エピローグ
(つ、ついにこの日がやって来た!)
その日は真夜中のドールズクローゼット初の主催イベントだった。
会場や出演者のブッキングから各種の手配調整すべてを自分たちで執り行うライブイベント。
出順の決定やギャラの配分、コラボステージの調整など気を使う場面も多くて、初めての体験に僕は胃に穴が開くかと思ったが、そこそこチケットも捌けて無事に今日の開催日へと漕ぎ着けられたことに僕は心底安堵していた。
そんなわけで、出演者の柊木さんと白樺さんはもちろん、今日はスタッフとして匠汰くんと山査子さんも召喚していた。四人とは会場のライブハウスで集合の予定だ。
僕は諸々の必要な道具を詰め込んだ重たいリュックを背負いつつ、この日のために用意した物販用グッズの詰め込まれた段ボール箱を抱えつつ、現場に向かって歩いていることころだ。
そんな僕は、ふと通り沿いのカフェに入っていく女性に目が行った。
リクルートスーツ、頭の後ろの低い位置で一つに結われた髪、地味な化粧という、どこにでもいそうな就職活動中らしき女の人。彼女はカウンターでドリンクを頼むと、歩道に面した窓側のカウンター席に腰かけ、必死に何かの資料を読み込んでいた。
どこにでもありふれた光景。
でも、僕は重たい荷物を抱えたまま、彼女から目を逸らせなかった。
僕は彼女の名前を心の中で呟いた。
でも、それはおそらく彼女の本名ではない。アイドルだった頃の彼女の名前。僕の推し――いや、僕の「元推し」がアイドルをしていた時の名前。
彼女がステージの外では大学生をしているらしいことは噂で知っていた。嘘か真実か、彼女の大学名をネットに書き込む奴もいた。
今の彼女の出で立ちはアイドルの時の雰囲気とはまったく違っている。地味な女子大生で、アイドルをしていただなんて信じられない。彼女のステージを何回か見たことがある程度の人だったら、同じ人物だとは気付けないかもしれない。
だけど、僕は彼女から目が離せなかった。
胸が震えた。その震えが少しずつ大きくなっていった。
どのくらい見つめ続けただろうか。彼女がふと顔を上げる。その瞬間、完全に目が合ってしまった。
(や、やばい! ストーカーだと思われたらどうしよう!)
でも、僕の心配は杞憂だった。彼女は驚いたように目を見開いて、それから僕に向かって少し恥ずかしそうにはにかみながらニコッと笑ったのだ。
まだ一年も経っていないのにすごく懐かしさを感じる笑顔で、それは何度も見てきた彼女の笑顔そのままで、僕は涙が出そうだった。
(でも……きっとここで彼女に話しかけちゃダメなんだ)
だって、僕の推し――元推しは新しい道に進もうとしている。それを邪魔したらオタクの名折れだ。
僕は笑顔で手を振った。それから会釈をして雑踏の中へと踵を返す。
元推しに背を向ける瞬間、彼女も手を振り返してくれたのが一瞬だけ見えた。
僕は無性に寂しくなって、段ボールを抱きしめるように抱え直す。
その時、僕の尻がバシンと遠慮のない物凄い力で蹴られた。吹き飛ばされそうになる僕は、そんなことをする人物を一人しか知らない。
「カンカンP~! やっっっほ~~~~!」
すでにライブのテンションなのか、やたらと甲高い声の柊木さんがいた。その隣には困ったように微笑む白樺さんの姿。
「ちょっと、ルゥちゃん、だめよ! 椿くん、お荷物いっぱいで大変なんだから。わたしも少し持つわ、椿くん」
「いいよ、いいよ。このくらい大丈夫だから!」
僕が段ボールを抱え直すと、刺々しい男の声がした。
「おーおー! プロデューサー殿はアイドルの前だとエエかっこしいだなあ! ……って言いたいとこだけど。アイドルに荷物持たせるわけにはいかねえか。仕方ねえから俺が持ってやるよ」
「匠汰くんは山査子さんの前だとええエエかっこしいだよね」
「うっせ!」
三白眼で僕を睨む匠汰くんの隣で、山査子さんがにこにこと微笑んでいる。
ちなみに、花水木先輩はダンスについてより深く勉強するため留学の準備を進めているとのことで、最近は相当忙しいみたいだ。それでも、うちのダンスレッスンの時間は確保してくれていた。
僕の心の中から寂しさがスルスルとほどけていった。
(元推しが新しい道に進んでいるように、僕だって新しい仲間と新しい道を進んでいるんだ!)
そう思ったら、力が湧いてきた。
「よーし! 今日のライブも頑張るぞ~!」
『おー!』
僕たちの声は真っ青な空の下でどこまでも高く高く響いていった。
【終わり】
こんにちは。作者のフミヅキです。最終話を読んで頂きまして、ありがとうございました!
私の書いたお話を楽しんでもらえていたら嬉しいです。もしお時間ありましたら感想など頂けますと幸いです。(なろうの主軸ジャンルではないので、どんな印象なのか知りたいです)




