第20話 白き乙女への道筋
□カフェ・スカイ地下
空の発動した【シャッフル・ポジション】により、シン達はカフェ・スカイの地下へと来ていた。
地下にあったのは巨大な立方体のような空間。
地下ゆえに窓はなく、しかし壁が発光しているため光源には困らない。
「ここはどこです?」
シンが率直に問う。
「カフェ・スカイの地下です。入場方法に少し癖がありますが」
空が答えると同時、移動してきた空に声がかかる。
その声は立方空間の中央に並べられた椅子に座するプレイヤーからだった。
「久しぶりですね、空くん。ニートくんとは度々会うのですがね」
そう言って椅子を立ち、その人物はシンやメイク、エンに向かって居住まいを正した。
右手を左胸に添え、軽い礼をする。
身に着けた騎士服と相まって、そのプレイヤーがファンタジーから飛び出てきた本物の騎士であるかのように錯覚してしまう。
「シンさんとメイクさん、そしてエンさんでしたね。
初めまして、PKKギルド〈ライフ〉のギルドマスターを務めているハゲ先生と申します。お噂は空くんより聞いております」
丁寧な物腰で挨拶をしてきたプレイヤーをシンとメイクは知っていた。
いや、ブイモンをプレイしている者ならば知らない者の方が少ないだろう。
「〈ライフ〉のギルマス……“守護者”さんですか!?」
「マジで!? 初めて会えたんだけど!」
ハゲ先生は“守護者”という異名を冠されている。
“破壊者”と称され、世界を混沌に堕とそうとするムガミとは対極にいる人物なのだ。
――いわく、PvPでは負けなし。
――この世界を守護する不動かつ無敗の正義のシンボル。
ハゲ先生は多くのプレイヤーにとってまさしくヒーローなのである。
強者に執着を見せる“最強”ナギも、ハゲ先生と立ち会いたいと切望しているくらいだ。
しかし、いくらナギとはいえハゲ先生とは立ち会えていない。
もしもハゲ先生がナギに負ければ、プレイヤー・キラーや犯罪者への抑止が弱まり、ブイモン世界の安寧が崩れる可能性がある。
不動かつ無敗の正義を体現する――ハゲ先生は安寧のシンボルでもあるのだ。
だからナギとハゲ先生は戦ったことがない。
もちろんナギがレッド・プレイヤーとなった場合や、犯罪に手を染めた場合は戦闘に移行するだろうが……。
なお、シンはハゲ先生が自分が通う学校に務める教師だとは思っていない。
夏休み直前のホームルームで、ケンケンが生徒指導の教師を『ハゲ先生』呼びした事件があったのは記憶に新しい。
しかし、シンはあの事件をケンケンが生徒指導の教師を揶揄したくらいにしか思っていない。
そもそもハゲ先生という名前も安直だ。
これがもう少し珍しい名前だったなら、シンも目の前のプレイヤーが知り合いである可能性を考えたかもしれない。
ちなみにメイクはケンケンとキョースケに出会った時点でハゲ先生の正体に見当がついていた。
それでも今テンションが上がっているのは、メイクがハゲ先生の大ファンだからだろう。
シンもメイクもゲーム世界の平和を守るハゲ先生を尊敬しているし、憧れも抱いている。
「そうですね。私は“守護者”とも呼ばれています」
シンとメイクの問いかけにハゲ先生は穏やかな口調で返した。
その返答によりシンとメイクは盛り上がってしまう。
たとえ、シャルを連れ去られてしまった今と言えど……。
しかし、その空気を一括するように声が飛んだ。
「――静粛に」
その声は大きくはなかったが、シンとメイクの背筋を伸ばさせるには充分なものだった。
「今は緊急事態です。一刻も早くシャルさんを救出するための策を練らねばなりません。
早速ですが、話し合いを始めるために席に着きましょう」
そう言ったのは椅子に座っていた長身の女性だった。
艶やかな黒髪に少し釣り目の美人。
スレンダーな体躯はしなやかさと力強さを併せ持っている。
空が少し困り顔で美人プレイヤーに手を向けた。
美人プレイヤーの愛想のなさを気にしてのことだろう。
「彼女はルラルリルレさん――僕はルルさんと呼んでいます。活動内容は主に〈ライフ〉と〈ニート〉の橋渡しです」
なお、ルルはハゲ先生の付き添いでこの場所に参じた次第だ。
ルルは元からシャルと面識もあるので、この場にいることに問題はない。
「それではルルさんの言う通り席に座りましょうか」
空の声とともに一同は席へと着く。
会議に参加するメンバーを今一度確認しておこう。
まずはシンとメイクとエンだ。
会議でシャル奪還に関する情報を得ることとなるだろう。
そしてカフェ・スカイの店主、空もいる。
空がシャルの知り合いであることはシン達も何となく分かっているが、空の詳細な立ち位置については曖昧だ。
次に〈ニート〉のギルマスであり“情報王”のニート。
彼も空と同じくシャルの知り合いであり、彼女を慕う者の一人である。
最後に、シン達とは初顔合わせとなった〈ライフ〉のギルマスである“守護者”ハゲ先生と、〈ライフ〉と〈ニート〉の活動サポートを行うルル。
会議は計7名で進行する。
円形の卓を囲んで、まずは空が口を開く。
「まずシンさん、メイクさん、エンさんに断っておくことがあります」
空の面持ちは真剣だ。
自然、呼びかけられた3人も緊張の面持ちで耳を傾ける。
「シャルさんに関する情報を全て開示することはできません。理由はシャルさんのプライバシーに関わることだからです」
「構いません。俺はシャルさんに会って感謝を伝えて、剣を返すことができれば満足だからです。
シャルさんのプライバシーを知りたいとは思ってません。ただ彼女を助けたい」
メイクとエンもシンの言葉に頷き、空は微笑む。
「いいでしょう。とはいえ、最低限の情報だけは共有しておきます。これから話すことは僕がシャルさんのプライバシーに触れないと判断したものです」
瞬間、ニート、ハゲ先生、ルルの圧が空に向けられる。
空はその圧を涼しい笑みで受け流す。
――問題はないとでも言うかのように。
「お察しの通り、シャルさんはこの世界にとって重要なプレイヤーです」
その発言にメイクが応答する。
「タルランタで起きた暴動の全貌なら大体把握できてるよ~。
“ルーキー狩り”騒動はあくまでも囮。本当は“ルーキー狩り”に協力していたキリングってやつがシャルを攫ったことに噛んでるんでしょ~?
そこら辺からもシャルが単なるプレイヤーじゃないんだろうなっていうのは分かってるつもり!」
「さすが、メイクさん。その通りです。プレイヤー・キラーを始めとする名だたる犯罪者がシャルさんを求めて騒動を起こしました。
敵は“全知”にして“破壊者”ボドゲ・ムガミ率いる秘密結社〈フィクション〉。および“死神”……Joker率いる〈百鬼夜行〉というギルドです」
空はJokerの名を語る時、わずかに喉を詰まらせたようだった。
しかし、すぐに調子を取り戻す。
「僕たちは彼らと戦い、シャルさんを取り戻さなければなりません」
瞬間、シンの脳裏に思い出されたのは、ムガミに連れ去られる前の苦しげなシャルの姿。
途端にシンの胸の内に早く助けに行きたいという想いが溢れ出る。
「俺たちはどうしたらいいですか?」
「強くなってもらいます」
シンの質問に返されたのはひどくシンプルな回答だった。
「シンさんは〈ライフ〉のケンケンさんやキョースケさんが打倒できなかった“ルーキー狩り”を倒してしまいました。
正直に言ってしまえば、今のシンさんは僕のことも倒せるでしょう。
しかし、それでもまだ足りないのです。敵は狡猾で、プレイヤーを殺すプロフェッショナルですから。
“ルーキー狩り”との戦闘で大怪我を負っているようでは、これより待ち受ける死地を潜り抜けられない」
空の言う通りだった。
シンは精神的に不安定な部分が多い。
咄嗟の判断――例えば、2つの内どちらかを選ばなければならない状況に陥った時に二の足を踏んでしまう。
これはインフィニット・バラエティ・スライムとの戦いでも見られた傾向だ。
戦いの終盤、インフィニット・バラエティ・スライムが【インフィニット・インカーネーション】を発動し、特大の魔法球を放った時。
魔法球を躱すべきか、躱さないべきか迷ってしまった。
結果的に何者かの介入で魔法球は破壊され、勝負は勝ち得たものの、何者かの介入がなければシンは敗北していたはずだ。
そして先のレオとの戦闘もそうだ。
【バフ・アジリティ】の効力が消え、メイクの死を直感した瞬間に動きが精彩を欠いた。
だからレオに右腕を斬り飛ばされた。
これよりシンが相手にしなければならないのは、ただ『食欲』に従って動いていたインフィニット・バラエティ・スライムや、『快感』のために暴れていたレオのような生易しい精神性をしていない。
もっと狡猾で、殺しに慣れた者達。
人を迷わせ、操り、隙があれば容易く首を狙ってくるだろう連中。
そして――
「メイクさんとエンさんは言わずもがなですね。シンさんと違い、超人的な戦闘力を有しない分、より驚異的な戦力増強が求められます」
その言葉にメイクもエンも揃って首を縦に振った。
そこで話の成り行きを見守っていたニートが口を開く。
「シンとメイクには伝えていたが……EBMダンジョンが見つかっている……あそこで鍛えるのはどうだ……?」
その提案をシンやメイクは名案だと思った。
エンはEBMダンジョンという名前すら知らないようでリアクションを取れていないが。
「いえ、時期尚早です」
しかし、空がその提案を却下する。
「EBMダンジョンに挑むのは良案です。ただ、その前にステータスの増強とPvPの練度向上を図る方がいいでしょう。
そもそもシャルさんを焦って助けに行く必要もないのです。シンさん達には事情を話すことはできませんが、仮に敵方がシャルさんを殺すつもりならばタルランタでシャルさんを殺していればよかったのですから」
暴動の際、ムガミがシンを引き合いに出せば、シャルはそれこそ自害すらしただろう。
しかし、そうなってはいない。
シャルはただムガミに連れ去られただけだ。
ムガミと知り合いである空はシャルを連れ去ったムガミの意図を知っているからこそ、焦っても仕方がないと告げている。
それを聞いてニートも納得したように頷いた。
「力を蓄え、確実にシャルさんを救出しましょう。無暗に挑んで彼らの手口にハマる方が危ないですから」
敵が何をしでかしてくるか分からないという意味で、空はそう口にする。
だからこそ十分な強さが必要となるのだ。
「具体的な指示ですが、シンさんはハゲ先生に預けます。暗闘都市フィアドラングにてPKK活動に当たると良いかと思います。PvPの練度を高めることとステータス向上が見込めるでしょう」
「分かりました! よろしくお願いします、ハゲ先生!」
「ええ。よろしくお願いします、シンさん」
そうしてシンとハゲ先生が改めて挨拶を交わす。
「メイクさんとエンさんは僕が受け持ちます。基礎的なレベル上げからビルドの見直し、PvPの技術まで幅広くですね。
最終的には暗闘都市フィアドラングでシンさんと合流していただきます」
「OK!」
「よ、よろしくおねがいします!」
メイクとエンはどちらもやる気に満ちた声で応えた。
「そしてシャルさんの救出に赴く前に、EBMダンジョンに挑戦し、EBMを打倒することも目標としましょう。
イレギュラー装備によって大幅な戦力増強が見込めますし、EBMとの戦闘経験や味方同士の連携も高められるはずです」
そうしてシン達の行動指針は決まった。
その後は〈ニート〉や〈ライフ〉の動きが話され、シャル奪還作戦については徐々に煮詰めていくこととなった。
最後に空が言う。
「シャルさんがいませんので、場の指揮は引き続き僕が執らせていただきます」
「シャルさんがいても空さんが執っているじゃないですか」
ルルのツッコミに若干苦笑を浮かべつつ、空は地面に手を添える。
空の手に触れられた地が青色に輝き、魔法陣を描いた。
「シャルさんの奪還はゲーム内時間で1カ月後を目安にしましょう。
それでは行きましょうか。皆さん」
全員の覚悟を見てから、空はスキルを詠唱した。
「【シャッフル・ポジション】」
――そうしてシンはハゲ先生と共に〈ライフ〉本部、その最高階層へ。
――メイクとエンは空と共にカフェ・スカイへ。
――ニートとルルは〈ニート〉本部へ移動した。
こうしてシャル奪還のために一大戦力たちが動き出したのだった。




