11話
父様との剣術訓練が始まってから一ヶ月ほどが経った。
朝起きる。
訓練場へ向かう。
素振りをする。
走る。
また素振りをする。
最初は筋肉痛で泣きそうだった。
だが人間慣れるものらしい。
今では木剣もそれなりに振れるようになっていた。
「良いぞアルト!」
「ありがとうございます!」
父様も嬉しそうだ。
兵士達も優しい。
「坊ちゃま、様になってきましたな!」
「流石は旦那様のご子息です!」
褒められると悪い気はしない。
そんな日々が続いていた。
そして。
ある日の朝食。
何故か母様の機嫌が悪かった。
「……」
にこにこしている。
だが分かる。
これは怒っている時の笑顔だ。
父様も気付いたらしい。
「セレスティア?」
「何でしょう?」
笑顔である。
怖い。
「何かあったか?」
「別に?」
絶対にある。
すると母様は優雅に紅茶を口へ運びながら言った。
「あなただけずるいです」
「……何がだ?」
「毎朝アルトちゃんと訓練しているではありませんか」
父様が目を瞬く。
母様は続けた。
「私も教えたいです」
なるほど。
嫉妬である。
「いや待て」
父様は苦笑した。
「剣術だからな」
「魔法はまだ早いだろう」
「アルトはまだ五歳だ」
「教会で適性判定も受けておらん」
「適性判定ですか?」
俺が首を傾げると、父様が説明してくれた。
「ああ。アルトはまだ知らなかったな」
「この国では子供は皆、六歳になると教会で魔法の適性判定を受けるんだ」
「どの属性に適性があるか、魔力はどれほどかを調べる」
なるほど。
そういう制度があるらしい。
俺はまだ五歳なので、当然まだ受けていない。
だが。
母様は自信満々だった。
「大丈夫です」
「何がだ?」
「私、適性判定用の魔道具くらい持っていますので」
父様が固まった。
俺は何がそんなにすごいのか分からず首を傾げた。
だが父様の反応を見る限り、どうやら普通ではないらしい。
「持っているのか?」
「持っています」
「何故?」
「昔研究用に使っていましたから」
研究用と言われてもよく分からない。
ただ父様の顔を見る限り、とんでもなく珍しい物らしかった。
父様は頭を抱えた。
「相変わらず規格外だな……」
そこで俺はふと疑問に思った。
そういえば。
母様について詳しく聞いたことがない。
優しい。
綺麗。
少し天然。
そのくらいしか知らない。
「母様って、そんなに凄い魔術師だったんですか?」
その瞬間。
何故か母様が少し照れた。
父様は大きくため息をつく。
「凄いなんてレベルじゃない」
「え?」
「セレスティアは王国でも屈指の魔術師だ」
「当時から歴代でも指折りの才能と評されていてな」
思わず母様を見る。
母様は照れ臭そうに笑っていた。
「そんな大したことありませんよ」
「何を言う」
父様は呆れたように肩を竦める。
「結婚していなければ宮廷魔術師への就任は確実」
「王都ではそう言われていた人だぞ」
「えぇ!?」
流石に驚いた。
宮廷魔術師。
前世知識で言うなら国家公認のトップ魔術師みたいなものだろう。
そんな人が母親だったらしい。
「まあ結局」
父様はどこか誇らしげに言った。
「私が先に求婚したからな」
「ふふっ」
母様が嬉しそうに微笑む。
仲が良い。
本当に仲が良い。
「ですので」
母様はぱんっと手を叩いた。
「今日はアルトちゃんの適性を調べます!」
目が輝いている。
やる気満々だ。
父様は諦めたように肩を竦めた。
「分かった」
「ただし無理はさせるなよ」
「もちろんです」
母様が立ち上がる。
その姿はどこか楽しそうだった。
「さあアルトちゃん!」
「母様の研究室へ行きましょう!」
研究室。
何だか嫌な予感しかしない。
だが。
魔法だ。
記憶を取り戻してからのこの一ヶ月余り、屋敷の中でも当たり前のように魔法を目にしてきた。
灯りを点ける魔道具。
使用人が使う生活魔法。
兵士達の訓練で見かけた強化魔法。
この世界では誰もが当然のように扱っている不思議な力。
そのたびに胸の奥がくすぐられるような感覚があった。
前世では物語の中にしか存在しなかったもの。
本やゲームの向こう側にあった夢。
それが今は現実として存在している。
そして今日。
もしかしたら自分にもそれが使えるかもしれない。
そう思った瞬間、胸がどくんと大きく鳴った。
火を生み出せるのか。
風を操れるのか。
それとも全く別の何かなのか。
まだ何も分からない。
それなのに期待だけはどんどん膨らんでいく。
どんな結果になるのか。
どんな魔法があるのか。
そして自分は魔法を使えるのか。
考えれば考えるほど胸が高鳴った。
俺はすっかり嫌な予感など忘れ、研究室への興味と期待で胸をいっぱいにしていた。
俺は椅子から立ち上がった。
そしてまだ知らない。
この日。
自分の人生を大きく変える適性が判明することを。
そしてその結果に。
父様と母様が揃って大騒ぎすることになるのを。




