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いつか見た

■ある日の話■


「……」

 

 死んだ目をして、町中を歩いている男がいた。


「――あの居酒屋」


「いいね――」

 

 両側に立ち並ぶ店舗の光が、彼の悲壮感を照らし出すかのように。


「……」

 

 よろよろと歩く男は、目的地も決めずにただ彷徨う。


「あー、飲んで発散しないと——」


「――ストレスやばいよな」

 

 周りから聞こえる声が、脳内で溶ける前に消えていく。

 心がきりきりと音を立て、破裂しそうだ。

 どんな光も音も、鬱陶しくて仕方ない。


(だるい)

 

 無気力そのものな人生。

 どうにも先が見えない道行き。


(くそ)

 

 右にある店の看板の光が鬱陶しく、蹴り飛ばしたくなる衝動に駆られるが、そんな気力も存在しない。


(はあ)

 

 ただ悶々とする時間の中で、彼は深くため息を吐いた。


【内と外・どちらも世界は軋んでいる】


「は」

 

 漏れる笑いはどこまでも空しく響き、夜の町に消えていった。


【まったく息苦しいな】


●■▲


■その日の話■


「――クライスさま」

 

 よくなじむ声で・あるいは不釣り合いな声で、クライスは呼ばれた。

 いつ聞いてもいやされる響きだ。


「うん?」

 

 少し意識がどこかに飛んでいた彼は、今そこにある現実に帰還する。

 すると目の前には、サーシャのいつも通りの姿。

 彼女の顔を見るだけでも、不思議な安心感があった。


「どうしたんです? 具合でも?」

 

 心配して、顔を覗きこんでくるサーシャ。

 そんなに近くに寄られると、かわいすぎてヤバい……という感じで心臓が痛くなっていた。


「あー、すまん」

 

 クライスはすぐにいつもの調子を戻し、応えた。

 その視線は周囲に向けられる。


「……」


「うおおお!! 肉焼くぞ!! ついてこいや!!」


「暑苦しいな。少しは落ちつけないのか? まったく……」


■さわがしい声は・ある日と違う■


「久しぶりのごちそう……! ここで食い溜めしておく……!! もぐもぐ……!!」


「少しがっつきすぎ! マナーを守りなさい! ヒナ!」


■見知った人たちが、それぞれの楽しさを発露している■


「みんな、楽しそうですね」

 

 クライスの視界にある光景は。

 肉を焼くゴウトと、野菜の皮を剥くミリアム。

 一人で、ならべられた料理をすべて食べてしまいそうなヒナに、ジャスミンが注意をする。


「そうだな」

 

 地面に座るクライスが、右手に持ったガラスコップには、少量のジュースが。


(にぎやかだ)


■そう思って、半月広場の喧騒に呑まれる■


「ヒヒン! 人参うま!!」

 

 夜の中で複数光る照明は、祭りの会場を照らす。


【今日は歓迎祭だ】

 

 会場には多数の村人の姿があった。

 クライスたち、村の新しい住人を歓迎するための催しではあるが、そんなことは関係なしに楽しむ彼ら。

 だが、彼にとってはそれでいいのだろう。


「ふふ」

 

 そんな彼を見てのものか、それとも村人たちを見てのものか、サーシャはほほ笑む。

 広場に設置された多数の机に、広がるおいしそうな匂い。色とりどりの料理を載せた大皿。

 ああそんな光景が・どれほど遠く感じることか――。


「そこで! 勇者ジンは最初のモンスターにやられてしまいましたとさ!」


「早――ぎゃああああああ!!」

 

 村人たちが楽しそうにしている姿は、夜闇の中で妙にしっかりと見えた。

 その一角では、大きな木の台の上で劇を行うジンとトラ太。

 やたらと豪華な装備をまとった勇者ジンが、プロローグで敗北している。


「はい! ここで主人公交代!」


「やったー! おいらが主人公!!」


「えええええ!? 話違うぞ! オレが主人公って!?」

 

 なにやらもめている風ではあるが、劇を見ている村の子供たちはよろこんでいる様子。

 就職者であるジンのパフォーマンスはなんだかんだいって派手で、うけがいいようだ。


(本当に楽しそうで)

 

 クライスの顔が少しにやける。


「クライスさま」


「うおっ」

 

 隣に座るサーシャが見ていることに気付き、顔を戻す。

 気持ち悪いとか思われてないかドキドキ。


「楽しいですか?」


「えっ」

 

 サーシャはいつもと変わらぬ声色で言った。

 その瞳はおだやかで・まるでクライスの心の中に溶けこんでくるかのようだ。

 いきなりそんなことを聞かれた彼は。


「まあ」

 

 ぶっきらぼうに言った。


「フフ」


「?」

 

●■▲


「えー、この村の新たな住人達に~」


「村長! それはもういいました!」


「んん? そうだったかな? 細かいこっちゃ気にするな!」


「ええーっ」

 

 広場の中央で、酔った風な声の村長による演説が響く。

 どうやら彼女の怪我の具合は良好なようで、クライスもほっと一安心。

 彼もまた、他の村人のように村長に惹かれている。

 あの事件以来、ソルジャーと共に村の警備強化に尽力し、さらに村人たちのメンタルケアまで行っていた彼女。

 まさしく村の長というに遜色なく、この場所の心地いい平穏は彼女の存在が大きいのだろう。


「まだだ!! まだ食える!! だろ!!」

 

 なにかスイッチが入ったかのように、大量の肉を焼くゴウト。その顔には汗が浮かび、しかしやたらとテンション高い。


「それ踊れ!! 祭りは楽しくやらないとな!!」


「おうさ!! 我らが仲間を歓迎だ!!」


「ふ、またまた天才カメ朗さまのスキルが発揮されてしまうYO!!」

 

 大きなたき火の周りで、陽気な音楽と共に踊りを披露する村人たち。

 その中にはカメ朗とフジ丸の姿もある。

 いつも通りカメは調子に乗っている。


「勇者ジンは、魔王ジンとして転生して」


「まさかのラスボスっ!?」


「はいは~い。このわたし、ロリンちゃんが次の主人公です! えっへん!」


「誰だおまえ!? いきなり!? ……いやまて! 見覚えあるぞ!」

 

 劇は大きな山場を迎えているようだ。

 いきなり乱入してきたロリンの手によって、魔王ジンはぼこぼこにされた。

 彼女はクライスが見ていることに気づき、かわいらしくウィンクした。


「もう食えません……。フ……こんなに満腹になるなんて……いつ以来でしょう……?」


「食いすぎでしょうっ。もうっ。しかたない娘ね!」


「よくばりすぎた……うう……」

 

 強欲のヒナはジャスミンに背中をさすられ、介抱されている。

 なんだかんだでジャスミンは面倒見がよく、頼りになる女性だった。


「ふむ、悪くない。栄養のバランスがいい」

 

 ミリアムは調理を終えて、料理の食べ歩きを行っているよう。

 その間にもクライスの方を見て、闘志をめちゃくちゃぶつけてくるが彼はスルー。

 というか彼女は現在どこに住んでいるのか気になった。


「……」

 

 祭りは続いていく。

 ゆっくりとその眺めを楽しむ【マサル】は、自分がこの島に来た時のことを思い出す。


(サメ男さんこわい)

 

 トラウマが復活した。


(軌道修正)

 

 ただちに思い出を直し、回想する。


【気付いたら海の上で】


(漂っていたなんてな)

 

 思い返してみても、意味不明な海パン遭難スタイル。

 そうして漂着した島は、これまた不思議極まる地だった。


(サーシャちゃんに出会って)

 

 最初は島を出ようとしていたが、思い直して異世界ライフを楽しむことにした彼。


(村になじんで)

 

 元の世界とは違うが、それはいい意味でだったのだろう。


(本当に)


■この島に来て■


「よかった」

 

 サーシャの声が、抱いた想いと重なった。


「へ?」


「クライスさま、辛そうだったから。わ、私の勘違いだったらすみませんっ」

 

 悲し気なそれは、クライスを心配している。

 しかし余計なお世話と思われないか不安で、おどおどもしている。


「辛そうって」


「あ、あの大会の時も、そうでしたよね……」


「……」

 

 サーシャが言うのは、儀式場を得るための大会。

 クライスにとって面倒この上なかった、なんで頑張ったのかも不明な出来事。


(ゼニゼニタウンでの金稼ぎか)

 

「モニター越しで見ていたあの戦い……と、とても辛そうな表情でした。心配で……私」


「よくわかるな」

 

 感情が顔に出やすいのかと、彼は不安に思う。

 ……あっちの世界では、むしろ無表情だと言われたりしていたのだが。


「本当は戦いたくなんて、ないんですよね」


「ああ」

 

 まるでごまかすことはせずに、彼は言う。


(無駄だからな)

 

 ごまかしても、彼女には効果がないと判断したからだ。

 サーシャには不思議と、自身の心を読まれやすいような気がしていた。


「ご、ごめんなさい。知らずに勧めて」


「気にするな。金のためだ。ああそうだ」

 

 実際、大会出場を決めた理由は莫大な富を求めたがゆえ。

 結局のところ、どれだけ怠慢を決めこもうとしても、動かざるをえない時というのはあるものだ。


「稼げたし満足だー。まあ、ああいう戦いならそんなに悪くも、ないかも」

 

 ふざけている風の脱力声で、クライスは言う。


「……それなら良いんですけど、無茶はしないでくださいね!」


「しないよ」


「……確かに大勇士になるのを見たいですけどっ。それはそれですっ。私なんかのために……なんていうと、さすがにうぬぼれすぎでは……??? はわわ……」


「……」

 

 勝手に反省会を始めたサーシャを横目に、クライスはコップに残ったジュースを飲み干す。

 サーシャのことを想って行動に移したのかと言われれば、それは――。


「まあ。どうだろうな」

 

■力なく言う■


「面倒なのは嫌いだ」

 

 空っぽになったコップを眺めながら、なにを思うのか。


「うるさいのも嫌いだ」

 

 ぼんやりとした目は、どこに向けられているのか。


「この瞬間はどうですか」

 

 さわがしい村人たちを眺めながら、サーシャの問い。

 クライスは一瞬言葉に詰まる。


「んん、まあ」


 相変わらずの脱力スタイルで、クライスは目を細める。

 そこに広がる光景を・見ている。


「次の劇は俺がやりたい!!」


「ずるい私も!!」


「はははは、オレはもう休む……。だまされたぁ」

 

 楽し気な声は尽きることなく、その場に在り続けている。

 ちゃんとそこに在ってくれている。


「燃え尽きたッ!! 悔いなしッ!!」


「休むな。肉を焼け。私は食い足りない。これもトレーニングの一環だ」


「なんだとーッ!?」


 ある者は情熱を、ある者は単純に食欲を。

 歓迎祭は、人々の想いを乗せて激しさを増す。


「ヒヒン! 見よ! この華麗なステップ!!」


「勇士様~♪ 愛しの勇士様~♪ ああ勇士様~♪」


 歌や踊りが重なり合い、雰囲気は愉快なテンポを刻む。


「あー人生とは~、とても短いものなので~」


「村長、誰も聞いてません」


「ありゃりゃ?」

 

 村の長の演説はくどい。

 などとクライスが思っていると。


「なーによ、イチャイチャして」


「ジャスミン」

 

 クライスの前に立つ桃色の少女。

 相変わらずの強気そうな表情が、どうしてか彼に安心を与える。


「お熱いことね。二人共」


「そ、そんなんじゃないよ。まったくっ」

 

(ショック)


 サーシャの否定に、地味に衝撃を受けてしまうクライス氏。

 彼女は小声で「わ、私なんかクライスさまにまったくふさわしくないし……」と言っている。


(そんなきっぱりと)


 サーシャの言葉が聞こえていないクライスは悩み、落胆している。

 やはりラブコメ波動は遠いと感じた。


「ふーん、そうなの。ラブコメ漫画もありかなと思ったのだけど。なんていうかベタな展開じゃない? こういうのっ。ふふふ」

 

 小さい声でジャスミンは言う。

 また漫画の話かと、クライスは漫画脳のジャスミンに少し呆れた。


「まあ良いわ。――本心は分からないものね」

 

 最後にそんなことを口にし、背を向けて去る彼女。


「……」


「……」

 

 その言葉のせいで変に気まずい空気になる、クライスとサーシャ。


「あのクライスさま」


「な、なんだ」


「いえ、その」

 

 少し赤面しているように見えるサーシャを見て、クライスもちょっとおどつく。

 ぎこちない会話が続き、やがて。


「――おお」

 

 クライスの目に瞬く光。

 上空で輝くのは。


(花火)

 

 なつかしい気もする・空の芸術だった。


(綺麗だ)

 

 次々と炸裂する、光の乱舞。

 目にやさしいようにも思えてしまう、あまりに綺麗な光が網膜に刻まれていく。


「というか。動いてない?」

 

 空で輝くそれは、ぬるぬると動いている。


「アニメのようだ」

 

 大きな犬の花火が、夜空を駆け回っている光景。

 二匹の猫がじゃれ合っている姿。

 大きく翼を広げた鳥が、高く高く飛び上がっていく過程。


「ジャックさんの魔導花火ですね」


「魔導花火」


「ワーク山で採れるキノコを使うんです! ……ふふ、いつ見ても不思議だなぁ」


「キノコ」


【いつかのキノコ狩り】


「あれか」

 

 クライスは納得いった風に、首を縦に振った。


「綺麗ですね」

 

 光の鳥が丸い軌道を描き、自由に飛び回る。

 まるで、心を束縛するものがなくなって、己のしたいことを自由にするかのように。


「……」


【その光と音は・自然に耳に入ってきて】


(乱れが襲ってきた、あの時)

 

 平穏な今を噛みしめながら、気付いた彼。

 自身の気持ちの一片についてだ。


(この村を守りたいと思った)

 

 失いたくないものが増えていることに・気づいた。


【よう!! 買ってけ!! 熱血割引だ!!】


【クライスさん……借金がっ。このままではわたくし……あんなことやこんなことな目に……ッ】


【おー、今日も野菜がいっぱいだぁ。もっていきなぁ】


【今週のジャンパーの見所は、やっぱりあの急展開よね!!】


【じゃあ、一緒に散歩しましょうか!】


■穏やかに■

■ゆっくりと■


(いつのまにか、大切になってたらしい)


 流れた想いは一瞬で。

 されど、それはとても重く響く。

 

「サーシャちゃん」


「はい」

 

 言い忘れていた言葉を、マサルは彼女に伝える。


「悪くない」


「そうですか」

 

 二人は一緒に、花火のように眩い時を生きる。


(いつか見た日常アニメのような――そんな光景)

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