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警視庁陰陽課異聞禄:東京怪奇譚  作者: 渋谷直樹
九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ
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九十九折町山神祭事事件:ええ日じゃあ 其の拾漆

 舞台に上がった女を、不思議そうな面持ちで見つめていた。まるで何かを思い出すように、おや、っと首を傾げていた。


 タン、タン。トン、トン。


 軽やかに、柔らかい足音が響く。


 シャリン、と手に持った神楽鈴が鳴らされる。


 まるで誘うように、招くように、ゆっくりとした動きで、手が差し伸べられる。


 ガラス玉のような、真っ黒な目が、パッと開いたかと思うと、にゅいっと細められた。パッカリと口を開け、顔の皴をより一層、深く刻む。


 ヒョコヒョコと近づいた。体を左右に揺らしながら。手を差し伸べる祝部に。


 パァン!


 手を取ろうとしたのか、はたまたハイタッチのような事をしたかったのか、勢いよく振り下ろされた山神の手は、大きな破裂音を立てて、白く細い手に打ち合わされた。


 ビリビリと駆け抜ける衝撃に顔を歪める。後ろで姿勢を低く構えた猪熊カレンを制するように、バッと手を上げ、ゆったりとしたワンピースの裾を翻しながら、優雅にくるりと回った。


 そして、「今度はあなたの番ですよ?」とでも言うかのように、シャリン、シャリンと再び鈴を鳴らし、向き合った。


 ほーほーほー。


 こくこくと頷くと、祝部の舞を真似るように、グンっと手を振り上げ、そのままぐるんぐるんと回り始めた。それは徐々に勢いを増し、まるでコマのように渦を巻き始めた。


 それに合わせて、やにわに風が吹き始めた。ざわざわと木々が揺れた。


 タン、タンと、ダン、ダンと。二つの足音が交互に交わる。時折それを区切るようにシャリンと鈴が鳴る。何度も繰り返されるやりとりは、徐々にスピードを増していく。最初は巫女舞のようにゆったりとした共演が、演武のように速く、激しいものへと変貌していく。


 嬉々として踊る山神との距離が、互いの息がかかるほど近くなる。


 ブン!


 振り回される山神の手が頬を掠める。それを避けるように、慌てて顔を背ける。

玉のような汗が飛び散り、黒髪がバサァっと宙を舞う。それをみやり「お見事お見事♡」とでも言わんばかりにパチパチと手が鳴らされる。


 こっちは必死も必死だというのに、なんと能天気な奴だろうかと心の中で舌打ちをした。視界の端では今か今かとウズウズして飛び出しそうな後輩と、のろのろとした動きで、倒れたままの民間人を抱え上げる佐々木が見える。


 どれだけ舞っただろうか?一時間いや、数十分も怪しいといった所か。そうだというのに、もう息が上がり、口の中はカラッカラに乾き、心臓は破裂しそうなほど早く打ち鳴らされている。


 通常のゆったりとした優雅な巫女舞ならば、何時間でも踊って見せようものだが、今行っているのは、もはやそんな生易しいものではない。走り回り、飛び跳ね、髪を振り乱す。野性的で、躍動的で、スポーティーなダンス。


(あ~あ~、ホンマ。普段からちゃんと運動しとくんやったなぁ。ま、生きて帰れたらやりますわな。生きて帰れたらな)


 無邪気に走り回る子供の、無尽蔵の体力に大人が追い付けなくなるように、祝部の息が少しずつ切れ始める。ダラダラと流れる汗がファンデーションと混ざり合い、毛穴を塞ぐドロドロとした沼のような感触を生み始めた。


 ギリギリの、必死の舞。それでも、このお客人は満足をしていない。まだまだ遊び足りない。もっともっと刺激を。そう、感じているように見えた。


 すると、山神が唐突に止まった。その視線は、肩で息をする祝部の後ろ。猪熊カレンに注がれていた。

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