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 ようやく夏休みの宿題を終えたのは、もうお盆も終盤に差し掛かる頃だった。

 太陽が地面を照りつけて、あちこちで向日葵が咲く。漁も畑仕事も、みな陽が高くなる前に終わらせてしまうので、昼日中に外へ出る者は殆どいない。宿題を終えた解放感に英介が騒ぐと、逸郎の祖父がいつものように西瓜を切って運んできた。

「寂しなるのう」

 彼がそう漏らすと、逸郎が申し訳なさそうな表情で、けれど視線だけはその言葉を咎めるように睨んだ。

「ま、宿題終わっても遊びに来んだけどねー!」

 二人の間に流れる奇妙な空気を振り払うように英介は声を上げた。しかし二人から返る言葉はない。

 溜息交じりに逸郎の祖父が出て行くと、逸郎は縁側へと向かった。今日は涼むための盥を用意していなかったが、英介は西瓜の皿を抱えるようにして彼の後へと続いた。

「じいちゃんがあんな風に言うなんて思わなかった」

「宿題終わったらもう来ないと思ってんのかなあ?」

「僕、明日出ていく」

「え?」

 英介には逸郎の言う言葉の意味が全く理解できなかった。

 出ていく。

 どこへ?

 どこから?

 暑すぎて蝉すら鳴かない真夏の昼のことだった。

 陽射しは強いのに、湿り気を帯びた風が東のどす黒い雲から流れ込んで気温以上に不快だった。

 時節柄、外にいる数少ない大人たちが神妙な面持ちで雨の予感に帰路を急ぐ。

 終戦記念日だ。

「お父さんとお母さんが、一緒に暮らそうって」

「……お父さんと、お母さん」

「だからこの島から出ていくんだ」

 ガシャン、と大きな音が鳴ったのと、外で雷の音が鳴ったのは殆ど同時だった。

 縁側の床に割れた皿の破片が飛び散り、形の崩れた西瓜の汁が滲み出す。

「だって、それじゃ洞窟は」

「ごめん、行けない」

「嘘つき」

 皿を割ってしまった。姉から聞いた母親の言葉を思い出す。逸郎の家に行くのはご迷惑がかかるからやめた方がいいと言っていた。

 皿を割ってしまった。

 逸郎は島を出ていく。

 洞窟には行けない。

 夏が始まる前に島を去った学校の友達。盛大なお別れ会を開いたからつとむとはもう二度と会えないのだろうと思った。

「嘘つき。いっくんの嘘つき!」

 何事かと逸郎の祖父が駆けつけるよりも早く、英介は門真の家を飛び出した。後ろから名を叫ぶ逸郎の声にも振り向かずに坂を駆け上がる。。

 照りつけるような太陽がだんだんと分厚い雲に覆い隠されていく。昼間とは思えないほど辺りは暗くなっていく。ぽつり、ぽつり、と空からは大粒の雨が落ち、乾いた砂の色を変えた。

 坂を駆け上がるのは酷く息が切れた。家を通り過ぎても脚を緩めることなく駆ける。

 砂の多い砂利道が唐突に終わりを告げて、それは獣道ともつかない山道へと繋がっていた。

 雨に降られた上級生何人かが慌てて駆け降りてくるのとすれ違う。

 雨は本降りになっていた。

 濡れた顔を拭い、英介は山道を睨みつける。

 涙を拭ったことに、英介本人も気が付かなかった。


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