第19話 優しい殺気
□タルランタ:〈ニート〉本部
「ニートさん、先ほどは応答できずにすみませんでした」
シンは〈ニート〉本部にて、ニートに謝罪していた。
タルランタの暴動を鎮静化した後、ニートからシンへと思念伝達が行われたのだが、シンは取り合わなかったのだ。
シャルに拒絶されたショックで、シンはニートの連絡を無視したのだ。
「気にするな……俺も事態を甘く見過ぎていた……」
ニートは目を伏せて呟いた。
しかし、すぐに顔を上げる。
「シン……メイク……そしてエンだったか……。3人ともあの子を……シャルを助けるつもりなんだろう……?」
ニートの言う『シャル』というのが白い仮面をつけた少女なのだろうことは、シンとメイクも理解した。
エンも先ほどログイン前に事の次第を聞いているので状況は分かっている。
「今度こそ必ず助けます」
「ウチはシンのやりたいことを全力でサポートするだけかな!」
「わたしも兄さんの力になりたいです」
3人の言葉を聞いて、ニートはしばし逡巡した。
そして一つ断りを入れる。
「数分……時間をくれ……」
そう言ってニートは【テレパシー】を発動。
目当ての人物に思念を飛ばす。
(ニートデスだ……少しいいか……?)
思念を受け取ったプレイヤーはフレンドチャットにて、ニートにメッセージを送り返す。
『構いませんよ。どうしましたか?』
(これから会議を開きたい……メンバーは俺、シン、メイク、エン……そしてStaff、お前だ……)
『なるほど…………ただ、会議にはハゲ先生も呼ぶべきでしょう。シャルさんを連れ戻すために、彼の協力は不可欠です』
(そうだな……それでは会議はいつもの場所で行う……それでいいか……?)
『ええ、そうしましょう』
それを最後にニートは【テレパシー】を中断した。
どうやら『Staff』という人物とやり取りをしていたらしい。
そしてニートはシン達に告げる。
「色々と説明することがある……付いてきてくれ……」
その言葉と共にニートは席を立ち、インベントリを操作した。
引き出したのは複数人転移アイテム〖転移の回廊〗。
〖転移の回廊〗の見た目は、ただの白い砂の塊だ。
しかし、それを空中に放り投げることで、白い砂の塊は解け。
砂のかかった空間を捻じ曲げて、回廊が出現する。
まさに魔法のような光景である。
光り輝く回廊を通り抜けた4人は〈ニート〉本部から、タルランタ2区の〖輝光結晶〗へと転移した。
◇
転移後。
ニートに連れられて来たのは、シンとメイクも馴染み深い場所――カフェ・スカイだった。
先ほど“ルーキー狩り”騒動に巻き込まれたエンも身の安全のためにカフェ・スカイを訪れている。
「ここで説明を?」
シンが問うと、ニートは「ああ……」と呟いて店内に入るために扉を開いた。
「――いらっしゃいませ」
シン達に返った挨拶は、いつもの明朗な青年の声ではない。
挨拶を返したのは優男ではなく、空だった。
店内は人払いをしたのか、空以外に誰もいないようだった。
「空さんとニートさん、知り合いだったんですか?」
シンの質問に空がニコリと笑ってから頷く。
「立ち話もなんですから皆さん店内へお入りください」
空は流れるように4人を店内に誘導する。
そしてカフェを施錠し、窓が締め切られていることを確認。
準備ができたことを見て取って、空は口を開いた。
「――ニートくんが確認済みでしょうが、今一度僕の方から確認します。シンさん、メイクさん、そしてエンさん。あなた達はシャルさんを助けるつもりなのですね?」
「はい……!」
「それがシンの選ぶ道ならね!」
「わたしも兄さんと同じ道を行きます!」
3人の返答を聞いて、空はいつになく険しい表情を見せる。
「薄々分かっていることとは思いますが、あなた達は深みに入ろうとしています。一度踏み込めば、今まで通りにゲームを楽しむことはできなくなるかもしれません」
それは忠告だ。
空の言う『深み』に踏み入ってしまえば後戻りはできないのだという忠告。
しかし、3人はその言葉を受けても踏み入ることを辞める気はなかった。
それを空も見て取る。
だからこそ重ねて問う。
「深みに立ち入る覚悟はありますか?」
瞬間、空から放たれたのは凄まじい殺気だった。
ブイモンは威圧感や殺気といった空気感まで高クオリティで表現する。
殺気に当てられた3人は、店内の空気がビリビリと振動するような錯覚までもを覚える。
途端にシンの【真の覚醒者】が発動。
シンとメイクには空による本気の殺気が向けられ、エンには少し加減された殺気が向けられている。
「ッッッ……!」
「くぅ……っ!」
「は……ぁっ……」
3人は全身から冷や汗が噴き出すのを感じつつ理解する。
シャルという少女を巡った一連の騒動。
たった1人のプレイヤーを連れ去るために、なぜこれだけの騒動が起きたのか。
それをニートも空も知っているのだ。
そこに首を突っ込むことの重さはきっと計り知れない。
それによって3人はブイモン世界の核心に近づくかもしれない――空の言う『深み』とは正にそのことだ。
だから空は3人を殺すつもりで問うている。
空は3人の身を案じているからこそ殺気を向けているのだ。
――これ以上、深みに立ち入れば後戻りはできない。
――確実に大きな運命の奔流に巻き込まれる。
――ここで退いてくれれば、シンとメイク、エンの3人で今まで通りにゲームを楽しんでいくことができる。
――今まで通り、平和的で安全な冒険を続けられなくなってしまうとしても。
――それでも君たちは踏み入る覚悟があるのかと、空は問う。
「覚悟ならできてます。俺は誰を敵に回そうとあの子を――シャルさんを助けます」
空からの全力の殺気を受けつつ、シンはそう宣った。
いつも優しかった空から向けられる特大の威圧感に、唇が震えそうになるのを何とか抑えて。
「なるほど」
シンの返答を聞いて、空がメイクとエンにゆっくりと歩み寄る。
そして両者の首に手をかけた。
「シンさん、あなたは今シャルさんを助けに敵陣に赴いています。仮に、僕が敵だとしたら、瞬時にメイクさんとエンさんを殺せます」
そう言って、空は手に力を込める。
「っ……はっ……」
「ん……ぅ……」
メイクとエンの首が絞められる。
ブイモンは痛覚を熱感に代替するが、窒息の苦しみを代替する仕様は存在しない。
つまり、今メイクとエンは窒息の苦しみをリアルと同じように受けている。
もちろんリアルの身体に影響はないが。
2人の首を締めながら空はシンに問う。
「さて、シンさん。敵陣にいるシャルさんを助ける為に、2人の命を捨てられま――」
空が問いを終えるより早く――
空の両手が切断された。
それは一筋の剣閃。
一切の無駄のない動きで振るわれた剣が空の両腕を斬り飛ばしたのだ。
そして剣を振るった人物の顔には――その者が纏ったオーラには激しい怒気が含まれている。
「2人の命を捨てる……? 馬鹿を言うな……」
シンは空をまっすぐに見据え、剣を構え直す。
空から浴びせられる殺気を一瞬にして塗り替えるほどの剣気。
「俺は2人の命も、シャルさんの命も諦めない」
空はその回答を鼻で笑う。
「甘いですよ。それじゃあ、救えるものも救えません。願いには代償が付きまとうんです」
何かを捨てることのできない人は、何かを得ることもできない。
空はシンへそう伝える。
しかし――
「それなら、今ここで2人の命を取れるか試してみるか? 俺は今のあんたに負ける気がしない」
空は眉を寄せ、シンの言葉を待つ。
そしてシンは空に剣を向け、言い放つ。
「始める前から何かを諦めてる奴に負けるものか……!」
つい先日まで、シンも死に物狂いで何かに打ち込むタイプではなかったが。
そんな彼が今、こんなにも熱くなっているのは相手にしているのが他でもない空だからだろう。
空と出会ってゲーム内時間では1年が経過する。
その間にシンと空は様々な言葉を交わし、時には一緒に戦うこともあった。
だからこそ、シンは珍しく熱くなっている。
「何かを得るために何かを諦めろ――俺はそんなことをあんたに教わったんじゃないッ!」
叫びにも似た声で言ってから。
一つ深呼吸して、シンは高ぶった気持ちを抑えた。
剣も鞘にしまう。
「空さん、優男さん、乞食さん、楽団さん。皆さんに教わったのは、この世界を楽しむ術です……!
無限にある楽しみ方を余すところなく享受する。何かを諦める理由なんて教わってません!」
空の言ったことは現実的なものだ。
何かを得るために何かを失わねばならない時はある。
トレードオフは多くのものに作用するのだ。
しかし、シンが言いたいのは『最初から何かを失うつもりで臨む必要もない』ということだ。
現実を受け止めて妥協で戦う空と、理想を手に入れようと死に物狂いで戦うシンならば――先ほど言ったようにシンは空に負けないだろう。
戦いに臨む姿勢が違い過ぎる。
ここに優男がいれば『心技体』という言葉を引用したかもしれない。
心の在り方はパフォーマンスに直結する。
「俺は何も諦めません。大切な人たちとブイモンをこれからも楽しむために」
その言葉を聞いて、メイクとエンもやっと口を開く。
既に空の殺気も和らいでおり、先ほどまで首を絞められていた2人も話ができる状態だ。
「まっ、シンの言う通りだね! ウチはシンを全力で支える。そこは絶対に変わらない!」
「わたしも、兄さんの力になります。兄さんが願いを叶えられるように」
2人の言葉を受けて、溜め息をつきつつニートが空に言葉を掛ける。
「そろそろいいんじゃないか……? 3人の覚悟ならば……分かったはずだ……」
そう問われた空は一気に様子を変えた。
先ほどまで殺気立っていた空の姿はなく、今はいつも通りの彼に戻っている。
軽く『出血』の治療をしてから、空は頭を下げた。
「シンさん、メイクさん、エンさん、試すような真似をして申し訳ありませんでした」
先ほどまでの悪役ムーブは空の演技だ。
なお、メイクは空の行動が演技だと分かっていたからこそ、途中で怒らなかった。
エンも空が心配や思いやりの気持ちを持っていることを感じていたからこそ、空の本心を見誤らなかった。
つまり、この場で演技に騙されていたのはただ1人。
「えっと……もしかして……」
シンが呟くと、メイクとエンが少し呆れた様子で声をかけた。
「演技に決まってるっしょ? 空パイセンがあんなこと言うわけないじゃん」
「わたしは空さんの気持ちが何となく分かったから、殺気を向けられても、あんまり恐いって思わなかった。思いやってくれてるって分かったから」
メイクとエンの言葉を受けて、すぐさまシンは空に頭を下げた。
「すみませんでした! 演技とは気づかずに俺……!」
「いいえ、いいんです。シンさんの本音を聞けましたから」
そう言って空は満足げに笑みを浮かべる。
「シャルさんもね。シンさんと同じような考えを持っておられました。
誰かの幸せのために、他の誰かが犠牲になるのは良くない、と。
そんなシャルさんだからこそ、僕もニートくんも彼女を慕っているんです」
シャルの言葉とシンの言葉は偶然にも似通っていた。
シンとシャルの両者を知る空にとっては、それが溜まらなく嬉しかった。
「さて、腕が治ったら会議室へ案内しますね。しばしお待ちください」
そうして空が回復アイテムを使うこと数分。
空の手は再生され、元通りとなった。
「……それで会議室というのは?」
シンが尋ねると、空は足元を指差した。
シンとメイク、そしてエンが首を傾げると同時、空が地面に手をかざす。
それと同時、地面に描かれるは魔法陣。
魔法陣は青色の輝きを放ち、4人を包み込む。
「皆さんを会議室へお連れします。【シャッフル・ポジション】」
空のスキル詠唱の直後、シン達の姿はカフェ・スカイ内部から消えていた。




