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縁の環  作者: 由耀
第1章 『花黄泉』
5/12

EP05

 夕食のあと、見たかった映画を視聴する。

 時計はもう二十二時二十二分を表示していた。

 真夏だというのに、今夜はどことなく肌寒い。

 そういえば窓を少し開けていたと思い、香苗はカーテンを開いた。

 庭の水仙がまた増えており、しかも花は一斉に香苗の方を向いている。

 軽い悲鳴をあげ、香苗は急いで窓を閉め、カーテンで窓を覆った。

 居間のテーブルの上のスマホが不意に鳴りだし、香苗は背中を震わせる。


 ――あの音は夫からのメッセージの音。

  

 そう気が付くとスマホに手が伸びる。

 夫からのメッセージに視界が滲む。


『大丈夫か? 飯食ったか?』

「うん」

『できるだけ早めに帰る。独りにしてごめんな』

「ううん、仕方ないよ」


 夫の気遣うメッセージに、不安が少しだけ遠のく。

 気のせいだと思い続けるのも限界だった。

 けれどもこの恐怖も不安も、誰にもわかって貰えない気がした。


 肌寒いのは、窓を開けていたからだろう。そのせいで風邪を引いたのだ。

 それは違うと言い出す意識を、香苗は無理やり抑え込む。

 風邪薬を水で流し込んで寝室の電気を消し、布団に入る。

 意識が飛ぶ寸前、水仙の花の香りが微かに鼻をくすぐった。

 消したはずの照明が点滅し、薄暗い中でじわじわと布団が湿り始めた。 


 -※-


 満月が輝く夜のこと。

 そのみせは今日も、ひときわ人だかりができていた。

 饒舌に客を誘い込む呼び込みの掛け声が、あちらこちらから聞こえた。


「さあさあお立合い、今夜も選りすぐりの名花が揃ってるよ!」

「そこの旦那、うちの娘も見てってくれよ」

「よってらっしゃい、みてらっしゃい! とっておきの初揚げの花だよ!」


 黒い格子の向こう。

 紅色に染められた敷物に、今宵も化粧を施した美女たちが集う。重たくて豪華な着物を纏い、髪を独特な髷に結い上げた花魁に視線が集まる。そんな豪華絢爛な花魁たちの視線は格子をすり抜け、集った男達を妖艶に誘い込む。


 この妓楼は遊郭で最も高級とされた店。

 稼ぎ頭の花魁たちが客の待つ座敷から座敷へ、忙しく渡っていく。その中で最も美しいとされた花魁が、あてがわれた部屋で客を待っていた。


 彼はある商家の次男坊で、彫像のように美しい若者。

 今宵訪れるという文が届いてから、今か今かと、一日千秋の想いで待ち続けた。やがて約束通り、紳士服を纏った青年が店に到着する。


「花魁、若様が来ましたえ」

「あい」


 この花魁に仕える禿かむろの一人が、この青年を花魁の元へと案内する。

 青年が姿を現すと、花魁の顔が明るく華やいだ。

 抱き合い、口づけを交わした後、青年はその花魁に告げた。


「美耶……君を身請けしたい。私と、めおとになってくれるか?」と。


 信じられなかった。

 彼と天と地ほど境遇が違う。そんな彼と夫婦になることなど奇跡に近かった。

 こうした口約束は絶対に信じてはならないと、遊女なら誰でも分かっている。

 分かっていても、その言葉に縋り、望んでしまう。


 ――愛する人と幸せになるという夢を。



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