42.このお方をどなたと心得るか。
(天文22年 (1553年)7月10日)
熱田から桑名へ。
魯坊丸は『七里の渡し』で桑名に到着すると、そのまま『千種越え』に入った。
峠の手前、根の平(甲津畠)の宿まで行きたいと思っていたが、時間的にちょっと苦しそうであった。
「若様の足では無理でございます」
「さくら、どうしてこちらに来ている」
「それはもう若様と一緒に旅ができるなんて最高ではないですか」
俺達の少し後、尼の一団がさくらの定位置だ。
だが、さくら達は代わる代わるこちらの一団に合流する。
何の為に前後に配置したのか判っていない。
「普段から甘やかすからです」
「千代女様、若様は甘くないですよ。地獄を何度見せられたか判りません」
「貴方が迂闊な事を言うからでしょう」
「それは自覚しておりますが、若様は甘くないです。蒸気や花火の実験で何度も死に掛けました」
「塹壕は作ってやっただろう」
「生き埋めにされたのかと思いました」
千代女がはあ~っと溜息を付く。
お市を始め、何故か中根南城には問題児が集まるらしい。
それは俺の人徳としか言えないと千代女が嘆いている。
さくら達はどうみても太鼓持ちだ。
同行者に彦右衛門(滝川 一益)と慶次(前田 利益)がいるので懐かしい顔ぶれになっている。
前を行く行商人の格好をする加藤の荷物に風車でも乗せようか?
などと考えて歩いていたのが悪かったのかフラグが立った。
「きゃあ、私が何をしたっていうの?」
「懐の物を盗んだであろう」
「知らないさ」
「問答無用、削ぎ落せ」
お決まりの定番だな。
定番過ぎてぼっと眺めてしまった。
「若様。助けに行っていいか?」
「殺すなよ」
「承知」
菰野の村の近く八風道の脇で娘が数人の男らに襲われていた。
娘も堅気とは思えない動きをしているが4人の侍を相手にしており、かなり分が悪そうだった。
「一人の娘に寄って集っていたぶるのは見てて楽しくないな」
「誰か知らんが黙っておれ」
「黙っていられないから出て来たのだろう」
「去れ、然もなくば、命の保証はない」
「ははは、やれるものならやってみな」
慶次は最近お気に入りの鉄の煙管を取り出した。
慶次は小物を多く持っている。
振り掛かる侍の一筋を躱して首筋に一閃を当てる。
続けて襲う敵を振り子のようにふらりと避けると、足を絡めてすっ転ばした。
「おいおい、酔っぱらっているのかい」
そう言うと鉄の煙管を咥えて、刀に手を掛ける。
鋭い眼光が敵の心を抉り取った。
「退くぞ」
「しかし!」
「一度退く、このままでは勝てん」
「仕方ない」
倒れた者を抱き起こすと4人の侍が去っていった。
相変わらず見事だ。
「若様、よろしかったのですか?」
「この辺りの侍なら千種城の者だろう。六角家と争っているし、気にする必要もないだろう」
「だと、よろしいのですが」
千代女の勘は鋭かった。
◇◇◇
菰野の村で宿を取るつもりだったが「村に行くのは止した方がいいよ」と娘が止めた。
侍たちが村の方に逃げたのは偶然ではないらしい。
娘の懐から小さく折り畳んだ密書を千代女が抜き出していた。
「いつの間に?」
「さぁ、いつでしょうね」
「嘘だろう。私より腕がいい奴なんて知らないぞ」
娘は忍びではない。
ただ手癖が悪い娘のようだ。
その腕を見込まれて侍から密書を奪ったが見つかって襲われていた。
「若様、嫌な予感が的中しました」
どう的中したのかと思って密書を読んでみる。
菰野の村の者が千種城の千種-忠治を裏切って、幕府奉公衆の朝倉-賢茂に寝返ると言う。
村ごとの裏切りだ。
砦が完成すれば安堵状を送ると言う書状であった。
「詳しく聞かせて貰おうか?」
「あたいが知る訳ないよ。和尚様に聞いてくれ」
そして連れていかれたのは井手のお宮(井出神社)と言う片葉の葦で有名な所だ。
和尚と呼ばれていたが神主だった。
神仏習合しているので、どちらでもいいか。
この八風道の関税で三者が揉めていたのだ。
街道を抑えているのは、千種城の千種-忠治と市場城と保々西城を抑えている朝倉-賢茂である。
ここで勘違いをしてはいけないのが、『八風道』(八風街道)は井手のお宮(井出神社)辺りで分岐して全く別の街道になるのだ。
俺も勘違いした。
まっすぐに八風道を進むと千種街道へ続く街道になり、八風道はここから北に折れて八風峠に続く街道になってゆく。
そして、どちらも観音寺城と桑名を結ぶ街道である。
千種街道は八風街道を通らずに行ける抜け道のようなものだった。
だから、六角家は全ての街道を抑えたいのだろう。
八風街道を抑えている梅戸-高実を使って千種城を攻めていた。
この千種城が陥落すると大変だ。
朝倉-賢茂は慌てて千種城の確保に乗り出した。
六角家に取られる前に抑えようと必死なのだ。
つまり、
『八風街道』:梅戸城の梅戸氏(六角家の一族)
VS
『千種道』:千種城の千種と市場城の朝倉氏
六角と幕府奉公衆の朝倉氏でどちらが先に千種城を取るのかを競っている。
朝倉氏は茂福城茂福氏、中野城中野氏に協力を求めて連合を組んでいた。
「あっははは、幕府奉公衆と六角家の対立か。中々に面白い」
「慶次、笑い事ではありません。これからその双方に会いに行くのですよ」
「若様(魯坊丸)がどうするか、見物ではないか」
「慶次、嬉しそうに言わないで下さい」
「で、若様(魯坊丸)。どうしますか?」
どうするって?
基本は無視だよ。
俺には関係ないで通したかったのだが、村人を引き連れて先程の侍らが戻ってきた。
「おぉ、もうひと暴れできそうだな」
「殺さないで下さい」
「あの数を殺さずに抑えるのは無茶だな」
ぱっと見で200人を越えていた。
村人も必死だ。
バレれば、村ごと死罪になり兼ねない。
窮鼠、猫を噛む。
俺を護って誰も殺さずに収めるのが難しいと言う。
「千代、構わん。介入させろ」
「承知しました」
千代女が手を振ると後方で待機していたさくら達と前方で待機していた加藤ら、そして、側方を護っていた者らが介入する。
慶次も飛び込んだ。
皆、刀を抜くまでないという感じで無手であった。
シャ~ン!
一方的に往なしているのだが、白く光るものが俺の目の前を走った。
何かと思ったが、それがクナイとすぐに判った。
十兵衛の頬に血が流れる。
十兵衛が体を逸らして頬を切っただけで済んだが当たっていれば致命傷だ。
ひやっとした。
十兵衛が俺を見ながら嬉しそうに自分の血を拭いて舐めていた。
何か背筋が寒く感じる。
「大丈夫か?」
「魯坊丸様に付けられた傷と思えば、むしろ名誉な傷です」
「そういう言い方は止めてくれ」
前も後も面倒臭い。
村人らには手加減しているので何度も立ち上がる馬鹿がいて終わらない。
やはりと騒ぎを聞きつけて千種城の忠治が兵を引き連れてやってきた。
「若様、どうされます」
「待っておった。これで良いのだ」
「なるほど、承知致しました」
忠治が騒ぎに入ってくると千代女の合図で皆が四散した。
忠治らが俺らに向かって来た。
「これはこれは、城主様でございますか?」
「その通りだ。千種城主の忠治である。騒ぎを起こしたのはその方か」
「こちらの宮の娘を助けた為に巻き込まれてしまいました」
「怪しい奴。吟味を致す」
村人達を取り囲んでいる兵の一部が俺の方も取り囲む。
戻って来ていた慶次がもうひと暴れするかと合図を送ってくるが、俺が首を横に振った。
兵が進もうとする先に千代女は体を入れて拒否した。
「逆らうならば、容赦はしないぞ」
「それはこちらの台詞です。城主様」
「何だと?」
「こちらにおわすお方をどなたと御心得ですか。明日、お通りになる織田魯坊丸様の先遣隊を任された御使者様でございます」
「お、織田の?」
「武家ではございません。商人でございます。旗屋 金蔵の子、旗屋 金田と申します」
胸に手を添えて少し頭を下げる。
忠治は慌てて下馬をして膝を付いた。
「申し訳ございません。織田家の方と存じ上げず、ご無礼な事を致しました。このことはご内密にお願い申し上げます」
「話が判る方で良かった」
俺は密書を忠治に放り投げた。
それを読むと手をふるふると震わせる。
見られた。
村人らが一斉にうな垂れた。
もう助からないと思ったのだろう。
「菰野の村の者が焦る気持ちも判ります。六角家と幕府を相手に戦うなど無茶な話だ」
「しかし、これを許す訳には」
「許さぬと言うならば、幕府と六角家に逆らう千種家も滅ぼさねばなりませんな」
「そんな!」
「この者達を許して話し合うというならば、幕府と六角家にしばらく大人しくするように魯坊丸様にお願いして講和を取り持って貰いましょう」
「誠ですか」
「そちらの朝倉の者も聞け、講和に応じるならば織田家が味方しよう。だが、戦うと言うならば、織田家は敵に回ると思え。そう主人にも言っておけ」
「判りました。お伝えしておきます」
「忠治様、判りましたか」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
是にて一見落着。
忠治が俺を城に招いたが、それを断って宮で泊めて貰う。
面倒なのは遠慮する。
こっちは終わったが、問題はもう1つあった。
「十兵衛のあれは何だったのだ?」
「おそらくと言うか、まず間違いなく十兵衛を狙ったのでしょう」
「俺が聞いているのは誰がと言う意味だ」
「若様の手の者でございます」
「十兵衛は気に入られたのではないのか?」
千代女が否定する。
望月家の者や千代女自身は気に入っていないそうだ。
限りなく危険な匂いがするので排除したいと思っている。
千代女が本人の前ではっきりと言う。
「美しい方に殺されるならば本望でございます」
光秀が本気か嘘か判らない言葉を吐いている。
千代女曰く、加藤らのような一度でも俺の命を狙った者を頼りにするのは本意ではないらしい。今は信じているが癖者ばかり集まっている愚連隊だ。その癖者を懐に入れるから絶大な支持を得ている。
「危険な奴と言う理由で始末すると、彼らの信頼を失い兼ねないと言うのか?」
「そこまで言いませんが若様らしくないと思われます」
「難しいものだな」
「それを始めたのは若様です」
昨日の千代女の言葉が浮かんだ。
その受け入れたハズの光秀を何故襲うのか?
「若様を慕う者が圧倒的に多いのですが、お市様を信仰する者も少なくありません」
俺が手をポンと叩いた。
なるほど、そういう事か。
「十兵衛。俺は加藤らの意見を聞いてお前を生かす事とした。しかし、お市を支持する者はお前を殺したいらしい」
「困りましたな」
「あぁ、困った。加藤らの願いだけ聞いて、他の者の願いを聞かない訳にいかない。止めろとは言えん。況して、身内で殺し合いをさせたくない。判るな」
「これも身から出た錆でございましょう」
「前に行っても、後ろに戻っても危ない。幸いな事に高野山には手の者はいない。頭を剃ったのだ。出家してはどうか」
「いいえ、坊主は好きません。伊勢を参ってから熊野で禊をしてきましょう」
「そうした方がよいな」
「利三、公方様にこちらの状況をお知らせして、十兵衛は帰れなくなったと報告してくれ」
「畏まりました」
「では、ご迷惑をお掛けしました」
十兵衛と利三が挨拶をしてお宮から出て行った。
さらば、十兵衛。
まだ、1日目なのに濃い一日だった。
もう疲れたよ。
近江編でできかった話を場面と人を変えて書いてみました。




