後編(最終話)
私とあおいさんに電流が走る。今日という、世界で最も混沌とした凝縮に最大級の嵐が発生した。
「え……?お……ふ……ろ……?葉子さんと……?」
「うんっ!ここちゃんと3人でねっ♪ほら、いこいこーっ!」
私たちは強引に風呂前の脱衣室まで引っ張られる。すぐに3倍程に拡大した合同脱衣所へと変更されると、葉子はごきげんで着替えの準備をはじめた。その場でふわふわしたもこもこのルームウェアを創生して
「はい!これあおちゃんのねっ!ってあれ?あおちゃんっ!」
女神はそろそろと忍び足で脱出しようとしている。すぐに肩を掴まれると必死に抵抗した。
「イヤです〜っ!!そんなのできませんって!!!おふろ一緒なんて入れませんから絶対!!!死んでもいいんですか私がっ!!」
「死なないよっ!入るだけじゃん!ねぇ〜お背中流し合いっこしよ〜よ〜」
ちょ、助けて下さいここあさんっ!と言われても。私だって普通に恥ずかしいし葉子と入るのはもう何年ぶりだと思うけれど、この3人の関係で言うとあおいさんが明らかにアウェーなのか。
そのうちに彼女は葉子の手をふりほどいてもう一度脱出しようとしたが、ドアが忽然と消えていた。
「あ、あれっ??」
「……やっぱりあおちゃんは私のこと、嫌いなんだね……」
葉子が壁際でいじけると、どこからか灰色の空気が充満してきて脱衣部屋内の酸素が薄くなり息苦しくなってくる。マズい流れとはこのことだ。
……母の願いをある程度聞かないと、もしかしたら私たちの身体が消える可能性があるんです、この状況が続くと3人とも命が危ないので今後も推し活動を続けるためにはとりあえず入ることにしませんかと、あおいさんに即お伝えする。
「そ、そんなことになっちゃうんですかっ?ええ……本当に私どうしたら…………」
その間にも妖怪が出没しそうなほど部屋がどんより薄暗くなり呼吸が難しくなってきた。あおいさんは推し活と自分達の命を天秤にかけてようやく悟ったのか、わかりました……と、私に悲しくつぶやくような返事をした。
もはや妖狐になった葉子にその旨を業務連絡すると、新品電池を入れ直した吠える犬のおもちゃの如く復活し、
「ほんとっ!?はやく入ろ入ろっ♪」
すぐさま園児のお着替えで服を秒で脱ぎ、風呂場へリアルタイムアタックダッシュする。ほんと何なんだあれは。
陰気な空間は元の状態に戻り、廊下につながるドアは戻っている。女神は完全に打ちひしがれながら自室に用事があると言って出ていった。タオルと下着等を取りに行くのだろう。
そういえば自分も服を用意していなかったことに気づいて2階へ上がり、着替え一式を持ち出す。部屋は特に拡張も変化もない。いつか、この何の変哲もない景色から有を生み出すことができるのだろうか?それには愛がまだ足りないらしい。
女神は先に脱衣所に戻っていた。この言葉にしようのない空気は何なのだろう。こんな時こそ葉子の霧のようなものを出してほしいと思う。彼女のローズピンクで統一されたブラとショーツ姿をしっかり見てしまった。
すごくすべてが女の子らしくて綺麗だな……柔らかそうだな……と、いつまでも脳裏に訴えかけるビジョンに対して心の中で正確な感想を述べる。長袖とデニムパンツを脱いで簡単にたたんでいると彼女の視線を感じ。振り向くとタオル姿で口に手をやりながら
「う、美し……脚、長……神……」
と、直接に感想を頂く。そういうあおいさんも166センチの私とさほど変わらない身長みたいだし、花の誘うような色気でさぞかし男に女にモテれるでしょうに、現実にはなぜあの暴風アイドルにだけ熱を入れ込むようなことになっているのか?膨大な愛を持つ女神に何か申し訳ない。
下着をすべてカゴに入れ終わってもあおいさんは中に入るか否か躊躇していたので、さあいきましょうと後ろから軽く肩を押す。前を歩く彼女の柔らかな髪からほんのりと甘いベリーの香りがしてラッキーな気分になった。
「遅いよ〜っ!2人でイチャイチャ何してたのっ!!」
風呂場はこれまでの5倍の広さになっている。奥にヤシの木とミニウォータースライダーが設置され、葉子はひたすら遊んでいたようだ。裸でそんなことをするな。
やたらスペースのある洗い場で身体を洗いはじめる。それをバスタブから葉子は見ている。
「ふふっ♪気持ちい〜よ〜♪あ!あおちゃんっ!背中洗ってあげるねっ!」
「え!?いいですいいですっ!構わないで下さいっ」
全く聞いていない葉子はザバッと余計な湯を飛び散らせて上がり、あおいさんのタオルを引ったくって座らせると海綿のスポンジでごしごしはじめる。
「わっわたし自分でやれますからっ!!!勘弁してくださいひめぇっ!!!ひゃあっ!!!」
不動の精神を貫くにはあまりにも困難なエッチぃボディウォッシュボイスが風呂場に響いて顔が赤くなってきた。
「泡をたくさんつけて〜♪きれいにしちゃうよ〜♪こっちもやってあげるっ♪」
「そ、そこはいいですってばっ!やぁっ!……んっ…………やめっ…………だめですって!…………んんっ!ひゃっ!いい加減に……はぁっ、ん…………あっ………」
助平音響がやたら永く続くので思わず横を見ると、調子に乗った葉子が背中にとどまらず白い腕や滑るような太ももや豊満な胸の下部まで執拗に泡で往復縦断して淫靡な吐息を奏でさせていた。あとで怒られるぞ。
完全に放心した彼女から葉子はこちらに標的を変え、お背中流しますよ〜♪と、既に洗い終わった肩から余計にごしごしはじめた。スポンジを使い回ししているのですぐに女神にお返しする。
……やはり、人にやられるというのは性格上慣れない。感覚とダブルでくすぐったい。
「お肌つるつるですね〜♪あ、ほくろもありますね〜♪全身きれいに洗ってあげますよ〜♪」
もういい加減やめてほしいので、顔にシャワーを浴びせると葉子は何すんのっ!と怒って手から奪い、こちらに反撃した。髪も洗ってあげますね〜と、とっくに終わったのに余計なサービスをはじめる。やめてほしい。
鏡を見ればもう完全に双子になっていて、まあこういう一卵性の妹がいても悪くないなと思ってしまう。彼女は時に母であり、時にマイシスターということだ。わけが分からない。
3倍規模の丸いバスタブに3人で収まると、そのクソ妹がバシャバシャと顔に湯をかけてきて私も応戦して、それに慌てる女神の肩に寄りかかってセクハラして、と、奴は本当に落ち着かない。
「ここちゃんは幸せ者だな〜、お母さん2人と一緒にお風呂だもんね〜♪」
今度は母マウントをやり出したが、本当の母はあおいさんだと公式宣言するとまた怒り出して
「こ〜んなにそっくりなのにどうしてここちゃんはそういうこと言うかなっ!ふんっ!」
と、私の地雷の上を8回くらい踏んだが聞かなかったことにする。代わりに耳の穴に指を入れてやったらキャンっ!とトイプードルみたいに跳ねてあおいさんに飛びついた。
「ち、近いですよ姫ぇ〜っっっ」
女神は自分の身が消え去る恐れがあることを知ったので、湯に入った時より真っ赤になりながらも強く拒むことを控えている。可哀想に。
でも実際のところ、人間というものを深く愛している葉子がそんな残酷なことをするわけないのかもしれない。あおいさんには悪い嘘をついてしまった気がするのだけれど滞りなくやっていくには仕方がなかったドンマイテヘペロだ。
また灰色空間にならぬよう、葉子の機嫌をとる。……私はあおいさんも葉子も二人とも大切ですよ、私を見てくれた大事な母親であるし、とにかく人生の先輩ですから。と告げるとザバッと立ち上がり、
「そうだよ〜♪おっかあさんっだよ〜っ♪好き好きっ♪」
自分と同じ顔が違うノリでスリついてきていつもの如く倍で鬱陶しい。これを引き剥がす作業をしているとあおいさんはのぼせたようにうっとりと両手を組んでつぶやいている。
「はぁ、神々しい……神姉妹の戯れ……尊……死ぬかも私……」
「死なないであおちゃんっ!一緒にあれで滑ろうっ♪」
「え……あ、あれって……ウォータースライダーですよね??どうして裸で……や、やりませんよ!まったく葉子さんはっ!」
さすがに拒否したことに安堵する。水着を着ないだけでこんなにもエッチなものになってしまうのか。
ふーん、いいもん!と葉子が立ち上がり、スライダーをセルフで滑りはじめると、あおいさんはサッと身体をこちらに向き直した。
もうあれは嫌いになってもらって良いですからねと言うと、ふふっと笑って腕をゆっくり湯に伸ばす。
「でも……姫には元気とか勇気をもらっているんです。これまでずっと買い物とか、私にできることのサポートをさせて頂いて、会う度に思ってました、すごいなって。どうやったらあんなエネルギーを出せるんだろう?って、いつも思っているんです。私も……いつかそうなりたいなって。」
あそこまでならなくて良いと思うけれど、確かに葉子は唯一無二の魅力を放っているので憧れるのは分かる。それから女神は私を見つめて微笑んだ。
「今日、本当に朝から色んなことありましたけど……不安な気持ちもまだありますけど……よかった、と思います。こういう形になれたのって、ここあさんがサポートして頂かなければできなかったですよね。ありがとうございます。」
そんな、私の方こそ半ば無理に住んで頂いたようなものですみません、それから永らく経済的なこと、母から全然知らされていなくて、これまで生きてこれたのも9割以上あおいさんのおかげなんです、ありがとうございますと手を握りお礼すると、またいえいえいえと言われた。どこまでも謙虚な人だ。
あーっ!なんか盛り上がってる〜っ!と外野から何か聞こえたが、声の主は遊ぶのに飽きたのか、先上がるね〜っと、さっさと脱衣部屋へ消えていった。
葉子がザバザバと無駄にこぼして少し浅かったのでぬるめの湯を足す。この静寂がふつうなんだけどなぁ、と脚を軽く伸ばして小さいため息をつく。
「……ここあさんってクールですよね。葉子さんにそっくりだけど雰囲気とか全然違うから何だか新鮮で……個人的にファンになっちゃいます。姫には秘密ですけどねっ」
結構な不意打ちに、えっ?!と、動揺したのが恥ずかしかった。大人をやっていたのに。
女神はそんな反応をする私が珍しかったのか何なのかクスクスと笑っている。やはり余裕というか、人生経験の差というのはごまかせないなと思う。
「ここあさん、普段の感じはすごくHISUIっぽさがあるというか、葉子さんの現役の頃と全く同じでドキッとするくらいなんですけど、たまにそうではないようなところも見えて。すごく色んな面を持ってるんだなって」
それは、あれだろうか?スケートの際の狂人ロールプレイのことだろうか?やっぱり変でしたか?と聞いてみるとさらに笑われた。
「そう!あの時ここあさん、正直怖がってたじゃないですか。私と肩を組んでくれた時……ちょっと震えてましたよね。そこまでしてやらなくてもいいのにって思ってましたから……どこか変わってるし、すごいなって。」
……本当にこの女神は人をよく見ている。やはり尊敬に値する。とてつもなくあらゆる愛を頂戴しているこの人に、今後私は何を返していけるのか。
あおいさん、今、してもらいたいことってあります?と、聞くと、え?え?どういうこと??と聞かれ返された。特に深い意味はなくそのままなんだけども。
個人的に私から、これまでのお礼を少しでも返したい気持ちなんです、母みたいに生み出したりとかはできないですけど、何かしてほしいこととかあれば何でも、と真剣にお伝えすると、何だかエッチなことを考えているような赤い顔をしながら、そ、そんな事してもらわなくても私は幸せなのでと言う。
それじゃあ私の心が晴れないんですよ、もらってばっかりじゃ性格的に嫌なんです、ほんとに何でもいいですから今ないですか?何かお返ししたいです、と詰め寄ると目が泳ぎはじめて、いや、あの、若返ったといえ、そんなことしたら私捕まっちゃう……などと独り言を言っているので耳元でそっと
『なに言ってるんですか、もうそんなの関係ないですよ?あおいさんとわたしは、同い年じゃないですか。』
と、彼女に負けないようなASMRボイスを繰り出すと、バシャバシャッと激しく後ずさり、ハァハァと肩を上下させて耳を押さえている。私もエッチ、出せたかな?
「し、心臓に悪いですからっ!いきなりずるいですよこんなの!!」
いつものあおいさんとは違い、何だか素で悔しがっているみたいで。そう、これだ。葉子とシャワーを引っかけ合うようなああいうのだ。それが「ともだち」であり、私が望んでいる人間関係の形なのかもしれない。
じっさい遠慮とか謙虚とか、本当のところは必要ないのだ。崇拝があってもいいけれど、憧れがあってもいいけれど、それよりもっと内側の熱からいつも飛び出してきてくれたら楽しいと思う。葉子もそう望んでいるはず。
そういう力をあおいさんは持っているから、私はそれを見たい。同じく私もそうなっていきたい。今後できることが見つかった気がしました、ありがとうございますと伝えると、それをからかいと解釈したのか、葉子のように若干ぷくっと膨れていて
「ここあさんがそういうことするなら私もやりますからねっ!覚悟しておいて下さいねっ!」
と可愛い宣戦布告をされた。やっぱりポテンシャル高いなぁ、エネルギーあるなぁと見惚れないわけがない。お風呂一緒に出ましょう、と言って手を差し出すと驚き声を出しつつもしっかりつないでくれた。
リビングの壁時計を見ると、もう9時。おかしい、入浴した時刻から考えてもそんな濃厚なバスタイムを満喫してはいないはず。確実に時間は壊れていた。
葉子は大きなテレビに向かって笑ったり、歩き回りながらチーズを食べたり、的にダーツを投げてスマホを持ち歩いてキッチンの冷蔵庫から大きなペットボトルを持ってきてドボドボ注いでまた笑ったり……忙しい女だ。
あ、お寿司食べたいな〜♪と彼女が言ったら大きめのローテーブルから寿司桶ごと生えてきた。こいつ……満喫してるな?早速私たちも参加して食べたり飲んだり、ジュースサーバーでグラスからこぼしたりソファで笑い転げたり。
「あ!あおちゃん!さっき創って渡せなかったからあげるね!はいっ!」
「なっ、なんですかこれっ!?」
葉子は唐突に、薄いピンク色のレース生地のブラを片手であおいさんに手渡す。程よく湯上がりから冷めていたところで女神は再沸騰した。
「かわいいでしょっ?サイズが分からなかったけど分かったから創ったの!あげるっ!」
「分かったって……もう〜姫っ!!しかもこれ透けてるやつじゃないですかっ!こんなの付けられないですよっ!」
いいじゃんいいじゃん〜と、今度はネイビーカラーのシースル上下セットを創り出して私に渡してきた。……こんな勝負下着みたいの着れるかっ。誰と勝負をするんだ、私は無駄なツッコミと過労死との戦いで毎瞬忙しいのに。
そうしたら早速、ねぇねぇ星空を見ようよ〜!と、また興味が切り替わり一瞬で天井が取り外され夜景になった。
「えっ!?すごい!本物のプラネタリウムできますよ!きれいですね〜っ!」
もう深夜テンションなのか天然のものなのか、とにかくあおいさんはメルヘンチック関連の変化に元から抵抗がないようだ、むしろ歓迎している。
みんな〜横になって〜と無理矢理フローリングの床に寝かせられると全身に草が当たる感覚がして。気づけば小さな芝の丘の上で横になっている。
隣に葉子がいて、あおいさんがいて。すごいねー、きれいですねー、と口から出るまま感想をそれぞれ言って。
「あっ!あの星からあの星につなげるとあおちゃんのおっきなおっぱいだよっ!」
と余計なことも言い放って怒らせて。本当に忙しないけど楽しい。一日楽しかった。また明日がやってきても、私たちが創っていくから何も怖くなくて。
この人たちといられて幸せだと思う。心の奥で願っていたことが叶った。
――なぜ、楽しいひとときは終わってしまうのだろう?
子どもの時からの疑問だった。ずっと一緒に、純粋な気持ちで、みんなといられたらいいのに。
たくさんのものは必要なくなったから、私たちは再構成した。頭上に見える星にもう圧倒されたりはしない。私たちはここで、一つの輝きを放ちはじめたから。
「ね〜今日はここで寝よっか〜」
「そうですね……っていうかどこですかここっ!」
あおいさんのツッコミと吹き抜ける風が心地良い。3人で仰向けになって静かに目を閉じて。まどろみがそのうちにやってくると思って……
「やっぱり眠くないっ!起きて起きて!追いかけっこするよ〜うりうり♪」
「……ちょっとくすぐらないで下さいっ!ひゃっ!!葉子さんっ!!」
「はやくはやく〜♪あおちゃん、私を捕まえられるかな〜??ほら、できるんなら捕まえてみてよ〜??」
「ほんとに捕まえますよっ!捕まえちゃいますからねっ!」
私も葉子に腹をくすぐられ、途端に反撃せんと2人で追いかけ回した。もうこんなに外は暗いのに疲労感はない。まるでこのままどこまでも駆けていけるみたいで、変だな……?
ああ。そっか、眠らなくてもいいのか。
お・わ・り




