第3話 建物は壊さないようにお願いします
□“暗闘都市”フィアドラング:〈ライフ〉支部
〈ライフ〉のフィアドラング支部に到着したシンとキョースケは腰を落ち着けるため、支部内のチェアに座っていた。
「――あ」
「どしたん? シン」
急に呟いたシンをキョースケが不思議そうに見やる。
「リアルだともう17時過ぎなんだなって思って。メイクに何時に帰るつもりなのか聞かないと」
メイクはシンの部屋からログインしている。
2人の家は隣同士だが、シンの部屋にばかり入り浸っていてはメイクの両親も心配するだろう。
そのためメイクに何時に帰るつもりかを尋ねたかった。
「メイクってシンと一緒にいた女の子だよね? あの可愛い子!」
「そうだよ。メイクは幼馴染でさ。俺の部屋からログインしてるから、何時に帰るつもりなのか聞いときたいんだ」
「ほうほう」
『シンとメイクは付き合っているのだろうか?』と考えなくもないキョースケだったが追及はしなかった。
そこまで踏み込んだことを聞くのはまだ早いような気がしたからだ。
「ということで少しメイクにチャットしてみるよ」
「うん!」
ということで、シンはメイク宛てにメッセージを打ち込んでいく。
そしてすぐさま送信。
『今日、何時に帰る?』
チャットを送ると30秒ほどで返信が返ってきた。
『ん~、今日はシンの部屋に泊まっちゃおっかな~?』
『え、何も準備してないや……』
『冗談だよ~(笑) 泊まる時は前もって言うし、ウチも泊まる用の準備とかしてないし!
それで帰る時間だよね? ん~、18時くらいかな~』
『それじゃあ、ゲーム内時間で90分後にログアウトして見送ることにするよ』
『お見送りありがとね! それじゃ、また後でね~!』
『うん。また後で』
そうしてメイクとのチャットを終えて、シンはキョースケに視線を向け直す。
「お待たせ。メイクへの連絡は終わったよ」
「メイクちゃんは何て言ってた?」
「18時に帰るってさ。だからブイモンにはあと90分ログインできる」
「OK! ちなみにシンって今夜も暇?」
「うん。暇だよ」
「それじゃあさ、今夜もブイモンする感じでいい?」
「うん、大丈夫。俺としても早くフィアドラングで戦いたいし」
シンがそう言うと、キョースケは勢いよく椅子を立ち上がった。
「知ってた? 〈ライフ〉支部には訓練場があるってさ」
「?」
シンは少し呆気に取られながらも椅子から立ち上がり、「付いてきて」というキョースケの後を付いていく。
フィアドラング支部でやることといえば、支部にいる〈ライフ〉のギルメンに挨拶をするくらいのものだった。
既に、支部内のギルメンには挨拶を済ませている。
もちろん、ログインしていないギルメンも多々いるだろうが。
最低限、シンの顔を分かってもらわねば〈ライフ〉のギルメンとしても活動に支障が出かねない。
シンは飛び入りでPKKという名の治安維持活動に参加するのだから。
とはいえ〈ライフ〉のギルメンもシンの隣にキョースケがいれば、シンが部外者でないことは把握できるだろうが。
一応挨拶は済ませておいた感じだ。
キョースケの後を付いて歩けば、すぐさま支部の中にある訓練場とやらに辿り着いた。
「ここが訓練場?」
「そだよ!」
〈ライフ〉のフィアドラング支部自体そこまで大きいわけではない。
ゆえに訓練場もそこまで大きくはない。
屋内だが、地面は土魔法で固められているらしい土のフィールドだ。
形は正四角形であり、一辺の長さはおおよそ100メートルほどか。
リアル基準で考えれば十分な広さがあると思われるかもしれないが、ブイモン基準ではそんなことはない。
この世界のプレイヤーは秒速100メートルで動ける者など珍しくないのだ。
つまり、この訓練場は高AGIプレイヤーが走り回ることを念頭に作られてはいない。
あくまで組手などによる体術の向上や、スキルの練習に用いられる場所である。
特にスミス・スキルやイレギュラー・スキルなど秘匿したいスキルがある場合は、訓練場を貸し切りスキルの性能を試すようなこともできる。
一般フィールドではどうしてもスキルの情報が他プレイヤーに漏れてしまうリスクがあるのだ。
さて、そんな訓練場を前にキョースケが八重歯を見せて不敵に笑む。
「――フィアドラングでPKKする前にさ、オレと戦わない? HPを全損しない決闘でさ」
キョースケはそう言いつつ、訓練場の中央へと跳躍する。
そしてメニュー画面を操作し、シンへ決闘の申し込みを送る。
ルールは『1vs1』『アイテム無し』『HP2割を切った時点で負け』『HP全損なし』だ。
訓練場中央に着地し、純白のマントを翻らせてキョースケは〖守護騎士の剣〗を鞘から抜く。
キョースケから伝わるのは殺気ではない。
ただ純粋に闘争を楽しもうという気概だけが伝わる。
「親睦を深める意味も込めて!」
距離を詰めるのに言葉を交わすのも効果的だが、戦うのも効果的であるとキョースケは思っている。
相手の得手不得手はもちろん、思考の癖や性格など、戦闘にはその人の特徴が現れるからだ。
キョースケからの決闘申し込みを受けて。
徐々にシンの胸中にもワクワクとした感情が湧き出てくる。
「いいね。やろう」
元より決闘の申し出を断る理由もなく、シンは決闘の申し込みを受諾。
シンの笑みを見てキョースケが一際嬉しそうに笑った。
「それじゃ、早速始めよー!」
「OK、キョースケ」
かくしてシンとキョースケの戦いは始まった。
――30分後。
「いやー、負けた負けた! 清々しいくらいの完敗だー!」
キョースケは訓練場の中央で大の字になって、大声で言った。
シンに完敗した悔しさは少しありつつ、しかしそれ以上に楽しかった。
キョースケはブイモンを長くプレイしてきたが、それでもシンのような超人めいた挙動をほとんど目にしたことがない。
ゆえにシンの動きを一番近くで見れただけでも楽しかった。
「シンには言ってなかったけど、この訓練場って走り回ったりすることを考慮されてないんだよー」
その割に、シンは普通にトップスピードで戦っていたが……。
当然、普通に戦えていたシンは不思議そうに首を傾げる。
「と言うと?」
「この訓練場って狭いじゃん? だから高速移動しにくいフィールドなの」
もちろんAGIの上昇により体感時間は伸びるが、それでも100メートル四方の訓練場はAGI特化型のシンにとっては狭すぎる。
キョースケへの迎撃にかまけて移動が疎かになれば、高速で壁に激突すると言ったことも起こりうるだろう。
「そうなんだ。普通に戦えたけど」
「やっぱ、“新星”ってすげええええ」
ちなみにシンは【真の覚醒者】を使用してキョースケを倒した。
しかし【エンハンス・ストレングス】および【エンハンス・アジリティⅡ】を使っていない。
ステータスとプレイヤー・スキルのごり押しでシンはキョースケを倒したのだ。
一応キョースケはG3を制覇し、“狂剣”と異名を冠され、〈ライフ〉の幹部に名を連ねてもいる。
そんなキョースケはスミス装備やイレギュラー装備で身を固めたブイモン屈指の強プレイヤーなのだが……。
「PvPに慣れてないとか言ってたけど、今のシンでも充分強すぎる気が……」
「そんなことないよ」
キョースケの言葉をシンはきっぱりと否定した。
この否定はシンが自身を卑下しているのではなく、別の理由がある。
「なんで? シンめっちゃ強いじゃん?」
問われたシンの脳裏に思い起こされるのは空の言葉。
今後、シャル奪還に伴って相手にしなければならないのは、狡猾で残虐な者たちばかりなのだ。
今しがたのキョースケとの戦闘のように単純なプレイヤー・スキルとステータスの多寡で勝敗が決するほど甘くない。
「キョースケみたいに真っ向勝負してくれる人が相手なら、俺も戦いやすいんだけどさ。
でも、プレイヤー・キラーや犯罪者は真っ向勝負を仕掛けてくる人ばっかりじゃないでしょ?」
「まあ、確かにねー。戦闘狂みたいなプレイヤー・キラーもいるから、全員が真っ向勝負を避けるかは分からないけど」
そう言われてシンは今朝戦ったオレンジ・プレイヤーの2人を思い出した。
短剣と杖を使っていた彼らは真っ向から殺し合うことを望んでいた戦闘狂であったように思える。
「とにかくさ……俺はもっと強くならなくちゃいけないんだ」
シンの声音に込められた感情、そしてシンの表情や雰囲気を見てキョースケは少し不思議に思った。
何がシンをそこまでPKKに駆り立てるのか、と。
実際のところシンはPKKではなく、シャル奪還に駆り立てられているわけだが……キョースケはそんな内情を知らない。
それにキョースケ自身も〈ライフ〉としてプレイヤー・キラーと相対する身だ。
そして今はシンの臨時パートナーとして、シンの心境を知りたくなった。
「1つ質問していいー?」
「うん」
「シンは何で強くなりたいの?」
ブイモンはVRMMOである。
強くなりたい理由を問われたなら、普通のプレイヤーはゲームをクリアするためと答えるだろう。
あるいは『俺TUEEEしたいから』と言う人もいるかもしれない。
ともかく、そこまで悩む必要のない質問だ。
「…………」
しかし、シンは思い悩んだ。
キョースケにシャル奪還のことを話せないからだ。
そんな何やら悩んでいるらしいシンを見てキョースケはクスリと笑った。
「困らせちゃってごめんな! ちょっと気になってさ!」
「あ、いや、大丈夫」
(全然大丈夫そうじゃないってのー)
キョースケは心中で呟いてから、その場を飛び起きた。
そして訓練場に着地し、少しばかりメニュー画面を操作した。
「ちょっと待ってねー。ハゲ先生に連絡~」
「あ、うん」
そう言ってキョースケはハゲ先生に連絡を入れる。
『フィアドラング支部着いたよ~。そんで30分くらい訓練場でシンと決闘したんだけどボコられた(笑)』
『仲が良さそうで何よりです。やはりシンさんにはケンケンくんよりも年齢の近いキョースケくんを帯同させて正解でした』
『それで一つ質問なんだけどさー。シン相手に本気出してもいい?』
キョースケの言う『本気』とは何なのか。
すぐさまハゲ先生から返信が返る。
『理由によります』
ハゲ先生が二つ返事でOKしないということは、キョースケが本気を出すことには何かしら不都合があるということだ。
それはキョースケ自身も分かっている。
『直感なんだけどさ、シンは何か悩んでるみたいなんだ』
それに対してハゲ先生からの返信は来ず、キョースケは続けてメッセージを送る。
『シンとは昨日会ったばっかで、まともに会話したのは今日が初めてだけどさ。オレはシンの悩みを少しでも紛らわせてやりたいんだ。
でも、オレはシンの好きなものなんて知らねーし。でも、戦ってるときのシンは楽しそうでさ。
だから本気で戦って、シンの気を紛らせてやりたいんだ。シンには“ルーキー狩り”を倒してもらった借りもあるし、何より今はパートナーだからね』
そう送ると、十数秒後にハゲ先生から返信が寄越された。
『まったく……ケンケンくんといい、キョースケくんといい、貴方たちは本当にお人好しですね』
『ハゲ先生がそれ言っちゃう?』
『確かに、私も言えたことではありませんね。元より〈ライフ〉自体、お人好しの集まりですから』
『それでオレは本気を出してもいいの?』
『ええ。いいでしょう。ただしフィアドラング支部を――近隣に損害を出したら責任は取れますね?』
『うっ……まあ、それは……もちろん』
『まったく……その様子では結局、本気など出せそうにないじゃないですか』
キョースケが一辺100メートルの訓練場で本気を出せば、間違いなくフィアドラング支部は木っ端みじんになる。
いや、それだけならまだいい。
キョースケが本気を出せば、都市機能の停止など甚大な影響が出かねない。
『本気を出せる状態で加減して戦うよ! それでいいでしょ!?』
それはもはや本気を出しているとは言えないのではないか? とはハゲ先生も突っ込まず……。
『ですから本気を出していいという許可は出していますよ。まったく君という子は……』
ハゲ先生の溜息が聞こえたような気がして、キョースケは少し申し訳なさを感じた。
キョースケとしてもハゲ先生に迷惑をかけたくない。
ハゲ先生を尊敬しているし、彼とは“契約”もあるからだ。
『そんじゃ、また何かあれば連絡する! またねー!』
『はい。くれぐれも無茶はしないように』
『はーい』
そうして2人はメッセージでのやり取りを終えた。
キョースケはそのままメニュー画面を操作し、インベントリ欄を表示。
目当ての装備名を検索し、次々に身なりを違えていく。
「着替え……?」
シンが不思議そうに呟いて、十数秒後にはキョースケの身なりは完全に変わっていた。
最後にビルド変更アイテム〖プリセット・スクロール〗を使用し、前もって決めていたビルドになるようにSSPが振り直される。
〖SSPスクロール〗に比べて〖プリセット・スクロール〗は瞬時にSSPを振り直せる分、高額である。
結果、訓練場には純白の騎士服に身を包んだ少年騎士はいなくなっていた。
「さ! もう1戦行けるでしょ? シン」
問われて、シンは反射的に剣を構えていた。
それは挑戦心によるものか、目の前に現れた強者への少しばかりの恐怖心・警戒心によるものか。
先刻までとはキョースケの雰囲気があまりにも違う。
キョースケと言うプレイヤーの真の姿は、騎士などではなかったのだと思えるほどに。
「シンのログアウトまで残り50分。思う存分やり合おうぜ!」
シンはキョースケより発された決闘申し込みを受諾。
心地よい闘争心と殺気に当てられて、自然と笑んでしまう。
シンの顔に、先ほどまでの悩んでいる表情はない。
キョースケはシンのその顔を見れただけでも十分だとは思ったが、地を蹴った。
純白ではなく漆黒の身なりから振るわれる巨大斧がシンへと迫り、2人は熱戦を開始した。




