第16話 勝負の行方は最初から決まっている
□ロインタワー100階フロア
「――はぁッ!」
至近からの銃撃を躱した後、マッマによる拳撃がキリングにヒット。
(超音速の銃弾を見切ってくるか……厄介だなぁ)
キリングはマッマの超人ぶりを目にしつつ溜め息を吐いた。
そして、マッマの拳撃による衝撃を後方へ跳躍することで逃がす。
「フゥッッ」
後方へ跳躍したキリングを休ませまいと、追撃に出るキョースケ。
発光する〖守護騎士の剣〗を握りしめ、機械の大地を蹴る。
「――【インビジブル】」
対するキリングは先ほど【クイック・リトリーブ】で掌に出現させていたアイテムを両手からスナップで放り出す。
それと同時にMPを100消費し【インビジブル】を発動。
キリングの姿が透明化する。
「マッマさん、リグは透明化して奇襲を仕掛けてくる! 目で捉えようとするんじゃなくて、リグのオーラを追って!」
キョースケがマッマに指示を飛ばすと同時、キリングが掌から弾き飛ばしたアイテムが地面に着弾。
衝撃で作動するのは〖煙玉〗と〖爆発玉〗の2つ。
〖煙玉〗は一定以上の衝撃が加わることによって、大量の煙を噴出させるアイテム。
〖爆発玉〗も一定以上の衝撃が加わることによって、小規模な爆発を引き起こすアイテムだ。
どちらも野球ボールほどのサイズである。
そのどちらもが一斉に地面に落ち、効果を発動。
大量の煙が噴出し、接近していたキョースケに爆発が直撃する。
(爆発自体は問題なく受けれるけど……)
心中で呟いてから、キョースケはマッマに指示を飛ばす。
「マッマさん! リグのオーラを追いつつ、戦場を休まず動き回って! 止まってると頭を吹き飛ばされるよ!」
銃弾の威力及び速度には、装備者のDEXが関係する。
キリングはDEX特化であるうえ、【エンハンス・デクステリティⅢ】も保持している。
補正込みで2万7000を超えるDEX値を誇るキリングの銃撃をモロに食らえばタダでは済まない。
「わかったわ!」
キョースケの指示をマッマもすぐさま了承する。
既に機械の大地の上にキリングの姿は見えない。
キリングのイレギュラー・スキル【インビジブル】は発動時MPも多く、毎秒MPを消費する仕様だ。
普通の使い手ならばMPが瞬く間になくなる。
しかし、キリングはスミス・スキル【自動MP回復Ⅱ】でMP切れ問題を解消しているのだ。
つまり、常時透明化したキリング相手にキョースケとマッマは勝利しなければならないということだ。
(――とはいえ、俺も簡単に勝てないのは分かってるよ)
機械の大地を絶え間なく動き続けるキョースケとマッマを見つつ、キリングは胸中で呟く。
キリング自身は出来る限り殺意を隠し、移動を続けている状態だ。
しかし、それでもキョースケとマッマはキリングの位置を大まかに予測してくる。
(キョースケは元から鼻がいいからね。感覚が鋭いタイプ……マッマとかいう女の人も感覚は鋭そうだし、【インビジブル】の良さを少し潰されてるかな)
「ふぅッ!」
冷静に状況分析を重ねるキリングに、マッマが肉薄。
レベルという面でマッマはキリングに劣るが、AGIという一点ならマッマはキリングを超えている。
(殺意を隠しても、すぐさま補足してくるのは参るなぁ)
透明化しつつ、マッマの動きを観察するキリング。
対するマッマはキリングの懐に踏み込む。
(オーラを追うのって面白いわね。でも、オーラだけを頼りにしてたら、ここまで正確に敵を捕捉するのは無理だったかも)
マッマは踏み込みつつ胸中で独り言ちる。
(――雨が降っていて良かった。雨は敵をすり抜けない……! オーラから大まかな敵の位置を推測して、不自然な雨粒の動きから正確に位置を掴める。
私ったら戦いになると本当に頭が冴えるんだから。普段からこうならいいんだけど……)
「はぁッ!」
マッマから繰り出される拳撃。
それをキリングは落ちついて躱す。
「まだまだぁッ!」
マッマは蹴撃へ移行。
左足を軸に体を急旋回し、回し蹴りを繰り出そうとする。
対するキリングは右手をマッマの左足へ向ける。
「【スティール】」
瞬間、マッマの左足に装備されていた〖冒険者のブーツ〗がキリングの手に握られる。
「――っ!?」
マッマが驚愕の表情を浮かべる。
左足を軸に体を旋回させていたために、左足に装備していたブーツの装備解除が重心制御にモロに影響を与えたのだ。
自然、マッマの態勢が崩される。
(一撃で楽にしてあげるよ)
キリングはハンドガンをマッマへと向ける。
「――いよっと!」
しかし、マッマを守るようにキョースケが飛び出した。
キリングの大まかな位置ならばマッマが導きだしてくれている。
キョースケはそれに従って、マッマを守るために動いたのだ。
キリングは透明化したまま、面倒そうに顔をしかめる。
(面倒だなぁ。【エンハンス・デクステリティⅢ】をかけながらキョースケを攻撃すれば、いかにキョ―スケと言えど一撃で倒せるはず。
でも、その場合キョースケの【ガーディアンズ・リフレクト】の反射ダメージで俺も死ぬ。俺HP高くないし)
ならば一時的に【エンハンス・デクステリティⅢ】を解除して戦うことも考えつつ、キリングはそれを選ばなかった。
「はあッ!」
キョースケがキリングへと剣を振るう。
その剣はキリングへと迫り――
「【スティール】」
剣はキリングによって奪われる。
【エンハンス・デクステリティⅢ】の補正込みのDEXから繰り出される【スティール】はほぼ防げない。
【スティール】を防ぐにはキリングのDEXに対抗できるほどのVITか、対抗スキルを備える必要があるだろう。
キリングが【エンハンス・デクステリティⅢ】を解除しないのも【スティール】の効力を最大化するためだ。
(武器さえ奪っちゃえば――ッ!?)
キョースケの武器を奪ったことで気が緩んだ一瞬、キョースケはキリングにタックルをかました。
キリングの【インビジブル】を封じる最も効果的な手段は接触することだ。
キリングの服や装備なりを掴んでおけば、透明化していようと位置を見誤ることはない。
「【インビジブル】では武器も隠せないよねー」
そしてキョースケは【スティール】によって奪われた武器を力づくで取り返す。
【インビジブル】はキリング自身とキリングが所有権を保有しているものに限り効力を及ぼす。
ゆえに、【スティール】で奪われたキョースケの剣も透明化しない。
「――チッ、【クイック・リトリーブ】」
キリングが小さく舌打ちをしつつ、インベントリから〖炸裂玉〗を引き出す。
それを左手に持ち、勢いよくキョースケの右頬に押し付けた。
瞬間、キョースケの右頬でけたたましい音と共に様々な破片が飛び散る。
「ぐぅッ……!」
キョースケが顔を歪める。
〖炸裂玉〗によりキョースケの眼には破片が突き刺さり、自損覚悟で〖炸裂玉〗を使ったキリングの左腕もボロボロだ。
「マッマさん……!」
タックルの姿勢ではないもののキョースケは右手でキリングを離さず、左手で〖守護騎士の剣〗を握っている。
キョースケが大声で呼ぶと同時、マッマがキョースケに接近。
キョースケの左手から、〖守護騎士の剣〗を受け取りそのまま剣を大上段に振りかぶる。
キョースケは目を潰されているため、どうしても攻撃の正確性に欠ける。
ゆえにキョースケはマッマにキリングへの止めを託したのだ。
(詰みか……)
ここでキリングは自身の敗北を直感した。
ここで再度【スティール】でマッマから〖守護騎士の剣〗を奪ったとしても、キリング自身の居場所が割れている不利は覆せない。
STRで劣るキリングではキョースケを振り払えず、【自動HP回復Ⅱ】を持っているキョースケはすぐさま目の負傷も直すだろう。
そもそもこの勝負自体、キリングにとって相性が悪かったのだ。
ダメージを反射できる【ガーディアンズ・リフレクト】持ちであるキョースケに、HPの低いキリングは迂闊に攻撃できない。
そして天候は雨。
身体が雨を弾いてしまことから【インビジブル】の透明化を見破られてしまう可能性が高くなる。
加えてキョースケもマッマも感覚が鋭い。
殺意を消したキリングを容易に特定してしまうほどに。
――いや、キリングも相手がキョースケでなければ、もう少しうまく気配を消せたはずだ。
平時よりも心がざわついていたキリングは殺意も含めた自身の感情を制御できなかったのだ。
(元から俺はJokerさんの付き添いだし……デスぺナもログイン制限だけだから、特に気にしないけど)
キリングは大量殺人者にも関わらず、オレンジ・プレイヤーでもレッド・プレイヤーでもない。
ゆえにデスぺナも一般人と同じく1時間のログイン制限だけなのだ。
「――はぁぁッ!」
マッマの振るう剣がキリングへ迫る。
キリングは目を閉じ、【インビジブル】を解除。
負けを悟ったならば潔く散りたかった。
(改めて分かったよ。相手がキョースケじゃ、やっぱり俺は戦えない。リアルでもブイモンでもずっと人を殺してきたけど、キョースケだけはダメだ)
およそ人とはかけ離れた人生を歩み、一般人と隔絶した死生観を持つキリングはブイモンでキョースケに出会ってから少しだけ変われたのだ。
「またね。キョースケ」
キリングは目を閉じたまま、そう言って――
キョースケも口を開く。
しかし、キョースケが何か言う前に、ロインタワー100階フロアに介入者の声が鳴り響く。
『――もう充分ダ』
その声はビカルタンのもの。
声の出所は機械の大地上空に浮かぶドローンからだ。
そのアイテムは高次元の生産スキル持ちしか作れない『スペシャル・アイテム』。
スペシャル・アイテムの名は〖オート・マジック・カメラ〗。
優先観測対象を設定すれば、自動で対象を追尾・録画する超小型ドローンだ。
ビカルタンの【マシン・コントロール】によって音声を発信することもできる。
ビカルタンの声が響くと同時、決着を告げるように剣が振り下ろされた。
「――ッ」
そうしてビカルタンの思惑通り、勝負は決した。
「なん……で……?」
地面に倒れつつ、キョースケは自身の胸に剣を突き刺した者の顔を見上げる。
その者の顔にいつものおっとりした笑みはない。
キリングは一時、死を確信したものの、ビカルタンの用事が終わったことを悟り、居住まいを正していた。
元よりキリングにとって、キョースケとマッマを相手取るのは勝ち目の薄い戦いだった。
それは先述した通り、色々な要因が噛み合わさってのものだ。
しかし、それはとある条件を満たした瞬間にひっくり返る。
それは即ち――
「マッ……マさん……?」
キョースケの見上げる先には冷酷な瞳をしたマッマの姿。
キョースケの胸は剣により貫通し、地面に縫い留められている。
「ごめんね。キョースケくん」
マッマの裏切りによって、形勢は逆転する。




