第5話 新着情報が3つあります
□〈ライフ〉フィアドラング支部
夕飯を食べた後、シンはブイモンへとログインしていた。
キョースケとの待ち合わせ時刻は、リアル時間で20時。
ブイモン時間で言うと正午となる。
「ちょっと熱いかも」
ウェス大陸の気候はほとんどの場所でリアルとリンクしている。
とはいえ、熱さや寒さはプレイヤーが不快に感じない程度に調整されてはいるが。
「さてと……」
シンはフィアドラング支部の訓練場を後にして、支部内を歩く。
この支部にはこれから3週間お世話になるので、支部内を今一度探検してみようと思ったのだが――
(ログインしたようだな……シン……)
唐突にシンの脳内へニートの思念が届いた。
ニートはフレンド欄からシンのログインを知り、【テレパシー】で思念を飛ばしてきたのだろう。
『ニートさん、どうかされましたか?』
シンはフレンドチャットにてニートに返答する。
シンもニートの思念伝達への対応に慣れてきたものだ。
(要件は3つある……まず、シン……忘れていることはないか……?)
問われ、シンは頭をひねる。
しかし、何かを忘れている感覚がない。
『ええと……俺何か忘れてましたっけ?』
恐る恐ると言った様子でシンはメッセージを送った。
何かニートに迷惑を与えていたら申し訳ないと思ってのことだ。
(そう怯えなくていい……)
どうやらシンの怯えている様子はニートに見られているらしい。
ニートは千里眼スキル【クレアボヤンス】でシンの位置を捕捉できる。
ちなみに【クレアボヤンス】は俯瞰でしか対象人物を見ることができず、周囲の雑踏などで補足対象の声などが聞こえづらい場合も多い。
そのためニートは返信をメッセージで行ってほしいと思っている。
メッセージならば、間違いのないやり取りが行える。
伝達ミスと言ったヒューマンエラーも起こりにくい。
さて、今しがたのシンの怯えようも【クレアボヤンス】を使用しているニートには伝わっていた。
シンは困り顔をして、続いてニートから思念が届く。
(“ルーキー狩り”のレオ……彼を討伐してもらった報酬を……俺はシンとメイクに支払っていない……)
「あ……」
言われてシンは合点した。
“ルーキー狩り”のレオを倒したのは、そもそもニートから頼まれたことが発端だ。
もちろんシンとメイクがレオを好ましく思わず、彼を倒したかったという想いもあったが。
『依頼を受けたこと完全に忘れてました……』
レオを倒したと思ったら、そのままタルランタ3区で暴動が始まり、シャルが連れ去られた。
シンの頭からレオの討伐報酬のことなど完全に抜け落ちていたのだ。
(まあ……色々あったからな……それで俺は当初……報酬としてゴールドを払おうと……思っていたのだが……)
ニートは何やら考え込んでいるらしく、そこで一旦思念が切れた。
しかし、すぐさまニートから思念が送られてくる。
(シンとメイクにとっては……いいや俺にとってもか……報酬はゴールドよりも……シャル奪還に益となるものが……いいかと思ってな……)
『色々と考えてくださりありがとうございます。ただ俺は報酬目当てにレオを討伐したわけではありません。
ルーキーを殺しまわってたレオが気に食わなかったから依頼を受けました。多分、メイクも同じ気持ちだと思います。
だから報酬の内容に希望はなく、ニートさんにお任せしたいというのが俺の意見です』
(そうか……ククッ……先ほどメイクに同じ質問をしたら……シンと同じことを言っていたよ……)
シンとメイクの息の合いっぷりにニートは笑う。
(それでは報酬の件は……俺が考えておく……。シャル奪還までに……準備するつもりだ……)
『分かりました。よろしくお願いします』
そうして一先ずレオの討伐報酬に関する話は終わった。
続いてニートは2つ目の議題を切り出す。
(2つ目の要件だが……フィアドラングに潜む……巨悪Xについての……情報共有だ……)
ニートの方でもシンの動向は把握している。
カフェ・スカイの地下にて行われた会議の場で、シンがフィアドラングに行くという話は出ていたからだ。
そしてつい先ほど、空・ニート・ハゲ先生での話し合いの結果、巨悪Xに関する情報を一部追加でシンに伝える運びとなった。
当初、ハゲ先生もシンに巨悪Xの情報をどこまで話してよいか分からず『機械操作スキル持ちであること』くらいしか伝えなかったが。
話し合いの結果、3者はシンに巨悪Xの情報をもう少しだけ開示してよいという意見で一致したのだ。
『巨悪Xの情報ですか……。俺が知っているのは、巨悪Xは機械操作スキルを持っている可能性が高いこと。
そして巨悪Xがフィアドラングの高層複合施設ロインタワーの高階層にいる可能性が高いことくらいですね』
シンはハゲ先生に教えてもらった巨悪Xに関する情報を伝えた。
(それでは……追加情報を話そう……。巨悪Xはおそらく……フィアドラング全域に……〖マジック・カメラ〗を設置している……)
〖マジック・カメラ〗とは、その名の通り魔法が施されたカメラである。
電力もしくは魔力を一度注げば長時間にわたって被写体を撮影・録画することができる。
録画映像はリアルへと転送可能であり、種々のプラットフォームにブイモンの録画映像がアップロードされたりもしている。
ただし、ブイモンは加速世界ゆえ生配信と言ったことはできない。
例外として、ブイモン制作会社であるILLUMINATE.AWの職員が用いるホログラフィック・モニターならばブイモン世界をリアルタイムで移すことができる。
映し出される中継映像は加速世界ゆえ3倍速となるが……。
『巨悪Xは〖マジック・カメラ〗を設置している……と。誰かを観察するためですか?』
シンの問いに対し、ニートは背筋が冷えるような返答を寄越す。
(まあ……そうだな……。巨悪Xは……フィアドラングに存在する……全プレイヤーを監視しているはずだ……)
「……っ」
シンの息が詰まる。
つまり、シンとキョースケがこの地に降り立った時には、既に巨悪Xはシン達を捕捉していた可能性が高い。
〖マジック・カメラ〗を都市中に設置した〖機械操作スキル〗持ち。
1人だけ高い位置から万人を監視する――巨悪Xはさながらフィアドラングを牛耳る王のようでもある。
それも巨悪Xが本当にフィアドラングに存在すればの話ではあるが……。
(もう伝わったと思うが……巨悪Xはフィアドラングを……牛耳っている……。
巨悪Xから隠れられる場所はなく……遠隔操作された機械の干渉によって……知らず知らずのうちに……死に追いやられていく……)
『それがムガミの右腕……ですか』
(それは俺達が勝手に……呼んでいるだけだがな……。ともかく……巨悪Xは狡猾だ……。ムガミのような享楽主義者でもなく……人前に姿など現さない……)
ニートの【クレアボヤンス】を用いようとも巨悪Xの位置は補足できない。
そもそも【クレアボヤンス】は補足対象のプレイヤーネームとプレイヤーIDを知った状態で、補足対象のプレイヤーネームと容姿を思い浮かべる必要がある。
ニートは巨悪Xの名前さえ知らないので、巨悪Xを捕捉できないのだ。
『追加情報としては、フィアドラング全域が巨悪Xの監視下にあるということ。そして巨悪Xが慎重で狡猾な性格をしていることですかね』
(そうだな……こちらの推測通り……巨悪Xがロインタワーにいるならば……ロインタワー内には……様々な殺しのギミックがあるはずだ……。充分に……気を付けてくれ)
『分かりました』
これで2つ目の要件である巨悪Xの追加情報の伝達は終わった。
(最後の要件だ……。シャルの居場所を……伝えようと思ってな……)
その言葉にシンの肩が震える。
『もう特定を!?』
シャルが攫われてから、まだそう時間も経っていない。
ニート本人もだが〈ニート〉と言うギルドの情報網は伊達ではないということだ。
(まあな……シャルからの連絡はないが……シャルは十中八九……〈フィクション〉アジトにいる)
ニートの推測は当たっている。
ムガミとJokerは戦争を起こそうとしている。
ならば、ムガミとしてもニート達にある程度シャルの居場所を把握してもらわねば、両陣営ともぶつかりようがない。
つまり、戦争が開始した場合、シン達はムガミやJokerが万全の態勢を整えている不利な戦場に飛び込む必要がある。
その上でシャルを奪還する必要があるのだ。
言うまでもなく、奪還に動くシン達よりも迎撃するムガミ達のほうが戦いやすいだろう。
そして、ニートや〈ニート〉のギルメンは長らく〈フィクション〉のアジトを探ってきた。
そのため、〈フィクション〉アジトに目星もついている。
ちなみにJoker率いる〈百鬼夜行〉は流浪のプレイヤー・キラー集団なのでアジトを持たない。
総じて、シャルを連れ去るならば〈フィクション〉アジトであるとニートや空達は結論付けたのだ。
仮にこの推測が外れていたところで、ムガミは何らかのアクションを起こしシン達を戦場へ導くのだろうが……。
『〈フィクション〉……ムガミのアジト……』
シンは拳を強く握った。
早くシャルを助けに行きたいという想いが強くなる。
――彼女は今何に悩んでいるのか。
――タルランタでの暴動の際に彼女がシンを拒んだ理由は何だったのか。
シンはシャルにもう一度会って色々なことを話したかった。
剣を返して、できることなら友達になりたい。
それが今のシンの願いだ。
(そう急くな……俺達の勝ちは……揺るがない……)
不意にニートがそんなことを言った。
千里眼でシンの緊張した面持ちを見ていたからこその言葉かもしれない。
シンはその言葉になんと返したものかと迷い、そんなシンを見てニートが言葉を掛ける。
(強いやつが勝つんじゃない……自らを信じ……折れない者こそが……最後に勝利を手に入れる……。
シャルを助けるために動く連中は……皆、折れない……。もし、シンやメイク、エンが……折れそうになったなら……俺達が支えてやる……)
それは古参プレイヤーからルーキーへの激励か。
もちろん、これから望む戦いに勝利は約束されていない。
ただ、ニートには絶対に勝てるという自信があるのだ。
根拠薄弱と一笑に付されたとしても、それでもなお有り余る自信が――
シンはニートからの言葉を受けて一つ大きく息を吸って吐く。
シャルの事を考えるとどうしても気が逸るが、それを落ち着けるためだ。
『落ち着きました。ありがとうございます』
(気にするな……ともかく要件は終わりだ……それと相方が来たようだぞ……)
ニートが言うと同時、シンの背後から声がかかる。
「シン! お待たせー!」
シンに元気よく駆け寄ってきたのはキョースケだった。
シンはこれからキョースケと一緒にフィアドラングでのPKK活動に当たることになっている。
(戦争まで日はある……こんな時だからこそ焦らず……ゲームを楽しめ……それが強くなるための最短ルートだ……)
『分かりました。色々と情報提供ありがとうございました』
(気にするな……当然のことをしたまでだからな……それじゃあ……またな……)
『ええ、また』
そうしてシンとニートの会話は終わりを迎えた。
「誰かとチャットしてた? オレ邪魔しちゃったかな?」
キョースケが自分自身を指差しながら、悪戯っぽく笑う。
対してシンは首を横に振る。
「いや、大丈夫。ちょうど会話も終わった所だったから」
「そっか! それじゃ、早速フィアドラングに繰り出そうぜ!」
「うん。PKKちょっと緊張するなぁ。上手くできるか……」
「まあ、ノリで乗り切ろーぜ! なんとかなるなる!」
自信たっぷりなキョースケに連れられて、シンはフィアドラング支部の外へ一歩を踏み出した。




