EP09
『花詠みに 心躍らせ ひとひらの 木春菊に 想ひ託せば 』
-※-
良く晴れた吉日、地元の神宮で姉の佳代子が婚儀をあげた。
その相手は伯爵位を賜った名家の男性。
精悍な顔立ちの紳士だが、姉を見つめる視線は穏やかで優しい。
「昌太郎様」
それは白無垢姿の姉の手を引く、正装の軍服を纏ったひとの名。
姉に名前を呼ばれ、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「佳代子さん」
両親に蝶よ華よと育てられた美しい姉。
その姉は別れを惜しむ両親に微笑み、頭を下げた。
「お父様、お母様……、永い間お世話になりました」
「幸せになるのよ、佳代子」
涙ぐむお母様。
「良き妻として誠心誠意、昌太郎様をお支えしなさい」
横でそんなお母様の肩を包むようにして抱くお父様。
姉は静かに、凛とした声で誓うように返事を返す。
わたくしといえばただ一人、この光景を少し離れた場所で見ているだけ。
羨望の眼差しを向け、早くこの舞台から降りたいと思っている。
姉、佳代子がわたくしに視線を向けた。
「……絢。お父様とお母様を頼みましたよ」
「わかりましたわ、お姉さま。……どうぞ末永くお幸せに」
わたくしはそれだけを告げて、その場を去った。
誰も二番目のわたくしを見ない。
たった一度でいい。姉のように誰かの一番で在りたかった。
-※-
わたくしは暫く境内を歩いた。
金糸をふんだんにあしらった着物は、普段着ている洋装よりも重い。
そう、古い伝統よりもわたくしは新しいものが好きだ。
新しいドレスは特に、わたくしの心を躍らせる。
華やかなドレスを纏い、舞踏会に足を運ぶ。素敵な男性に誘われ共にワルツを踊る。
その時だけはわたくしはどの名家の令嬢よりも輝く。わたくしがたとえ偽物であったとしても。
「……失礼を。ご令嬢、お怪我はございませんか?」
神宮の境内にはご神木があった。
いつのまにかわたくしはそんなところまで歩いて来ていたようだ。
よそ見をしてその木を見上げたとき、一人の青年とぶつかった。
よろめいた身体を支える様にして、わたくしを支えるように手を引く背の高い青年。
やや明るめの髪が、身に纏う暗いグレイの紳士服に良く映えた。
「……どうかなさいましたか?」
彼のその言葉に、わたくしはハッと気が付く。
もう彼はわたくしから距離を取っている。
わたくしはただ呆けて青年に見惚れていた事を恥じた。
「いいえ……。わたくしの方こそよそ見を。失礼致しました」
そう告げ、わたくしはその青年をもう一度見つめた。
いつか美術館で観た男性の彫像を思い出す。
途端に気恥ずかしくなり、この美しすぎる青年から距離を取った。
なぜか胸の鼓動はいつまでも収まらない。
「あの、お名前を――」
わたくしは震える声で、彼の名を求める。
「私は、世木 遼矢と申します。……ご令嬢は?」
世木とは聞いたことのない苗字だ。
しかし身なりから商家の出ということがわかる。
もしかしたら、お父様の取引先の一つかもしれない。
「わたくしは……奥瀬 絢と申します」
会釈をして立ち去る彼から、かすかに水仙の花の香りが漂う。
これがわたくしと、世木 遼矢と名乗る青年の出逢い。
絶望的な恋の始まりだった。




