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第十六話 夜空の下の輝き

 齧りつくようにテレビをじーっと見つめる希莉。

 そのモニターの向こう側。

 月明かりで照らされた夜空に幻想的な光景が広がっていた。


「お、おぉっ!」


 鼻息荒く希莉が吠えた。


「綺麗だなぁ」


 吾郎もぼんやりとテレビの向こう側の光景を目を細めて眺めている。


「お……おおぉっ!?」


 尚もボルテージが上がっていく精霊少女。


「……うるさい」


 前のめりになっていく希莉の頭を吾郎は軽く叩いた。


「お、おおぉ……」


 音量は小さくなったものの、希莉の視線は未だモニターの向こう側から離れなかった。

 そんな彼女の姿に苦笑を洩らしつつ、吾郎は肩をすくめる。


「そこまでかね」


 思わず吾郎はひとりごちた。

 現在夕食後のリビング。

 テレビの向こう側でやっているのは、秋田県大曲市での花火大会の中継、その録画だ。


 毎年のことではあるが吾郎はこの花火大会の中継をいつも録画している。

 流石に日本三大花火大会と称されるだけあり、相変わらず凄まじい光景であった。

 

 色とりどり、様々なギミックを駆使して音楽と共に空を美しく染め上げる。

 花火師達の精魂が込められた、その輝きのなんと素晴らしいことか。


「わっ、わっ! わぁっ!?」


 吾郎の隣では希莉が大はしゃぎである。


(全く……)


 長いことリビングで花火を見ていたら、結構な時間になっていた。


「……ふぅ」

「満足したか?」

「なんとまぁ、素晴らしいものでした」

「そっか」

「私も花火やりたい」

「……あぁ」


(言うと思った)


「そうだな……あ、言っておくけど、今見たやつみたいなのは無理だぞ?」


 釘を刺すように一応言っておく。


「あっ! あれでしょ、ほら手で持ってやる……」

「そうそれ。あんなデカイ打ち上げ花火なんて一般家庭じゃ不可能だしな」

 

 場所も無ければ金も無い。

 設備も無ければ知識も無い。

 そもそも花火師の資格を持っていない。


 打ち上げ花火は残念ながら見ることが出来ないのだ。

 近所の花火大会は7月に終わっちゃってるし。


「うんうん、それでいいよ!」

「そうか?」


 目をキラキラさせながら吾郎を見上げる希莉。

 とはいえ、これは吾郎も半ば予想していた反応である。


(まぁあんだけ楽しそうに花火見てたんだから、こいつがこう言い出すのもある意味自然な流れ)


 夏も終わりを迎えるし、売れ残り花火の特売もあちこちで見かけるようになった。

 今年は吾郎も花火をしていない。


「よし」

 

 吾郎の声に合わせて希莉の瞳が一層輝いた。

 おねだりが功を奏した事を直感したのだろう。


 吾郎は笑い声を抑えて言った。


「明日は孝介達も呼んで花火するか」

「わぁいっ! やったっ!!」


 わっほほーい、と言いながら飛び跳ねる希莉を横目に吾郎は窓から夜空を見上げた。

 

 頼むから天気が悪くなってくれるなよ、と願いながら。




   ☆   ☆   ☆



 翌日の夜。

 幸いなことに天気はよく、空を見上げれば光り輝く三日月が夜の世界を明るく照らしている。


「いやー、そういや花火今年やってないもんな」

「とはいえ花火大会は見に行ったけどね」


 郷田家の庭にやってきた孝介と響子。

 彼らも各々荷物を持っていた。


 孝介はジュースや菓子類。

 響子は追加の花火セットだ。


 しかし。


「あちゃ~、こりゃあたしは何も持って来なくてよかったかもねぇ」


 苦笑気味に言う響子の目の前には堆く積もっている花火の山があった。


「凄いでしょっ!」


 嬉しそうに胸を張る希莉とは対照的に吾郎は苦々しい表情をしていた。


「いや、なんというか……だな」


 何故これほどまでの量を買ってしまったのか。


「いやだってお前……8割引きだぞ、8割引き。どう考えたって利益出てないぞ」


 そんなん買ってまうわ、と呟く吾郎。


 ついつい。

 まぁ在庫処分以外の何物でもないが、流石にここまで安くなっていると、いくらでも買ってしまってもよい気がしたのだ。

 隣で希莉がウキウキと目を輝かせているのものだから、尚更吾郎の財布の紐は緩くなってしまう。


「まぁいいじゃんいいじゃん! いっぱいあってよ!」


 快活に笑いながら孝介が吾郎の背中を叩く。


「はぁ、まぁそうだな」


 顔を上げた吾郎が視線を動かすと、花火の山を見つめる希莉の姿があった。


「どれからやろうかなー」


 そんなことを言いながら花火セットに思いを馳せる彼女の姿を見ていると。


(まぁ……いっか)


 そんな気分になってくる。


 基本倹約家の吾郎であるが、特売だったわけだし、それほど郷田家の財政にも影響は無いだろう。


「吾郎!」

「ん?」

「チャッカ○ンは?」

「あぁ、えーっと確かここに入れ……あったあった」


 花火を買って来た袋の中からチャッカ○ンを取り出した吾郎は、そのまま希莉に渡す……前に自分で一本の花火に火を付けた。

 なんだか希莉にいきなりやらせるのは危ない気がしたからだ。


(一応色々注意はしたけど、まずは、な)


 吾郎が花火の先端に火を点けると、勢いよく光の奔流が溢れ出す。

 輝く火花が吾郎の手元を明るく照らし出した。

 

「わぁっ……」


 希莉がニコニコと吾郎の隣に並び、花火の光を見つめている。

 やがて火薬が尽き、消えていく光。


 吾郎はそのまま水をためたバケツに火薬の無くなった花火を突っ込んだ。


「人には向けるなよ」


 などと、当り前のことを言いつつ、吾郎は希莉にチャッカ○ンを渡した。


「うんっ」


 そわそわとした様子でチャッカ○ンを手に取り、花火の導火線に火を点す希莉。


「わぁっ……綺麗」


 自分で火を点け、美しい炎をまき散らし始めた花火を見ながら彼女は心底嬉しそうに微笑んだ。

 

(なんというか……本当に綺麗だよな)


 ぼんやりと希莉の横顔を眺めていると、両隣から茶々が入った。


「見ました、奥さん?」

「えぇ、見てましたとも」

「完全に見とれてましたねぇ」

「間違い無いですわ、おほほ」

「野獣の眼光ですよ」

「まぁ怖い」


 やかましいわ。


「うるせっ」

 

 肩に手をかけてくる孝介と響子を振り払う吾郎。

 しかし彼の言葉に対して孝介がニヤニヤと言った。


「あーっ、こいつ否定しないでやんの!」

「吾郎のばーか!」


 なんで馬鹿なんだよ! 

 と吾郎は響子に突っ込みを入れたくなったが、希莉が両手に大量の花火を持ってやって来たために、中断した。


「ほらほら、孝介と響子も! いっぱいあるよ!」


 幼い少女のような晴れやかな笑顔で言われ、流石に孝介と響子もたじろいだ。

 

「う……眩しいわ、孝介」

「お前もか、響子」

「???」


 首を傾げる希莉から花火を受け取った孝介。


「よーし。ならこの俺の必殺10連点火を見せてやるぜっ!」

「あたしは線香花火もらうわ」


 響子に対する吾郎と孝介の言葉が重なった。


「「おい馬鹿お前それは最後だろ!?」」


 しかし気にせず肩を竦めつつ響子は言った。


「馬鹿はあんた達でしょ。こんだけ量があるんだから適度に消費して行った方がいいのよ。じゃないと最後に数十分に渡って線香し続けることになるわよ?」

「「た、確かに……」」


 響子は線香花火を付け始めると、その隣に希莉が並んだ。


「ねぇねぇ響子」

「ん、どしたん?」

「これは何? 蛇なの?」

「あぁ……へび花火ね。ていうか希莉知らないのね」

「蛇なの??」

「うーん、なんて言ったらいいのか。とりあえず火点けてみ?」

「わ、分かった」


 そろりそろりとへび花火に点火する希莉。

 

「……なぁにこれ?」


 うにょうにょと蠢く黒い物体を見下ろしながら希莉は目を丸くした。


「それがへび花火」

「花火?? これが??」

「いや気持ちは分かるけど、そういうもんなのよ」

「う、うーん……面白いけど、あんまり綺麗じゃないなー」

「同感だわ」


 二人の背後からは、大はしゃぎする馬鹿野郎二人の声が聞こえてくる。


「ちょっ、おま、孝介あぶねーだろ!!」

「ふははは、この俺の10連砲にかかれば」

「く、だったらこっちはドラ○ン花火を使うぜ!」

「あかんっ!?」


 わはははは、と笑いながら庭先を走り回り吾郎と孝介。

 

「楽しそうね、あいつら」

「あはは、楽しいねー」


 言いながら希莉も何やら孝介の真似をして、いそいそと10本の花火に点火し始める。


「火傷しないように気をつけなさいね」

「うん!」


 元気よく返事をした希莉はそのまま吾郎の方へと歩いて行く。


「喰らえ吾郎ー!」

「何奴!?」

「救世主だ! あのド○ゴンを止めて希莉ちゃん! 希莉ちゃんが近づけば、吾郎の手は緩むから!」

「余計なことを言うんじゃないよ!?」


 馬鹿騒ぎする3人を見ながら、響子は髪を掻き上げ夜空を見上げた。


「……」


 こんな風に花火をしているが、既に暦の上では秋。

 そろそろ暑さも引いてきており、季節の変わり目である。


 夜にもなれば涼しい風が頬を撫でていく。


「……いい夜ねぇ」


 響子の呟きは夜風に吹かれ、虚空へと消えていった。


 



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