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2Eギフテッドとドーパミン

娘の「やる気」は、最初から存在しなかった。


娘はトルコ行進曲が好きだ。モーツァルトが書いたあの曲を、踊りながら体ごと感じながら聞く。けれど、いつかトルコ行進曲が弾きたいと言うとき、彼女の目は静かだった。


長い間、私は娘をやればできる子だと思っていた。

発表会ではちゃんと踊る。卒園式も、ちゃんとできた。それは娘が自分でやると決めたからだと思っていた。


だから意志があればできる子なのだと思っていた。できる、できないは、やる気の問題なのだと…


でもそれは、間違いだった。やる気ではなかった。脳が反応する条件が、揃っていただけだった。


ドーパミンは、やる気ホルモンと呼ばれることが多いけれど、正確には違うようだ。予測と動機づけを調整する物質らしい。


これは面白いとか、これは自分で決めたとか、これには意味があるなどと脳が判断した時、ドーパミンは先に出る。やる前から、神経系が整う。


発表会という緊張場面では、緊張そのものが脳を整える燃料になる。だからやれる子に見える。でも緊張が切れた瞬間、反動が来る。発表会の帰り道に暴走するのは、脳が一気に取り返しにいくからだ。よくできましたの直後に荒れるのには、ちゃんと理由があった。


義務の場面、強制の場面、やらされている場面では、この仕組みが働かない。同じ子が、全然違って見える。


私は娘の存在していないやる気を、ずっと探していた。そう気付いてから、日常の場面が違って見えてきた。


食事中、足が止まらない。食器でリズムを取る。以前は行儀が悪いと思っていた。でも今は知っている。脳が静止に抵抗している。体を動かすことで、自分を整えようとしている。やめさせると、むしろ食事に集中できなくなる。


娘はマイクラで何時間でも遊べる。ある時、ゲームの中にポケモンのモンスターボールを作っていた。誰かに教わったわけではない。球体に見えるように、自分で納得するまで何度も作り直した。完成した時、私は思わずその画面を写真に撮った。娘は「もっと撮っていいよ」と言った。

その一言が、ずっと残っている。


娘の頭の中では空間設計・予測・達成が高速で回転し、試行錯誤の度に脳が反応し、脳が最も得意な方法で、自分を整えている。


踊る時、娘は全部出しきる。音楽のリズムに体を合わせる行為は、感覚統合的に自分を整えるらしい。しかも踊りは自分で始められる。必要な時に、自ら踊り出す。


食器でリズムを取りながら、落ち着きなく見えるこの行動で、娘はずっと落ち着こうとしていたのだ。


ピアノの練習で、娘は楽譜を見ない。指で音を探し、弾きながら歌う。一音ごとに「これじゃない」とやり直しながら、合う音にたどり着く。


楽譜を見ればいいのに、と何度も思った。でも彼女が探していたのは楽譜の音ではなかった。自分が「気持ちよくなる音」だった。正しい音ではなく、納得できる音。指で確かめ、耳で調整し、身体で一致させる。


娘が言った。自分には指に耳があるのだと。



その言葉を聞いた時、マイクラのモンスターボールを思い出した。納得するまで何度も作り直したあの時間と、一音ごとにやり直すこの時間は、同じなのかもしれない。


脳が正解ではなく、一致を求めている。外から与えられた答えではなく、自分の内側と合う場所を、手で探している。



娘が好きな曲を並べると、脳の設計図が見えてくる気がした。

モーツァルトのトルコ行進曲と、ベートーヴェンの運命と、歓喜の歌だ。三曲に共通するのは、強い出だしだ。弱く始まらない。予告なく来る。脳への奇襲。一瞬で覚醒レベルが上がる。そして振れ幅が極端に大きい。静と動、弱と強、暗と明の落差が激しい。脳の溜めと放出が、曲の中に最初から設計されている。


娘は、高い和音は天国で、低い和音はブラックホールで、その間にある音が地獄なのだと言った。地獄はブラックホールと天国の間にある。その宇宙論を、6歳が作った。


そんな脳が、平坦な曲より落差のある曲に引き寄せられる。ブラックホールから天国までを音で往き来できる子が、運命とトルコ行進曲を好きなのは偶然ではなかった。



ギフテッドの脳は、ドーパミン系の感受性が高いこらしい。知的刺激・新しい問い・深く没頭できるテーマには脳が大きく反応する。


逆に、繰り返し・単純作業・意味を感じられない課題にはほぼ反応しない。落差が大きい。だから、なぜこんなことができないのかという場面が生まれる。


ギフテッドと発達障害を併せ持つ子は、2Eと呼ばれる。その感受性が高く、かつ調整が不安定という二重構造。振れ幅が極端に大きくなる。


発表会で完璧にできて、帰り道で暴走する。好きな音楽の涙と、生きる事の波が、同じ脳から来ている。


食事中に足が止まらない子と、ピアノで納得できる音を探し続ける子は、同じ子だ。同じ脳の、表と裏だ。


指に耳がある子が、楽譜を見ないのは当然だ。ブラックホールから天国まで音で往き来できる子が、平坦な曲に引き寄せられないのは当然だ。


娘は変わっているのではなく、別の正確さを持っている。娘を理解するのが難しく見えたのは、間違った地図で辿り着こうとしていたからだと今は思う。


やる気・お行儀・集中力・意志。そういう言葉で測ろうとする度に、ずれた。

でも別の地図がある。脳の反応で見ると、娘の全ては一貫している。


地図さえ変えれば、この子はとても読みやすい。しかも娘は自分を隠していない。楽譜を見ないことも、足が止まらないことも、発表会の後に暴走することも、全部そのままやっている。


理解が困難に見えたのは、娘が複雑だったからではなかった。私の地図が、合っていなかっただけだった。


調べていくうちに、別の場面も繋がってきた。夏、暑さで娘が崩れる。以前はなぜかわからなかった。でも熱ストレスが脳のバランスを崩すと知ったとき、またあの感覚が来た。これも繋がった。


暑さで荒れるのも、発表会の後に暴走するのも、食事中に足が止まらないのも、全部同じ脳の話だった。


やる気だと思っていたものが、条件反射だった。その事実は、少しだけ静かな衝撃だった。娘を責めていたわけではない。むしろ信じていた。自分で決めた事はやり遂げる子だと。


でもそのやる気は、最初から存在していなかった。存在していたのは、脳が反応する条件だけだった。信じていたものの名前が、変わった瞬間だった。


ではこの子に、やる気はないのか。


そうは思わない。いつか、という言葉の中に、やる気がある。今すぐ条件が揃わなくても、いつかトルコ行進曲を弾きたいと言える。まだ弾けない曲を、まだ来ていない未来に静かに置いておける。それは条件反射では出てこない。


これじゃない、という言葉の中にも、やる気がある。合わない音を合わないと言い続け、自分の内側と一致する場所を手で探し続ける。その、これじゃないも、きっと条件反射ではない。


娘のやる気は、ドーパミンが届かない場所にあった。


「いつかトルコ行進曲が弾きたい」と娘は言った。


今すぐではなく、いつか。衝動的に見えるこの子が、遠い目標を静かに持っている。その「いつか」に向かって、今日も音でブラックホールから天国までを往き来している。その「いつか」が、未来に向けて動いている瞬間だと思う。


娘のやる気は、最初から存在しなかった。存在していたのは、脳が反応する条件と、反応しない条件だけだった。そしてそれを知った時、できない場面を責める気持ちが、すっと消えた。


じっとしていられない身体と、いつかトルコ行進曲を弾きたいという静かな目。それは矛盾していない。同じ脳が、ただそこにあるだけだ。


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