ある教授の元に、差出人不明の恋文が届いた理由。(5/5)
――数日後。
ある貴族の老婦人の元に、孫娘がやってきた。一通の手紙を携えて。
老婦人は差出人の名を見て、そっと息を呑んだ。名前の文字列を愛おしそうに指でなぞって、ペーパーナイフで丁寧に封を開ける。
『拝啓。まず、久々の、そして突然の連絡となることをお許し願いたい』
そんな一文から、手紙は始まった。時節の挨拶、最近……いや、もう数年経ったのだったか……死んだ伴侶に対するお悔やみの文言などがつらつらと続いて、それから、ようやく本題に入る。
『――あの頃はすまなかった。正直に言うと、君と共に、どこかへ逃げたい気持ちもあった。けれど、そうはしなかったし、できなかった。私は教師の道、研究者の道を歩み始めたばかりだったし、今もなお、その道の途中にいる。きちんと断らなかったことを悔いてはいるが、今、こうして学問の道を進み続けていることは、決して悔いていない。今更ではあるが、当時の返事をさせていただきたい。すまない。君と一緒に生きることはできない――』
老婦人は字をなぞって読み、ふっと笑った。相変わらず、生真面目で融通の利かない性格らしい。
それが、昨日のことのように思い出せる。
『――君からの手紙を拝読して、久方ぶりに詩を綴ってみることにした。詩集になるほどのものができるかどうかはわからないが、なんとかまとめることができたならば、送らせていただきたい。……君が嫌でなければ、だが。それと、勝手に手紙を代筆した孫娘を責めないであげてほしい。元はと言えば、私の優柔不断さが招いたことだから。君の健康と幸せを、心から祈っている。――ジルベール・ド・ラ・ギモーヴ』
読み終えて、老婦人は微笑んだ。
「遅すぎますよ、先生。……ねえ、わたくしのかわいい孫娘ちゃん。わたくしのお願いを聞いてもらえるかしら」
「はい。もちろん喜んで。なんでもやりますよ、お婆様」
「では、手紙の代筆を。わたくしが全てを忘れてしまう前に、必ず詩集を出してくださいな、と」
●
オディロンは生徒会室のソファーに寝転んでいた。
視線の先、窓際には赤い花々の生けられた花瓶がある。……血のように、赤い花が。
オディロンは、ふと、呟いた。
「……貴族の義務って、何なのだろうな。全ての貴族が、血を残すことこそが義務だと言う。しかし、その血にいかほどの価値がある? 王族の血と、他の貴族の血と、平民の血と……そこに、どんな差があるんだ? 先祖が有力者だっただけだ。みな、血は同じように赤いのに……」
副会長机で作業中のカロルが呆れ顔で頬を引き攣らせた。
「オディロン様、それ、絶対に外では言わないでくださいまし。面倒なことになりますので」
オディロンは首をひねって、書記机の方を向いた。
「ミネットはどう思う? 貴族と平民の血の差とは、なんだ? 血に貴賤をつける今の世を、正しいと思うかい?」
「さて、小生にはわかりかねる難しい問いでございます、オディロン様。ただ……」
ミネットは紙束を持って立ち上がり、ソファーに近づいた。
「……小生が思うに、我々ができることは、今、やるべきことを精一杯やるだけではございませんでしょうか。つまり、今はこの貴族学園、ひいては学園都市をより良いものにするために――滞っている決裁を進めていただくことかと」
どん、と書類の山をオディロンの目の前のテーブルに置く。
オディロンは机に積まれた書類の山をペラペラとめくって、大きな溜息を落っことした。
「誰か、俺のサインを代筆してくれないかな……俺以外がチェックしたって大して変わらないよ……」
「それが正しいと思うのであれば、そうなさいませ」
オディロンはミネットの顔をまじまじと見て……何秒か経った。
「……どうなさいましたか、オディロン様」
首を傾げたミネットに、オディロンは苦笑した。
「なんでもないよ。……さてと」
それから、起き上がって自分で羽ペンを手に取り、しっかりと握った。
このエピソードはここまでとなります。
次回の更新時期は未定です。
製作工程の都合上、コミカライズのエピソードが先行する可能性があります。
というわけで。
https://to-corona-ex.com/comics/266984473297131
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