4 きな臭いことこの上ない
「なんで食い逃げした奴らが神を崇めている奴らを連れてきたのかな?」
ラオが不思議そうにそう言った。もちろん彼らには聞こえていない。
「さあな? 悪党の味方は悪党ってことだろ」
その言葉に黙っていた男が前に出た。
「今聞き捨てならないことを言ったな。我々は悪党か」
「子悪党庇っている時点で目くそ鼻くそだろうが。俺何か間違ったこと言ってる?」
は、と鼻で笑いながらそう言うと男は深いため息をついた。
「相手が子供だと聞いていたので説き伏せるつもりだったが。我々の信念そのものを侮辱されたとなれば、黙っているわけにはいかんな」
「へー、あっそ。だから何? ナントカ様はどんなお言葉をおっしゃられてるんだ? 目の前の見目麗しき者を四肢切り落として畑の肥やしにするようにってか?」
「煽るなって、こういう奴ら面倒くさいから」
「まあまあ、ちゃんと俺に考えがあるんだよ。このためにそこの二人逃したんだし」
他の者から見れば、大きな独り言を言っているようにしか見えない。その姿がまた不気味に映ったらしく、こいつは頭がおかしいと騒がしくなってきた。
「連れて行け」
その言葉と同時に白服の男たちが一斉にチョウカの腕を捻り上げる。だが痛がる様子もなくニヤニヤと笑う。普通ではない反応に腕をつかんでいる男たちは心底嫌そうに顔を歪めた。
チョウカの実力をもってすればこの連中を一瞬でなぎ倒すのは簡単だ。おとなしくしているという事はどうやら捕まって彼らの本拠地に行きたいらしい。
(そっか、あの建物。キノクニ様の収められている場所って言ってたけど、こいつらの本拠地でもあるのか)
「ところでさっき貧乏人に無駄なこと説き伏せてたあのおばさん。あの人何歳? 厚化粧ですげえ臭かったんだけど」
とうとう男の一人がチョウカの顔を殴りつけた。殴られたチョウカは相変わらずだ。怒る様子もなく笑顔を貼り付けたままだ。そのままチョウカは男たちに引きずられるように連れていかれた。
(なんだ、最初からあそこに潜り込むために派手な動きをしてただけか)
ラオは少し空に上って改めて周囲を見てみる。白い服を着ている者たちはそこら中にいる。そして白い服の男たちが若い女を引っ張ってそこらの家に入っていくのが見えた。おそらく適当に丸め込んで欲求のはけ口にしているだけだ。断るとキノクニ様の罰を受けるとでも言っているのだろう。なんとなく予想していたが、想像通りの光景にラオはため息をついた。
(ま、そういう使い道されるに決まってるわな)
突然発生する救いの思想など、弱いものから搾取するために作り出されるものだ。
チョウカが連れていかれたのは読み通り、窪みがある場所の大きな建物だった。ぞろぞろとたくさんの人がその建物に出入りをしている。着ているものからもわかる、全て貧しい者たちだ。どうやら祈りを捧げるために頻繁に出入りをしているらしい。そしてチョウカのように連れてこられた人間もいるようだ。離せと喚いている者たちは皆見た目からして悪いことをやっていそうな雰囲気だった。
「結構大きいから俺入れそう」
「入ってもいいけどさ。また見られた面倒なことになりそうだ」
「お前の術、いつ切れるか分からないからヒヤヒヤするんだよな」
不可視の術はきちんと修行していれば数日持つのだが、チョウカは修行を真面目にやっていないので持って一日といったところだ。それも前兆もなく突然解けるので、ラオの姿を見られるとあたりが大混乱となる。それは地上に降りた時に嫌というほど経験した。
「まあいいや、ちょっと建物の中見て回ったらそっち行く」
「おうよ」
食い逃げした男の一人がチョウカをじろじろと見ながら、吐き捨てるように白い服の男に話しかける。
「このガキ、先ほどからまるで誰かと会話をしているかのようにぶつぶつと喋っています。悪しき者の手先なのでは」
こじつけるといくらでも言いようがあるなと感心していると、物静かな方の男は一瞥もせずに一言だけ。
「それはキノクニ様が決めることだ」
「し、失礼いたしました」
(地位の高い奴に怯えているのか、キノクニ様とやらに怯えているのかどちらかわからねぇな。いずれにせよもう力関係がはっきりしてる)
彼らの会話から、ある程度裕福な者でさえ白い服の者たちには逆らえないのがよくわかる。そしてキノクニ様とやらが恐れられる対象であるということも。信仰している対象であるのは間違いないが、心酔しきっているというわけではなさそうだ。
連れてこられている者たちはおそらく何らかの罪を犯したものだ。そういった者たちが連れていかれる先と、祈りを捧げに来ている者たちの出入りしている入り口は別々に分かれている。
雰囲気からしてもあやしすぎる。なぜわざわざ罪人を連れてくるのか。それに自分とのやりとりを思い返しても、言いがかりなど罪人ではない人間も連れてこられている気がする。
(罪人確保の目標の数でもあるのか?)
喚いている気の強そうな者たちの中に、俺は何もしていないと怯えるように騒ぐ者もいる。実際何もしていないだろうなとは思う。
「罪深い者ども。もう間もなくランカ様がいらっしゃる。沙汰を待て、愚か者ども」
先程の一番偉そうだった白服の男がそう告げた。縄で腕を縛られて連れてこられた者たちは一つの場所に集められた。広い部屋でたくさんの人々が祈りを捧げに入ってきている。部屋の奥には祭壇のようなものがあるが、それだけだ。
(てっきり干からびた偉い坊主でも飾ってるかと思ったが、何もない? おかしな祭壇だな)
罪人と位置づけられた者たちを、祈りを捧げに来た人たちが全員睨みつけてきている。ほとんどがおそらく貧困層だ、小汚い格好をしている者が多い。
そんな彼らがいるところから区切られて、より前にいる者たちがかなりきれいな格好をしているようだ。
(権力者か、金持ちの集まりってところか。食い逃げの連中はあっちか。金持ちと貧乏人、きっちり分けられてるあたりやっぱりお優しい崇拝所じゃねえな)