「幻の英雄譚」
ズゥゥゥ……ン……。
地響きのような余韻を残し、コマンダーが消え去った後も、デバンド・ワグサム邸周辺には硝煙の匂いが立ち込めていた。
瓦礫の山となった装甲列車の残骸。
ひび割れた大地。
そして、空にはまだ黒い煙が立ち上っている。
だが、絶望的な破壊の跡とは裏腹に、そこには確かな希望の光が灯り始めていた。
「怪我人はこっちだ! 医療班、急げ!」
「瓦礫の下にまだ人がいるかもしれん! 重機を回せ!」
飛び交う怒号。
しかしそれは悲鳴ではなく、復興へ向けた力強い号令だった。
本物のアシマ・ワグサムが指揮権を取り戻したことで、正規軍は迅速に統制を取り戻し、救助活動に全力を注いでいたのだ。
「……ふぅ」
そんな喧騒から少し離れた場所で、ソウマはノックスファングの幻装と、ナハトゲイルの幻顕を解除し、瓦礫の上に腰を下ろしていた。
ドッと重力がのしかかるような感覚。
幻体に筋肉痛はないはずだが、極限まで酷使した幻顕力の反動で、今のソウマはこの体を維持し、動かすだけで精一杯だった。
『お疲れ様、ソウマ。……無茶しすぎよ、本当に』
肩に乗ったメリルが、呆れ半分、心配半分といった様子で鼻を鳴らす。
「悪い悪い。でもま、結果オーライだろ?」
『結果だけ見ればね。一歩間違えれば、あんたもデバンドも終わりだったわよ』
メリルの苦言に、ソウマは苦笑いしながら肩をすくめた。
その時、重々しい足音が近づいてくる。
「ソウマ君、ここにいたか」
振り返ると、軍服の汚れも気にせず、アシマが歩み寄ってきていた。
その顔には疲労の色が見えるが、瞳には以前のような力強い光が戻っている。
「アシマさん。……状況は?」
「ああ、最悪の事態は免れたよ。君のおかげで、人的被害は奇跡的に最小限で済んだ。……あの偽物が消えたことで、兵士たちの認識も元に戻ったようだ」
アシマはそう言うと、ソウマの隣にどかっと腰を下ろした。
総司令官らしからぬ、飾らない態度。
それが彼本来の姿なのだろう。
「彼らは、私の顔を見たわけではないのに、あの男を私だと認識していたそうだ。……全く恐ろしい力だ。君がいなければ、私は、私自身ではない『アシマ・ワグサム』という存在によって、この国を滅ぼすところだった」
「礼なんて。俺はただ、あいつの……コマンダーのやり方が元々気に入らないのと……」
ソウマは視線を遠くへ投げた。
救護テントの方では、テオやラオたちが走り回り、ニムスが負傷者の手当てに当たっている。
その傍らで、ハンナが不安そうにこちらを見ていた。
「……守るべきものが、そこにあったんでね」
「ふっ……。君は本当に、筋金入りのヒーローだな」
アシマは破顔し、ソウマの背中をバンッと叩いた。
その瞬間、背中にズシンと衝撃が走る。
「ぐぇっ……!」
ソウマは変な声を上げて前のめりになった。
戦闘でのダメージは既に幻顕力で修復済みだが、今はエネルギー節約のために防御機能を最低限に落としている。
敵意のない物理衝撃は、そのまま通してしまうのだ。
「いってぇ……! 見た目と違ってもう身体ボロボロ状態なのよ!」
「ハハハ! すまんすまん! だが、それだけいい声が出るなら大丈夫だろう」
豪快に笑うアシマ。
その笑顔を見て、ソウマもつられて笑みをこぼした。
二人の間に流れる空気は、戦友のそれに近かった。
「……さて」
ひとしきり笑った後、アシマの表情が真剣なものへと変わる。
視線は、遠くにいる少女――ハンナへと向けられていた。
「そろそろ、教えてもらおうか。……あの男は、ハンナ君を狙っていたようだが、あの子に一体何があるというんだ?」
「……ああ」
ソウマもまた、表情を引き締めた。
「彼女には……俺と同じような存在になれる『素質』があるんだ。フェデーレ……奴等はその力を狙ってる」
「ソウマ君と同じ……か」
ソウマは立ち上がり、パンパンとズボンの埃を払った。
「さ、そろそろ話してくるかな。……悠長にしてたら別のフェデーレが来るかもしれない」
その背中を見上げ、アシマは静かに頷く。
「頼んだぞ。……私は部外者かもしれんが、あの子の未来が良いものになるよう願っている」
月明かりが二人を優しく照らしていた。
瓦礫が撤去され、簡易的な救護スペースが作られた広場。
そこで忙しく働いていたテオとラオが、近づいてくる人影に気づいて顔を上げた。
「あ! ソウマ!」
「すごかったな……! あんな規格外の男を倒すなんて!」
17歳の双子――兄のテオと妹のラオが、目を輝かせて駆け寄ってくる。
その背後で、包帯を巻く手を止めたニムスと、彼女の陰に隠れるようにしていたハンナも、安堵の表情でソウマを迎えた。
「ソウマさん……。もう大丈夫……ですよね……?」
ハンナが縋るように尋ねる。
まだ出会って間もない関係だが、その瞳には極限の恐怖から救い出してくれた相手への絶対的な信頼が宿っていた。
「ああ、もう心配ない。奴は逃げていったよ」
ソウマは努めて明るく振る舞い、ポンとハンナの頭に手を置いた。
ハンナの瞳に涙が滲む。
張り詰めていた緊張の糸が、その言葉でようやく切れたのだろう。
「でも……悪いな。涙が乾く前に、ちょっと大事な話をさせてもらわなきゃだ」
ソウマの声色がふと真剣なトーンに変わる。
その変化を敏感に察知したニムスが、テオとラオの肩を寄せた。
「……私が狙われてた理由……ですか?」
「ああ。コマンダーは撤退したが、それは一時的なものだ」
ソウマはメリルを肩に乗せ、真っ直ぐにハンナを見据えた。
「奴等はハンナの中に『力』があることを確信した。……君がこの世界に留まる限り、奴等は何度でも襲ってくるだろう」
「ま、また誰かが襲ってくるんですか……?」
ハンナの顔から血の気が引く。
「そこで、解決策が二つある」
ソウマが指を二本立てる。
「一つは、その力を眠らせて、このまま普通に暮らす道。そしてもう一つは、俺と同じ幻顕者になる道だ。どっちを選んでも、奴等はもうここには来られなくなる」
「……どちらを選んでもいいんですか?」
「ああ。俺は君に戦えって言いたいわけじゃない。どうするかは君自身が決めるんだ。」
決断は彼女自身でなければいけない。
ハンナは俯き、自分の胸に手を当てる。
脳裏に浮かぶのは、自分を守るために傷ついたテオやラオ、そして命懸けで戦ってくれたソウマの背中。
「……ソウマさん」
顔を上げたハンナの瞳から、迷いは消えていた。
「私、幻顕者になります」
「いいのか? 茨の道だぞ」
「はい。……私、今回のことで思い知りました。守られているだけじゃ、何も守れないって。……私と同じような目に遭っている人がいるなら、今度は私がその人を助けたい。……ソウマさんみたいに」
ソウマは少し驚いたように目を見開き、やがてニカっと笑った。
「……へぇ、言うじゃねぇか。合格だ、ハンナ」
決意は固まった。
ハンナはテオとラオに、自らの口でV.C.Tへ行くことを告げた。
「ハンナ……! 絶対、絶対戻ってこいよな!」
「待ってるからね! ハンナちゃん! 強くなった姿、見せてね!」
テオとラオが涙を堪えて叫ぶ。
ハンナは二人に最高の笑顔を見せた。
「うん! 行ってきます!」
(……ハンナにとっては随分と大げさな門出になっちまったな)
ソウマは内心で苦笑した。
(こっち戻ってきた時には、この騒動の本当の記憶ごとほぼ消えて、「ちょっとトイレに行ってただけ」くらいで済んじまうんだけど…まぁ、いっか)
そして最後に、アシマが前に進み出た。
ソウマはアシマの顔を、一瞬だけ見た。
その巨大な手で、ソウマとハンナの肩をガシッと掴む。
「ソウマ君、ハンナを頼んだぞ。……そしてハンナ、君の選んだ道が、光あるものであることを祈っている」
ソウマは力強く頷いてみせた。
「ああ……任せてくれ、アシマさん」
「はい、総司令!」
アシマは満足そうに頷き、一歩下がって敬礼を送った。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど」
ソウマはポリポリと頬を掻きながら、付け加えた。
「幻顕者がこの世界を去ると、幻顕者に関する記憶は消えちまうんだ。世界の修正力って奴らしい。……でも、まぁ」
ソウマはアシマの目を見て、片目を瞑ってみせた。
「アシマさんが言ってたけど、記録には残らなくても、魂には残る。ってな……あの熱い総司令なら、もしかしたら覚えててくれるかもな!」
「えっ? 記憶が……?」
ハンナが驚きの声を上げるが、ソウマは構わずに肩の相棒へ合図を送った。
「んじゃメリル、保護頼んだ」
『了解、卵、保護…調律粒子展開』
メリルの瞳が優しく輝き、ハンナを見据える。
調律粒子の光が膨らみ始めた瞬間、ハンナは振り返った。
月明かりの中に、テオとラオの顔があった。
「えっ!?」
視界がホワイトアウトし、彼女が立っていた「デバンド」の景色は、瞬きするよりも速く——。
見たこともない、近未来的なV.C.T本部のエントランスへと切り替わっていた。
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