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縁の環  作者: 由耀
第2章 『花詠み』
9/12

EP09

『花詠みに 心躍らせ ひとひらの 木春菊に 想ひ託せば 』


 -※-


 良く晴れた吉日、地元の神宮で姉の佳代子が婚儀をあげた。

 その相手は伯爵位を賜った名家の男性。

 精悍な顔立ちの紳士だが、姉を見つめる視線は穏やかで優しい。


「昌太郎様」


 それは白無垢姿の姉の手を引く、正装の軍服を纏ったひとの名。

 姉に名前を呼ばれ、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「佳代子さん」


 両親に蝶よ華よと育てられた美しい姉。

 その姉は別れを惜しむ両親に微笑み、頭を下げた。


「お父様、お母様……、永い間お世話になりました」

「幸せになるのよ、佳代子」


 涙ぐむお母様。


「良き妻として誠心誠意、昌太郎様をお支えしなさい」


 横でそんなお母様の肩を包むようにして抱くお父様。

 姉は静かに、凛とした声で誓うように返事を返す。


 わたくしといえばただ一人、この光景を少し離れた場所で見ているだけ。

 羨望の眼差しを向け、早くこの舞台から降りたいと思っている。

 姉、佳代子がわたくしに視線を向けた。


「……絢。お父様とお母様を頼みましたよ」

「わかりましたわ、お姉さま。……どうぞ末永くお幸せに」


 わたくしはそれだけを告げて、その場を去った。

 誰も二番目のわたくしを見ない。


 たった一度でいい。姉のように誰かの一番で在りたかった。


 -※-


 わたくしは暫く境内を歩いた。

 金糸をふんだんにあしらった着物は、普段着ている洋装よりも重い。

 そう、古い伝統よりもわたくしは新しいものが好きだ。


 新しいドレスは特に、わたくしの心を躍らせる。

 華やかなドレスを纏い、舞踏会に足を運ぶ。素敵な男性に誘われ共にワルツを踊る。

 その時だけはわたくしはどの名家の令嬢よりも輝く。わたくしがたとえ偽物であったとしても。


「……失礼を。ご令嬢、お怪我はございませんか?」


 神宮の境内にはご神木があった。

 いつのまにかわたくしはそんなところまで歩いて来ていたようだ。

 よそ見をしてその木を見上げたとき、一人の青年とぶつかった。

 よろめいた身体を支える様にして、わたくしを支えるように手を引く背の高い青年。

 やや明るめの髪が、身に纏う暗いグレイの紳士服に良く映えた。


「……どうかなさいましたか?」


 彼のその言葉に、わたくしはハッと気が付く。 

 もう彼はわたくしから距離を取っている。

 わたくしはただ呆けて青年に見惚れていた事を恥じた。


「いいえ……。わたくしの方こそよそ見を。失礼致しました」


 そう告げ、わたくしはその青年をもう一度見つめた。

 いつか美術館で観た男性の彫像を思い出す。


 途端に気恥ずかしくなり、この美しすぎる青年から距離を取った。

 なぜか胸の鼓動はいつまでも収まらない。


「あの、お名前を――」


 わたくしは震える声で、彼の名を求める。


「私は、世木 遼矢りょうやと申します。……ご令嬢は?」


 世木とは聞いたことのない苗字だ。

 しかし身なりから商家の出ということがわかる。

 もしかしたら、お父様の取引先の一つかもしれない。


「わたくしは……奥瀬 あやと申します」


 会釈をして立ち去る彼から、かすかに水仙の花の香りが漂う。


 これがわたくしと、世木 遼矢と名乗る青年の出逢い。

 絶望的な恋の始まりだった。


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