最終話 貴方の時間
「起きてくださいご主人様。もうすぐ始まっちゃいますよ」
なんてスプレンディードな寝起きであれば感無量だったのだが、現実はそんな事なく普通に目が覚めて普通に起こしに来てくれた。
最高級布団で横になると、なんか本当に睡眠の質が違うと肌で実感する。
まず肉体が完全に回復しており、眠りに落ちる以前より心なしか活発になっている気がするのだ。
それくらい幸せな目覚めだった。
どこを探しても、もう無いくらい素晴らしい。
真の平和な日々ってヤツだった。
宴の馳走は極上の品々で、俺は過ぎていく時間が惜しくて仕方なかった。
「くそー……これほどの飯を作れる料理人がまだこの世にいたとはな……かっ!」
高級食材で顔面を汚しながらジュアンが言っていた。
心配するなって。お前の料理も負けないくらい美味いからよ。
目一杯頬張って食べるそいつの頭をポンと撫でた。
ジュアンはなんだか不思議そうな目で俺を見ていた。流石に王都の立席パーティーでふざけようとは思わなかったみたいで安心だ。
「おうケイゴ。見てみろよこの肉の山! こりゃご馳走だぜ」
普段男らしさ全開のいかついセオンツが美味そうな骨つき肉を前に満面の笑みを浮かべてる。
その表情からはとてもいつもの力強さなんか感じないくらいだ。
「後で食っとくよ。俺の分残しといてくれよ」
任せとけ!と親指を立てた彼を越えて、今度はヴレントに僧侶二人組に出会った。
「やあケイゴ。私は生まれてこの方王都に呼ばれたことなんてないし、こんな素晴らしいパーティーに参加したのも初めてだよ」
「右に同じく」
「医療行為で疲れちゃった分、たっぷりいただくぜ」
三人とも俺が見ていないところで随分頑張ってくれたみたいだ。
あれほどの激戦を繰り広げたのだ。
それだけサポート係は大変だったろう。
「お疲れ様。今日くらいゆっくり楽しもうぜ」
――そして最後に。
俺が最後に出会ったメンバーは。
「ケイゴ。やっぱり来てくれたんだな」
暁の翼竜のリーダー、ミュピリポス・レヤンロだ。
夜の空気に当てられて、月を背に髪をきらきらと輝かせていた。
「姿が見えなかったのでてっきりどこかへ行ってしまったのかと思ったぞ」
「流石に王様直々のパーティーぶっちする訳にもいかねえだろ」
どうだか――とレヤンロは笑う。
髪をかき上げたその仕草が、風景と噛み合っていてとても幻想的なものになっていた。
月――。
レヤンロにとっては忘れもしない日――紅き夜。
あの日も同じ空を見ていたのだろうか。
月を見ていたら辛いことも思い出すかもしれない。
それでも俺は――俺たちはここにいる。
お前は一人じゃない。
「本当に……全て終わったのだな。平和とは清々しいものだな」
「あぁ。お互いよく頑張ったな」
横目で空を見つめていた彼女は、それが束の間の平和である事もわかっていたのだろう。
いつまでも続くものは多分無いんだ。
それは戦争みたいな辛いことから、平和のように優しいことまで全部。
何かが始まって、何かが終わりを迎える。
それを繰り返していくうちに俺たちは大人になっていくのかもしれない。
「どうしたのだケイゴ。やけに湿っぽい顔をしているじゃないか」
そんな俺の感傷的な雰囲気を悟られたか、レヤンロは顔を近づけてこっちを向いてくる。
「な、なんでもねぇよ」
「もっと自分に自信を持て! 世界の平和を取り戻した英雄がそんなんじゃ格好付かないではないか。キミは男前なのだからもっとしゃきっとするんだ!」
そう言って背中を叩いてくれた彼女の手が、俺にとっては何よりも熱い、体全体に込み上げてくるものだった。
というか、レヤンロ今俺を男前っていったか?
いやいやいや。無い無い無い。
月と酒の雰囲気の所為だろ。レヤンロさん、ワイングラスなんか片手に洒落込んでるし。
「ま、まぁともかくほら――行こうぜレヤンロ。まだまだ美味しいモンいっぱいあるらしいからよ。みんなが待ってるぜ」
浮かんできた照れを必死で隠すようにして俺はそそくさとその場を後にしようとした。
その時――
レヤンロの細くてしなやかな手が俺の手に触れる。
「これからもずっと――私と一緒に戦って欲しい」
それだけ言い残すと彼女は人混みの中に勢いよく走り去っていった。
俺の答えは決まっている。
「ああ!」
人生、生きていれば何かがあるだろう。
人の数だけ出会いがあり、その度に人は忘れられない経験をするだろう。
与えられた時間が短くても――長くても、それは貴方にとってかけがえのない思い出になっていく事だろう。
生きている限り、その巡り巡る光の軌跡は終わる事はない。
その事に意味があったのか、なかったのかは誰にも分からない。
けれどそれを決めることはできる。
それは紛れもない貴方――貴方だけ。
全ては自分の大切な『時間』なのだから。
貴方の旅路に幸あらんことを願って――
――Fin――




