33 「始まり」
「ウェルティアンナ王国へようこそ」
ウェルティアンナ王国の城門の前に立って、フィッシャンの後について中へと入った。周りを興奮気味に見渡した。継承者たちとヴァンセアさんが話してくれた計画通り、ウェルティアンナ王国に来ることができた。ヴァンセアさんが言っていた馬車ではなく、転移と呼ばれる特別な空間を使ってここまで来たけれど。
「フィッシャン殿下を敬え、全員頭を下げよ!」
「フィッシャン殿下がお戻りになった、道を開けよ!」
ひと目でウェルティアンナ王国の兵士たちがすっと道を開けた。いや、フィッシャン殿下のためにだろう。みんながすっと直立して頭を下げた。住民や兵士たちからの挨拶が続いた。
「おかえりなさいませ、殿下」
「殿下がご無事でいらっしゃるだけで、民として安心いたします」
「お変わりなさそうで何よりでございます殿下。銀の狼の親友との冒険、苦労されましたね」
僕はフィッシャンの後ろからサイビアの後ろへと移動した。それを見たシャリオンが僕のそばへと来た。ハンネスはフィッシャンを見つめる人たちへと笑顔で手を振っていた。
説明しなくてもわかる。ハンネスはお姫様や力ある者みたいに振る舞ってみたかったのだろう。彼女が幸せそうにしているのを見て、自分も思わず笑顔になった。考えてみると、ボロンフィアでは誰一人欠けても立て直せない状況だった。みんながいたから乗り越えられた。
シケコさんは人々の視線を避けながら普通に歩いていた。
そうしてフィッシャンについて歩いていたところで、兵士たちに突然全員が引き止められた。僕はマントを引っ張られて前につんのめり、地面に顔から倒れてしまった。サイビアとフィッシャン以外から痛みの声が上がった。
「えっ!?」
「ちょっと、痛いんだけど!」
「ビウ超越者様!」
「ウェルティアンナ王国の兵として申し上げる。あなたたちは殿下に過度に近づきすぎている。王国の安全のためにここで身柄を確保する」
「今すぐ全員を放せ、シンシア」
フィッシャンが僕を押さえている兵士へと視線を向けてから近づいてきて、手を差し伸べてくれた。こんな形で助けてもらっていいのかと思いつつも。
「シンシア、申し訳ありません!でもこれは殿下と皆様の安全のためで……」
「私と一緒に来たこの四人は、ボロンフィアの洞窟で私の命を救ってくれた者たちだ。この女の子が目覚めたモンスターを倒してくれた。だから拘束を解いて、彼らに謝れ。私は助けられたんだ」
「ボロンフィアの洞窟!?しかも目覚めたモンスターを倒したというんですか!?」
全員を拘束していた兵士の動きが止まった。フィッシャンの手を借りて立ち上がった。
「そうだ。この子が倒した。私と一緒に来た者たちは全員、私の命の恩人だ。それともう一つ、私フィッシャン・ティアンナはここに宣言する。グリーティア学校は今日よりこの四人を新たな生徒として迎え入れる!」
「シンシア、深くお詫び申し上げます。こちらの方には誠に失礼をいたしました。すべては王国と皆様の安全のためとはいえ……」
兵士の女性が頭を下げて謝ってくれた。それからハンネス、シャリオン、シケコさんにも順に謝った。ところがシケコさんの膝から血が出ていた。押し倒されたときに傷ついたようだ。ヒーリングで治した。
「ありがとうビウ。さっきのことも謝らせて」
「気にしてないよ。それにあなただっていつか絶対帰れる。ここに巻き込まれた人みんなも」
「あら……ヒーリングですか?フィッシャン殿下はやはり人を見る目がお変わりではないようですね」
人を見る目とはどういうことだろう。とにかくフィッシャンが僕たちを宿舎へと案内してくれた。宿舎と呼んでいいのかわからないけれど。
そして辿り着いた宿舎は二部屋に分かれていた。
一部屋目はシャリオンとハンネスの部屋。もう一部屋は自分とシケコさんの部屋だ。
部屋の内装は元の世界のヨーロッパのホテルのようで、思わず見惚れてしまった。並行世界に来てから、エアコンなしでも暑くも寒くもない、ちょうどいい気候に慣れてきた。でもまだ雪だけは見たことがない。氷の魔法を使えば冷たさは作れるけど、本物の雪は全然別の感覚だろう。いつか降るかな、と考えながら部屋を探索した。
寝室はフィッシャンによるとエルフの大陸から公正な取引で買い付けた木材で作ったベッドが二つあるという。特に魔法の効果はなく、耐久性と美しさを兼ね備えた材だそうだ。
着替え室は部屋の三分の二を占める広さで、左右それぞれにタンスが二つずつ。各自の着替えコーナーも分かれていて、お互いが気を遣わなくていい設計だった。壁には大きな鏡が二枚飾られていた。いつかちゃんと使いたい。
最後が浴室。着替え室が広いぶんやや小さいけれど、あのエルフの村の宿とは比べものにならない。二人から五人は余裕で入れる湯船があった。魔法の水と王国の水が混ざっているらしく、温度は季節や時間帯によって変わるという。それでも文句はない。
浴室から出てから服を脱いで下着だけになった。危なく忘れるところだった。着けていないと胸が服に擦れて変な感じがするので、最近は着けるようにしていた。女の体だから仕方ない。ベッドに倒れ込むと、扉が開いた。
「ビウ……」
ハンネスかと思ったがそうではなかった。シケコさんがゆっくりと入ってきてベッドの端に座った。
「実はね……」
「シケコさん、どこか迷ってる?」
シケコさんは自分の髪を触りながら床を見て続けた。
「ここまで来るずっと考えてたんだけど、私にはもうそれなりに年齢もあるし、今更学校に入っても合
わないかなって。それよりも、私にできることで皆さんのお役に立てた方がいい気がして」
「できることで役に立つ、か……」
「そう思ってるし、それとは別にやっぱりあの話は断りたいなって。正直、心の深いところではもう死にたくないし、怖い場所にはもう行きたくない……ごめんね、ビウ。自分勝手で。あなたは私より年下なのにずっと強くて、ごめんね。本当に全部ごめんね。あんな怖いことはもうできない、死にたくなんてないもの……」
シケコさんがベッドの脇で泣いていた。こういうとき、クスならどうするだろう。きっと抱きしめるのかな。考える前に、自分はシケコさんを抱きしめていた。体が冷たい。
「シケコさん、もう一人じゃないよ。みんながいる。そして私も同じ世界から来た友達でしょ。だからシケコさんはもう一人じゃない。ありがとう、シケコさん。あんな経験をしながらも、ここまで耐えてきてくれて。シケコさんの方が私よりずっと強いよ。学校の話は私からフィッシャンに話してみる。あなたにできることを任せてほしい」
「ひっく……ひっく……約束してくれる、ビウ」
「約束って。うーん、私もあなたを助けることができる人間なんだけどな」
「ひっく……うぅ……いつか、私だけじゃなくてここに来てしまった人みんなが、元の生活に戻れるかな……」
「……」
メジックバウンの継承者の役目。助けることはもとから使命だ。ケティフを倒せば、この歪みは消える。そうすれば、みんなが安らかに生きられる。できないはずがない。
「約束するよ、シケコさん。メジックバウンの継承者として誓う。たとえ道がどれだけ暗くても、私が灯をともして道を探す」
「ありがとう、本当に。年下のあなたに言われるなんて、本当にありがとう。いろんなことをお願いするね、私の魔法使いさん」
「え——」
待って、継承者の召喚じゃないよね。違う、でもこの感覚は……頭の中に水か風かわからない音が流れ込んでくる。頭が割れそう。そうだ、ブレスレット。ブレスレットに魔力を流し込むと、光が灯って——
--***--
「あら……こうなるとは思わなかったけど、まあいいか。そんなに長くはいられないけどね」
目が動かない。さっきの頭が爆発しそうな痛みのせいで、目を開けられない。
「相当つらかったでしょう。ごめんね、治してあげる」
ヒーリングをかけられている感覚がした。でもその治癒の力の強さはいったい何なんだ。
目が開いた。
「もう薄くなってきた。本当に時間がないのね」
薄くなる? 声の方へと振り向いた。
姫カットに高い位置でポニーテールをまとめた髪型。アニメで見るような女性キャラクターの定番スタイルだ。髪色は茶色で、自分より五センチ以上は背が高い。胸元はスポーツブラで支えられていて、全身よく鍛えられた筋肉が美しくついている。そして腹部には薄らと横一線の傷跡——帝王切開の跡だろう。
「ビウ、先に聞くね。あの出来事から今まで何ヶ月経った?答えてくれないとしばらくまた会えなくなるよ」
時間を聞いてくる。整理しなければ。
「あなたも薄くなりかけてるから急いで」
膝が透けてきていた。消えてしまうのか。いや、そんな奇妙な消え方はしないはずだ。でもこれは魔法の世界。魔法の何かの結果なのかもしれない。とにかく先に答えなければ。
「一ヶ月ちょっとかな。今日はソレフィア暦第四百八十三年第百十六日。みんなと離れた日はたぶん第七十日前後だと思う、正確にはわからないけど、そのくらいの時期のはず」
「始まったばかりなのに十分よ、ビウ。ありがとう。でももう時間がなくなってきた。第百十六日に目が覚めたら、すぐにグリーティア学校の魔法学科へ行って。詳細はわからないけど、この名前を覚えておいて。あなたに必要な人よ。シケコさんへの約束とも関わってくる。『レオフィア・ダシャー』。この人があなたに必要——」
詳しく聞く前に、その人は目の前で消えていった。体が首のあたりまで透け始めていた。レオフィア・ダシャー。覚えた。
--***--
「まだ生きてる……」
全身が汗ばんでいた。ベッドが汗の跡でびっしょりだ。着いたばかりなのに初日からこんなことになってしまった。心臓がどきどきしている。体が熱い。少し驚きすぎたかもしれない。落ち着こう。服を全部脱いでいたのは正解だった。先にシャワーを浴びようか。レオフィア・ダシャーか。大切な人?
浴室に入って、湯船に身を沈めた。冷たい水温が頭と体を落ち着かせてくれた。そうだ、シケコさんが外に出て他のみんなを呼びに行ったんだった。今は大丈夫。もしかしたらあの人とまたいつか会えるかもしれない。あれだけ確かな様子だったなら、きっとまた会える。
「はぁ……はぁ……本当に驚いた。前回はあのオークのときだったな」
ガチャ
「ビウ!大丈夫?みんな連れてきたよ!」
「ビウ!」
「大丈夫だよ。心配かけてごめん。ところでフィッシャン、外にいる?」
「無事か。よかった」
「ハンネス、次から部屋を離れるときは言ってね。見ていてくれると言ったじゃない」
「ごめんね、シャリオン。街が気になって」
「じゃあ好きなものを一つ抜きにするわよ」
「シャリオンが意地悪!」
「ビウ、大丈夫か。フィッシャンだ、外にいる。何か必要なことはあるか」
「うん、シャワーを終えたら一つお願いがあるんだけど。グリーティア学校を見学したい」
「変わっているね。それでも喜んでご案内するよ。外で待ってる。危険なことはするなよ」
みんなの声が遠ざかった。湯船から出て体を拭いて、下着をつけてから着替えを終えた。
浴室を出ると部屋の中にはサイビア、フィッシャン、シケコさんがいた。獣族の二人は大丈夫とわかってからすぐに街の探索へと出かけてしまったらしい。怒っているわけじゃない、ただ心配してくれたことが嬉しかった。
「フィッシャン、一つお伝えしたいことがあります。学校への招待ですが、シケコさんと私で話し合って、シケコさんは学校への入学を辞退させていただきたいと思います」
「フィッシャン先輩、私も同意見です。彼女を無理に危険な場所に連れて行ったり、重荷を負わせたりするべきではないと思います。彼女にできる形で力を貸してもらえれば十分です」
さすがサイビアだ。心がやさしい。
「シケコさん、よく考えてくれてありがとう。私もあなたに何が合うかをちゃんと考えられていなかった。あなたにできることを任せたいから、よろしくね」
「みなさん、本当にありがとうございます」
グリーティア学校を見てみたい。あの人が言っていた場所に、早く行かなければ。
「フィッシャン、連れて行ってくれる?グリーティア学校、この目で見てみたいんだ」
「本当に大丈夫なのか」
「シャワーを浴びてきたから気持ちよくなったよ」
そう言って宿舎を出て、グリーティア学校へと向かった。レオフィア・ダシャーというのはどんな人なんだろう。気になって仕方なかった。
第33話「始まり」 -完結-
読者の皆さん、こんにちは。Kuzagiです。
第33話をもちまして、
いよいよ次からは「第2章」へと突入します。
これからも本作品をよろしくお願いいたします。
ここまでお読みいただき、
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