6歳2Eギフテッドは、自ら世界を作り変える
どこでも娘の舞台になる。
どこでも踊る。スーパーでも、公園でも、廊下でも。歌いながら、ナレーションしながら、踊る。
「ここは舞台だ」と思ったら、もうそこは舞台になる。段差があれば上に立つ。広い場所があれば走り出す。空間を自分のステージに変えてしまう。
最初は落ち着きのない子だと思っていた。でも違った。
この子は表現せずにいられない子なのだ。
娘は作り手として生きている。
踊るだけじゃない。自分で遊びを作って、友達を誘う。ブロックで仕組みを設計する。砂場に街を作る。迷路を描く。マイクラで世界を作る。ごっこ遊びでは必ず演出家になる。
この子はいつも作る側にいる。
言葉遊び・ダジャレ・しりとりが好きで、算数や理科にも目を輝かせる。なぜそうなるのかを知りたくて、仕組みのある製作が特に好きだ。
昨夜は、自分の図書館と博物館を作りたいと、これまで自分で作った作品、描いた絵本や動物図鑑にバーコードを書き入れて、オープン用のポスターを書いていた。
頭と身体と言葉が全部つながっていて、全部が「表現」に向かっている。
同時に、この子はとても怖がりだ。
戦うアニメが見られない。悪役が悪いことをするシーンが怖い。暗いのが怖い。人の目が怖い。人の形をした人形が怖い。人が出てくる絵本が不気味に見える。
五感すべてに感覚過敏がある。音・光・触感・匂い・味、全部が人より強く入ってくる。感情の刺激にも同じように過敏だ。
外から見ると、エネルギッシュで明るくて、人を巻き込んでいく子に見える。でも内側は、世界がとても怖い。
だから、世界を作り変える。
今日、本当にたった今、私はそれに気付いた。
この子が「舞台化」するのは、ただ楽しいからだけじゃない。怖い世界を、自分が安心できる世界に作り変えているのだと。
自分がナレーターなら、何が起きるか自分で決められる。自分が演出家なら、怖いシーンは入れなくていい。自分が主役なら、世界は自分のものだ。
ごっこ遊びも、舞台化も、遊びの設計も、全部「自分がコントロールできる世界」を作ることだ。
自分で描いた絵本や図鑑なら、不気味な人や怖いものは出てこない。
知的好奇心が強すぎるのも、知らないことが怖いから、全部を知りたいのかもしれない。
6歳が無意識にやっている。それがこの子の、世界との付き合い方だ。
娘には完璧主義がある。
理想が高い。失敗を人に見せたくない。だから自信がない時はふざけて、やらなくていい状況に誘導することがある。
ふざけているように見えるけど、本当は真剣だから逃げている。逃げても、本番ではちゃんとやれる。
完璧主義は、怖がりと表裏一体だ。うまくできない自分を見られることが、怖い。
限界を超えると嵐になる。
過集中・過興奮・衝動性、全部強い。
限界まで興奮すると、制御不能になって暴力や暴言が出る。その後はけろっとしている。本人の中では嵐が過ぎてリセットされている。
暴力は親にだけ向かう。一番安全な場所だから、家では全部出せる。それは信頼の裏返しだと思う。
完璧主義で失敗は見られたくないのに、ちゃんと「わからない」が言える。これは娘の強みだ。
ピアノやバレエの発表会ではちゃんとやる。幼稚園ではあまり困らなかった。たぶんこれからの放デイやこれまでの療育でも、安心できる場所では力を出せる。小学校も、そうであってほしい。
今まで、ただの過度激動と言う言葉でまとめてしまっていた。
この子は毎日、怖い世界を自分で作り変えながら生きているんだ。
それって、多分かなり頑張っている。
本人は頑張っているつもりがないかもしれない。ただ生きているだけで、とてつもないエネルギーを使っている。
6年以上一緒にいて、やっと気付いてあげられた。
全部、繋がっていたんだ。娘は、世界が怖いんだ…
けれど、私が娘の安心できる場所になれていること、娘の安心できる場所を増やしてこれたことは自信を持っていいのかもしれない。




