛門
生誕は天正18年(1590年)頃と思われ、沼津藩主・大久保忠佐に仕え、六尺(駕籠かき)をしていたが、その後1612年に朱印船で長崎から台湾を経てシャムに渡った。
出生は駿河国の富厚里とされるが、同じく駿河国の馬場町、伊勢国や尾張国ともいわれる。
津田又左衛門筆頭の日本人傭兵隊に加わり、頭角を現しアユタヤ郊外の日本人町の頭領となった。
◆津田-又左衛門
出自は不明、1667年に亡くなる。
商人であり、日本傭兵隊の棟梁でもあった。
朱印船貿易に従事。シャム(タイ)に滞在中、国王の要請で山田長政とともに日本人軍をひきいて隣国の侵攻をふせぐ。
国王の信任をえて王女を妻とする。
寛永年間の初めに生地の肥前長崎に帰り、材木町の乙名(町役人)、年行司などを務めた。
寛文7年死去する。
時代がまったく違うので、小説内の仁左衛門と又左衛門は尾張出身の同姓同名の別人としております。
尚、津田氏を名乗っていたので、織田三奉行の織田藤左衛門家(小田井織田氏)で織田-寛故の子であった織田-常知としてある。
◆織田藤左衛門家(小田井織田氏)
織田三奉行の藤左衛門家は織田-良頼からはじまり、小田井城主を務めた事より小田井織田氏と呼ばれた。
織田-寛故の子に織田-信張がおり、同じ同格の三奉行であった信秀に早くから仕え、信長にも仕えた。
織田-常知はその信張であるが、仔細は残されていない。
小説内では、織田寛故の後年の子である織田-常知は同格の織田弾正忠家に媚びへつらう兄と対立し、織田家に敵対した後に敗れて浪人になり、傭兵業を営んでいたが織田家が拡大して職を失って海外に飛び出した事になっている。
津田又左衛門は織田信直の叔父という設定になっている。
◇織田-信張
生誕大永7年(1527年)
死没文禄3年9月22日(1594年11月4日)
父:織田寛故(?~天文19年)、母:斯波氏娘・玉堂殿
兄弟寛維、福富貞嗣室、津田元信室、信張、◆常知◆、梁田教貞室
妻正室:織田信康娘
子信直
◇織田-信直《おだ-のぶなお》(16歳)
生誕天文15年(1546年)
死没天正2年9月29日(1574年10月13日)
父:織田信張、母:織田信康娘
妻:織田信秀六女・栄輪院
子:信氏、忠辰、牧野宮内少輔娘
織田一門衆




