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8.マジックバッグ

 

 料理や海産物は痛むのが早い。

 汁物など持ち運ぶのには難がある。

 二尾などはそこまでして土産を整えてくれなくとも、と思う。農作物や狩りの獲物だけでも十分だ。それだけ植生豊かかつ余所では珍重されるものが得られる。なにより、鸞が作る薬だ。これは以前から九尾が携えてくることもあり、一族の長、八尾が感謝の念を抱くこと甚だしい。

 幻花島へ行くと、あれも持っていけ、これもやろうと物品は増える。子狐が背負える分量は少ない。

 幻獣たちからしてみれば、一尾も二尾も料理を実に美味しそうに食べる。一緒に味わいを分かち合う。自分たちは島に住むのでいつでも食べられるが、子狐たちはそうもいかない。

 住処に帰っても、美味しいものを楽しんでほしい。自分たちばかりが美味いものを食べるのは気が引けたり寂しくなったりするのだ。

『きゅうちゃんがいればマジックバッグに入れて貰えるんだけれどね』

 幻獣たちが山積みにした土産を前に両前脚を組んだり、頭を捻ったりする。

 九尾はまるで満開の花弁のように九つの尾が円を描く形で配置された印を持つマジックバッグをシアンから貰っていた。他の幻獣たちのように双翼がないのは、召喚主のことを憚ってのことだ。後にも先にも、九尾を召喚獣とする人間はひとりだった。シアンに呼ばれれば友として駆け付ける。

 その九尾は天帝宮に呼び出されることもあれば、気ままに各地へ赴くこともあり、常に一尾と二尾に付き添うというわけではない。

『一尾のお土産を入れるマジックバッグがほしい!』

 ぴっとリムが片前足を高く掲げて宣言した。

「え、でも、勝手に渡しても良いものなのかな?」

 あまり高価な贈り物をするべきではないのでは、とシアンは躊躇する。しかも、世にそうそう出回らない魔道具だ。そんなものを持っていて、可愛らしい容姿と相まって人目を引き、心根の悪い者に狙われては事だ。

 なお、幻花島の農作物や狩りの獲物、そこから得られる素材、鉱物といった諸々の資源は魔力を多分に含み、非常に希少である。料理人であるシアンが様々に集め用いる調味料も高価なものだ。しかし、消え物であるという意識が、かかりへの認識を甘くする。また、シアン自身、この世界で巨額の富を有しているので、高級食材に対して大様だった。

『きゅうちゃんに聞いてみようか』

「そうだね」

 二尾の内心を他所に、マジックバッグを持つデメリットを解消しようとする。二尾は慌てて口を開く。

『そこまでして、お土産をくれなくても良いよ?』

『えっ、そんな!』

『二尾の兄姉もきっと二尾や一尾が食べているものがどんなのか興味があるよ』

『うん、まあ、それは。こんなに美味いものを食べているのかって驚いていたし、勢いよく食べていた』

 二尾の言葉は幻獣たちを喜ばせた。兄弟のことまで気を掛けてくれるのに、二尾は面はゆくなる。

「それに、やっぱり、なにかを持ち運ぶのに便利だよね、マジックバッグ」

 シアンの脳裏にはボール探しをした際の一尾の姿があった。くわ、と大きく開いた口にボールを咥え、噛み潰さないように加減しながら四肢を動かして駆け寄って来る。それまで島の幻獣たちはもっと易々となにかを行っていた。さほど器用でない一角獣のために、九尾や鸞、カランが知恵を出し、ユエが便利な道具を作った。そうして、一角獣のもどかしさを解消してやって来た。

 狐の口は大きく開くと言えど、子狐が潰さないように咥えてせっせと走る姿に、ひょんなこと、例えば昆虫が飛び出したとかで驚いて怪我をしたりすれば、と想像する。普段なら容易に避けられ、柔軟に対応できても、大きなものを咥えているといった少々勝手が違う事態であれば、対処も難しくなろう。子狐が怪我をしたら、と思うと胸が痛む。便利な物があるのならそれを使えば良いと思わざるを得ないのだ。

 シアンが躊躇する点はまだ誰かの庇護下にある一尾と二尾に勝手に高価なものを渡してはいけないという一点である。

『ちゃんと英知にお願いしてね、中に入れた料理に悪い菌が増えないようにしてもらうからね!』

 胸を張ったリムがふんすと鼻息を漏らす。

 話を聞いた九尾はありがたく、一尾にマジックバッグを貰い受けた。

『狐と言えば、唐草模様の風呂敷包みと巻物、木の葉でしょう!』

 面白げに目を輝かせながらそんな答えが返って来る。

『我らとお揃いでするな』

『ですがその、嫌がられないでしょうや』

『一尾は我らのことを随分怖がっておりました』

『……』

『そ、そんなことはないですよ。今は可愛い子犬の姿をしていますので』

『それに、一緒に遊ぶようになったし』

『逆にお揃いにしたら親しみを覚えてくれるのじゃないのかにゃ』

『ところで、九尾、巻物ってなに?』

 一角獣が首を傾げる。

『魔法が使える代物です!』

『魔道具の一種?』

 今度はユエが小首を傾げる番だ。

『巻物を口に咥えて木の葉を頭に乗せれば、あら不思議! どんな物にも化けられるのです!』

『ふむ、その巻物とやらを所持しておれば気づかれにくくなるといった隠ぺいの応用の効果があるということか。ならば、シアンが言っていた不埒な者の目を引くかもしれぬという不安要素は解消するのではないか』

『じゃあ、ぼくが魔法を込める!』

『あは。我も手伝うよ』

『本体は自分が作るね』

『界様に素材を頂いてまいりましょうか?』

 九尾の茶々により、本題はどんどん逸れていく。樹の精霊が譲渡する素材を用いたユエの魔道具にリムと麒麟の魔法が籠められる。魔神ですら看破できない威力をもたらすであろう。

 しかし、その目論見はシアンやカランによって一旦中止となった。シアンからしてみれば、鸞が乗り気になったことの方が意外なことである。シアンがあれこれと阻止しようとすれば、ティオが動く。そんな風にして、巻物型の魔道具の作成は棚上げされることになった。

『……』

『そうだね。マジックバッグに美味しいものを入れて渡してあげよう』

 ネーソスとユルクの言によって、幻獣たちの意識がマジックバッグに戻ってきたというのも大きい。

 さて、マジックバッグは貴重な物品であり、商人や冒険者垂涎の代物だ。

『まだ自分には作れないの』

 ユエが悔しそうに言ったものだ。

 それは神の領域である。

 幻獣たちが力を合わせれば神をも凌ぐ物品を作りだすこともあれば、その領域に至ることができないこともある。世の事象というのはそういうものだ。全てが思い通りにいくわけでもない。

 そこで、シアンたちは魔神に作成を依頼した。上位神は欣喜雀躍して請け負った。待つことなく、島に届けられる。

 二尾は一連の出来事をはらはらと見守った。神が出てくる事態だ。もはや声もない。

 二尾が久方ぶりの仕事に出かけて不在の今日、マジックバッグが届いたという報を受け、一尾は九尾にせがんで島へやって来た。

 一尾のものだよ、と渡され、妖狐一族の末弟は目を輝かせしきりに臭いを嗅いだ。風呂敷型のマジックバッグを首に巻いて貰った後、胸を張ってみなに披露した。

『飛び跳ねても全然外れない!』

 ひとしきりはしゃいだ後、わんわん三兄弟が揃って同じマジックバッグを巻き付けているのを見た後、しょげた。

『わ、我らと同じのが嫌なのか』

『ならば、我らのは一尾の目に触れぬようにしよう』

『そら、外したぞ』

『ううん。違うの。お揃い、嬉しいの』

 気遣うわんわん三兄弟に一尾がふるふると頭を振る。それに合わせて三角の耳が位置を変える姿が愛らしい。白い毛並みに時折混じる長い毛がふうわりと風を受けてなびく。

「どうかしたの?」

 シアンはしゃがんで視線の高さを近づけた。

『うん……。わんわん三兄弟がね、みんなお揃いのをしていたの。僕も二尾にいちゃんと一緒が良かった』

 一尾が思い描くのはやはり、一緒に来られなかった兄のことだ。

「ああ、一尾も二尾とお揃いが良かったんだね。ふふ、仲が良いんだね」

『うん。あ、そうだ、これ、二尾にいちゃんと一緒に使ってもいい? 貸しても良い?』

 良いことを思いついた、と一尾が表情を明るくする。切り替えの早さがリムを彷彿とさせる。だからか、つい甘く接する自覚があった。

 シアンはため息交じりに笑って受け入れた。

「うん、良いよ」

 そうして、一尾は二尾とともにマジックバッグを共有した。その他の兄弟も時折借り受けることがあった。多くの物を持ち運びができ、更には高度な隠ぺいの魔法が掛かっている。とても使い勝手が良かった。それでも、正式な持ち主は一尾と二尾だといって、所有権は二匹にあった。

 二尾はいきさつを聞いて、『一尾がもらいな』と言ったが末弟は頑迷に抵抗し、二匹のものとなった。一尾からしてみれば、これがあれば、兄の苦労が減り、危険が遠ざかるのだ。兄の首に巻かれたマジックバッグを見て「きゅふふ」と九尾よろしく含み笑いをする。そんな弟にくすぐったい気持ちになった。

 微笑まし気にふたりを眺めていた八尾は七尾が生温い視線を向けてくるのに、わざと不快気な表情を作り、『一尾は九尾の真似をするのだけは止めさせねばならん』と言ったとか。



『ねえ、シアン。どうして一尾に二尾のマジックバッグもあげなかったの?』

「うん、高価なものを強請れば貰えると思うのはどうかな、と考えたんだよ。それにね、一尾はとても良いものだと思うものを、大切な者と一緒に分け合うことができるんだよ」

 素晴らしいことだねとシアンはティオに笑った。

 だから、その心持ちを尊重したかったのだとティオは悟った。

 ひとつずつ持っていた方が使い勝手は良い。けれど、偶然に手に入ったものを独り占めするのではなく、大切な者たちとその幸運を分かち合う。

 なんとなく、一尾が妖狐一族や島の幻獣たちに愛される理由が分かった気がした。

 そんな風に思うシアンもまた、唐草模様のマジックバッグの中に転移陣用の金銭と魔石を仕舞わせ、定期的に補充しようと考えていた。

 そうして、子狐たちは今日も沢山の土産を抱え、身軽に駆けていく。

 その中には島から転移した先の闇の神殿への土産も入っていた。闇の聖教司たちは大いに恐縮したが、受け取らなければ子狐たちが戸惑う様を見せたので、有り難くちょうだいしておいた。

 それらのいきさつは闇の大神殿へも伝わる。

 闇の大聖教司は幻獣たちから届く書簡に登場するようになった妖狐兄弟の消息が思いもよらぬところからも聞けて、唇を綻ばせた。




余談ですが、一尾と二尾のマジックバッグはわんわん三兄弟のものと同タイプのものです。

わんわん三兄弟のマジックバッグは番外編「手紙」で出てきます。

そちらを先に書いています。

でも多分、そちらを読まなくても支障はないです。

以上、「わんわん三兄弟のマジックバッグって本編で出てきたっけ?」と思われた方へのご説明でした。

(妄想してみてください。円らな瞳の子犬が風呂敷を首に巻いているんです。うん、可愛い)

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