見えなくなると、気持ちも消える
私はたまに、娘が学校に行っている間に部屋を片付ける。だが、娘が帰ってくると、すぐにまた散らかる。
なんで娘は片付けができないのだろうと思っていた。けれど、そんな事は考えるだけ無駄だった。
娘が小学校に入学して、なぞり書きの宿題が出だした。娘はなぞり書きが雑だ。線からはみ出る。同じプリントの中にある絵に至っては、なぞりすらしない。先生に言われて渋々一つだけなぞると、個人懇談で聞いた。
課題だとわかっているから、最低限はやる。でも丁寧にする理由がない。娘の手も脳も、正直だ。絵のなぞり書きなど、やる意味すらないとでも思っているのだろう。
先生に言われて、渋々一つだけやる。ルールは理解している。ただ、納得していない。
そんな娘だが、学校の机の引き出しに物を入れる時は、レイアウトに凝って丁寧に整える。同じ手で、同じ子が。
なぞり書きの文字は彼女にとって無意味だが、引き出しの中の品々は、物語の登場人物そのもの。自分の意図が介在するとき、彼女の手は魔法のように丁寧に、正確に動く。
その引き出しは、彼女がここには何があるべきか、最適解を導き出し、完成させた世界なのだ。
だから学校の机の引き出しは、片付ける事ができる。
今思えば、あのなぞり書きのプリントは、娘にとって学校生活そのものだったのかもしれない。
自分の意図が介在しないルールに従い、正解とされる線を雑になぞり続ける毎日。そこには彼女の心が動くような楽しさがない。だから、手はどこまでも正直に、その無意味さを乱雑になぞり続けてしまう。
そして机の引き出しは、彼女が自分の意図で、イキイキと完成させた世界だ。引き出しの中で、ノートはきれいに重なっている。
家のテーブルの上では、ノートは使ったまま放置されている。
ノートが見えていれば、娘は何かを書く。ノートを見て、書きたくなって、書く。書きたいから道具を探すのではない。道具が見える事で、書きたい気持ちが生まれる。
私にとっては全てただの書きかけのノートだけれど、娘にとっては一冊ずつ独立した存在となっている。書きたいものが、それぞれで違う。
全ての出しっぱなしに、意味がある。
ノートは、彼女にとって、見えている間にだけ存在している。見えないと、もう、書きたい気持ちすら生まれない。
小さい子はかくれんぼで目をつぶる。自分が見えなければ相手も見えないと思っている。娘も小さい頃そうだった。
娘の中に、それと似たルールが残っている。物だけじゃない。人も、気持ちも。時間も、たぶんそう。
先月のバレエの帰り、一緒にシール交換をした2人の子に置いて行かれたと思って、娘は落ち込んだ。2人とバイバイをした時はまだ悲しんでいたのに、車窓から2人の姿が見えなくなった瞬間、切り替わった。
悲しみが消えたのではない。悲しみの対象が見えなくなって、気持ちも消えたのだと思う。
日記も苦手だった。その日の出来事を思い出して書くという事が難しそうだった。娘にとって見えなくなった出来事は、もう存在しない。存在しないことは、書けない。
娘はお友達への手紙に「なつやすみあそぼうね」と書けなかった。夏休みに一緒に何をするかが具体的に見えないから、一緒に遊ぶイメージが浮かばなかったのだろう。なのに「らいねんもいっしょにおはなみしようね」は書けた。先日一緒に楽しんだお花見は、来年も一緒にしているイメージが見えた。だから、来年も一緒にしようと書けた。
工作の材料は少し違う。使いたいものを思いつくと、どこかにあるはずと記憶を探して見つけてくる。自分の意図が先にあるとき、娘は見えないものを思い出せる。
逆の事も起きる。
売り場で「これ欲しい!」と言っていたおもちゃを、買った途端に触らなくなる事がある。単純に飽きっぽいのだと思っていた。
そうではなく、娘は欲しがりながら、すでに頭の中で遊び終わっていたのだ。
見ているうちに、どう遊ぶか、どんな展開か、全部思い描いて、理解して、頭の中で遊ぶ。だから手に入れた頃には、興味がなくなっている。
ノートは見えないと存在しない。おもちゃは、見えた瞬間に完結する。
娘が出しっぱなしにするのは、だらしないからではなく、それが彼女にとって正しい状態だからだ。見える場所に置く事で、自分の世界を維持している。
子ども部屋とリビングは、遊んでいない娘のおもちゃでいっぱいだ。全然遊んでいないのに、どれも処分したら駄目だと言う。
物が存在している限り、その物との関係は終わらない。もう捨てるよと言うと、娘は思い出したようにまた遊ぶ。
娘は、自分が忘れやすいと気づいている。だからおもちゃを捨てないでと言う。描いた絵は貼っておいてと言う。忘れると消えるとわかっているから、好きだったものの存在を守るために、溜める。
私はわかっている。片付ける度に、娘のやりたい気持ちが消える事を。
それでも片付ける日がある。何事にも限界がある。だからなるべく限界までは置いておいて、片付ける。
娘の中からその存在が消える事を知りながら…
それでも、私の自己満足かもしれないけれど、ノートと鉛筆だけは、テーブルの上に置いておくようにしている。
娘が、いつでも自分の世界に戻ってこられるように。




