09 王立情報館
俺たちが寄り道せず直通でたどり着いた場所は、巨大な王都の中でも城に次いで最も大きくて荘厳な建物だった。上を見上げるだけで首が捻挫しそうであり、確認できただけで三角・四角・円の形をした窓があちこち貼り付けられていた。看板には「王立情報館」と書いてあったのを目視した。御伽噺から飛び出してきた魔法の家のような不思議で奇妙な外観だったが、歴とした機関による施設らしかった。
入り口は不思議なガラス張りで出来ており、覗くと中が透けて見えるのは共通するところだが、人間の接近を感知すると自動的に扉が大きな楕円状の形にぐにゃりと穴が開いて広がり、中に入れるようになるという仕組みなのだ。そして人が通った後は再び穴を塞ぐように戻った。
なんとなくスライムにも似ている柔軟性だが、コンコンと拳でこづいてみた感触では紛れもなく防弾ガラスのそれに匹敵する硬さを誇っていた。さながら魔法性の自動ドアといったところだろうか。流石は王都。異世界のトンデモ事象を詰め込んでやがる。
見慣れない施設ではしゃぐ子供を導く親のように「こっちよ」とレヤンロの指示が聞こえたので、目の前の摩訶不思議現象を置き去りにして行った。
外観の超常現象に負けず劣らず、施設内は異世界さながらの魔法図書館とでも言うべき世界が広がっていた。
あちらこちらで本が赤やら紫の光に包まれて宙に舞っており、人の呼びかけに応じて本たちが歌うよう、踊るように飛び交っていた。
王立情報館を名乗るだけあり、その本の数も尋常ならざる量があり、壁はすでに本棚の塔になっていた。そして本棚にはざっと数百は本が規則的に並べれており、それが幾重にも連なって塔になっているのだから、その規格外さは推して知るべしだろう。しかも塔は一つではなく壁一帯の全てだ。あまりの量に、軽く数えているだけでも立ちくらみを起こしそうになる。
例えるなら高さスカイツリーの東京ドームに図書館を詰め込めるだけ詰め込んでみました、というような感覚だろうか。いや、余計わけわからない。
元世界における昨今のなんでもなんちゃらドームで例える姿勢はあまり好きではなかったが、この世界にもそういった例えに使える杓子定規はあるのだろうか。
踊り狂う本たちと人だかりをすり抜けてレヤンロは右手にある受付に向かった。
「すまないが急ぎの用があって参ったのだが、この資料を元にある人物を探し出して欲しいのだ。頼めるだろうか?」
受付のいらっしゃいを待たずに不躾に資料を机上に出しても、嫌な顔一つされないあたり、顔見知りの常連なのかもしれない。
赤い輪郭の丸い眼鏡をかけた受付の男性は「少々お待ち下さい」と言って、背後にある扉へ入って行った。
誰かを呼びにでも行ったのだろうか。裏ではなにか受付の男性の声に混じって話す声がうっすらと聞こえてきた。
間もなく受付の方が戻ってくると「こちらへどうぞ」と、レヤンロを受付の奥にある不思議な扉へと案内した。
「さぁ、みんな行くぞ」
レヤンロがそう言ったということは、今の一連のやり取りでここへ入る許可を得たということなのかもしれない。
半信半疑に受付の奥へ向かうと、机が足をすり抜けた。その怪奇現象にぎょっとしている暇もなく、後ろからジュアンやテームたちが次々と押し掛けてきた。
全員が入り終わると同時に扉は閉まり、完全に見えなくなってしまった。
「心配するな。また戻る時になれば扉は開く」
消えてしまった扉があった本棚の前であたふたしていると、レヤンロが教えてくれた。魔法とはかくいうものなのか。
あちこちで常識外れな物を目の当たりにしてたが、ここにきて一際別次元な領域に踏み入れているのが分かった。
好きなタイミングですり抜ける机とか欲しいなあ……。
定期的に魔力でメンテナンスとかしなきゃいけないのだろうか。木材も朽ちることのない素材とか使われているのかな。
すごいや、一気にファンタジーじみてきたぞ。異世界って素晴らしいじゃないか。
受付の奥にあった部屋は、五人全員が入っても狭さを感じないどころか余り切って広過ぎるほどの大容量を誇っていた。
流石に外ほどは無いものの、本棚や本もそれなりにあり、美しい紺色のカーテンが閉められた神秘な空間だった。
部屋を見回していると、やがて一人の真っ黒な制服を身につけた白髪の男が階段を降りてこちらに向かって来た。
「皆さん。ようこそ王立情報館にお越しくださいました。私は人探し専門の部署を担当するカンティレス・ルーリレアと申します」
バーテンダーのテーラにも似た純黒の衣装には、三つ星が彩られた豪華なブローチが付けられていた。
髪は灰色に似た白髪の片目が隠れるボブカットであり、チラリと見える瞳は左右対称で色の異なる赤と青のオッドアイだった。
顔立ちもこれまた見事に整っており、ここに至るまで(言っちゃ悪いが)それほど格好良い男に出会ったことない俺にとっては、彼こそが初めて目にする所謂イケメンに分類される容姿端麗な男性だった。年は、はてさて二十代後半だろうか。一つ一つの所作や顔立ちから、優しくも頼り甲斐のある大人の風格を漂わせていた。少なくとも俺なんかよりも年上なのは間違い無いだろう。これでショタとかだったらもう笑うぞ。絶対。本人の目の前で。
手袋を上品に擦りながら階段を降りると、早速蝋燭の並んだ長い円卓の置かれた、豪華な絨毯やシャンデリアが飾りつけられている部屋に連れて行ってくれた。
お客様特別の部屋なのか、この一角だけ他のどの部屋よりも手の込んだ装飾がなされていた。壁には誰のものかわからないが、美しい女性が微笑んでいる絵画や、ライオンのような獣の剥製がかけられており、明らかにそれまでの空間とは違うのが肌で感じ取れた。
燻んだ金の縁が眩しい真っ赤な席に座ると、まもなくルーリレアも席についた。
「皆さんが追っている例の罪人ですが……既にこちらで情報が出揃っております」
ルーリレアが指を小気味良く鳴らすと、紙の束が宙を舞って五人全員の眼前に着地した。
そこには金髪で眼鏡をかけた細い目をした男がいくつも映っていた。
「彼の名前はジア・キーンズ。出自はここより遥か東にそびえる大国ウロヴァンスの領土にある小さな農村コリレッグだ。父母共に彼が六つの時に村を襲った疫病で亡くなっており、本人もその数年後に村からそう離れた位置にない雪山で両親の後を追うように亡くなっているのが確認されています」
白髪の男の口から淡々と告げられる件の人物の事細かな事実に、俺は驚きを隠せなかった。
今こいつは俺たちの目の前でこのジアってやつが「死んでいる」と表現したのだ。それが事実なのだとしたら眼前で紙に映し出されている男はどうなるのだ――と。
そんな俺の疑問を読み取ったのか、ルーリレアはこちらを見てにこっと優しく微笑んできた。
やめろその心の内を見透かすようなイケメンスマイル。女子じゃなくてもどきまぎするわ。
「今の私の発言から恐らく皆さんも懸念されるであろう事象――。ならばこの少年は現在死人ではないのか。しかしながらこうして各地で目撃証言が上がり、天下の我らが王都情報館もそれを突き止めている。つまりは、生ける死人ということになる、と」
不気味な事態に際しても、その儚げで美しい微笑みを崩すことなく説明を続けていた。
「端的に申し上げさせていただきますと――その通りです」
しかしそれにより、もっととんでもない事態に俺たちは直面することになった。つまりそのジアは死人でありながら、生きて悪霊の如くこの世界に現れ、成長を続けているのだ。
幽霊の類などは全く信じてこなかった俺も、この世界ではそんな不可思議な現象を信じざるを得ないのかもしれない。
だが、俺が早合点する前に彼は「ただし」と付け加えた。
「正式なこの世では間違いなく彼は死んでいます。現に遺体の葬儀を取り行ったのも、何を隠そうこの王都の地に住われる葬儀屋の方なのです。その方によると、彼の遺体は完全に燃え尽きて遺骨となって今も雪山の高台に埋められているそうです」
段々と不気味なオカルトチックに変貌していく話を、怪談話でもするかのようにルーリレアは、揺らぎゆく炎の立つ蝋燭の前で語った。
「つまり彼は正式では無い何らかの禁忌によってこの世に再び生を受けた――。ということだな? カンティレス」
「ご明察にございます。流石は暁の翼竜が当主、ミュピリポス・レヤンロ様」
語られるほどおぞましい話にも、未だその笑みに綻びはなくルーリレアはレヤンロを両手で褒め称えた。
彼の今述べた「暁の翼竜」とはレヤンロの正式なパーティー名かなにかだろうか。フルネームで名前を呼んだことにもさして反応を示さず、レヤンロはむしろ答えが分かっていた、とでもいうかのように腕を組んだ。
「その通りです。ジアは人間世界での生を終え、紛れもない死人となった後に悪魔と契約を交わし、悪魔憑きの人間として第二の生を与えられたのです」
第二の生、という言葉に若干の反応を示さずにはいられなかったが、この世界にも転生のような概念はあることにはあるらしい。禁忌らしいが。
「もちろんそんな事、この世界では許されざる重罪です。悪魔と接触するだけでもたいへんな罪だというのに、彼はその力を借りて生を二度も授かったに飽き足らず、あろうことか悪魔と手を結び、人間社会に反逆の意を示し続ける信じがたいほど罪深き人間です」
その場に流れた不穏な空気に同調するように火がゆらゆらと揺れた。
「彼は単に悪魔手を結んだだけではなく、さらに上級の魔物たち、つまり魔王軍とも繋がりが深い可能性があります」
ここにきてファンタジーの敵役、魔王軍の存在が明らかにされた。一見自由奔放に見える魔物たちも、上の存在からきちんとした指揮の元、各地に配置されているようで、人間を虐げるもの、奴隷にしているもの、うまく人間の街に溶け込んでいるものなど多数らしい。
「王都の入り口には強力な結界が張ってあるので、並大抵のものでなければ人間に化けて忍び込む、なんてことはできないはずだ。それに何か問題が起きれば、直ぐに王立魔導騎士団が駆けつけて事態の収拾に向けて動き出す。つまりここにいる間はキミたちの安全は保証されているから安心するといい」
その聞くからにいかにも強そうな者たちに任せれば大丈夫という絶対的な安心感が、こちらにも伝わってくるほどだった。
まぁなんかあれば俺が半裸でダサいポーズ取っていれば何とかなるとは思うが。
ルーリレアによるとグリドも魔王軍の一角であったことは間違いないという。そんじょそこらの魔物とは比べ物にならず、いち冒険者では到底太刀打ちできないほど強い悪魔であったという。
俺がチート能力を持っていたからあんなギャグみたいな形で終わらせられたものの、もしレヤンロ一人で挑んでいたなら敗色は濃厚で、たとえあの強い「暁の翼竜」の皆さんが同時にかかっても勝算は薄かったかもしれない――と今となっては思う。
そして。
悪魔憑きの罪人ジアが呼び出す魔物は、そういった魔王軍指折りの実力者たち。
彼らと一体どんな契約をなぜ結んでいるのか、どんな目的で行っているのか、それは明らかになっていないが、ルーリレアに渡された情報によると、彼は悪魔の力を借りたとてつもない移動魔法を使うらしく、彼を追うことができないのもその魔法に起因するという。
「更にいうと彼自身も悪魔憑きのため、相当に強い。目撃者が上がりにくいのも、みんな彼によって惨殺された可能性が浮上してきたのです。そう。数年前、そんな彼と戦って生き残った軍隊がいたのさ」
それが王立魔導騎士団だとルーリレアは言う。
戦力差は明白で、その時はジアの大敗だったらしいが、王立騎士団相手とまともに戦って生き残っている方がおかしい中、彼は大敗を喫したにも関わらず、その追跡を振り切って今もなお犯罪を続けているので、やはり只者ではないのだろう。
そして同時にそれは貴重な唯一の、彼の強さを証明できる文字通り生きた目撃情報でもあった。
「この王都中でも彼は指名手配されており、懸賞金も掛けられているんだ。見つけた報告だけでも金貨十枚に相当し、もしも万が一。生きたまま捕まえでもしたら金貨数千――いや、数万枚は下らないだろうね」
この世界の金貨や銀貨は果たしてどれほどの価値があるのか、俺には全くわからなかったが、俺を除いた全員はその値打ちに表情を崩さざるを得なかった。
まず真っ先に金貨十枚という部分で反応を示したジュアンが、数万枚と言い切ったあたりで興奮が抑えきれず、机をバンバンと激しく叩いた。
さしものレヤンロも金貨数万枚という発言は看過できなかったようで、硬く強張っていた表情に驚きの色が窺えた。
それほどの危険人物なのだ。そのジアとかいう男は。
王都全体で捜索願を出し、これほどの報酬をぶら下げても見つからないのだから、発見は困難を極めるのだろう。まして捕縛など以ての外なのだ。
しかしこれだけ正確な情報が割れているのなら、人の集まる王都にはまず近づいていないだろう。来るなら変装して潜り込むか、それとも確実に逃げ切れる魔法でも使えるのか。
とりあえず名前や経歴といった俺たちの知り得ない重要な情報は得られたが、肝心な奴の現在の行方といった手がかりは得られなかった。
ゆっくりとではあるが、着実な一歩を踏み出したといったところだろうか。
いただいた貴重な情報を各々が持ち帰って、円卓の会合は一旦の幕引きを見せた。
ルーリレアは何かあれば必ずご一報を、私共もご協力させていただきますので、とイケメン紳士満点の回答を残していった。
ここでふと、俺の頭にひとつの考えがよぎった。
こいつがそのジア・キーンズなのではないか。
生い立ちからその名前などあまりにも詳し過ぎる事に加えて、奴が変装して王都に潜り込んでいる可能性が浮上してきたからだ。
一度目の襲撃では、王立魔導騎士団とやらに返り討ちに遭った事から、二度目は慎重を期すためにこの天下の情報を司る機関に忍び込み、内部から誤情報を送って掻き乱そうとしているのではないか――。
しかし俺のあまりにも飛躍した論理は、彼本人の口によって否定されることになった。
「心配しなくても私は正真正銘血統書付きのカンティレス・ルーリレアだよケイゴくん」
「な、なんですかそんないきなり」
名前はまぁこの際レヤンロとかから聞いていたとしても、こんなにはっきりと心の内を見透かされるなんて。俺はここにきて一度もこの考えを口に出してないし、下手すれば顔にも出してないはずだ。
というか血統書付きって。猫かよ。
「いやなに。キミの周りに疑いのマナが浮いていたものでね」
俺には見えないそのマナとやらをデコピンするように、ルーリレアは俺の顔付近に指を伸ばしていた。
マナ。ファンタジーではおなじみの魔力とか魔法とかの別称。
東洋風に述べるなら〝気〟だとか〝気功〟だとか言われる、あらゆる生命が多かれ少なかれ持つエネルギー、オーラのようなもの。
大体そのマナとやらの量が多い人間は魔法使いに適正があってーうんたらかんたらってやつだというのが、長年のゲームプレイで培った感性で導き出していた結論だったが、この世界ではどうも人間が心の内に秘めている感情だとか思惑とかにも現れるものらしい。
「それでさっきも……ったく、王都ってやつは人の個人情報抜き出し機関ってわけか」
「あはははは。それは大きな誤解だよケイゴ」
俺の皮肉たっぷりの感じ悪い態度にも、ルーリレアはそのイケメンを微動だにさせる事なく、この上さらにイケメンポイントを増加させるように爽やかに笑ってみせた。
「王都は広く人も集まるが、当然その分だけ得体の知れない者たちが集まってくる危険性も増えるんだ。だから私みたいにマナの動向が読める人間が各地の重要施設に居て、怪しい人はいないかどうかを逐一観察しているんだよ」
もちろん大切な個人情報は横流しすることなく、私共が厳重に管理させてもらっているよ、と言い加えた。
マナとやらが読める人間には限りがあるようだ。修行を積めば誰でも観測できるという訳ではなく、生まれながらの適正だとかもあるようだ。
「そしてさっきの疑いを晴らすためにも……この王立情報館は世界有数の情報機関として、確かな信頼を得ているんだ。例えば市民から情報が出回った場合、真偽の調査はとても厳正に行われて、事実が曖昧なものや不確かなもの、確認の取れない眉唾物のデマに噂や明確な嘘といったものはここでは一切取り扱っていないんだ。今回キミたちが持ってきてくれた彼の情報も、厳正なる審査の末に真実だと判明したからここに入ることができたんだよ」
そういえばレヤンロがそのような事を言っていたのを思い出す。
王都では情報不足だと事前に門前払いされると。
「つまり私が本当にカンティレス・ルーリレアである事が証明されたから、こうして誇りと歴史ある王立情報館の偉大な肩書きにつけているというわけさ」
「あぁ。よくわかったよ」
そこは俺の読み違いだった。王都の信頼や徹底ぶりを少々甘く見ていた。そこは認めざるを得ない。
誤解は解けたみたいだね。と背中に手を当ててきた。
隣に立ってみると、存在感とかイケメン感を抜きにしてもこの人物の方が背が高い事に気づく。同じ男として負けじと背を伸ばそうと一瞬考えそうになったが、どうせマナとやらの動きで全てを明るみにされるので、瞬時にその考えを頭の片隅にしまい込んで記憶から削除した。
どうだこれならばマナの読みようもあるまい。
なんて益体のない事を考えてる俺をよそにルーリレアは「さぁ行きたまえ。仲間たちがキミを待っていることだよ」と言ってくれた。
一礼をするとニコニコと微笑み、手を振って見送ってくれた。
外に出ると本当に扉が復活しており、レヤンロたちと俺は王立情報館を後にした。
「そこそこの進展アリ、といったところだな。流石は王都が誇る情報屋どの」
ジュアンが軽口を叩きながら両手を頭の裏で組む。
「しかしまだこれだけでは奴がまたいつ、どこに現れるのかは分からないな。まぁ情報を専門に扱っている彼らでも知り得ないのだ。凡人たる私たちでは尚のことだろう。とにかく出来ることがあるとすれば、私たちも自分自身の足で捜索・発見に協力する事。そしてこれ以上の犠牲者を出さないためにも、あちこちの村で手配書を出して注意喚起を行うこと――だな」
レヤンロを見ていると流石はリーダーといった風格だった。
こういうことをきちんと有言実行できる人間が、指導者として人の上へ立つ相応しい人材なのだと痛感する。
待ち合わせ先の大きな木の下には、山賊三人衆を無事引き渡して身軽になった二人が待っていた。
「よぉ。そんで収穫はあったか?」
セオンツがこちらに気付くと真っ先に手を振ってきた。
「まぁそこそこといった感じだよ」
全員が集結したところでレヤンロが近くの酒場に入って行った。
こんな昼間から酒場なんてやっているのか、と思ったが看板にも「閉店」の二文字はなく、ドアも軽く開いたので「開店」という認識で問題ないようだ。
他のみんなにとっては慣れ親しんだお馴染みの、ありふれた小汚い酒場でも、俺にとっては全てが新しく新鮮な景色に見えた。
これこそまさしく本物だと言わんばかりの、屈強な冒険者野郎共が集うに似合しい酒場で、そこかしこに開けてない木の樽が飾られた、西部劇に出てくるバーをも思わせる軽快で思わず踊り出したくなるほど小洒落た雰囲気だった。スウィングやジャズが似合いそうだ。ジュークボックスでもあれば完璧だ。
かつてプレイしたゲームの酒場もこんな感じで、その没入感は半端なものではなかった。感動すら覚える。
やっているのか分からなかったというのは、中の人こそ少なく、繁盛しているとは言い難かったことが起因するのだが、レヤンロが言うには「昼間だから人が少なくて話しやすい」という事らしい。
タダで場所借りする訳にもいかんので、一応飯は食っていくようだが。
レヤンロたちはカウンターよりも上にある二階の席へ続く階段に登って行った。
二階は一階より狭く席も少ないが、一階全体を見渡すことができるので眺めはそこそこ良かった。
帰ってきた二人を入れて総勢七人となった一行が、それぞれ樽の椅子に座り込むと情報交換が始まった。
まずは俺たちの方から。探していた人物の名はジア・キーンズと言う死人である事。悪魔と契約を交わして蘇り、魔王軍と深い関係にあることなどをレヤンロが説明した。
「なるほどな〜。やばそうな奴だとは思ってが、そこまでとはな……」
肉団子を食べる手を止めたセオンツが、わざとらしく身を震わせていた。聞いていたヴレントも、発覚した新事実には驚くばかりといった様子であった。
「死霊術にも通ずるところがあるけど……あれはほとんど死体のまんまだからね。まさに悪魔の御業、といったところだね」
そしていよいよセオンツたちが送り届けた山賊たちの情報が明かされる時がきた。まずはセオンツが事情を語る。
「調べてもらったところ、あいつらはイレギュラー・ナンバーズなんだとさ」
「イレギュラーナンバーズ?」
耳慣れない単語に俺は首を傾げた。
「簡単に言やあ生まれも育ちも不明の世界に溢れる貧困孤児っていったところだ。あいつらはそこら中に居て、どっかの没落貴族の子供だからと公式に存在を抹消された者もいれば、単に禁断の地で生まれた子供を指して言うこともある。禁断の地というのは、世界の果てとかいう場所に位置する人類未踏の魔窟さ」
テーブルに地図を広げて指差してくれた。現在俺たちのいる大陸が右端にあり、中央に位置する小さな黒点がその禁断の地と呼ばれる大陸らしい。
「得体の知れない原生生物や動物が数多く生息する謎多き大陸で、曰く人の近寄るところではない、とされ長らく厄災をもたらす不浄の土地として王都が立ち入りを禁じたんだ」
そこに踏み入った者は二度と帰っては来ず、また誰かが入るたびに必ず謎の豪雨や災害、天変地異に等しき怪奇現象が発生したため、それを指して「禁断の地」と人はそう呼び、以降の上陸を禁じたのだという。
「こっから来たなんて言えばそれだけで身元不明のイレギュラーなのさ。まあ単に王都が把握しきれない人間をここに当てはめてるって可能性がなくもねぇがな」
「誰もが祝福を受けてこの世に生を授かるわけではないのさ」
続けてヴレントが説明した。
「たとえば、産みはしたが育てられない子供などをこういった島に向けて流したり、貧民街に置き去りにていったりとかね」
この世界にもやはりというか、そのような恐ろしい出来事が日夜起きているのだと知り、背筋が凍りついた。
「あの山賊三人衆もイレギュラーの可能性が極めて高いと言われたのさ。そういった人間だけを構成し、使い捨てのように犯罪の手駒にする組織もいるそうだ」
「ひでぇ話だな……」
後半の飯が喉を通らなくなるほど重苦しい内容だった。
そういえば彼らは義理があると言っていた。もし彼らが貧民孤児であれば引き取られ、育てられた組織に対する義理だと解釈しても何らおかしな話ではなかった。
「まぁあの黙認っぷりからすればもっと〝上〟がいんのはバレバレだったけどな。ところでよ盗品の方は結局どーなったんだ?」
ジュアンがミートソースに塗れた鉄仮面で口元を動かした。
「盗まれた品々は無地の白い女性服に、おびただしい数の釘のような鉄製の工具、それと藁や木で作られた人を象った人形数点だった」
その到底金目になりそうにもない、どこにでもありふれた盗品のリストに、誰もが耳を疑った。
「んだよ。じゃあいつらただの変態だったってことか」
「それにしては手が込み入り過ぎている。対物の魔法衣にイレギュラー・ナンバーズなんて。そんな仕様もない物を盗むだけなら、如何様にもやり方はあるはずなんだ。僕が思うに彼らの目的は別にあるか、この先もっと大変な物を盗むつもりだったんじゃないだろうか。これはその目的達成の為の準備段階なのかも」
その推論は決して的外れなものではないだろう。でなければ、このちぐはぐな状況の説明がつかない。彼らはやられたふりまでして任を遂行しようとしていたのだ。
もしその認識で正しいのなら、彼らのような者を雇っている組織が他にも多くの人物を使って何かを狙っている、ということになる。
早急に解明しておかねば、何か大きな事件に発展する可能性は大いにあり得る。
そう思ってセオンツたちは、後ほど彼らのような盗っ人を見つけ次第総力を上げて捕まえるように、王都の中央支部に要請したらしい。
「お前らがさっき行ってた王立情報館にも掛け合って、あいつらに関する情報をいち早く収集してもらうんだと。盗品は預かってもらって持ち主が判明次第、返却を試みるらしい。とりあえずこの件は一件落着ってわけだな」
「山賊たちの処遇は?」
「しばらく牢屋暮らしだそうだ。事件が解決するまでは大人しくさせられるだろうさ」
こうしてそれぞれの情報交換会が終了し、それぞれ自由行動をとる事になった。
といっても羽目を外して遊ぶという訳ではなく、犯罪者ジアを探しに聞き込みをしたり、山賊三人衆に通ずる怪しい人物を捜索したりとかそういう目的だ。
レヤンロは既に記帳した宿で先に一休みするみたいだ。顔には疲れの色は見えなかったが、片付けておきたい事が色々あるらしい。
そうして残った六人が全員散り散りになって各自の行動が開始されることになった。
「よーしじゃあ夕方までにはこの宿に戻ってこいよ。なにかあったらオレたちを見つけるか、レヤンロに知らせるんだ」
パーティーのリーダーには、メンバーのみに聴こえる音を出す笛が一個だけ支給されるらしい。こいつはパーティー結成時、全員のマナを送り込んで作られた代物であるため、マナによって全員に共有できる特殊な音波を発する事ができるという。まぁ当然結成時にいなかった俺には聞こえないから、俺は必然ここへ戻ってこなければならないのだが。
かくして一同は解散し、俺はいよいよ華の王都の街へと踏み出していった。