後日談:3 消えた令嬢(side:デュボア)
「いつまでこんなところにいなければならないの…?」
膝を抱えながら、力なく呟く
イスクール様の侍従に無理矢理連れてこられた古い道具小屋。
薄暗さが不安な気持ちに拍車をかける。
ギイイ…
錆びた蝶番が鳴く。
差し込んだ眩しさに目を瞬かす。
そこには愛するイスクール様が立っていた。
「イ、イスクール様!」
私は立ち上がり、彼に近づこうとした。
その瞬間 ―――――
「近づくな」
彼の侍従が、傍にあった火掻き棒で私の身体を制した。
「きゃあ!」
私は驚いて、数歩後ずさる。
両手を胸で握り締めながら、懇願するようにイスクール様を見つめた。
「わ、私はただ…あなたを思い続けていただけです。あなたが私に優しくして下さった事が忘れられなくて…」
「さっきも言ったが、君の事は覚えていない」
「ほ、本当に、私の事を覚えていないのですか!? う、嘘です、そんな事!!」
さっきはコニファーの前だから恍けていると思った。
けど、彼の反応はどこまでも冷たかった。
「……う、そ…っ 何で…どうして…っ! わ、私はあなたと同じ中等学院に通っておりました! 1学年の時同じクラスでしたっ! あなたの隣の席だったのよ!!」
「何度言われても、覚えていないものは覚えていない」
「…な…! あ、あなたは私を助けて下さったじゃないですかっ 野外活動の一環で行われたピクニックの時のことです! 小川を渡る時に濡れた石に足を取られた私を抱き留めて下さった。そして優しく『大丈夫?』と声をかけて下さったわ!」
「そんな事をした覚えはないけど、ただ転びそうになった人を助けただけだろう?
そんな時、声をかけるのは当たり前じゃないのか? それに君じゃなくて助けたよ」
「い、いつも私が挨拶をすれば返して下さったわ…」
「それは礼儀として当たり前だろう? 君だけにしたわけではないはず」
「そ……な……っ」
全て私の思い込みだったの…?
たいていの男は私に見惚れたわ。
私が微笑みひとつ落とせば、男は優しさを見せた。
だからイスクール様も…同じだと……
同じ……じゃ……なか…った…?
私は身体中の力が抜けたように、膝から崩れた。
「だ、だって…そん…な…私は…あなたを…中等学院の頃からずっと…っ」
力ない言葉が口から零れる。
「君の好意に応えられないのは申し訳ないと思うよ。けど……」
「うぐぅ!!」
彼は右手で私の首を掴んだ。
「それがコニファーを傷つけていい理由にはならない」
私は彼の手を離そうと必死で藻搔くが、ビクともしない。
「君を友人と思い、慕っていたコニファーの気持ちを裏切り、彼女を侮辱した!」
「イ、イス…さ…っっ!」
(く、苦し…っ い、き…息が…っっ)
私は魚のように、口を動かす事しかできなかった。
「そんなおまえを許せるはずがないだろう? ……やはりコニファー以外の女は信用ならないな」
イスクール様の琥珀色の瞳が血の色に見えた。
全身に、戦慄が走る。
「ごほっ! ごほっ!」
突然ぱっと手を離され、力なく床に突っ伏す。
口から一気に空気が入り、噎せた。
指が首に食い込む感触。
息を押さえつけられる圧迫感。
鈍く残る痛みの生々しさ。
身体の震えが止まらない。
「…と言っても犯罪を犯したわけでもないから、警邏隊に突き出す事も、修道院へ送る事もできない。だから…君にいい縁談を持ってきてあげたよ。すでに君のご両親には了承を得ている」
「え、縁談?」
縁談って…何の話をしているの?
両親の了承を得ているってどういう事!?
「隣国の伯爵様だ。年は39歳。君よりちょっと年上だけど貴族では珍しい年の差ではないよね?」
嬉しそうに話す彼の笑顔に、鳥肌が立つ。
「さ、39歳!? な、何でそんな人…っ や…っ い、いやです…っ!」
「君は、コニファーの傍にいてはならない人間だ。だから、この国から消えて欲しいんだよ」
彼の口調は穏やかだった。
その穏やかさが逆に、恐怖を募らせる。
「そ、そんなこと…あなたにそんな権利…っ」
彼は侯爵家、うちは子爵家。
無駄だと思っても、彼に反論せずにはいられなかった。
「少し君の家の事を調べさせてもらったけど…最近、経済的に苦しいようだね? ここ数年領地での不作が続いているとか。収穫が減れば税収も減る。その上、領民への支援も必要になる。この縁談持っていったら、ご両親はとても喜ばれていたよ。持参金不要で伯爵夫人になれるならって。逆に向こうから支援金が用意されたから、手放しでね。これから伯爵家へ向かう事も快諾された。君の家には跡継ぎもいるし、君は結婚が決まったし一安心だね」
「そ…な…」
その時、ハッと気づく。
家族が皆で見送った違和感。
『気をつけて』
こうなる事が分かっていて見送ったの…?
「い、いや…っ いやよ! きゃあ!!」
イスクール様の侍従が軽々と私を抱き上げると、肩に担いで裏口から外に出た。
そして入口に止めてあった馬車の中へと、私は放り込まれた。
「あ、開けて! 開けてったら!!」
バンバンバン!!
内側から扉を叩くがびくともしない。
カタン
馭者窓が開くと、従者の顔が見えた。
「向かい側の椅子の上部を外すとトイレになっておりますので、必要の際はお使い下さい」
「な、なんですって!?」
「食べ物はここから差し入れます。あなたを伯爵様のところへ確実に届けますので、ご安心下さい」
事務的に説明する従者。
するとイスクール様の顏が見えた。
私は愚かにもまだ助けて貰えると思った。
しかし、彼の言葉は私を絶望の淵へと落とした。
「あ、言い忘れていたけど、君で4人目なんだって。3人の奥方はなぜか25歳を迎える前に突然死してしまうそうだ。どうやら伯爵は若い女性がお好みのようでね、そのせいか悪評ばかりが広まってなかなか後妻が決まらなかったそうなんだ。やっと良縁を得られたと大変喜ばれていたよ。さて君は、25歳の誕生日を迎えられるのかな? ま、僕には関係ないけどね。じゃあ、気を付けて」
「う、嘘…っ 嘘でしょう!? そんな…っ! あ、あなたがこんな事をするなんて…っ! コ、コニファーは知ってるの!?」
「彼女が知る必要ないだろ?」
パタリと彼は馭者窓を閉めた。
救いの糸が切れた瞬間だった。
コニファーはあいつの本性を知ってるの!?
いえ、あいつならいくらでも猫を被るわっ
コニファーのためなら!
ああ…こんな冷淡な男だと分かっていたら、決して近づきはしなかった!!
私は窓に向かって叫んだ。
「や…いやよ…っ お願い、帰して…っ! 家に帰してよおおおおっっ! あ…ああ…っ…うあああああ!!」
そしてひとりの令嬢が消えた――――…
【終】
⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷
今回で完結となります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




