第1話 お互い様ですよね?(side:コニファー)
「…コ、ニファー…その…男は……?」
私の婚約者であるイスクが目を見開き、驚いている。
そうよね。
人気のない公園に呼び出され待っていると、私があなた以外の男性と腕を組んで現れたのだから。
私は小さく息を吐き、頭の中に用意してきた文章を言葉に乗せた。
「彼は私の愛する男性です。他に好きな人ができました。だから、私との婚約は破棄して下さい。けど、あなたも他に好きな人ができたのですから、お互い様ですよね? なので、慰謝料に関しては相殺して下さい」
私は婚約破棄を申し出ると、彼の腕に頭を寄せ、イスクに見せつける。
「………………」
イスクは目をすっと細め、私の言葉に微動だにせずただ黙っていた。
何も言わない。
私が他の男性といても気にならない?
もう関心がないのね。
イスクの心は…彼女へと注がれているのだから…
だから安心した事でしょうね、私からの申し出に。
それに、お互いの不貞という事にしてあげたのだからのだから、慰謝料に関しては双方請求しないようしてもらいたいわ。
お父様たちには怒られるでしょうけど…傷は浅いうちっていうでしょ?
これで後腐れなく別れられる。
「…婚約破棄に関しての手続きは、弁護士を通してお話させていただきます。そもそも私たちの婚約は幼い頃、お互いの祖父たちの軽口から始まったものです。これであなたは本当に愛する方を迎える事ができますわよね?」
本当に愛する方…
そう…
私の友達…デュボアと…
「…………」
一言もない。
ただ熱のない瞳で私を見つめている。
昔はその澄んだ瞳の中に私に映して下さっていたのに。
今はもう…何も見えない…
「…では、失礼いたします。行きましょう」
「ああ」
私は彼に声を掛け、その場を立ち去る。
イスクは、一言も言葉を交わしてくれなかった。
確かに、婚約破棄を申し出たのは私だけど…普通は何かあるのではないの?
怒るなり、怒鳴るなり、責めるなり。
もう…私のことなど、本当にどうでもいいのね…
「…おい、大丈夫か?」
彼が声をかけてきた。
その言葉に頬が濡れていた事に気づく。
「う…うっ…ぇ…っ」
一度気づくと、もう止められない。
嗚咽とともに、溢れ出る涙。
……知らなかった……
私…あなたとデュポアが思い合っているなんて…全然気づかなかったわ…
「…っ…馬鹿…みたい…っ」
そもそも私たちの婚約は互いのおじい様たちが決めた事。
あなたが望んだ事ではなかったのよね…
だから私はあなたから離れる事にした。
そして私は、イスクとデュボアを同時になくしてしまった……
◇
私はコニファー・アガヴァンス。
伯爵家の次女で、四つ上の兄がいる。
そして私の婚約者イスクール・シュルテン。
侯爵家の嫡男で、二つ上の姉は既に嫁いでいた。
私とイスクが婚約したのは、お互いが7歳の時。
私のおじい様とイスクのお祖父様が親友同士だった。
将来孫が生まれて異性同士なら、結婚させて親戚になろうと画策していたらしい。
そんなある日、おじい様と一緒にシュルテン家を訪ねた時イスクを紹介された。
今考えれば、あれはお二人が示し合わせていたのだろう。
「コニファー、儂の孫のイスクールじゃ。君と同い年だよ」
目の前に現れたのはさらりとした明るい金髪に深い海を思わせる碧眼。
7歳だった私は、同い年の男の子と対面するのはこれが初めてだった。
「はじめまして。コニファー・アガヴァンスともうします」
私は習いたてのカーテシーをした。
足と腰がスカートの中でぷるぷるしているのが分かる
でも、きちんとご挨拶をしなければ。
ところが、バランスを崩してパタリ…とスカートを持ったまま倒れてしまった。
恥ずかしさのあまり固まったまま動けない。
「コ、コニファーッ」
おじい様の声。
抱き上げて下さるかと思ったら、目の前に男の子が倒れてきた。
私と同じ体勢で横になっている。
「ぼくはイスクール・シュルテン。よろしくね、コニファーじょう」
「……はいっ イスクールさま。ふふふ」
私は嬉しくなって笑ってしまった。
これが私たちの出会いであり、私の初恋の始まり―――――…
それからお互いのおじい様が会う日は、私たちも一緒に会うようになった。
「なぁ、イスクール。将来、コニファーと結婚するのはどうじゃ?」
「結婚? コニファーと?」
イスクはお祖父様の言葉を繰り返した。
「ああ、そうじゃ。コニファー、結婚すればイスクールとずーっと一緒にいられるぞ?」
「ずっと一緒? イスクと?」
私もおじい様の言葉を繰り返す。
私たちは互いに見合い合うと、彼がにこ~っと笑った。
だから私もにこ~っと笑い返した。
「「うん! 結婚する!」」」
それがお互い了承した証となり、後日私たちは婚約を取り交わした。
この時の私は、婚約とかよく分かっていなかった。
ただ、これからもイスクといられる約束なのだと思い、とても嬉しかったことを今でも覚えている。
あなたもあの時は私と同じ気持ちでいてくれたのかな…?
けれど…人の気持は変わるもの。
ましてや、幼い頃に過ごした時間なんて、大人になれば化石同然。
成長すれば新しい出会いが増え、交流も広がる。
私より美しい令嬢なんて溢れるほどいる事に気づく。
心変わりすることも…あるわよね。
イスクの美貌は人を惹き付ける魅力があるもの。
いくらでも素敵な人との出会いを求める事ができる。
けど…
その相手が私の友人…デュボアだなんて……




