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8話

世界初のアイドルになる。


そう決意したのはいい。


だが。


一つ問題があった。


「さて……どうしよう」


そもそも俺はアイドルではない。


前世でもただのオタクだった。


ライブに通った。


CDも買った。


グッズも買った。


遠征もした。


だが。


ステージへ立ったことはない。


歌ったことも。


踊ったこともない。


だからこそ分かることもあった。


「まず必要なのは……体力だ」


断言できる。


アイドルに必要なのは体力だ。


歌唱力?


もちろん大事だ。


ダンス?


当然必要だ。


だが。


それら全てを支える土台は体力である。


ライブを思い出す。


二時間近い公演。


歌って。


踊って。


走り回って。


何曲も何曲も披露する。


それなのに。


最後まで笑顔だ。


息を切らしている様子も見せない。


疲れた顔も見せない。


まるで無限に動けるかのように輝いている。


だが。


オタク歴十五年の俺は知っている。


あれは決して楽なことではない。


舞台裏では誰よりも努力している。


筋トレ。


ランニング。


ダンスレッスン。


発声練習。


積み重ねた努力の結晶だ。


さらにトップアイドルともなれば。


ライブだけでは終わらない。


テレビ。


ラジオ。


雑誌。


イベント。


配信。


前世のミリリンなど、いつ休んでいるのか分からないレベルだった。


それでも。


ファンの前ではいつも笑顔だった。


「やっぱりアイドルってすげぇな……」


改めて尊敬する。


勇者も凄い。


賢者も凄い。


聖女も凄い。


だが。


アイドルも負けていない。


むしろ別方向で超人だ。


そして。


今の俺は五歳児。


体力など皆無である。


全力で庭を走り回ればすぐ息が切れる。


これでは話にならない。


「よし」


まずは体力作りだ。


そう思いながら部屋を見回した時だった。


ふと。


部屋の隅に置かれた木剣が目に入る。


父様が買ってくれた勇者セットの一つだ。


「……これ使えるな」


思わず呟く。


剣術。


つまり運動である。


走る。


振る。


踏み込む。


全身を使う。


体力作りにはちょうど良い。


それに。


アイドルだって体を鍛える。


歌って踊るためには筋力も必要だ。


スタミナも必要だ。


剣の腕前そのものは必要ないかもしれない。


だが。


鍛えた体は絶対に裏切らない。


「決めた」


走り込み。


筋力作り。


そして剣術。


全部まとめてやってしまおう。


幸い。


木剣は既にある。


父様には悪いが勇者になるつもりはない。


だが。


この木剣には存分に活躍してもらおう。


走り込みで体力を付ける。


素振りで筋力を鍛える。


ついでに剣術の基礎も覚えられる。


一石二鳥どころか三鳥だ。


アイドルだって体が資本である。


歌って踊り続けるためには強い身体が必要だ。


前世の推し達もきっと見えないところで努力していた。


なら。


俺も努力しよう。


俺は木剣を手に取る。


思ったより重い。


五歳児の体ではなおさらだ。


だからこそ丁度良い。


父様には悪いが勇者になるつもりはない。


だが。


この木剣には存分に活躍してもらおう。


いつかマイクを握るその日のために。


異世界初のアイドルへの第一歩。


それは歌でもダンスでもなく。


木剣の素振りから始まった。

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