第一章 出会い ―森が結んだ、はじまりの糸― 第一話 蒼き森
はじめて投稿します。
拙い文ですがよろしくお願いします。
森は今日も、静かに息をしていた。
世界樹の根が張り巡らされたこの森では、朝の光さえも少し違って見える。
梢の隙間から差し込む陽は緑がかった淡い色を帯び、地面に落ちる影は生きているかのように揺れていた。
空気そのものが、どこか甘く、それでいて凛としている。
深く息を吸い込めば、土と若葉と、ほんの少しの魔力の匂いが胸いっぱいに広がった。
蒼き森――それが、この土地の名だった。
世界の中心に聳える世界樹を守り、その魔力を世界中へと巡らせる、特別な森。人と精霊と、名もなき小さな生き物たちが、境目なく寄り添って暮らしている。
木々の合間を縫うように小さな光の粒が漂い、時折それが悪戯っぽく人の頬をかすめていくこともある。
この森に生まれた者なら誰もが知っている、ごくありふれた光景だった。
その森の一角、世界樹に最も近い場所に、フルーテの一族は住んでいた。
生まれた時から世界樹と共にあり、その魔力の均衡を保つことを役目としてきた家系。
物心つく前から、フルーテは「いずれこの森を守る者になる」のだと、疑うことなく信じて育った。
それは重荷というより、呼吸のように自然な事実だった。
風が吹くたび、世界樹の梢がさわさわと葉音を立てる。
それは時々、まるで言葉を持っているかのように、フルーテの耳には聞こえた。
喜びの日にはやわらかく、悲しみの日には少し重たく――そんな風に、樹の声色は日によって微妙に違って聞こえるのだ。
もちろん、それが本当に樹の感情なのか、それとも自分がそう感じたいだけなのか、フルーテ自身にもわからない。
それでも、幼い頃からずっと、その葉音を子守唄のように聞いて育ってきた。
「今日も、機嫌がいいのね」
誰にともなく呟いて、フルーテは微笑んだ。この森で生まれ、この森と共に生きる。
それが彼女にとって、当たり前すぎるほど当たり前の日常だった。
「フルーテ、今日はどこまで?」
母のエリスティーナが、朝の支度をしながら声をかける。
柔らかな声には、いつも変わらない慈しみが滲んでいた。
台所には朝食のスープの匂いが立ち込め、窓辺に置かれた鉢植えの薬草が、朝日を受けてきら
きらと露を光らせている。
「世界樹の東側まで。銀露草を採ってくるわ。傷薬に使うんでしょう?」
「ええ、助かるわ。気をつけてね」
「大丈夫、いつものことだもの」
フルーテは軽くそう答えて、籠を片手に家を出た。
父アルヴァンは既に朝の見回りに出ていて、姿はなかった。
穏やかで、けれど芯の通った父の背中を、フルーテはいつも遠くから見送っていた。
「力とは、守るためにある」――幼い頃から幾度となく聞かされた父の言葉は、彼女の中に深く根を張っている。
まだ幼く、言葉の意味もよくわからなかった頃から、その響きだけは胸の奥にずっと残っていた。
一族の役目は、代々受け継がれてきたものだ。
世界樹の魔力が乱れれば、それを鎮める。森に異変が起これば、真っ先に駆けつける。
当たり前のように担ってきたその重さを、フルーテ自身、まだきちんと測ったことはなかった。
物心ついた時にはもう、それが「自分のするべきこと」として当然のように肩に乗っていたから。
家を出る前、フルーテは玄関先で一度だけ振り返った。
母がまだこちらを見て、小さく手を振っている。
その温かな眼差しに送られて、フルーテはいつも一日を始めるのだった。
森を歩きながら、フルーテはふと空を見上げた。
世界樹の梢は今日も高く、遠く霞むほどに大きい。
あの樹が世界のすべてを支えているのだと思うと、時々足がすくむような、けれど誇らしいような、不思議な気持ちになる。
――私が、しっかりしないと。
それは義務感というより、もう息をするのと同じくらい当たり前になっていた思いだった。
誰かに強いられたわけでもない。
ただ、物心ついた時からずっと、そう思って生きてきた。
それ以外の生き方を、フルーテは知らなかった。
道すがら、小さな精霊たちが挨拶がわりに髪や肩をかすめていく。
ふわり、ふわりと光の粒のようなそれらは、フルーテが通るたびに集まってきては、くすぐったそうに纏わりつく。
森の生き物たちも、フルーテを見ると警戒することなく近寄ってきた。
栗鼠に似た小さな獣が足元をちょこちょこと歩き、木の上からは鳥の澄んだ声が降ってくる。
この森にとって、フルーテは特別な存在なのだと、誰に言われるまでもなく皆が知っている。
しばらく歩くうち、いつも銀露草の群生する川辺に差し掛かった。
朝露に濡れた葉が、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
「……このあたりだったかしら」
独り言をつぶやきながら茂みをかき分けていたフルーテは、ふと足を止めた。
何かが、いつもと違う。
空気の流れが、わずかに乱れている。
獣や鳥の声も、心なしか静かだ。
誤字脱字あったら教えて頂けると幸いです。




