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第19話 注意! “最強”が現れた!

 □棍棒巨人の集落近辺


 ――時は少し巻き戻る。


 それはシンが【真の覚醒者】を取得し、急成長を遂げた時のことだ。


 情報屋ギルド〈ニート〉のニートデスから“最強”と称されるナギへ行われたシンに関する情報提供。

 その情報に従い、ナギは戦場である棍棒巨人の集落近辺に到着していた。


 シンとインフィニット・バラエティ・スライムによる戦いの余波は凄まじい。

 それは周辺一帯の地形すら変えてしまうほどであり、ナギも彼らをすぐに発見できた。


「――あいつらか」


 ナギは激戦を前に、静かに呟く。

 その紺の瞳はシンとインフィニット・バラエティ・スライムを見定めるように動いている。


 ――さて、どちらを先に仕留めるか。


 ナギは思考する。

 自らが最も楽しめるストーリーを。


 強者に執着するナギにとって、新たに現れたシンという天才と、G4を超えても成長速度の衰えないインフィニット・バラエティ・スライムは魅力的な相手だった。


「…………」


 しばしの黙考の後、ナギは『インフィニット・バラエティ・スライムを逃がす』という決定をした。


 ナギの目的は強者との戦闘であり、インフィニット・バラエティ・スライムの討伐ではない。


 それでは、ナギがインフィニット・バラエティ・スライムを逃がした場合、戦局はどうなるか?


 シンという強敵を失ったインフィニット・バラエティ・スライムは逃げた先で更なる成長を遂げるだろう。

 そして、この場でナギはシンと戦える。


 インフィニット・バラエティ・スライムに言語が通じるだけの知性があることはナギも見て取っている。

 一時撤退を促すことは難しくないと考えた。


 その手順を踏めば、ナギはシンとインフィニット・バラエティ・スライムの両者と戦うことができる。


「決着は近いか」


 見ればシンとインフィニット・バラエティ・スライムの主戦場は空中へ移行。


 攻勢に出ているのはシン。

 このままならばシンの勝利で幕引きになるとナギは推測する。


 その推測はナギにとって望ましくない。

 前述の通り、ナギはインフィニット・バラエティ・スライムを逃がそうとしているのだから。


 だからこそナギも空中へ駆けだそうとする。


「落胆させてくれるな」


 180センチ近い身長に反して、幼さの残る声を発したナギは空中へ飛ぼうとし――


「【ファイア・コントロール】!」

「【アイス・ブレッシング】~!」


 ナギの死角から放たれた高威力の火球と無数の氷柱。

 それら全てがナギへ直撃した。


「よ~し。全弾命中」


【アイス・ブレッシング】を行使したのは緑オールバックの仲間である酔っ払い。


「油断禁物って言ってるっしょ? 足止めするよっ!」


 そして【ファイア・コントロール】を命中させつつ、指示を送るのはメイクだ。


 見ればナギを数十人のプレイヤーが取り囲むように立っている。


「「「おう!」」」


 メイクの掛け声に反応したプレイヤー達は、各々の武器でナギに攻撃を繰り出していく。


「ふん……」


 くだらないとでも言うように、ナギは自身に対する奇襲を鼻で笑った。


 直後、ナギに接近していた前衛10名ほどがPKされた。

 眼にも止まらぬナギの剣が、彼らを一瞬にして両断したのだ。


 対してナギの身体には大した傷が見当たらない。


「何のつもりだ?」


 ナギの口調は固い。

 そしてナギの心中に当然の疑問が沸き上がる。


 即ち――この場のプレイヤー達がなぜ自身を殺しに来たのか、という疑問。


 メイクと数十名のプレイヤー達は初手、ナギの死角から攻撃を行っている。

 どう考えても、この奇襲は計画的なものだ。


 しかし……ナギが戦場に来てから数分しか経っていない。

 策を講じる時間はなかったはず。


「そっちこそ~。〈フロクロ〉のギルマスがこんなところに何の用?」


 ナギの質問にメイクが質問で返す。


 その言葉にナギは少しだけ眉根を寄せた。


 なぜなら“最強”と称される自分相手に、臆さず攻撃を仕掛けてくる命知らずはほとんどいないからだ。


 加えて、場を取り仕切っているのはG2装備で身を固めたルーキー。

 明確な力量差がある中、PKを仕掛けられることなどナギも経験がなかった。


「お前に何の関係がある?」


 またも問いに対して問いで返す。


 そこでナギとメイクの視線が真っ直ぐに交錯した。

 互いの瞳に揺らがぬ決意の色があることを悟り、互いに理解する。


 ――面倒な相手だ、と。




 ――さて、メイクがナギを攻撃した理由を説明しよう。


 シンの急成長後。

 戦線を保っていたメイク達はシンによってインフィニット・バラエティ・スライムの攻撃範囲外まで運ばれた。


 その後、メイクは回復を受けることもなく、そのまま()()()()()に当たったのだ。


 ――なぜメイクは周辺の警戒を始めたのか?


 それはこの地に集まった者の中にいるだろう危険人物の索敵のためだった。


 メイクが想定する危険人物は大まかに2種。


 ①オレンジ・プレイヤーやレッド・プレイヤーといったPKたち。

 ②EBMの討伐報酬の為なら、味方を討つことすら厭わぬプレイヤー。


 前者はプレイヤーの頭上に表示されるネームの色で判別できる。

 オレンジでもレッドでもないプレイヤーには、そもそもネームが表示されないので判別は一瞬だ。


 ――しかし問題は後者にある。


 後者の場合、インフィニット・バラエティ・スライムが死に瀕した時、シンをPKしてEBMの討伐報酬を横取りしようとするかもしれない。


 EBMの討伐報酬は、討伐に最も貢献したプレイヤーに付与されるというのが通説だ。

 インフィニット・バラエティ・スライムに止めのみを刺したところで、討伐に多大な貢献をしたシンに討伐報酬が渡るという結果は覆らないかもしれない。


 それでも一縷いちるの可能性に賭けて、シンをPKしようとするプレイヤーがいてもおかしくない。



 ――そんな折、周辺の警戒に当たっていたメイクはナギを見つけることとなる。


 ナギは“最強”と称されるプレイヤーだ。


 ブイモンをある程度プレイしている者なら、その名を知らぬ者はいない。


 メイクもナギの噂を耳にしたことが幾度もある。


 ――いわく、強者への執着が凄まじい。

 ――いわく、強者との戦闘のためならば、他者を斬り伏せることすら厭わない。


 ――いわく、()()()を探している。


 だからこそ、メイクは推測した。

 ナギがシンを殺し得ると。


 ナギを見つけた瞬間、数秒に満たない時間でメイクは思考した。



 ――ナギがこの場にいる目的は十中八九、強者との戦闘だろう。


 ――それならばナギにとって最も旨味のある道筋は何か?


 ――それは才能を開花させたシンと、急成長を遂げるインフィニット・バラエティ・スライムの両者と戦うこと。


 ――それならばナギが取るべき行動は……インフィニット・バラエティ・スライムを逃がしてから、シンと一騎打ちすることか。


 ――インフィニット・バラエティ・スライムは言語によるコミュニケーションが可能。

 ――ゆえに逃走を促すことは可能かもしれない。


 ――シンと戦いPKした後、更に強大となったインフィニット・バラエティ・スライムと戦うのが、強者を求めるナギにとっては最善のストーリー。


 ――強者への執着を見せるナギならば、この道筋に気づかないはずがない。


 ――必ずシンを殺しにかかるはずだ。



 これら推測をメイクはナギを見た瞬間に、ほぼ反射で行った。

 自らの命以上に大切なシンの命が懸かっているからだ。

 たとえ、それがアバターに与えられた仮想的な命であろうとも。


 なお、メイクは頭痛対策のために普段は思考速度を()()()()()()()()()()()

 今回はシンを守るため無意識にそのセーブを取り払ったのだ。



 ――しかし、まだ謎は残る。


 それはメイクが足止め策を講じたタイミングだ。


 先に断っておくが、メイクはナギを想定して足止め策を講じた訳ではない。


 前述した2種の危険なプレイヤーに対抗するため、()()()()()()()()()()に足止め策を講じていたのだ。


 ――時はシンとインフィニット・バラエティ・スライムが交戦してすぐ。

 戦闘の最序盤に当たる時だ。


 メイクは緑オールバックの仲間であるプレイヤー3人に声をかけていた。

 その時、緑オールバックと巨漢はシンと共に前線にいたので、後衛の3人に話しかけたのだ。


 その時のメイクは彼らがシンを馬鹿にしたことを完全には許していなかった。

 しかし、シンに協力してくれる様子を見て、この場は彼らを信頼することにした。


 そしてメイクは彼らに提案を持ち掛ける。

 提案の内容は2つ。


 1つはインフィニット・バラエティ・スライムの打開策。

 即ち『タルランタへ救援を呼ぶこと』。


 タルランタには優男を始め、熟練プレイヤー達がいる。

 現状を打開してくれるかもしれないと考えた。


 なにより敵はEBM。

 討伐報酬の希少性から、EBM討伐に身を乗り出すプレイヤーは確実にいると考えた。


 メイクとしては緑オールバックの仲間が〈ニート〉と繋がっていたのは、嬉しい誤算だった。

 〈ニート〉のギルマスである“情報王”ニートデスならば、情報の拡散もお手の物だろうと思ったからだ。



 ――そして会話内容は2つ目『救援に伴うリスクについて』に移った。


 メイクは救援を呼ぶことの影響を予想していた。


 救援を呼べば、大多数がEBMの討伐報酬目当てにやってくる。


 そうなれば戦線を保つシンをPKしようとするプレイヤーが出ることを、メイクは予想していた。


 先述の通り、シンをPKし、インフィニット・バラエティ・スライムに止めを刺せれば、そのプレイヤーが討伐報酬を獲得できるかもしれないからだ。


 レアドロップの奪い合い――実にMMOらしいと言えるだろう。



 それを防ぐため、メイクが講じた足止め策は以下のようなものだ。


 ①少しでも危険だと判断したプレイヤーは即時包囲、牽制すること。


 この際、敵の行動によってはPKし、一時的にオレンジ・プレイヤーとなることも厭わない。


 ②協力できそうなプレイヤーを味方につけておくこと。


 この仲間集めは手の空いている者で少しずつ行っていた。


 シンに声援を飛ばしたり、支援系スキルを唱えていたプレイヤー達を中心に声掛けを行った。


 シンを応援してくれる人ならばシンを殺そうとする可能性は低いと考えたからだ。


 結果、即席だがシンを守るチームが完成したというわけだ。

 その人数、実に50名ほど。


 ナギとの戦闘に参加していないプレイヤーは、シンとインフィニット・バラエティ・スライムの戦いに横やりが入らないか警戒中だ。


 シンの勝利のために常に先手を取り続けた――それがメイクの行ったことだった。




『――【インフィニット・インカーネーション】ンンンンNNNNNッッッ!』


 メイクとナギが視線を交錯させた直後。

 インフィニット・バラエティ・スライムによるスキル詠唱が天より響き渡った。


 食欲のみならず、純粋な殺意が込められた身震いしてしまいそうな声音。


 インフィニット・バラエティ・スライムの爪先に特大の魔法球が形成されていく。

 その魔法球は地上にいるプレイヤー達の目に映るほどに巨大だった。


「チッ」


 メイクから視線を切ったナギは、空中を駆けるシンと魔法球を交互に見て舌打ちをした。

 シンが敗北する可能性が高いことを察したからだ。


(躱せばいいものを)


 ナギはシンが魔法球を躱せることを見抜いている。

 それでもシンが魔法球を躱さないのは、地上にいるプレイヤーを守るためかと考えて、ナギは苛立った。


 ――強さの極致とは一部の隙も許されない。

 ――他者を守る優しさは隙となる。


 ナギの持つ思想と、シンの行動は対極に位置する。


「シィッ……!」


 苛立ちを抱えたままナギは跳躍の構えを見せる。

 それと同時にメイク一派も行動を起こしている。


「今!」


「【バフ・マジックポイントⅢ】!」

「「「【アイス・ブレッシング】!」」」


 メイクの掛け声とともにメイク一派とナギを取り囲むように氷壁が展開される。

 MPに8倍のバフがかかったプレイヤー達が作り上げた最高硬度の氷壁だ。


 氷壁を壊さぬ限り、ナギは空中へ向かえない。


 瞬時にナギは思考する。


 氷壁を壊すか、スキルの行使者を殺すか。

 どちらが空中で行われている戦闘を妨害するまでに時間がかからないかを――


「シィッ……!」


 鋭く息を吐き、ナギはスキルの行使者を殺すことを決定し、移動を開始する。


(迷いなさすぎっしょ、相当場数踏んでそうだな~。って“最強”なんだし当然か)


 メイクがそう考えた瞬間には、氷壁内部にナギの姿はない。

 いや、見えないほどに速く動いているのだ。


 メイクが現状を把握すると同時に、ナギが音速以上で動いたことによるソニックブームが発生。

 轟音が鼓膜を叩き、氷壁内部に突風が吹きすさぶ。


「【クイック・リトリーブ】!」


 咄嗟にメイクは【クイック・リトリーブ】を発動。

 インベントリから〖煙玉〗を引き出すも無駄な足掻きだと悟った。


 いかに先々を見据えて動いたメイクと言えど、この場に“最強”と称されるナギが来ることは予想していなかった。


 そもそもナギの性格上、G3~4相当のEBMに釣られて姿を現すことはないと考えていた。

 そこをメイクは完全に読み違えていた。


「くそっ……!」


 悔しげに呟いてメイクが〖煙玉〗を地面へと投げつける。


 瞬間、メイクの目に映ったのは細い光。

 それがナギの振るう剣に反射した陽光だと理解するより早く、メイクの首に剣が迫り――


 直後、轟音が響いた。

 衝撃でメイクや他のプレイヤー達が氷壁の際まで吹き飛ばされる。


「…………え?」


 メイクは驚愕していた。

 尻餅をついた状態で首に手をやれば、まだ首が繋がっているからだ。


 インフィニット・バラエティ・スライムとの戦いでボロボロな身体にも、目立った外傷は見られない。


 確実に死んだと思ったにも関わらず、ナギに斬られていないのだ。


 メイクは自身が死を免れた理由が分からなかった。


「何が起きたの……?」


 呟きつつ目の前を見れば、自身が投げた〖煙玉〗が炸裂し、多量の煙が舞っている。

 氷壁で区切られたフィールドでは煙が外に逃げないため、充満する煙で氷壁内部の様子を把握できない。


 だからこそ、この状況でメイクに伝わったのは視覚情報ではなく()()()()


「お前は……誰だ……!」


 ナギの声と――


「…………」


 ナギの剣を止めたのだろう何者かの息遣いだった。

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