7.一尾、親善大使に
大陸西で活躍する翼の冒険者は複数の高位幻獣とひとりの人間で構成されることからも、妖狐たちの間でも時折噂に登った。その翼の冒険者に、一族でも最も力を持つ九尾も加わっている。
その妖狐の中でも力の証である複数尾を持つ二尾は最近、八尾から仕事を任され出掛けることが多くなったこと。弟の一尾が寂しかろうと九尾が翼の冒険者の拠点である幻花島へと誘った。目論見は当たり、住処へ戻ってきた一尾は興奮しきりで一族の者たちに島であったことを話した。
『シアンとリムはね、僕と二尾にいちゃんと同じなの。二尾にいちゃんは強いから、僕を守ってくれるの。リムも強いから、シアンを守ってあげるんだって。でもね、シアンはリムの口を拭いてくれたりしてくれたり、撫でてくれるんだって。そこのところは二尾兄ちゃんと僕とは反対なんだね。でね、僕は妖狐だから頑丈だけれど、シアンは人間だから、あの島の幻獣みんなで守ってあげているんだね』
一尾は八尾を始めとする兄弟たちに自分の見聞きしたこと、感じた事、そこから得た考えを伝えようと懸命に話したものだ。
『シアンちゃんは精霊王の加護があるから大丈夫だよ』
存在すらあやぶまれた精霊、しかもその頂点に立つ王、六大属性全ての加護を持つ御仁に、一尾は随分懐いた様子だ。
『精霊王! 僕、シアンと普通に喋っているけれど、大丈夫かなあ』
隣で聞いていた九尾が容喙し、一尾が目を丸くした。
幻花島の主、翼の冒険者は好戦的ではなく、多くの幻獣と行動することから、幼い一族の末弟も付き合いやすい相手だ。
だが。
『しかし、一尾の分別が付く前に、やたら人間に慣れさせるのは上手くない』
『大丈夫ですよ。一尾は鼻が利く。例えば聖教司の見かけをしていても、不埒なことを考えていれば、易々と近づきません』
ただし、相手が純粋な好意を持っていればそうではない。悪辣な者はそういう者の陰から狙ってくるものだ。
『まあ、単独行動をさせねば良かろう』
兄姉の総意であり、末弟には全員が多かれ少なかれ甘かった。
そして、神秘のベールの向こうにある幻花島のことを弟から興味深く聞いた。
『セバスチャン?』
『あ、それは前狼の王のことです』
時折出てくる名を復唱すると、九尾が幻獣ではなく、予想外の事柄を言う。
『それ、元魔神じゃあないのか?』
力を持て余している六尾ですら目を剥く存在だ。
『きゅうちゃんが名前をつけたんだよね!』
『そうだったの⁈』
一尾に二尾が目を丸くする。実際に会ってみないと、セバスチャンのあの不思議な雰囲気は説明しようがないのだ。静かに佇むのに、確固たる存在感を有する。しかし、控えている時は気配を殺しているのか、そこにいることに気づかない。流石は元魔神、隠ぺいはお手の物だ。
『山も川も湖も森も平原もあるのか』
『獲物もいっぱいあるし、食べられる植物もいっぱいあるって!』
『それも、寒冷地と温暖地で育つ植物が隣り合って生長しているんだ。多分、動物もあちこちの地方にいる者がひと所に集まって、破たんなく過ごしているよ』
豊かな植生だと言う一尾に、大地の属性を持つ二尾が詳細を語る。
『それでこのどっさりの土産かあ』
様々な野菜や果物を用いた料理に舌鼓を打つ。
『は? 魔神たちを招いて茶会をした?』
おかしなことを言うと五尾は鼻で笑う。
『みんなで、料理を作ってごちそうを一緒に食べたんだって』
『元は魔神たちが献上した館と島だから。折に触れて来たがるのをセバスチャンが阻止しているんだよ。たまのガス抜きに茶会を催しているんだね』
招待状を出せば飛んでくるというのは九尾の言だ。いち個人の所有する島に転移陣があるのも珍しいと思いきや、そんな事情があったのだ。
『魔神って十柱いるでしょウ?』
どこからどう突っ込めば良いのか分からないので、とりあえず、七尾が疑問のひとつを口にする。神々から譲り受けたとは聞いていたが、その神が来訪を希望するとか、それを阻止できるとか、気軽に招待できるのかなどなどである。
『風の上位神はきゅうちゃんのマブダチだし、大地の上位神はティオをストーキングしているしね。でも、勝手に島に来たり盗み見したりできないようにしているんだよ。シアンちゃんたちが安心して暮らせるようにね』
『上位神がそんなに。って誰が阻止しているの?』
四尾は訳が分からないことだらけだと目を白黒させる。
『だから、セバスチャンが』
『いくら元魔神だからって、そんなに多数の上位神を相手取れるわけがないよね?』
闇の属性である三尾が上位属性でもそれはあり得ないと胡乱げになる。
『そこはそれ、精霊王たちがついている。セバスチャンはシアンちゃんたちの環境を整えるために動いているから、精霊王たちは協力を惜しまないんだろうね』
そのセバスチャンとやらもアイランドキーパーとなるに当たり、光の精霊と闇の精霊の助力を得ているのだという。
一族の者たちは顔を見合わせた。
二尾は兄姉たちの様子をなんとも言えずに眺めており、一尾はせっせと幻花島と幻獣たちの素晴らしさを言い募る。
『翼の冒険者の内情についてはあまり触れない方が良いかと思っていた』
だから、九尾がその一翼を担ったとしても、根掘り葉掘り聞くことはなかった。しかし、その繊細な心遣いによる目隠しも、末弟に取り払われた。厳しい環境どころかどこの桃源郷かと言わんばかりの場所である。予想した以上に素晴らしい環境である。
『でもなあ、チビが島に出入りするんじゃあ、なにも知らないままにしておくってのもな』
なにかあってからでは遅いのだ。特に、九尾ならば有事にいかようにも対処できるだろうが、末弟はそうはいかない。更にはそのすぐ上の弟も招待され、出入りするようになった。
『妖狐一族としては翼の冒険者と親しくするのは歓迎するところだ』
『なにかと土産を持たせてくれるし、転移陣を始めとして便宜を図ってくれているしな』
『うちの下二匹は相当気に入られているだろう』
最上の神でさえ、自儘に訪れることができないのにもかかわらず、一尾と二尾はいつでもどうぞと言われていると聞く。なんなら、転移陣を用いるよう勧めており、そのための金銭や魔石すら渡されている。
よく分からない事態を招くセバスチャンによって、闇の神殿に通達され、一尾と二尾が訪れても転移陣を使用することができるように手配されているのだという。六大属性の神殿では翼の冒険者を敬うが、特に闇の神殿では歓迎すること甚だしい。
『祀る神様が敬愛する存在ですからねえ』
さもありなん。
翼の冒険者は闇の大聖教司とも非常に親しく付き合い、島へもなんどか来訪しているという。
その翼の冒険者に、一尾や二尾の言からも、非常によくしてもらっていることが窺える。
『こいつは、うちのチビたちがやってくれたかもな』
『そうだな。なかなか大した外交官じゃないか』
六尾がにやりと笑い、五尾が舌なめずりする。
『天狐もお稲荷さんだっけ、それを貰って喜んでいるんでしょう?』
『ええ、そうネ。きゅうちゃんが天帝宮へやって来たらそわそわしているわヨ』
『天帝も幻花島の土産を楽しみにしていると聞いたことがある』
四尾が七尾に問い、三尾が意外な情報をもたらす。
『確かに、翼の冒険者の覚え目出度いことは人も神も欲するところだ』
八尾が重々しく頷く。
『でしょう?』
『それで、今回はなにを企んでいるのだ?』
一族を召集した九尾に、八尾が胡乱な視線をやる。
『なので、一尾にも仕事を任せようと思うのです』
『『『『『『一尾に?』』』』』』
「え? 一尾を幻花島の親善大使に任命?」
突然の九尾の言にシアンが目を丸くする。
『お主、また勝手なことを』
鸞が片翼を額に当てる。黙って事の成り行きを見守る二尾はどこかで見た光景だなと思う。八尾だ。九尾の発言によくこんな仕草、表情をしていた。きゅうちゃんはどこでもきゅうちゃんなんだな、と一種の悟りを開く二尾だった。
『良いじゃありませんか。ほら、本狐はやる気満々ですよ』
指し示す方には尻を降ろし、両前脚で上半身を支え、きりっとした顔を持ち上げる一尾がいる。そして、肩から斜め掛けで「幻花島親善大使、一尾」と記載されたタスキをしている。
『あは、やる気に満ちているねえ』
『一尾、きゅうちゃんのタスキと同じようなのをしているんだね』
『そうなんだ。これ、きゅうちゃんの幻想魔法なんだよ』
得意げに顎を上げる。
『……』
『ああ、そういうことか。一尾も二尾みたいに仕事が欲しかったんだね』
『島を行き来するのは安全かつ重要な任務だからにゃ』
『一尾にはうってつけなの』
そういうことなら、とシアンや幻獣たちは受け入れる。一尾や九尾から聞く事柄を繋ぎ合わせると、妖狐一族の末弟は単数尾しかないからか、まだそれほど大きな力を有していない。ならば、あまり重荷を背負わせたくはない。自然とそう思わせる可愛らしさを有する狐だった。それこそが一尾の武器であるかもしれない。
「ここへ来るときは最寄りの闇の神殿から転移陣を使ってね。できれば、二尾かきゅうちゃんと一緒に来るようにね。事前に八尾さんか、不在なら他の妖狐さんに島に来ることを話すんだよ」
『分かった!』
一尾は数々の注意事項に反発せずに受け入れた。
シアンは一尾に貨幣と魔石を渡す。至れり尽くせりである。
シアンは早速セバスチャンに一尾の定期的な到来を話す。
『かしこまりました。では、闇の神殿へも連絡を入れておきます』
「八尾さんには書状を送った方が良いでしょうか。お預かりします、と」
『そうですね。九尾様を通さない方が良いかと存じます』
そこで書簡は二尾が預かることとなった。
さて、親善大使がなにをするかと言えば、幻獣たちと遊びに興じるのだ。後はおやつを一緒に食べたり、気が向けば勉強会に加わっても良い。
つまりは今まで通りである。
役割の名称がついただけだ。
しかし、案外と形式は重要なものなのかもしれない。
名もないものが名称という枠を持ち、型にはまれば認識が定まる。
『翼の冒険者と交流する! この世で最もみながやりたがることです!』
『うん、がんばる!』
ぐっ、と片前足を握り締めて高くつき上げる九尾を、一尾も真似る。
『一尾、あまり狐の言うことを真に受けちゃ駄目だよ』
『一尾には二尾がついているから大丈夫じゃない?』
新しい仲間が増えて幻獣たちも楽しそうだ、と微笑むシアンもまた、高揚していた。
『幻花島への来訪は限られた者だけ! 神すらも拒否られる!』
主にセバスチャンによって、なにかにつけ来たがる魔神や、ティオを遠目に眺めようとする大地の上位神、九尾の心の友、風の上位神などがシャットアウトされている。
『今後、魔神どもが一尾様や二尾様に接触しないとも限りません。先んじて釘を刺しておきましょう』
親善大使として自由に出入りを許された妖狐である。取り入ろうとする者が出ないとも限らない。いや、おそらくそうなろう。セバスチャンは予測を立て、対策を講じた。
一尾は住処に帰っていちばん初めに見つけた妖狐、七尾に駆け寄った。七尾が住処にいるのは珍しい。
『僕ね、幻花島の親善大使になったの!』
『あラ~、そうなノ? すごいわねェ』
一族で先んじて話し合っていたので当に知っていたし、なんなら一尾もその場にいた。だが、七尾は話を合わせて初耳だとばかりに大げさに驚いて見せる。
『一尾、接待のやり方、わかるゥ?』
『接待?』
『大切な人をもてなすことヨ』
『親善大使って、もてなすの?』
『まあ、交流するのが基本かしラ。でも、気分良くさせなくちゃネ』
うーん、と頭を悩ませる。
『一尾が心底楽しいと思いながら一緒に遊んだら、それで十分だよ』
一尾の後ろから着いてきた二尾はそう言うものの、実情としては一尾がもてなされる方だろうと思う。恐らく、シアンは既に一尾を身内と認識している。嬉しいことに、多分、自分も。
『うん、がんばるね!』
『それもそうかもネ。きゅふふ。二尾はおりこうさんネ~』
実情を正確に把握する子狐を頼もしく思い、七尾は二尾の頭を撫でた。一尾が自分も、と言うので七尾が撫でるも、口を尖らせる。
『二尾にいちゃんが良かった』
『まァ! 憚り様』
七尾に促され、二尾が一尾を撫でると満足げに笑う。
八尾は二尾が預かってきたシアンからの書状を見てひとつ頷いた。九尾の戯言が発端だが、最も注意を払うべき相手が翼の冒険者だ。幻花島と誼を通じるのは歓迎するところだ。彼らに親しまれるようになった一尾はお手柄と言ってよい。
こうして一族から可愛がられる末弟は重要任務に就くようになったのである。
聡明な二尾はけれど、シアンに身内のように認識されるということがどういうことか分かっていなかった。九つの尾が面白げに振られている。
可愛い子には旅をさせろ。
一尾は島へ行くだけで、どちらかというと接待される方な気がします。
あと、七尾が人に化けるとナイスバディです。きれいなお姐さんです。
悲願のたゆんたゆんが!
でも、七尾が人化する話は長編くらいしか思いつかず、全く手つかずです。
無念。