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5話

記憶が戻った反動もあったのだろう。


部屋に戻り、ベッドへ横になった俺は、そのまま翌朝まで一度も目を覚まさなかった。


なお。


再び目を覚まさなかったことで父様と母様が大騒ぎになり、屋敷中が慌ただしくなったらしい。


翌朝、目を覚ました俺が見たのは。


ベッドを囲むように並んだ父様、母様、メイド達の姿だった。


全員いる。


勢揃いである。


「……おはようございます?」


恐る恐る挨拶すると。


父様と母様が同時に涙ぐんだ。


あの時の二人の表情は今でも忘れられない。


完全にトラウマになっていた。


その後は何度も「本当に大丈夫か?」と確認され、ようやく解放された。


数日後。


朝食を済ませた俺は、真っ先にある場所へ向かった。


ルミナス家が誇る大書庫である。


流石は大公爵家。


天井まで届く巨大な本棚が幾重にも並び、その蔵書量はちょっとした図書館を軽く超えていた。


古びた歴史書。


魔法書。


地理書。


伝記。


辞典。


ありとあらゆる本が収められている。


思わず感嘆の息が漏れた。


「すご……」


前世なら一日中いても飽きない場所だ。


だが。


今の俺には一つ問題があった。


「読めねぇ……」


文字は見覚えがある。


アルトの記憶にも存在する。


だが五歳児の知識では難しい本がほとんど読めなかった。


前世の知識があっても意味がない。


漢字を知っていても古文書が読めないようなものだ。


「くっ……!」


悔しい。


非常に悔しい。


だが現実は現実である。


ここは素直に大人を頼るしかない。


俺は近くに控えていたメイドへ振り返った。


「お願いがあるんだけど」


「はい、坊ちゃま」


「この世界のことが知りたいんだ」


メイドは一瞬だけ驚いた顔をした。


だがすぐに柔らかく微笑む。


「承知いたしました」


こうして俺の異世界勉強会が始まった。


最初は絵本だった。


王国の名前。


周辺諸国。


人族と魔族。


簡単な歴史。


子供向けの本から少しずつ学んでいく。


そして数日後には入門書。


さらにその後は歴史書や地理書。


時には魔法の基礎理論まで。


メイド達は交代で本を読み聞かせてくれた。


忙しいはずなのに誰一人嫌な顔をしない。


むしろ。


「坊ちゃまはお勉強熱心ですね」


「将来が楽しみです」


などと嬉しそうだった。


おかげで俺は少しずつ理解していく。


この世界の名前。


王国の歴史。


魔法の仕組み。


人族と魔族の戦争。


そして。


この世界には勇者がいること。


賢者がいること。


聖女がいること。


魔王がいること。


様々な知識が頭の中へ蓄積されていった。


だが。


何冊目かの本を閉じた時。


俺はふと首を傾げた。


「……あれ?」


何かがおかしい。


勇者がいる。


賢者がいる。


聖女がいる。


魔王がいる。


なのに。


俺が知りたい情報がどこにも出てこない。


そこで俺は隣にいたメイドへ尋ねた。


「ねぇ」


「はい、坊ちゃま」


「この世界で人気の職業とか、憧れの職業って何があるの?」


メイドは少し考える。


「そうですね……」


「やはり勇者様でしょうか」


「魔王討伐の英雄ですから」


「賢者様も人気がありますね」


「魔法使いを目指す子供達の憧れです」


ふむふむ。


王道だな。


「他には?」


「聖女様もございます」


「癒やしの奇跡を使える特別な存在ですので」


なるほど。


勇者。


賢者。


聖女。


テンプレ異世界だ。


「歌ったり踊ったりする人は?」


「歌や踊り、でございますか?」


「うん」


メイドは少し首を傾げた。


「吟遊詩人や旅芸人でしょうか?」


「大道芸を披露する道化師などもおりますね」


「王都には人気の歌姫もいらっしゃいます」


「劇団の看板役者などは多くのファンを抱えておりますよ」


俺は少し安心した。


なんだ。


娯楽文化そのものはあるじゃないか。


だが。


次の瞬間。


違和感に気付く。


「その人達って応援グッズとかある?」


「おうえん……ぐっず?」


「好きな人を応援するための道具とか」


「聞いたことがありませんね」


「ファンクラブは?」


「ふぁん……くらぶ?」


「推しとか」


「おし?」


「ライブ会場でみんな一緒に盛り上がったり」


「らいぶ……?」


駄目だ。


全く通じない。


違う。


そうじゃない。


吟遊詩人は違う。


歌姫も違う。


人気役者も違う。


確かにファンはいるのだろう。


応援している人達もいるのだろう。


だが。


それはアイドルではない。


アイドルとは。


歌だけではない。


踊りだけでもない。


人々に夢を与え。


笑顔を届け。


成長を見守り。


応援したくなる存在。


そして。


ファンと共に歩む文化そのものだ。


俺が愛していたのは。


ただの歌手ではない。


アイドルだった。


その瞬間。


俺は理解した。


――この世界にはアイドルが存在しない。


その事実を知ったのは。


転生してから七日後のことだった。

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