2Eギフテッド 個性か、発達特性か
娘の困りごとについて考えているとき、私はずっと、「発達特性とは何なのだろう」と考えていた。
そして、発達特性について深く知れば知るほど、全てが発達特性だと気がついた。
すぐ忘れる。
片付けをしない。
ずっと動くか喋るかしている。
ものをばら撒く。
とにかく回る。
言うことを聞かない。
偏食。好き嫌いが激しい。
過集中。
私は長い間、発達特性を困りごとだと見ていた。けれど、発達特性とは、マイナス方向にだけあるものではないと気がついた。
娘の強みになっているものの多くが、発達特性のプラスの部分だとわかったからだ。
空間を立体的に把握すること。
頭の中で配置を組み替えること。
ルールを作ること。
工程を考えること。
身体を使って感覚を理解すること。
好きなものに深く没頭すること。
全てが発達特性の表と裏だった。その時私は、娘の特性とはレゴブロックみたいなものだと、自然にイメージした。
娘はレゴブロックが好きだ。リビングに置いてある娘の一軍おもちゃの中で、あの黄色い箱が一番目立つ。それどころか、雑多なリビングで一番存在感を放っている。
ブロックには、いろんな形と色がある。
四角いもの。
細いもの。
大きいもの。
細かいもの。
タイヤ、人形、花。
それから、変わった形の接続パーツ。どうやって使うのか、よくわからないパーツもある。
娘の脳には、カラフルな四角いブロックと一緒に、そういうよくわからないパーツがたくさん入っているのだと思う。
それが、発達特性なのではないだろうか。
一見、これで何が作れるのかさっぱりわからない。けれど、一度スイッチが入れば、他の人が思いつかないようなものを組み立てる。
どんなブロックを何個持っているかは、人によって違う。
それに、仮に全員が全く同じブロックを使っていたとしても、全く同じ物が出来たりはしないだろう。
最近私は、娘の個性だと感じていたものが、全て発達特性だったと気がついたとき、娘にしかないはずの個性がどこにあるのかを見失った。
工作が好き。それは、不足した刺激を自分で補おうとする特性だった。
ルールを作りたがる。それも、予測できない世界で自分が主体になるための特性だった。
彼女が踊ることすらも、個性ではなかったのかと疑った。
ずっと、私は娘は踊るのが好きな子なんだと思っていた。音楽が流れると踊る。 待ち時間にも踊る。 突然くるくる回る。 身体が止まらない。
だから私は、それを個性だと思っていた。活発な子。 表現が好きな子。 ダンス好きな子。
それを、娘は踊りたい子ではなく、 踊らずにはいられない子なのだと捉えると、踊りは発達特性となる。ADHDの衝動性と見えるからだ。
そうではないと思う。
娘にとって踊りは、考えるためのもの。 感じるためのもの。 理解するためのもの。
ただの降って湧く衝動ではない。
娘はあらゆる情報を、頭だけで処理するより、動きながらの方がうまく処理できる。
指で触る。 並べる。 組み替える。 歩き回る。
だから踊るのも、表現だけのためではない。
音。 形。 空間。 連想。 感情。 思いつき。
それらの情報が溢れそうになると、娘は身体を動かす。くるくる回る。 跳ねる。 ポーズを取る。 即興で、思いのままに踊る。踊りながら、歌う。
身体を動かしながら、脳の中で停滞した情報を整理している。
つまり、脳の中で停滞した情報を整理するために、踊りを選択したのは娘の個性なのではないか。
娘だと思っていたものが、どんどん特性という名前に置き換えられていく感覚があった。
では、娘はどこにいるのか。
特性を全部取り除いたとき、そこに何が残るのか。
もしかして、何も残らないのではないか。そう思ったとき、私は怖くなった。
けれど、そこには個性もあった。同じような特性を持っていても、数字に向かう子もいる。言葉に向かう子もいる。収集に向かう子もいる。空想に向かう子もいる。
娘はたぶん、「仕組み」に向かっている。
迷路。地図。案内図。要塞。ルール。配置。動線。空間。
娘は昔から、どう繋がっているかを見るのが好きだった。気になったものは投げ、裏返し、分解した。
娘は遊びを始める前に、延々とルールを作る。
工作をすると、工程に夢中になる割に、完成品には無頓着だ。
例えば、娘はおもちゃを持ったまま、それで遊ばずにお喋りをする。その時、遊びが始まらないように見えるし、そのおもちゃは必要のないものに見える。
けれど、娘の中では、おもちゃ遊びがもう始まっているのだ。
どう動くか、何ができるか。仕組みがわかれば、それで十分だった。
実際に動かすことより、仕組みを理解することが、娘にとっての遊びなのだ。
もちろん困りごとはある。今後、生きづらさも出てくるのだろう。
大勢のための普通の中では、うまく動けない場面もある。
それでも。娘の脳に入っているその特殊なブロックを、取り除く必要は全くないのだ。
娘が自分の世界を作るための、大切な材料なのだから。




