6歳2Eギフテッド 自分図書館を開館②
娘が4歳から描き続けている、ハートちゃんのことを書こうと思う。
娘が初めてハートちゃんを描いたのは、4歳のときだった。
スーパーでハートちゃんたちがかくれんぼをするストーリーを、5ページにわたって描いた。矢印でストーリーが進む絵本だった。
まだ書けないひらがなもあり、ここはママが書いてと言われて一緒に作った。
ハートちゃんは、娘より1歳年上の女の子だ。
年中のとき、1年生になる話を描いた。年長のとき、2年生になる話を描いた。常に娘の「一歩先」を生きている。
怖い場所に、先に行ってくれる。
振り返ってみると、ハートちゃんが登場する物語の舞台は、娘が苦手だったり不安だったりする場所ばかりだ。
スーパー、学校、旅行先。ハートちゃんが先に行って、ちゃんと帰ってくる。
その物語を描くことで、娘は「あの場所は怖くない」という記録を自分の中に作っているのかもしれない。
脳内リハーサル、という言葉が浮かんだけれど、それより少し豊かな何かだと思う。怖い場所を物語の中に置いて、自分でコントロールできる場所にしようとしている。
最初はイマジナリーフレンドなのかと思ったけれど、娘にとってハートちゃんはもう一人の自分なのかもしれない。
ハートちゃんの物語は年に数回、気が向いたときに描かれる。紙に気がついたら描く、というくらいの自然さで。
娘は図書館ごっこで「大人気」と書いてハートちゃんの絵本を並べていた。架空の読者に向けて。
同時期にハートちゃんシリーズとは別の絵本も描いていた。
かわいいふたりの女の子がお散歩をして、何かに驚くお話だった。
娘にとって怖くない場所は、ハートちゃんではないキャラクターが登場するようだ。
年長になって動物図鑑も作った。
ストーリーもセリフもない。ただ世界がある。
波の層が何重にも重なって、魚が飛び跳ねている。ワカメだけ、色画用紙を切って貼っていた。
他のページでは森の木の手前と奥で大きさを変えていて、どこで学んだのか、遠近法を使っていた。
絵は描くものだという、固定観念がない。切ったり貼ったり、思いついたものは何でも使う。
最近では、立体的な飛び出す絵本を作るようになった。扉や窓をめくる仕掛けも好きだ。
描く、書く、切る、貼る、作る、並べる。
娘はいつも、何かをアウトプットしている。絵で、工作で、踊りで、音楽で、頭の中にあるものを全部。
怖いものも、かわいいものも、海も、森も、世界全部を。
今回は図書館だった。博物館も作りたいと言う。自分の安心できる世界を作るために、娘は作り続ける。
4歳の彼女がハートちゃんを生み出したように。
娘にとって、世界が怖いものではなくなる日も、そう遠くないのかもしれない…




