EP05
夕食のあと、見たかった映画を視聴する。
時計はもう二十二時二十二分を表示していた。
真夏だというのに、今夜はどことなく肌寒い。
そういえば窓を少し開けていたと思い、香苗はカーテンを開いた。
庭の水仙がまた増えており、しかも花は一斉に香苗の方を向いている。
軽い悲鳴をあげ、香苗は急いで窓を閉め、カーテンで窓を覆った。
居間のテーブルの上のスマホが不意に鳴りだし、香苗は背中を震わせる。
――あの音は夫からのメッセージの音。
そう気が付くとスマホに手が伸びる。
夫からのメッセージに視界が滲む。
『大丈夫か? 飯食ったか?』
「うん」
『できるだけ早めに帰る。独りにしてごめんな』
「ううん、仕方ないよ」
夫の気遣うメッセージに、不安が少しだけ遠のく。
気のせいだと思い続けるのも限界だった。
けれどもこの恐怖も不安も、誰にもわかって貰えない気がした。
肌寒いのは、窓を開けていたからだろう。そのせいで風邪を引いたのだ。
それは違うと言い出す意識を、香苗は無理やり抑え込む。
風邪薬を水で流し込んで寝室の電気を消し、布団に入る。
意識が飛ぶ寸前、水仙の花の香りが微かに鼻をくすぐった。
消したはずの照明が点滅し、薄暗い中でじわじわと布団が湿り始めた。
-※-
満月が輝く夜のこと。
そのみせは今日も、ひときわ人だかりができていた。
饒舌に客を誘い込む呼び込みの掛け声が、あちらこちらから聞こえた。
「さあさあお立合い、今夜も選りすぐりの名花が揃ってるよ!」
「そこの旦那、うちの娘も見てってくれよ」
「よってらっしゃい、みてらっしゃい! とっておきの初揚げの花だよ!」
黒い格子の向こう。
紅色に染められた敷物に、今宵も化粧を施した美女たちが集う。重たくて豪華な着物を纏い、髪を独特な髷に結い上げた花魁に視線が集まる。そんな豪華絢爛な花魁たちの視線は格子をすり抜け、集った男達を妖艶に誘い込む。
この妓楼は遊郭で最も高級とされた店。
稼ぎ頭の花魁たちが客の待つ座敷から座敷へ、忙しく渡っていく。その中で最も美しいとされた花魁が、あてがわれた部屋で客を待っていた。
彼はある商家の次男坊で、彫像のように美しい若者。
今宵訪れるという文が届いてから、今か今かと、一日千秋の想いで待ち続けた。やがて約束通り、紳士服を纏った青年が店に到着する。
「花魁、若様が来ましたえ」
「あい」
この花魁に仕える禿の一人が、この青年を花魁の元へと案内する。
青年が姿を現すと、花魁の顔が明るく華やいだ。
抱き合い、口づけを交わした後、青年はその花魁に告げた。
「美耶……君を身請けしたい。私と、めおとになってくれるか?」と。
信じられなかった。
彼と天と地ほど境遇が違う。そんな彼と夫婦になることなど奇跡に近かった。
こうした口約束は絶対に信じてはならないと、遊女なら誰でも分かっている。
分かっていても、その言葉に縋り、望んでしまう。
――愛する人と幸せになるという夢を。




